鮮血硝煙 四話
遅れましたすいません
大日本帝国で報じられている欧州で始まった戦争に対する国民感情はカリスティア王国に対して非常に同情的であった。日本の同名相手であり非常に関係の深い英国が日本政府にそのような印象を与えていざというときに動きやすくするように要請したからであった。元より、同じ帝国に圧迫されている国家ということで同情されていたことだろうが。そんな中発行された新聞を手に取り、美しい少女がこう呟く。
「この戦争が予定通りに進まないとヴァチカン事件が起こらなくなってしまいますね。……まあ、私が干渉するまでもなく王国に対して我が国は参戦しそうですがね。あはははははは」
そんな風に乾いた笑いを浮かべている彼女の元に部下が歩み寄ってくる。白衣を身に纏い、その胸には大日本帝国総合技術研究所のロゴと共に、小さく特別研究室のマークが縫い付けてある。勿論、名前も同じあたりに縫い付けてある。部下の名は西宮健吾というようだ。
「舞倉室長、あんまり変な笑い方しないでくださいと何度言ったらわかるんですか?……ほら、頼まれてたコーヒーです」
呆れた口調でそう言いながら、缶を手渡す西宮。渡された女性の胸には舞倉宅美と縫い付けてあった。
「仕方がないでしょう? 楽しいんですから。そんなことより、今回の戦争。私たちの研究成果を見せる絶好の機会だと思いませんか? 西宮君」
「馬鹿なこと言わないでくださいよ室長。いくらなんでもはるか欧州で起きている戦争に私たちが参戦するはずないじゃないですか」
「本当にそう思うかい?」
「もちろんですよ」
「本当に?」
「はい」
二度も確認する舞倉。そして、意味ありげな微笑を浮かべると、こう言った。その時彼女の顔を見て西宮が赤くなっていたのは気が付かなかったが。とにかく彼女は不思議なところで鈍感なのだ。
「まあ、すぐにわかりますよ。どうせ今頃、上層部の連中は緒戦の結果でどうするか決めるだのなんだのって騒いでるはずですからねぇ。あはははははははははは」
各国の思惑が交わる中、奇しくもそのほとんどの国家が緒戦の結果で考えようとして伊野だった。そんな国際情勢の中、クルツ達特務小隊はラジリカ村への攻撃準備を着々と整えていた。
「ふぇふぇふぇふぇふぇ。各種魔術道具の準備は完了しましたぞ。これで私の実力を十全に振るう事ができますぞぉ」
「一般兵には十分な弾丸、および手りゅう弾と非常用の携帯食糧が行きわたっています。こちらをご覧下さいませ」
「新しいFGも作り上げました。これで帝国兵の連中もいちころです」
「どこだ! 爆破されたい奴らはどこだああああああああああああああああ!」
各々の報告を聞きながらクルツは自分のライフルと、サブマシンガンの整備をしていた。そこにやってきたラルフが、クルツに話しかける。
「ちゃんと眠れてるか? クルツ。お前表情がやばいことになってるぜ。目つきが悪すぎるからな。」
「大丈夫だ、何の問題もない。それより、お前こそ大丈夫だっただろうな?沿道で見かけた女性に声をかけてそのまま……なんてことはしてないよな?」
「いやーまさかそんなことするわけねーだろー。うん、なんにもしてないぞー」
途端に目を泳がせカタコトになるラルフに思わずといった様子で笑ってしまうクルツ。
「ふふ。お前は相変わらずだな、ラルフ。まあ、戦場では期待している。私の補佐をしっかりとやってくれよ?」
「ああ、勿論だ」
出撃準備が始まる少し前に、総指揮官から命令された事を全員に伝達し始めるクルツ。ラージェリア平原での戦闘を側面から支援するために、ラジリカ村での戦闘終了後速やかに指定された地点まで移動せよとの命令であった。
「短期間の間にかなりの激戦に身を置くことになるが、諸君ならばできると私は確信している。……この作戦目標を遂行するにあたって、ウィングストンには別働隊を率いて指定されたポイント付近の援護を行っておいてくれ。私達が向かう先が敵地のど真ん中になられては困るからな。」
「了解しました中尉……では、私の行動用端末二号〈スタークラスター〉を中尉に付いていかせます。私が別端末を使用しているため性能はかなり低下しますが、命令通りに魔術を使用するはずですので、御活用ください。ふぇふぇふぇふぇふぇふぇえ」
「同時起動まで可能だったのか。それは素晴らしいじゃないか。是非使わせてもらおう。ラルフ。お前に任せるが、良いか?」
「ったく、構わねえよ。要するに切り込むときにつれていけばいいんだろ? できる限り壊れないようにはしてやるからな、ウィングストン」
「ふぇふぇふぇふぇふぇふぇ恐縮です。ですが、その端末は試作段階の物でしたので破壊されても私は構いません。どうか、命だけを大事にしてください」
自らの不死性を得るための過程で作られた試作品程度には興味が無いと言わんばかりに手を振るうウィングストン。見た目とは違って上官の命を慮る一面もあったようだ。
「クルツ中尉。お願いがあるのですが。聞いていただけますか?」
白衣をまとったマッドサイエンティストであるキャンベルが、自らのFGを指さしながらそう言った。クルツが無言で承諾すると、次のようなことを言ってきた。
「ここにあるのは私が装着するための戦闘用フューチャーガジェット(FG)達です。是非、実戦での使用感等を確かめ新たなFG開発にフィードバックしたいので出撃許可を頂きたいのです。科学者が戦えないと思っている連中に思い知らせてもやりたいですしね。」
彼の想いのこもった言葉にクルツは出撃許可を出した。
「よかろう、足手まといにはなるなよ?博士には突撃部隊に入ってもらおう。」
そうしてすべての準備が整うと、ウィングストンは友軍と共に部下を率いて出撃し、クルツ達特務小隊はラジリカ村へと進撃を開始した。既に平原全体で主力同士の大規模な衝突が発生していた。防衛ラインを張りその後ろからの反攻作戦を行おうとしている帝国軍と、勢いのままに押しつぶしてしまおうとしている王国軍の激しいぶつかり合いである。両国の戦力はこの段階ではほぼ同数であったが、本格的魔術師部隊の用兵能力が高い王国がやや優勢に戦闘を進めていた。魔術師が放つ魔術は基本的に放たれた側の魔術師が防ぎ、反攻する。といったように魔術師同士の戦いと一般兵同士の戦いが同時に行われるようになっているのがこの時代の戦争である。
「なんとしてでもここで食い止めろ!敵魔術師部隊が近くまで迫ってきてるんだ! 押し返せ! 〈突撃者〉前へ! 持てる力全てを使いただ前へと進め。突撃だ!」
ураааааааааааааа!
王国の魔術師を剣で貫かんと突撃を敢行し、弾丸を叩き込まれる帝国兵。
逆に、射撃が命中せず切断されてしまう王国軍の一般兵。
はるか遠くより放たれた魔術によって集団が吹き飛ばされる。
凄惨な光景がそこには展開されていた。魔術師という一人で一軍を殲滅できるとまで言われる存在同士がぶつかりあい、かつてない兵力で射撃戦を行っているのだ。それが凄惨でなければなんだというのだろうか。
「クルツ隊長! 駄目です、この先には敵歩兵部隊が散開しています! 右方の丘陵地帯を経由してもラジリカ村が見えてきますので、そちらに迂回しましょう」
彼自身が作ったFGによって索敵したキャンベルが、そう報告してくる。
「ならばその情報は友軍に回すんだ!とにかく走って走って走りまくれ!ラジリカ村へ向かうぞ!」
そう命令したクルツに言葉を返したのはラルフであった。彼は傍らにウィングストンの行動用端末を伴いながら、不敵に笑いこう言った。
「ウィングストンの魔術ならあそこの広域殲滅できるとさ!やるか?」
「――やれ!ただしすぐに済ませるんだ。」
クルツの許可と同時に〈スタークラスター〉が魔術を紡ぎあげる。
古より連綿と受け継がれし血の盟約に従いて我が目前に顕現せよ汝名をアズラーイルすべてを貫きすべてを通さぬ至高にして最強の存在神代に作られし神造兵器としての役目を果たせ私が許可する
〈拘束解放〉
神に逆らう愚か者へ天罰を下すために神によって作られた意思のない兵器、アズラーイル。天使と呼ばれるその姿は、まるで鋼鐵によって輪郭が作られているかのように光り輝いている。その右手には神造兵器である剣が握られている。アズラーイルがそれを振るった瞬間、敵集団が爆散した。もちろん、彼らとて何の魔術対策をしていなかった訳ではない。政治委員が同行している部隊であったため、通常よりもさらに強く魔術障壁が張られていたはずなのである。だが、そんな物はウィングストンの魔術の前では全く意味がなかったのである。
敵部隊を一瞬で半壊させた兵器は、次なる犠牲者を探し求めて歩き始めたが、突如として出現した巨大兵器に対する帝国軍の対応は流石と言わざるを得なかった。射撃統制によって効率的な射撃を可能としている帝国軍迫撃砲部隊が、一斉に射撃したためだ。さしものウィングストンが召喚した兵器とはいえ、それらすべてに耐えきることは不可能であった。ばらばらとその体が崩壊していき、最後には何もなかったかのように消え失せてしまった。それが存在していたことを証明するのは、地面に出来た大きなクレーターのようなくぼみと、周囲に散らばっている人間の一部だろう。
もっとも、その戦闘を既にクルツ達は見ていなかったが。最初の一撃が放たれた段階で敵部隊の壊滅を確認したため、先を急いでいた。
駆け抜ける。駆け抜ける。駆け抜ける。
駆け抜ける。駆け抜ける。駆け抜ける。
駆け抜ける。駆け抜ける。駆け抜ける。
駆け抜ける。駆け抜ける。駆け抜ける。
駆け抜ける。駆け抜ける。駆け抜ける。
駆け抜ける。駆け抜ける。駆け抜ける。
駆け――――――――――――――――
立ち止まる。彼らの目標であるラジリカ村からはギリギリ見つからない程度の距離にある丘にたどり着いたのだ。打ち合わせ通りに、〈スタークラスター〉が崩壊する限界付近の魔力を込めた魔術を放つ。
慈悲深き大地の守り手よ
非情なる疾風の覇者よ
聡明たる水面の奏者よ
厳格なる劫火の介添えよ
万物を構築せしは理、必然、道理
愚鈍なる汝らに現世の道を指し示さん
至高の悦楽を求めよ
至高の苦痛を求めよ
求めよ求めよ求めよ
三度の望みに応えよ
我が身を構築せしは悦楽、苦痛、探求
愚鈍なる汝らに我が魔道を指し示さん
〈万物照応・魔道王国サンドリヨン〉
魔術師の間では固有結界と言われる魔術を、村全体を覆う規模で、なおかつ完全に掌握した状態で展開するウィングストンはやはり天才であった。そして、その結界が展開されたのち、唐突にもっとも近い側の建物が爆発した。
「爆発こそが至高の戦闘術だ。それを覚えておくんだな帝国人共め」
FG〈オライオン〉によって自らの開発した指向性爆弾を投擲したリンネ・ホッパードは、さらに投射し始めた。それに伴い叫び声をあげて突撃していく一般兵達。その中にはキャンベル博士も交じっており、驚異的な速さで敵陣営にたどり着こうとしていた。
「突撃いいいいいいいいいいいいい!」
イリダル・チェブーニン帝国軍大尉は襲撃時、村の中央にある士官用の建物で地図を囲みながら部下たちと会議をしていた。
「――それにしても、政治委員殿はこんな時にただの村娘にうつつを抜かしていますな。もう衝突が始まったというのに。一向にここにいらっしゃらない」
「同志フョードル中尉。それならばそれで私たちが作戦を上申すればいいのだ。その方がお互いの為になるだろう?」
「はは、それもそうですな」
ぼやいた部下がそう笑った時、窓の外でいきなり膨大な魔力が発生し、村全体を包み込んだ。魔術師達はもちろん、魔術師適正のない一般兵でも感じることができるほどの魔力が、一斉に村を覆い尽くす――!
あらゆる自然災害が村全体で再現されたかのようであった。炎と共に溶岩がふきあがり、あり得ないほどの風によって竜巻が発生し、大水によって建物が破壊される。ウィングストンの固有結界は魔術を極めようとすればする程、自然の驚異へと近くなっていく側面を描き出しているのだ。
「な、なんだこれは……! 同志イリダル大尉、如何なさいますか?敵の魔術師による攻撃かと思われますが」
イリダルの部下たちを代表して問いかけるフョードル大尉。その眼は混乱していたが、上官に対する絶対的な信頼が伺われていた。
「魔術師は今の攻撃がどちらから行われたのかただちに解析し、防護体制をとれ。歩兵部隊はそれに付随して防衛隊を組むんだ!」
ラジリカ村の防衛は、より外周部分にある部隊が行う予定だったのだ。ここに駐屯しているのは戦場をより有利な形に変えたり、敵軍をまとめて爆殺したりするための工兵部隊と、それを護衛するための最小限の歩兵しかいないのである。それでは心もとなかったために本部に二人魔術師を借りてきたのだが。それが功を奏したようだ。――そう思考している彼の元に豚が転がり込んできた。いや、正確には豚のような人間、だろうか。
「これはいったいどういう事だ!同志イリダル大尉! このような攻撃を許すなど祖国に対する重大な反逆であり、ひいては貴殿の指揮能力にはかなりの疑いがかけられるものと知れ! マルクス・レーニン主義の勝利を疑く退廃的ブルジョワ主義の反抗分子なのではないか?」
すさまじい勢いでまくしたてる内容はイリダルへの糾弾だった。政治委員としてこの地に就任している彼は、攻撃される可能性が非常に低いと事前に聞かされていたからだ。だからこそ自分の安全を第一に考えながら、地位向上を図っている彼の苦肉の策だったのだが……襲撃されてしまったのだ!これは彼からすれば反政府主義者の陰謀と置き換えることができた。
「――同志マトヴェイ政治委員殿。これは外部の防衛を担っていた同志ボリス大尉の失態です。彼の部隊が敵をみすみす見逃してしまっていたからこそ、ここまで敵部隊が侵攻してきたのです。故に、糾弾されるべきは私ではなく、反政府分子である彼なのです。聡明なる同志マトヴェイ政治委員殿ならば、この理屈が御理科頂けるかと思いますが、如何でしょうか」
だが、この程度の糾弾をかわせぬようでは、この豚のように肥え太った政治委員の下で指揮をすることなど不可能であった。帝国伝統である、他者への責任転嫁によってひとまずの危機を回避しようと試みるイリダルだったが――彼が更なる言葉を紡ごうとした瞬間、南側に面していた建物が崩壊した。あたりに響き渡る爆発音。ちょうど、武器弾薬の一部を保存してあった場所に攻撃を加えられたようであった。
「チッ――同志マトヴェイ政治委員はあの娘でも守っておけばよろしいでしょう、私は外で指揮してきます。……この建物が現状村では最も安全な場所ですから、どうか御寛恕ください」
言いつつ、駆け出していくイリダル。その後ろ姿を見送ったのち、我に返って二階へと戻り始めるマトヴェイ。己の生存のために、最も安全と言われた場所で、お気に入りの娘と共に過ごし始めるのであった。
爆発と同時に突撃してきた敵兵への射撃は散発的なものであった。突然の武器庫爆発に対して既に兵士たちは混乱状態にあったのだ。だが、イリダルの指揮能力はそれを落ち着けさせる程度には高かった。なまじ政治委員が安全地帯に籠っている現状の方が指揮能力をより発揮しやすいといっても過言ではなかったのだ。
「総員落ち着け! 爆発は敵の爆弾によるものだがそれ以上の攻撃は無いようだ。あの丘陵地帯から駆け下りてくる連中を迎撃しろ!」
勿論、彼の眼の端に移っている死者の数が尋常ではない事は解っていた。先程の魔術の影響で恐らく部隊の半数は死亡、ないしは重傷を負っていると推測できた。生き延びた人間も、無傷な方が珍しいくらいだった。通常ならば撤退を指示するところであったが、状況はそれを許してはくれなかった。平原である以上、丘陵地帯から駆け下りてくる敵兵に背を向けてしまったらそれこそ部隊は壊滅してしまうだろう。
部下たちの射撃が敵軍に対して開始される。無防備なはずの敵兵に、その弾丸がたどり着く、が。まるで効いていないかのように彼らは走ってくる。特に先頭を走っている謎の鋼鉄のような物を纏っている人間は数十発叩き込まれても怯むことなく突撃し、あまつさえ魔力を帯びた鉄の塊のようなものを飛ばしてきた。その形状はライフル弾を一際大きくしたようなもので、各国の兵器開発者が見ればそれはまだ計画段階のミサイルのような形をしている、と驚愕しただろう。魔術師が見たならば、その見事な付与術式に感涙を流しただろう。狂気のマッドサイエンティストたるには、魔術と科学、その両方に精通しなければならないのだという信念が彼にはあった。それが結実化した兵器が、帝国人達に襲い掛かる――!




