報酬
「では約束の報酬をいただこうか」
俺は訳あって傭兵のような仕事をしている。
雇い主の指示に従いただそれを執行するだけ。
そんなことを続けてもう5年がたつ。
今回の仕事は山賊たちの退治だった。
山賊と言ってもそんなに強いやつらではなく、ただ少し懲らしめただけで逃げ去っていくような小物たち。
だが、仕事は仕事。
ちゃんと遂行したのだから報酬はもらわなくては……。
どのくらい貰えるだろうか?
見たところ、この村は家畜をたくさん育てているようだから報酬は金ではないかもしれない。
あの家畜でもいい。
酒場で食べた地鶏を使った揚げ物はとてもおいしかった。
口の中に入れたとたん、肉汁がじゅわっと口の中に広がるんだ。
ああ、思い出しただけで腹が減ってきた。
是非また食べてみたいものだ。
帰りにでも食べに行こうかな……。
「報酬はこれです」
俺が食べ物に思いを馳せていると村長だと思われる今回の俺の雇い主が何かを指さした。
そうそう報酬、報酬って、え?
俺は目を疑った。
村長が指さす先には金の入った袋のようなものはなかった。
俺が望む、家畜もいなければ肉もない。
ただ一人の少女がたたずんでいるだけだった。
「えっと? 一応聞くがあんたは今何を指さしているんだ?」
「そこの女ですよ。まだ若いでしょう。煮るなり焼くなりその女を好きにしていいですよ」
報酬が人間だと? それに煮るなり焼くなりって……。
そんなもの食べ物以外にするものか!
その子は野菜でも肉でも魚でもないんだぞ?
村長の指さす先にいるのは正真正銘人間だ。
ふざけているのではないか? そうだ俺をからかっているに違いない。
そう思って村長の顔を見た。だが、男の目は真剣そのものだった。
冗談を言っているようには見えなかった。
嘘だろ? この子の意思は?
そう思い、俺は少女に問うた。
「あんたはそう思っているんだ?」
なるべく優しい声で。威嚇をしないように。
「あなた様にこの身を捧げます」
少女はうつむいた顔をこちらに向けることなく、はっきりとこういった。
これが彼女の意思だとでもいうつもりか?
いや、そんなはずはないだろう。
なんてったって、俺の今の格好は伸びきった髭にぼさぼさの髪。
服だって汚れてしまっている。
そんな俺のもとに好んでくる女なんていないだろう。
寧ろ普通の感性をもつ女なら俺のようなものは避けて通る。
関わりたいなんて思うはずもない。
それをこの数年で俺は身をもって思い知らされたのだから断言できる。
俺は傭兵のようなものだ。それでも良心は持ち合わせている。
仕事だって人助けになるようなものばかりを選んで受けている。
そのせいで毎日その日の飯を食いつなぐことだけが精いっぱいなのだが……。
だから、俺は村長に言ってやった。
「この少女を貰うことはできない」
俺にはこれが少女自身の意思だとは思えなかったから。
俺の良心が痛むから。
「……私、何でもします」
少女はうつむきながら言った。
ずっとうつむいている少女は俺のことを見ていないからそう言えるんだ。
無責任な言葉を吐ける。
後悔するのは自分なのに……。
「何でもするなんて言ってはいけない」
「何でもしますから。ですから……」
やっと顔をあげた少女の目は貫くようにまっすぐに俺の目を見つめていた。
「はあ。わかった」
この子は後から後悔するに決まっている。
だから、何度もチャンスを与えたのに……。
顔をあげた少女は俺が予想していたよりもきれいな顔立ちをしていた。
こんな俺と並ぶにはおかしなほどに。
「あの、ご主人様何をいたしましょう?」
宿屋についてひと段落したころ、来る前に市場によって買ってきたミネラルウォーター片手にくつろいでいる俺に少女は言った。
ごく当たり前のように俺のことを主人だという少女。
それが俺には居心地が悪かった。
「? 俺はあんたの主人になったつもりはない」
「では何とお呼びすればよろしいでしょうか」
「ケイン」
「ケイン様」
「様はいらないんだが……」
「いえ、ケイン様と呼ばせてください」
「はあ。わかったよ」
少女は絶対に譲らないだろう。
そんな主従の関係でも何でもないのだから、名前くらい気軽に呼んでもらいたいものだ。
「ケイン様、私は何をすればよろしいでしょうか?」
「うーん、そうだな。じゃあ一仕事をしてもらおう」
「……わかりました」
少女はそういって服を脱ごうとした。
「……なぜ脱ぐ」
「? ですから、仕事をしようと」
とりあえず、服を脱ごうとする手を止めてくれたことに安堵する。
が、安心してもいられない。
「仕事をするのになぜ脱ぐ必要があるんだ!」
若い女の子にそんなことを求めるはずがないだろう。
一体彼女は何を考えているのだ。
「? 交わるのですから脱ぐのは当然ではないのでしょうか?」
俺は少女に向かって飲んでいた水を吹き出しそうになった。
なぜそんなことを真顔で言うんだ!
ったく何を考えているんだ。
飲んでいたものを噴出さなかった俺を誰か褒めてくれ。
「誰が、そう、いった! 誰が!」
「では、何をご所望でしょうか?」
心から不思議そうな顔をしてこちらを見るな!
まるで俺がそう望んでいるように見えているみたいじゃないか。
いや、この少女の目には俺がそういう人間に写っているのか?
だとしたら、傷つく。
俺だって身の程くらいわきまえているさ……。
凹みつつも少女に俺の要求するものを言う。
「飯だ、飯!」
「はい?」
「飯を作ってくれ。できなければ食べに行くから無理をしなくてもいいが」
「そんなことでいいんですか?」
「そんなことだと……? いいか、食事というのは人間が生存するうえで必要なエネルギーを補給する役割が……」
そんなこととは失礼だ。
若い女を報酬としてもらったのならば、要求するものと言ったら料理だ。料理。
あの村のご飯はどれも美味しかった。
あの村で暮らしていた少女の料理もさぞかしうまいのであろう。と期待する半面、少女は料理などできるのであろうかという疑念が生まれる。
できなかったら俺が少女を貰った意味がないのだが、その時は善行の一つだと思っておくことにしよう。
無理強いしたってうまい飯は出てこない。
そうは言いつつも、俺は今ものすごく腹が減っている。
もともとは酒場で食おうと思ってたんだ。
なのに、人目を気にしてわざわざ隣の村まで来たから……。
少女を連れて歩くと、すれ違う人がこちらを振り返って噂話をするのだ。
いくら俺の見た目があれだからって言って誘拐とかじゃないからな! 同意の上だからな! と言ってやりたい気もしたが、犯罪臭いのでやめた。
ただひっそりと足早にその場を去ることしかできなかった。
「えっと、今すぐ用意しますね」
元気をなくした俺を見て少女はすぐに用意に取り掛かった。
料理ができるのか。
正直もう一歩も動きたくないから助かった。
「ケイン様、料理が出来上がりました」
そういって少女は俺の座っている机まで料理を持ってきた。
少女が料理をしている最中ずっと後ろから見ていたが、手際がいいことに驚いた。
材料といえば俺が市場で適当に買ってきたものだし、宿屋だから調味料だってあまりそろってはいない。
そんな中で、少女は流れるように調理をしていった。
「ごちそうさん」
少女の作った料理は俺が想像していた以上のものだった。
あの村の酒場で食べた料理よりもうまかったのだ。
正直に言うとあまり期待なんてしていなかった。
少女の作る料理で腹をある程度満たしてからどこか適当な店にでも食べに行く予定だった。
だから、食材だって2人分くらいしか買ってこなかった。
はっきり言おう、これでは足りない。
2人分食べてもまだなお足りない。もっと食べたい。もっと作ってほしい。
が、さすがに20分ほどかけて作ってくれた料理をたったの5分で食べ終え、また作れとは言えない。
それにもうこの少女の料理を食べることなんてないだろうに、なんともったいないことをしてしまったのだろうか。
「お口にあいましたでしょうか?」
「ああ、うまかったよ。この料理がもう食べられないなんて残念なくらいだ」
「そんな。こんなものでよければいつだってお作りいたします」
ああ、なんて優しい子なんだろう。
嘘でもこんなことを言ってくれる。
でも、俺は知っているんだ。
この少女はもうすぐ俺の目の前からいなくなることを。
「気なんて使わなくてもいいんだ。こんなにうまい料理を作ってくれただけで俺は満足だから。だから、もうここから逃げていいんだよ」
少女はこんな俺にも気を使えるような優しい子だから、きっと気に病んでしまうかもしれない。
だから、俺は少女に言った。
「え?」
「あんたはあそこから逃げたかったんだろ? そのために俺を使ったに過ぎない。もう俺の役目は終わったんだろ? だったらもうここにいる理由なんてないはずだ」
「なんで……」
なぜわかったのか、それが知りたいのだろう。
別に普通の人が見てもわかるようなものだが、少女には不思議だったらしい。
「あんたの髪はナイフで切ったようにがたがただった。普通若い女の子は身だしなみに気を遣うものではないのか?」
「わ、私はオシャレとかに興味はないのです。仕事のほうが大事で!」
そうか。
そういわれてしまうと納得するしかない。
だから。次の疑問を口にする。
「あんたの肌はあの村では不自然なほどに白かった。あの村は農業が盛んのようなのに仕事をしているというあんたの肌はなぜ日に焼けていないんだ?」
「それは私の仕事は外に出ないだけで……」
「全くか?」
「はい」
それは不思議なものだ。
あの村は農業が盛んな村だった。
若い女が全く外にも出ずに仕事をするだなんてとてもじゃないが信じられない。
「それにあんたの手首には縛られたような跡が残っていた」
俺は少女の手首を指さして言った。
長袖の服を着ているから気付かれないと思っていたのだろう。
俺もさっきまでは気付かなかった。
さっき彼女が料理をするまでは。
ずっと後ろから見ていたから、服の袖から見えてしまったんだ。
だから、俺は確信した。
少女が俺についてきた理由を。
「それは……」
「理由なんてどうでもいいんだ。だからあんたが俺を利用したことを謝ったりとかもしなくていい。別に怒らないから。あんたは逃げていいんだ」
「いやです」
「なぜ?」
こんな俺についてくるというリスクまで犯してまであの場を離れたかったのだろう?
なのに、なぜ彼女は逃げていいという俺の言葉を拒否するのか……。
「私はあなたを利用したんですよ? たかだかご飯を作ったくらいで許さないでください」
「たかだかじゃない。俺にとっては飯は大切だ」
「だったら! だったらあなたも私を利用してください。私があなたをあそこから逃げるために利用したように」
「そんな簡単に利用しろだなんていうものではない」
俺みたいな男に言うものではない。
さっきは手を出さなかったが、今後も手を出されないという確証は少女にはないのだから。
逃げていいといっているうちに逃げるのが正しい判断だろう。
なのに。なぜ逃げない。
なぜ自分に不利な言葉を吐く。
「いいんです。あなたにならどんな風に利用されても構わない。あの場所から救ってくれたあなたになら」
「俺は悪い人間だ。そんな俺に利用されてもいいだなんて、あんたはこの先どんなに嫌なことをされても文句は言えないぞ」
「それでもいいんです。私はあなたのことが好きですから」
「好きって……」
「私は優しいあなたが好きです。あなたの目が好きです。何度も他人である私のことを気にしてくださったあなたのことが」
「それはきっとそう思い込みたいだけだ」
この子は俺をヒーローか何かと勘違いしているのだろうか。
好きだったとしてもそんなのは一瞬の感情だ。
冷静な状態ではないからこそ言えることだ。
俺は少女がいうほど素敵な人間ではない。
だから、5年も放浪しているのだ。
「お願いです。私を利用してください」
「はあ、わかった。あんたを利用させてもらおう。後から泣いて拒んでも遅いからな?」
「はい!」
少女はこれから痛い目に合うのだ。
俺が放浪をやめるための道具として使われることも知らずに慕って。
こんな男の嫁にされるなんて知らないから笑っていられるんだ。
知ったら、少女はどんな顔をするだろうか。
今度こそ逃げ出すだろうか。
でも俺はそのことを少女に教えてやるつもりなんてない。
だって俺は少女の言うように優しい人間ではないのだから。