鮮血硝煙 九話
スターリングラードでの戦闘は、北部においては大日本帝国の援軍により、南部においては美しい歌を歌う魔術師を擁した特務部隊の異常なまでの奮戦によって王国軍有利のまま進められ、最終的に防衛側であった帝国軍の指揮官が降伏を宣言することによって終わった。
もちろん、帝国にとってはこの程度の損害は取り戻すことのできる物であったが、ここで英国からとある宣言が出される。
〈第二次カリスティア・ミルドガルシア戦争の早期終結への支援宣言〉
実質的な帝国への敵対宣言である。これ以上戦闘が継続される場合、英国はミルドガルシア帝国に対して宣戦布告するとの内容であった。狭い国土でありながら優秀な魔術師を帝国以上に擁している英国のこの宣言、およびその直後に日本、カリスティア王国、英国によって結ばれた三国同盟によって、王国の安寧は保たれることになったのだった。
そんな情勢へと変化していく中、クルツはポリーナと共に観光名所であるファールリネ海岸にある崖の淵で、夕日を眺めながら話をしていた。戦後の事務処理に明け暮れていたクルツの元に、ポリーナから一通の手紙が届いたためであった。曰く、非常に大事な話があるので来てほしい、と。それを受け取った時の彼の顔は何かに安堵したような表情を浮かべていた。
「今回の戦争もようやく終わったな。私は軍人をまだ続けるつもりだが。ポリーナには続ける意味がないだろ?」
少女に背を背を向け夕陽を眺めているクルツ。日没間際だというのに崖から見下ろすことのできる海水浴場には、涼をとろうとする人々がそれなりの数いた。
「……確かに、私が軍人になったのは帝国軍をより多く殺すためでした。……でも、それももう終わった。これは、喜ぶべきことなのでしょうね。」
そう語る少女の瞳は何かに脅えるように揺らめいていた。ゆらり、ゆらり。さながら海中奥深くから水面を見上げているような揺らぎであった。
「なぁ、ポリーナ。私に歌を聞かせてくれないか。次に会えるのがいつかわからないからな……耳に残しておきたい。」
「…………解りました。」
柔らかな橙色の中、少女の美しい歌声に包まれたクルツ。彼はその瞳に喜びの感情を浮かべ――ゆっくりと目を閉じる。
「私はな、君の事が…………」
心の底からの想いを伝えようとしたクルツを、少女が遮る。驚いた様子もなく口を閉じるクルツ。
「私は、軍人を止めるかもしれません。でも、戦いはまだ終わらないんです。あと少しだけ、続けなければならないんです。」
「……どういうことかな?」
言いつつ振り向いたクルツの腹にあってはならない物が出現した。深く埋まり込んだナイフ。柄のみが外に出ているその様子は、その深さを強調していた。
「……やっと、終わった。私の復讐も、戦いも。そして……」
感極まったように言葉を絶えさせる少女。その顔は、歪んだ笑顔と……涙に包まれていた。
「な……」
「驚いてますねクルツさん。……私の生まれた故郷を、本当の両親を殺したのは貴方だったんですよ。それを……殺さないでいられない……!」
悲痛に、悲痛に叫ぶしかない少女。それを、刺された人間としては異常なほどに穏やかな瞳で見つめ、クルツは囁く。
「なぁ、に。私は驚いてなどいない。薄ヶ気がついてはいたからな。だが……それでも、私は」
――君を愛さずにはいられなかった。
「クルツさん……クルツさんクルツさんクルツさん!私だって!気がつきさえしなければ!貴方のことを……!」
身を振り絞るような絶叫。少女の慟哭の中、クルツはゆっくりと目を閉じた。
「愛して……いたんですよ。貴方は私を助けてくれました。それに、ヴァレリーを殺した今、帝国人への敵愾心をおさめ始めてもいます。……だけど、だけど!あなたが私の両親を殺したことは、決して許してはいけないんです……!」
少女の顔はただ、歪む。
これが、物語の終焉であった。
薄暗い部屋の中、モニターの光と窓からの太陽光にのみ照らされた貧乳の美しい少女が小さく呟く。
「王都に部屋貸してもらったわけですけど、なかなかに素晴らしいですね。……この装飾といい、おいてある家具まで最高です」
事実彼女の周りにおいてあるものは全て職人によって制作された一種の芸術品であると言っても過言ではないものばかりであった。
「それにしても、今回は少しばかり大仕事でした。前回のヴァチカンによるロンドン侵攻もなかなか大変でしたけど……ふふ。時系列で言えばまだ未来の話ですか」
「しかし、英雄というのは中々因果なものですね。……父さんもそうだったらしいなぁ……簡単には、死ぬことができない。何があっても、まるで世界の意思が働いているかのように生き延びてしまう。それを、私たち人間は興醒めだとか、御都合主義だとか言いたくなるものだけど」
「ハッピーエンドは、良い物ですね」
「あははははははははははははははははは」
笑う少女が眺めていたのは、窓の先にある王都大広場である。そこでは、救国の英雄と讃えられている青年と、聞く者の耳を引き付ける素晴らしい歌声をもつ美少女が、国王からの勲章を授けられ、そのお礼として幸せそうに笑いながら歌を歌っていたのであった。彼らの左手にはまぶしく輝く指輪が――嵌められていた。
「――私と一緒に、償いをしましょう。」
「ああ、必ずそうする。俺は、間違っていたんだから。」
こうして一つの物語に真のエンディングが訪れ、ここで語られることのない新たな物語が紡がれ始める。今度は、二人で。




