鮮血硝煙 八話
「諸君、私たちはこの戦争における重要な分岐点に立っている。スターリンなどという愚かな指導者の名を持つ都市など完全に蹂躙せよ。征服せよ。強奪せよ。我らの目的はただ一つ、彼の地の制圧のみにある。その為にあらゆる有象無象を蹴散らかせ」
キャンベルが、ウィングストンがリンネがセリウスが、目を輝かせ己の武器を触り始め気合いを入れる。
「隊長、間もなく作戦区域に到達します」
クルツの傍らにはポリーナの姿もあった。ウィングストンに授けられた魔術師用コートを身に纏い、その姿は立派な兵士と言っても過言ではない。
目的地に到達したことを確認すると同時、総員降車の命令を出すクルツ。北部では激しい平地戦及び市街戦が繰り広げられているようだったが、南部では未だ戦端が開かれていなかった。……もっとも、それも時間の問題だろうが。クルツ達が命じられたのは事前に送り込まれていた偵察部隊からの報告にあった、謎の領域を捜索する事であった。何日にもわたる観察の末に帝国軍情報局の人間が出入りしている場所があったのだ。それ以上の観察は要員が一二名中九名殺害されたことによって不可能となったが。
クルツ達が市街に接近しようとしたのを発見した部隊があった。指揮官はミハイル・ローベルトヴィチであった。奇しくもクルツ達にゲリラ戦を仕掛けてきた部隊が再編成された部隊と再び戦闘が繰り広げられることになる。
「同志レギーナ・ニコノヴァ少尉、敵部隊が当部隊の担当区域にやってきたぞ。その魔術によって連中を完全排除せよ」
「了解しましたわ同志ミハイル中尉。……あら、ウィングストンが敵部隊にいるようですね。確か中尉殿が以前交戦された部隊にもいたとおっしゃってましたね。同じ舞台の可能性が高いですわ」
「……連中か。決して気を抜くんじゃないぞ。総員! 対魔術師戦闘用意。一般兵は前面に弾幕射撃せよ!」
スターリングラード攻防戦が激戦となったのは帝国軍があくまでも都市の守備を重視した行動をとったからであった。決して前に出すぎることもなく、ただただ工法より射撃戦を挑むその姿勢によって王国軍は犠牲を強いられることになったのだ。だが、ここまでの戦闘をご覧になった賢明なる諸氏ならばわかるだろう。この世界の戦争は兵力も大事ではあるが、ある一定のレベル以上の魔術師が戦局を完全にひっくり返すことがあると。キャンベル博士のような類稀なる技術を持った科学者の制作した兵器ならばともかく今はまだ科学的な兵器は量産が容易く誰にでも扱えるという事以上の利点が無い。戦場は魔術師によって支配されているのだ。だからこそ、対魔術師戦闘の兵器が開発もされているのだが。
「固定式魔術阻害機を起動しろ! 敵魔術師戦力は我軍を上回っていると判断する!」
ミハイルが部下たちに命令している時、クルツもまた命令を下していた。
「ウィングストン、総員に物理障壁をはれ。正面から強行突撃する。キャンベルは対結界攻撃を準備が完了次第放て」
命令通りに詠唱をしようとしたウィングストンの表情が凍る。一帯に展開された魔術阻害領域によって魔術の発動を妨害されたためである。
「隊長、申し訳ないのですが普段ほどの物理障壁を展開する事は不可能です。小銃段程度ならば防げるでしょうが……」
「……構わん。それ以外ならばポリーナの支援によって回避することができるだろう。総員突撃をしろ」
クルツの言葉を受けて詠いはじめるポリーナ。その姿は非常に美しい。
かつて 古の 王と 呼ばれていた
その 姿は ただ 美しいと 讃えられ
持てる 力は ただ高く 敵わぬと 讃えられ
真実 全ての王と 崇められ
ただ その慈愛は 果てる事もなく
その美しき調べは兵士たちの心と体に干渉していく。全体的な身体機能の強化、対魔術防御力の強化、あらゆる点でのサポートを行うことができるのがポリーナに適した魔術であった。〈詠唱〉ではなく〈歌唱〉による魔術行使は非常に希少なものであるとウィングストンの分析では出ていた。また、彼女が使いこなせないだけでその身に宿る魔力量は正確に計測できないほど膨大であるとも。
特務部隊最初の交戦が始まる――!
クルツ達がスターリングラードへ到達しようとしていた頃、北部では南部以上の激戦になっていた。帝国軍主力部隊である魔術師師団と帝国軍主力部隊である第三〇五特務師団が衝突していた。
スターリングラード攻防戦におけるロシア軍の戦術は防衛重視ではあったが、突撃用の戦力も用意されていた北部では大量の兵士たちが王国軍に向けて突撃していた。本来の戦術ドクトリンである〈人海戦術〉を用いた戦闘が繰り広げられたのだ。圧倒的兵力をもってして戦場を制圧しようとするこのドクトリンはある意味で帝国軍の真骨頂とも言えた。魔術師がいても覆すことのできない兵力を擁する帝国だからこそできる事だが――
ураааааааааааааааааааааараааааааааааааааааааааараааааааааааааааааааааараааааааааааааааааааааааа
王国軍の構築した侵攻部隊へと迫りくる〈突撃者〉を含めた帝国軍兵士たち。
ураааааааааааааааааааааараааааааааааааааааааааараааааааааааааааааааааараааааааааааааааааааааааа
その一画が魔術によって大きく崩されようとも、第一陣が半壊しようとも次々と現れる帝国兵士たち。
ураааааааааааааааааааааараааааааааааааааааааааараааааааааааааааааааааараааааааааааааааааааааааа
だが、魔術ですら覆すことのできないはずの状況をひっくり返す存在が、現れる。
大日本帝国陸軍第二師団特別派遣部隊及び大日本帝国総合技術研究所特別室実験課の面々である。
特別派遣部隊を統括する立場でありながら最前線に立っている男、清水玄宗は口を開きこう叫んだ。外見は筋骨隆々というわけでもないのに、圧倒的な力を全身から放っているように見える。
「総員抜刀! 全軍突撃準備! ――我らが今上天皇陛下に万世の栄光があらん事を! 我らが身にてその大いなる道の礎とならん! 皇土日ノ本の血となり肉とならん! バンザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイイ!」
あらゆる技術が進化し、新兵器が開発されていく中で、ただただ刀を用いた魔術を中心に発達させてきた日本。そんな国家らしく派遣されてきた部隊はその九割を侍が占めていた。だが、その戦闘力は近代化された大陸の軍隊をも上回ることを、彼らはかつて証明している――!
「やれやれ、軍部の連中は相変わらず暑苦しくてたまりませんね……何度も見てきましたが。本当に、何度も」
「そ、そんなことより! 室長、僕たちも行かなきゃまずいんじゃないんですか? あんまり気が乗らないですけど……」
「西宮君、そんなことを言っていると世が世なら非国民扱いされてしまうよ? もちろん、この世界ではそんなことは無いけど」
「また訳の分からないこと言って……ほら、ちゃんと号令かけてくださいよ」
呆れたように話す彼の顔は、実のところ戦場に出たくなさそうに歪んでいたのだが、舞倉はそれに気が付かない。
「あー、今回は研究成果を十分に実戦で試験するように。命の危険がある戦場なので、死なない程度に頑張りましょう。では、手筈通りにお願いします。あははははははははははははははは。」
彼女の笑い声と共に研究者達が動き始める。彼らの後ろから出てきたのは人間の数倍の大きさをした鋼鉄の兵器であった。開発者によってさまざまな形ではあったが、それらの全てが大日本帝国の技術力の結晶でもあった。科学であろうと魔術であろうと取り込むその姿勢はある意味で魔科学と通じるものがあったが、根本的に違うものがあった。彼らはそもそも日本という大陸とは違った文化圏の人間なのだ。歴史も当然のことながら違う。それ故に、彼らの研究は魔科学よりも何段階も進んでおり、更に非常に発想の自由度が高かった。魔術と科学を組み合わせよう、と意識する魔科学と、そもそも前提としてそんな発想など存在している大日本帝国技術研究所の違いであった。
「な、何故こんなところに日本兵たちが!ありえない、ありえない!」
北部方面の守備部隊に所属するネストリア・ソルキンは狂乱する。かつて彼が若かったころに見た悪鬼のような連中。魔術師による一斉攻撃を文字通り切り裂き、射撃部隊を全て薙ぎ払っていった連中。それが今再び目の前に現れたのだ。恐怖するほかなかったのだろう。
〈突撃者〉が倒れていく。帝国軍でも精鋭と言われる彼らですら、侍たちとの白兵戦に勝利することは出来なかったのだ。例えば、兵士アスファナシーの場合であれば。彼の目前に迫った侍に向かって大上段から切りかかる。刹那、姿が掻き消えた敵を探せば、背後から超高速で斬撃される。
「ぐっ。うおおおおおおおおおおおおお!」
右手に握った剣を振りぬきながら、左手で鞘を逆手に叩き付ける!かつて新兵だったころに編み出し、教官に褒められたこの技に彼は絶対の自信を持っていた。
「――青いな」
だが、その一撃すらも侍は躱して見せる。コンマ五秒にも満たぬ時、三十六の斬撃によってアスファナシーの体中に大きな裂傷ができる。
「い、いってえええあああああああ!」
恵まれた体格にものを言わせようと、彼に残された全力で、侍のいるあたりを空間事薙ぎ払う!
「力に頼るのも、また青い。」
決死の攻撃すらいなされ、アスファナシーは己の未熟さによって敗北する。
「あはははははははははは! 楽しいですね! この作品は本当に素晴らしいじゃないですか!」
侍たちとはまた違う方面から進行していた舞倉は、彼女についてきた西宮と共に一際大きいロボットに乗っていた。その鋼鉄は、彼女の趣味によるものだろうか、現代でいう特撮に出てくるロボットのような姿をしていた。
「西宮君! 近接戦闘モードに変形させます。コードアクセラレーション注意してください」
「了解です室長!」
彼女が手元にあるコンソールで何やら操作をすると鋼鉄の異形がその輪郭を変じさせていく。その様子を見ていた帝国兵は恐れるように呻く。
「日本の連中の技術力、あれは正に、変態じゃないか」
「あははははははは。正にそうです!」
その言葉を高性能マイクで拾っていた彼女はそう叫びながらさらなる戦いへと赴く。技術研究所が実地試験を行っているエリアだけ何故か数十年、下手したら数百年先に出てくるはずの兵器が戦闘を繰り広げ、さながら未来の戦争のようになっていた。
大日本帝国からの援軍によって北部戦線が王国軍有利へと傾こうとしていた時、クルツ達は市街地へ侵入することに成功していた。
「情報によるとこの先にその建物があるそうだ、敵増援が現れる前に片をつけるぞ……敵だ!」
情報にあった建物に接近した瞬間に、サブマシンガンによる射撃を受ける特務部隊。その攻撃によって数名が負傷してしまう。
「ちっ! クルツ! ありゃ情報局直属の戦闘部隊だぞ! やっぱここにはなんかあるって事だろうな!」
敵に対して反撃しながらも、器用にぼやくラルフ。彼に対して答えるクルツ。もちろん、ライフルによる狙撃をしながらであったが。
「そうだろな! ――ところでウィングストン! 今なら魔術、撃てるんじゃないのか?」
直前に魔術阻害機を破壊していたため、帝国軍による妨害領域に隙間が出来ていたのだ。
「行けますぞ。ふぇふぇふぇふぇふぇ」
クルツの言葉を受けて練り上げていた魔力を解放せんと詠唱をはじめるウィングストン――!
力が全て 全ては力 世界は全て
故に 我が力は世界
神を身に宿し 神を喰らい尽くす
世界は変わらず 人も変わらない
だが 世界は終わりへ 向かっている
幻想は紡がれ 現実は崩落する
夢は覚めず 現実は語られない
終わらない 終わらない 終わらない
始まらない 始まらない 始まらない
全てはただ 一点へと収束する
不変の未来を 観測しよう
〈幻実世界の神話崩壊・ワールドエンド〉
いかな情報局直属の精鋭と言えども、ウィングストンの魔術に抵抗することは叶わない――!
「ここのようだな。」
扉の前にたどり着いたクルツはそう呟く。それに同意するように頷いたポリーナが扉を開ける。――その瞬間、視界の端にスコープの光を見たクルツは、ポリーナの身体を抱きかかえるような形で扉の中に転げ込む。
バシィッ!
間一髪、彼らが先程までいた場所に弾丸が飛来する。狙撃手の存在を確信した彼は命令を下す。
「総員散開しろ! 私は隙をみて奴を――」
だが、それを言い切る前にいきなり扉が閉まってしまう。完全に孤立させられてしまったのだった。
「厄介なことになったな……ポリーナ、怪我はないか?」
ポリーナの身を案じて、表情をやや曇らせているクルツ。彼の顔を見ながら赤面しているポリーナには気が付いていないようだった。
「あ、ありがとうございます。怪我はないんですけど……その、どいてくれませんか?」
少女に言われ初めて気が付くクルツ、彼が上から覆いかぶさっており、彼女からすれば圧迫感が凄まじいことになっているという事と、そして、その態勢が色々な意味で危ない事だ。
「すっすなまい! すぐにどく!」
慌てて身を引いたクルツを見つめ、ポリーナはまじめな表情で呟く。
「でも、いつも助けてくださって、ありがとうございます。私は、そんなクルツ中尉を尊敬しています」
「そうか、ありがとう。……ところで、私としては本来の目的である探索を続けようと思うのだがどうだろうか?兵士たちを率いて中に入るのも、魔術師である君を伴ってはいるのもそう変わらないような気がしてな」
「ではその旨、ウィングストンさんに魔術通信を用いて伝えておきますね」
なにやら呟いた後、彼女はクルツを促す。
「連絡完了しました、先に進みましょう。」
薄暗い地下へと続く階段を下りていく二人、その先に何が待ち構えているのかなど、この時の彼らには知る由もなかった。
階段を下りていく途中、ポリーナが小声で話し始める。その表情は戦争に巻き込まれる前の彼女を思い出させる、弱々しい表情を浮かべていた。
「私、ここにヴァレリーがいるような、そんな気がするんです。……そう思うと、復讐しなきゃって思うんですけど、少しだけ、怖くなっちゃいました」
実際、ヴァレリーらしき人物に偵察部隊が殺戮されたとの報告もあり、この周辺に潜んでいる可能性は非常に高かった。
「さあな。まだ解らんさ。あの男が命令されている事、どんな作戦に従事しているのか、そもそもどこに所属しているのか。そんなことも解らないんだ。……もし万が一ここで奴に会ったとしても、殺すだけの話だ。俺にとっても仇だからな。あいつは」
「――前から気になってたんですけど、今ようやく聞けます。どうしてクルツ中尉は、彼を殺そうとしているんですか?」
彼女にとっては些細な疑問であった。だが、この質問は彼女の運命を大きく変化させるものであった。もちろん、今すぐにではないが。
「俺の、両親と妹を殺されたんだ。まだ小さかった頃に。……それから俺も同じようなことをやってきた。奴を殺すためだけに、色々な任務をこなしてきたんだ」
「――そう、ですか」
それきり口を閉じると、二人は無言で階段を下りていく。たどり着いた先には扉があり、互いの顔を見合わせる。
「じゃあ、行くか。」
最後の戦いが、始まる。
そこは牧場であった。
同じ大きさのガラス製容器の中には。
一人ずつ
人間が(・)詰め(・)込ま(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)。
「え。なに、これは。」
あまりの光景に言葉を失ってしまうポリーナ。……彼女が絶句した理由は人間が大量にガラスに入っている事だけではない。その人間の顔が。
彼女と異常に似ていたのだ―――
それを認識した瞬間、彼女の脳内にかつての記憶が暴力的なまでな心の痛みと共に蘇る。
「い、や。いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
悲痛な叫びをあげる彼女に話しかけてきたのは。二人にとっての共通の仇であるヴァレリーであった。
「ようこそ、研究室へ。ふふ、思い出しているのかな?かつての記憶を、作られたのは何のためだったのかを。さあ、ゆっくりと思い出しているといい。……そして、君は死にたまえ。私の邪魔を、するんじゃない――!」
語り終わったヴァレリーは、今再びクルツとぶつかり合わんと吶喊してくる――!
以前の衝突をそっくり再現しようというかのように正面から走りこんでくるヴァレリー。違うのは彼が握っているナイフが、魔術によって様々なものを追加できる魔術武器になっている事であった。伸縮自在な彼の武器は、〈虚流暗殺術〉のある師範が代々受け継いていた物であった。数々の人間を暗殺してきたその武器は、さらなる血を求めるかのように鈍く光り輝いている。
「〈天才作成計画〉だと、馬鹿な! あれはかつてお前たちが失敗した計画のはずだ!」
優れた魔術の素質を持つ子供を複製し兵器とする計画であった。だが、ある子供の複製品を作った際に、力を抑制できず暴走。当時実験所のあったチェルノブイリが都市ごと消滅したのはそのためであった。ヴァレリーの目的候補として調べていたが、その失敗から計画が中止されたと聞き、クルツの思考の外にあったのだ。
「ほう、良く知っているな。そうだ、そこにいる娘は第一六次製造計画における成功例であり、計画全体での唯一の成功例でもある! まさか感情を持たせることが成功させるための条件だとは思わなかったが、結果として育てさせていた家族ごと逃げられたのは皮肉な話だが、な!」
叫び声と共に弧を描いた刃がクルツに襲い掛かる。それをかろうじてかわしながら一歩踏み込むクルツ。だが、彼の心は先程の言葉について考えてしまっていた。妹に似た顔を持つクローンたち。かつて村に襲撃してきたヴァレリー。これらのことから導き出される結論は――
妹は殺されておらず、ヴァレリーによって誘拐されていたという事。ならば、生きている可能性もある――
「ならば貴様! オリジナルの少女はどうした! 私の妹はどうした!生きているのか!」
凄まじい攻防を繰り返しながら必死に問いかけるクルツ。
「妹……? まさか貴様。あの時の! くっくっくっく、フアアッハッハッハッハ!あの娘なら命はあるさ! 研究にまだまだ使わなくてはならんからな! だが、もう奴が生き返ることなどない! 一度魂を乖離させたんだ! 肉体も朽ち果てた今、蘇りなどしないさ!」
肉体から魂を抜き取り保存する、それを研究するのがこの計画の骨子であったのだ。故に彼女の魂は残っているが、生きてはいない。クルツの希望は断ち切られた。
「許さんぞヴァアアアアアレリイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」
クルツの物とは思えないほどの絶叫をし、これまで以上の加速を見せて切りかかる。クルツが握っていたのはライフルが剣に変化した魔術剣であった。それが彼の感情に呼応するように光を強める――!
「すでに互角……か。ここを嗅ぎ付けられたのは予想外だったが。こいつの強さも予想していなかったな」
小声でぼやくヴァレリー。彼の技術は異常なまでに高い。だが、既に年老いてきた彼の身体がクルツの攻撃に徐々に押され始めていたのだ。
「だが、負けるわけにもいかないんでね!」
クルツに向かって強く打ちこみ、それを防御した瞬間に大きく距離を離すヴァレリー。彼は近くにあるガラス容器をチラッと見た後、ポケットから取り出したスイッチを押した。瞬間、それまで意識のなかった容器の中の人間達が同時に目を開けた。
「出力はまだまだではあるが、貴様一人なら殺せるぞ! 行け! 〈愚者〉達よ!」
その眼が一斉にクルツを捉える。
そして、彼女たちが動き始めようとした時。
ポリーナが立ち上がる――
「止まりなさい。それは、私がやらなきゃならない事なんだからあああああああああああああああああああああああああああ!」
彼女が紡ぐのは音楽。聞く者の魂を浄化するような、そんな素晴らしい音色であった。魔力のこめられたその歌によってある事象が展開される。その歌に題をつけるならば、そう。神話に登場するかつての癒しの神である、アシュヴィン・ダブルの名をつけるのが最もふさわしいだろう。
歌う事によって行使される魔術の本質は、紡がれた言葉の意味によって大きく左右される。魔力の持つ意味合いはあまりないのだ。これが詠唱系魔術との最大の違いになるのだ。今回は、それが非常に効果的に発動された。汎用性の高い魔術であったことが功を奏したのだ。意識を取り戻した直後に強制的に眠りにつかされるクローン達。その光景を見てヴァレリーの思考は完全に停止する。出力不足とはいえポリーナが作成されてから十数年がたち、大幅な技術革新がされていた。求めていた出力には足りないものの、まさか全員が一瞬のうちに眠らされるとは思ってもいなかったのだ。
「き、貴様。まさかここまで成長しているとは……所詮はかつての成功例、最新世代に敵うはずがないのに……!」
「確かに、そうだったかもしれない。けど、貴方達の管理の元から離れて生活している間、父さんと母さんに愛情を注がれて育った。私の魔術は感情が豊かになればなるほどその種類を増やしていくし、効果も増す。だから、こんなところで育てられた感情の無い娘達に私が負けるはずがない。」
その言葉を聞いて全身の力すら抜けてしまうヴァレリー。長年積み上げてきた計画が全て無意味であったのだ。感情など必要ないと切り捨てて人生を歩んできた彼では、気が付くことなどできなかったのだろうけど。
「本当に……何という皮肉! この世界は、本当に残酷すぎる!」
彼の慟哭を静かに受け止め、ポリーナがとどめを刺そうと近寄ろうとする。もちろん、クルツも同じように歩み寄る。
「それじゃあ――死ね。」
パァン
広大な地下に、銃声が響き渡る。




