前編
20160310公開
その日、日本が築き上げた現代社会は“神の力”に屈した。
田中瑠美亜はいつもの様に、コンビニの駐車場で一番出入り口に近いところに愛車を停めた。
その場所には車椅子のイラストが大きく描かれているが、若い彼女は五体満足だったし、別に介護が必要な肉親が居る訳では無かった。
ただ単に、そこに停めた方が店内の出入りに便利という理由からだった。
もちろん、彼女なりにここに停める理由は有る。
ほとんど利用されていないのならば、自分が使う事が〝有効利用”ってやつだという理屈だった。
そう、『もったいない』では無いのか?
偶に使われている時はクラクションを鳴らしそうになるが、大概はヤバそうな車が停まっているので、ぐっと堪えた。
そして、今日もいつもの様に空いている場所に愛車を停めた。
いつもと違ったのは、停めた瞬間に他人の気配が後部座席からした事だった。
別に霊感とかに関心の無い彼女は何気なくバックミラーを見た。
そこに映されていたのは、美少女と言ってもいい少女だった。
記憶にないくらい久し振りに、田中瑠美亜はヒッという悲鳴を上げた。
「だ、だれよ、あんたは! いつからいるのよ!」
少女はニコヤカナエガオを浮かべると、透き通るような声で答えた。
「そんな事は些末な問題じゃ。お主の運命を告げるぞ。お主は只今を以って『小物な自分勝手』というレッテルが貼られる。これはお主が生きている間、剥がれる事の無いものじゃ。まあ、これからも精々『小物な自分勝手』に合相応しい人生を送るのじゃな」
そう言った瞬間に少女の姿は消えた。
佐藤一郎はいつもの様に、自転車に乗って自宅に向かっていた。
いつも赤信号の交差点に差し掛かるが、いつもの様にそのまま渡った。
いつもと違ったのは、偶々自動車が交差点に進入して来た事だった。
もちろん、これまでも危ないシーンは有ったが、その度に自動車が必死にブレーキを踏んで、辛うじて事故を回避して来た。
だが、今回に限っては、運転手の努力を以ってしても事故を回避出来ない事は確実だった。
「これは事故るな。まあ、そんな事は些末な問題じゃ。お主の運命を告げるぞ。お主は只今を以って『小学生にも劣る通行者』というレッテルが貼られる。これはお主が生きている間、剥がれる事の無いものじゃ。まあ、これからも精々『小学生にも劣る通行者』に合相応しい人生を送るのじゃな」
いつの間にかハンドルの上に立っていた少女が、佐藤一郎に聞こえる様に呟いた瞬間にブレーキ音と共に彼は宙を舞った。
鈴木闘王は、いつもの様にビニールで梱包されたマンガを自分のカバンに落とした。
本屋がマンガ本に貼り付けている防犯タグはこれで無力化された。防犯タグなど、微弱な電波を遮断されれば無力化出来る。
後はこれを中古本の買取店に持ち込んで、現金に換えるだけだ。
店の出入り口に設置されている防犯ゲートに頼っている限り、鈴木竜王にとってはザル以外の何物でも無かった。
ただ、今夜は店を出た瞬間に見知らぬ美少女に声を掛けられた。
同い年くらいに見えるアイドル顔負けの少女は彼の目を見詰めながら話し掛けて来た。
「なかなか手馴れておるな。堂々としてまさか万引きをしているとは思えんな。まあ、そんな事は些末な問題じゃ。お主の運命を告げるぞ。お主は只今を以って『甘えた窃盗犯』というレッテルが貼られる。これはお主が生きている間、剥がれる事の無いものじゃ。まあ、これからも精々『甘えた窃盗犯』に合相応しい人生を送るのじゃな」
吉田竜一はスマホに向かって吠えていた。
「ああ? こっちは被害者なんだよ! お前の店が売った三輪車のせいで俺の娘が一生残る怪我をするところだったんだぞ? それを謝罪だけで済ませるとはどういう事だ! 今すぐ、来いよ! 俺の娘は三輪車に乗る事さえ怖がるんだぞ! 心の傷で一生乗り物に乗れなくなったらどうしてくれんだよ? 責任は取ってくれるんだろうな? ああ!? 黙っていたら分からんだろ! おい、なんとか言えよ!」
「忙しい所、悪いな。まあ、そんな些末な問題はどうでもいい。お主の運命を告げるぞ。お主は只今を以って『悪質な消費者』というレッテルが貼られる。これはお主が生きている間、剥がれる事の無いものじゃ。まあ、これからも精々『悪質な消費者』に合相応しい人生を送るのじゃな」
こうして、その夜に少女に逢った人間は5桁に及んだ。
その夜、少女に逢った人物はその後に、碌な人生を歩まなかった。
何故ならば、彼らの頭上に少女が告げたレッテルがネオンサインの如く輝いていたからだ。
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