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魔王様の烏滸鳥⑩

 ぐつぐつ煮える鍋から丁寧に灰汁を掬う。そろそろ火を止めても良さそうだ。

 今夜のメニューは肉じゃがなのだ。具材は昨日のカレーとほぼ一緒だが。

 ぴふふっ、このビーフシチューから派生した純和食を心行くまで堪能するが良い。日本の味の真骨頂なのだ!

 ーーあの後、拗ねてしまった魔王様を宥めたら「なら、美味い飯を作れ」と言われて、こうして厨房に立っている。

 ……良いのだけれど、魔王様はそれで良いのだろうか?ご飯で機嫌を直す魔王様か……対外的に、どうなのだ?

 まぁ、それだけ僕の食育が功を奏しているという事なのだろう。ぴふふん。

 もしかしたら苛ついて見えたのも、単にお腹が空いていたからかも知れないな。……あれ?魔王様達ってお腹空くのだっけ?

 どこからか力を吸えるから、食事な必要じゃないって言ってたような。ぴむ?

 まぁ気分だけでも満たされれば落ち着くだろう。そしたら聖都での話をしたい。

 大聖堂での事、聖女じゃないディアンさんの事ーー分からない事も沢山なのだ。

 結局、魔王様の犯人疑惑も解けないままになってしまったのだし。寧ろ、問題が増えたような?

 これからどうしたら良いのか、相談してみたいな。

「答えてくれるかなー」

 何せ最初から聖都になんて行かなくて良いって言ってたのだし。ほら言わんこっちゃないって言われるのがオチな気がするのだ。

「ぴむむ、だって聖女になれなんていきなり言われるとは思わなかったのだし。アーチェ様がディアンさんだなんて全然見えないのだ、詐欺なのだ」

「だよな、俺も昔騙された。だが慣れれば、あれはあれで納得出来るぞ?口調こそ丁寧になるが、どっちも性格は変わんねぇし」

「そうなのですか?アーチェ様の方が王女様で性格紳士で格好良いのです……よ」

 ーーぴっ?

「ディアンの時もそこそこ親切だったろ?根は悪くねぇ奴だからな。いや、性格は(ひが)んでっけど」

 このぞんざいな口調、聞き覚えがあるのだ。

 と言うか、つい数時間前にも聞いた声なのだがーー。

 ぎぎぎっと音がしそうなぎこちない動きで背後を振り返ると、想像通りの鮮やかな橙煌色(とうこういろ)が目についた。

 ーーぴえぇっ!何でテオさんがこんな所に居るのだ!?

 いつの間に、って言うかどうやって!?

「しかし旨そうな匂いだな。本当に料理出来たのか、凄ぇな小鳥」

 鍋を覗き込み、感心したように言うテオさん。格好はさっきと同じだが、少し草臥(くたび)れているように感じた。

 ーーあんだけ火柱出せば、そりゃ疲れるだろうな。……ぴむ。

「ーー味見、してみますです?」

 芋にはまだ味が染みてないけれど、お肉は良い味出してると思う。小皿にお肉と(つゆ)を盛って差し出してみた。

 テオさんは少し驚いた顔を見せたものの、すぐに受け取って小皿を空けた。

 おお、良い食べっぷりなのだ。

「どうです?」

「……美味い」

「それは良かったのですよ」

 じゃあ後は放置だ。料理は冷める時に味が染みるからな。

 鍋と(かま)に蓋をして、余熱調理へと移行する。密閉されれば窯の火はこのまま自然消火するらしい。火は酸素が無ければ燃えないからな。

 理科の実験を思い出す。科学はこの世界でも通用するのだな。

「ーーなぁ小鳥。俺が言うのも何だが……驚くとかしねぇのか?」

 小皿をくるくる回しながらの問い掛けに、はっと我に返った。

 いかん!ほのぼのと元素記号を唱えている場合じゃなかったのだ!ーー水兵リーベ……僕の馬鹿っ!

「ぴっ!テオさん、どうやって入りおったのです!?ここを魔王様のお屋敷と知っての狼藉かですか!」

「芝居がかった言い回しだし、今更感半端ねぇな」

 テオさんは僕に小皿を返すと、どかっと卓の椅子に座った。

 そこカゲヤンの席なのだが……まぁ、良いか。珍しく、今本人居ないしな。

 調理場で下手な事はしないだろうと漸く信頼してくれたのかな、ぴふっ。

「細かい事は気にしちゃ駄目なのです。気にし始めたらキリがないのですからね」

「それもそうだな。じゃ俺がここに来た説明もなくて良いか」

「そこは細かくないので説明して下さいですよ」

 突然現れて何の説明もしないとは、どんだけものぐさなのだ。ウチの魔王様だってもう少しずくがあるぞ。

 ……いや、どうなのだ?無いかも知れない。ぴぐぬ。

「そうか。じゃ経緯から話しゃあ良いか?」

 変な所律儀なテオさんは、乞われたら普通に答えてくれるようだ。良し良し。

「ーー小鳥達が逃げた後、俺らもすぐ体制整えて追ったんだ。後始末は他の奴に任せてな」

 あの大惨事を丸投げしてきたのか。……押し付けられた方々、御愁傷様なのだ。

「あ、大聖堂滅茶苦茶にしたの全部お前らって事になってるから、宜しくな」

「濡れ衣なのだ!」

 御愁傷様はこっちだった!?

 情報操作とは狡いのだ!テオさん達だって、あんなに暴れてたじゃないかっ!

「とどめの爆破は小鳥がやったんだ、間違っちゃねぇだろ」

 ぴぐっ!な、何の事か分からないのだなぁ……。

 目をそっと逸らしてみると、テオさんは「それで」と話しを切り替えてくれた。良し!

 ぴむぴむ、細かい事は気にしちゃいけないなっ!

「灰塵王は黒塵の森に住まうってのは古くから言い伝わってっから、森の手前まで来るのは楽だった。強行軍だったから多少へばった奴も居たがな」

 だから草臥れてるのか、お疲れ様なのだな。

 こうして見ると、カゲヤンの影って本当に便利なのだなと実感する。時間も労力も必要ないものな。ーーちくちく来る嫌味に耐えるスキルは必要だけど。

「問題は黒塵の森に漂ってる黒い(もや)だ。視界は悪ぃし、感覚を狂わせるし、ここから魔は生まれるって言われるくれぇに不気味な森だ。妖しくて獣も寄り付けねぇときてる。これをどうすっかと」

 ぴむ?黒い靄?そんなのあっただろうか。

 屋敷前の森は、閑静な別荘地かと思う程、整備の手が入った長閑な場所だったと思うのだが。ーー昨日はチュンチュンと小鳥も鳴いていたぞ、森を間違えてないか?

「まぁ他にどうしようもねぇし、一先ずは森に踏み込んだ。はぐれたねぇようにってアーチェが注意してたんだが」

 そりゃそうだ。見通しの悪い中はぐれたら合流は難しいものな。

 そうか、ディアンさん今はアーチェ様なのか。正体ばれちゃいけないみたいだったしな。皆の前ではアーチェ様でなきゃいけないのか……。

「……なのにアイツら、すぐどっか居なくなっちまったんだ」

 ーーぴ?何故だ。

「皆さんで注意してたのでは?」

 もしやその靄とやらが、彼等を散り散りにしてしまったのだろうか?そういう魔力的な効果のある靄なのかも知れない。

 ぴむ、ひょっとして魔王様の力なのかーー?

「だらしない話なんだがな、しょっちゅうアイツら居なくなるんだ」

 ぴむ?しょっちゅう?

「困った連中でな。アーチェの側には居るんだろうが、俺について来られる奴が居なさ過ぎんだ」

 ーーえっと、それは……つまり。

「もしかしなくても、テオさん……お仲間を撒いて来ちゃったのでは?」

 そう言えば大聖堂の隠し部屋で再会した時も、引き離してきおったなとかモンス司教に言われてた。

「あぁ?そうなのか」

「そうなのではないかと」

 テオさんは「そうか」と言うとぽりぽり頭を掻いた。

「ーーで。仕方ねぇから探すか、ってなってな」

 本題に戻った。細かい事は気にしない事にしたらしい。

「視覚じゃ分からねぇから熱探知に頼ったら、小鳥の熱が一番に引っ掛かった。だから俺はここに来た訳だ」

 ーーぴ?

「何故僕なのです?」

 合流するならアーチェ様の熱を探知するべきだろう。きっとテオさんと違って、他の人ははぐれたりしてないだろうし。アーチェ様を目指すのが確実なのだ。

「さあな?他の奴はどうも霞がかった感じで分かり難かったんだが、小鳥のだけはやけにはっきり分かったんだ」

 何だそりゃ。靄は僕にだけ効かないという事なのか?もしそうなら、森が僕にとって別荘地にしか見えなかったのも納得出来る気がするのだが……。

 もしや、異世界の勇者には効かない靄なのか?僕にもそんなチート能力があったのか。効果はーー靄効かない、だけ?

 ……何だそりゃ。どうせなら、もっと融通の利く能力が良かったのだ!

「どうせ目的はお前なんだし、ふらふらさ迷うよりゃここに来た方が確実に合流すんだろ」

 テオさんの話しに意識を戻す。ーー成る程。それでテオさんだけが先行して魔王様の屋敷に辿り着いたという訳か。

 なんというか……道には迷うのに、行動や決断は迷わないのだな。ある意味凄いのだ。

「そうですかーーなら、今もアーチェ様達は森でさ迷っておられるのですかね?」

 テオさんがここに来れたのがレーダー機能のお陰なら、それがないアーチェ様達は未だ森の中なのだろう。

 ーーつくづく、探査要員でもあるテオさんが一番に抜けたらいかんだろと思う。いや、捕まりたくはないのだけど。

 ここは寧ろ、テオさんナイスと言うべきか。ぴむ。

「だろうな。俺としちゃ小鳥を土産に、アーチェ達と合流して都に帰んのが一番手っ取り早いと思うんだが……」

「後半は大賛成ですが、前半はお断りなのですよ!」

 土産って何だ。僕は居酒屋帰りのお父さんが持ってくる、おでんか焼鳥か?

 ぴむっ!僕のお父さんは居酒屋帰りなんてしないのだ!真っ直ぐ家に帰って来てくれるのだ、偉いだろうっ!

「んじゃ、取り敢えずアーチェ達探すっかな。ご馳走さん、小鳥」

 立ち上がったテオさんに、ぽんぽんっと頭を叩かれた。

 ぴぷっ、カゲヤンよりも大きくて固い手だ。流石聖騎士の格好は伊達じゃないという事か。手袋越しなのが惜しいな。きっと暖かい掌だろうに。

「お一人で行かれるのですか?」

 また迷子になるのでは?とは流石に訊けず、口をつぐんでおく。

「小鳥を土産にしちゃいけねぇんだろ?……あー、でもどうすっかな?大聖堂で力使った時に、小鳥を捕まえるって約束しちまってんだよな」

 あの火柱出す前の事か。結界壊す代わりに確実に捕まえろ、ってディアンさん確かに言ってたな。ぴむ。

「キャッチ&リリースしてくれるなら、捕まってあげても良いのですよ」

 要するに、一度捕まった所をアーチェ様に見せておけば良いのだ。その後、放しちゃいけないとは言われてない。

 万事解決なのだ!とテオさんにぐっと親指を立てて見せると、同じ動作が返って来た。

「小鳥……お前、頭良いな」

 テオさんは僕の案にいたく感動したようだ。感心頻りにそう言われると、何だか照れてしまう。

「ぴ、そんな。それ程でもないのですよっ」

 これも普段、褒められるより貶される方が多いせいか。……何て悲しい現実なのだ。

 しかしそれもここまでだ。漸く僕に対して、正しい評価が使われ始めたのだから!

 そうなのですよ、僕は頭悪くないのです!

 テストだってちゃんと勉強して、平均点以上は取っているのですからね!首席のお姉ちゃんに勉強見て貰ってるのですから!ぴっふんっ。

 ーー虐げられた日々よ、グッバイなのだ!

「では参りましょう!……アーチェ様にはとっとと都にお帰り頂かないと、おちおち夕飯も作ってられませんですからね」

 メインは出来たけど、それだけじゃ魔王様達には足りないのだ。下拵えしかしてない主食、副菜、汁物、デザート……まだまだ準備する物はいっぱいあるのだ。

「一度、小鳥の飯も食ってみてぇな」

「テオさんになら作っても良いのですよ」

 ディアンさんは駄目だ。刺された恨みはそう簡単に消えないのだ!

「アイツも嫌われたもんだな、珍しい」

 そりゃ普段アーチェ様でいるなら、崇拝こそすれ、恨みを買うなんて事はそうそうないだろう。

 誰もが惚れるアーチェ様は正に完璧だからな。

 ーーでも、ディアンさんでいられる時もそんなにないのだろうな……。ぴむぅ。

「……焼鳥奢ってくれるなら考えます」

 思わず妥協案を出してしまいながら、僕はエプロンを外した。

 同情してやっただけなのだ、深い意味はない。ただ単に、僕は慈悲深い賢者様なのだ。ーーいや、勇者様だったか。

 良く分からない言い訳を胸中で並べ立てながら、テオさんを急かす。

 ほら。足を止めてないで、行きますですよ!

「そうか」

 ぽんっと頭に手を乗せられて見上げると、優しい橙色の目が向けられていた。

 夕陽のような色だけど、物哀しくならない。暖かくて包み込むような温もりを感じる、美しい色だった。

 すぐに手は離れてしまったが、僕は咄嗟にその裾を掴んだ。

 だって、テオさんーー。

「そっちは貯蔵庫なのですよ」

 どこに向かっているのだ、出口はこっちなのですよ。ーー色々残念なのだ、この人も。

 くいくいテオさんの裾を引っ張りながら、僕達は厨房を後にするのだった。






「どこだここ?」

「いやだから、魔王様の屋敷の森ですって」

 何度目かになる受け答えをしながら、閑静な森の中、舗装された馬車道を二人で歩く。

「黒塵の森にしちゃあ、黒い靄が無ぇじゃねぇかよ」

「この森にはいつも靄なんて無いのですよ?」

「いつもあるから黒塵の森っつーんだろうが。……どうなってんだこりゃ?」

 ……さぁ?

 訝しげに森をきょろきょろ見遣るテオさんに倣って、僕も周囲を眺めてみる。

 実に緑豊かな、普通の森に見える。風に吹かれた木々が梢を葉を揺らし、さわさわと細やかな音色を奏でるのが心地好い。一斉に鳴るそれは森の調べ、ハーモニーなのだ。

 けれどーー少し、肌寒くなってきた?

 日も大分傾いて、西の空が茜色になりつつある。ーーもう夕暮れ刻が近いようなのだ。ぴむ、暗くなる前に見付けたいのだが……。

「さて、アーチェ様達はどちらをさ迷ってらっしゃるのですかね?」

 道は聖都までほぼ一本道だから、迷う事はないと思うのだけど。ーーその靄とやらが出てたら分からないのだ。

 ぴむ。いっそ、上から探してみるか?見晴らしの良さそうな背の高い木はいくつかあるし。

 日暮れ前の透明な光を地に溢す木立を眺めながら検討していると、テオさんがすたすた道を歩き出してしまった。

 裾を掴む僕もつられて、そちらに歩を進める。

「ぴっ。テオさん、どちらへ?」

 自信満々に歩いているようだが、大丈夫なのか?さっき迄の事があるから心配なのだ。

「アーチェの熱があった。こっちだ」

 熱探知で見付けたのか。なら安心なのだ。何気に酷い評価をしつつ、テオさんについていく。

 ーーと、そこへ。

「ぐあぁぁぁあぁぁーーっ!!」

 前方から絶叫が轟いた。






 何事っ!?と思った時ーー僕の体は地面から浮いた。

「ぴぐぇっ」

「悪ぃ小鳥、運ぶぞ」

 どうやらテオさんに俵担ぎされたらしい。お腹が押されて変な呻き声が漏れた。

 苦しい。ーー僕、テオさんに録な持たれ方しないな。

 子猫掴みといい、一体僕の事を何だと思っているのか。大変不本意なのだ。

 結構ガチで小鳥の化身だとでも思ってたらどうしよう……。あり得そうで空恐ろしいな。

 ぴむ、そこはそっと訊かないでおこう。

 そんな事を考えてる間にも、テオさんは森の中を猛ダッシュしている。かなり速いのだ。この格好では前が見えないのだけど、景色がどんどん後ろへ流れていく。

 その分、さっきの絶叫のした方へと近付いてきているのだろう。この先で一体、何が起きているのだーー。

「ーーぴっ!?」

 突然がくんっと身が仰け反った。慌てて、テオさんの聖騎士めいたマントを掴んで落下を防ぐ。

「テオさん!急に止まらないで欲しいのだ。危うく落ちる所だったのですよ!」

 急停止に抗議しながらテオさんを見ると、眉間にかなり皺が寄っていた。

「……動けねぇ」

「ぴ?」

 強行軍に加え、さっきの爆走で疲れてへばったのだろうか?

「大丈夫なのですか?」

 疲れた体には重いだろうと思ってテオさんから降りようとするけれど、腰をがっつり捕まれていて抜けられない。ぴぐむっ!

「テオさん。僕、下りますですよ」

 だから離して下さいという意味を込めて、腕をぽんぽん叩いてみるけれど、動かない。

「だから、動けねぇんだって」

 ーーぴ?動かないのでなく、動けないのか?

「身を縛する術じゃよ、害は無いから安心せぃ。ーーしかし黒羊は動けるようじゃな?ふむ……靄が消えた事といい、実に興味深いのぅ」

 後方ーーいや、向かってた先からだから前方か。そちらから、聞き覚えのある声が聞こえた。

「ぴっ、モンス司教様?」

 身を捻って振り返ると、予想通りの姿が見られた。

 モンス司教は豪華な貫頭衣のような格好のままだったが、今は馬上の人となっていた。

 白と金の馬具に包まれたその馬は、いかにも聖職者が乗る用の馬ですって感じだった。しかも馬自体も白馬だ。徹底しているな。

 しかしそうなると、乗る人は白馬の王子様であって欲しい所なのだが……。

 ーーご免なさい司教様。失礼だけど、似合わないのだ。

狸爺(たぬきじじい)……何でこんな所に居やがる」

 眉間の皺を更に深くしつつ、テオさんは問い掛けた。

「そういうテオ坊も、何故喋れるのかのぅ?縛し方が弛かったか?」

「小鳥の飯食ったからかな。多少は自由が効くみてぇだ」

 ぴ?僕のご飯?

 ご飯と言っても、テオさんが口にしたのは蒸しケーキと肉じゃがの味見位じゃないか?

 ーーそんなので、何がどうなるとも思えないのだが。

「黒羊の料理とな?ーー成る程のぅ。だから、アーチェ様にも効きが悪かったんじゃな」

 アーチェ様?何故ここでその名前が出るのだ。

 アーチェ様に、何をしたのだーー?

「……おい、爺。これ外せ」

 テオさんは、今にもモンス司教に飛び掛からんばかりだった。けれど身動(みじろ)ぎ程度にしか体が動かないようだ。

「何の為に縛したと思っておるのか。外す訳無いじゃろぅ」

 モンス司教は馬を進めると、テオさんの頭にこつんと聖杖を当てた。ーーぴ、テオさんのこめかみに見事な青筋が……。

「アーチェ様がどうしてるか知りたいんじゃろぅ?教えてやるから、じっとしておれ」

 そう言うと、モンス司教は僕の頭にもこつんと聖杖を当てた。

 するとーー頭の中に、別の映像が映し出された。

「ぴっ!何ですこれ!?」

「儂が放った目の情報を、お前達にも繋げたんじゃよ。音声付きじゃ、凄いじゃろぅ?」

 どうやら、ビデオカメラの映像が受信出来るようにアンテナを立てられたらしい。

 あのこつんだけでやってのけたのか……凄いのだ!

 感嘆としながらも、映像に意識を向ける。テレビを観るような感覚だった。それも、とびきりの悪夢のようなーー。

「ぴっ!カゲヤン、魔王様ーー!?」

 屋敷に居る筈の二人が、何故アーチェ様達と一緒に居るのだ!?

 その映像の中は、まるで阿鼻叫喚の地獄絵図のようだった。






 魔王様vsアーチェ様。

 避けたかった事態は、既に引き起こされてしまっていたのか。

「森の中でさ迷っておったアーチェ様達の前に、あの魔人共が早々に現れたんじゃ」

 映像を観ながら、モンス司教の解説に耳を傾ける。野球やサッカー等の試合観戦をするような感じだったが、そんな楽しい情況ではなかった。

濃藍(こいあい)の魔人に去れと言われておったんじゃが、それに一人が歯向かい斬りかかってのぅ。そこから交戦が始まってしもぅたんじゃ」

 ぴぃ!何でそこで斬りかかっちゃったのだ!?穏便に済ませようとしたカゲヤンにそんな事をすれば、ブチ切れられるに決まってるのだ!

「先ず一人。あの灰塵王に触れられて、全身が一瞬で塵になりおったのぅ」

 ま、魔王様もカゲヤンが襲われて、ブチ切れられましたですか!?ーー僕以外に素手炸裂したのは、応接室のタペストリーを塵にして以来か。

 そうそう手袋外す事なんてないのにーー映像の中の魔王様は今、両手共に素手であった。

 ーーやべぇ!殺る気満々なのだっ!

「ぴぃ!あのっ、これライブ映像です!?現場はすぐこの先なのですか!?」

 もう既に遅しだけれど、これ以上の地獄絵図は勘弁なのだ!早く止めに行かなくては!

「まぁ、待つのじゃ。もう少しで必要な工程が終わるでのぅ」

 映像に意識を向けながらにやりと笑う司教は、とても聖職者には見えなかった。

「糞爺がっ、何企んでやがる!」

 怒り心頭にテオさんが叫ぶが、術にはまった体はそれ以上動かない。

 同じく僕ももがいてみるが、テオさんの腕は枷のように嵌まっていて弛みもしない。ぴぐぬーっ!

「それもすぐに分かるわぃ。今の内に、奴等の元気な姿を目に焼き付けておいた方が良いぞ?」

 不穏な言葉に背筋が凍る。ーー仲間の皆さんが襲われているのに、この平静っぷりがそもそも異常なのだ。

 一体何が目的なのか。これから何が起ころうとしているのかーー。

 モンス司教の真意は不明だが、今は悔しい事に、観るしか出来る事が無さそうだ。

 意識を映像に向けると、そちらの声が聴こえてきた。

「ーーいい加減にしろ。無駄だという事がまだ分からんか!」

 カゲヤンが苛立ちも(あらわ)に、追い鞭を振るう。

 一人の聖騎士の刃にそれは巻き付き、剣を奪い取った。それをそのまま影に呑み込み、相手の戦闘力を奪っているようだった。

「カゲヤン、ナイスなのだ!それなら相手の戦意も喪失ーー」

 ファインプレーに喜んだのも束の間、その騎士は素手でカゲヤンへと向かって行った。

 な、何でなのだ!?

「ちっーー!」

 拳の一閃を屈んで避けたカゲヤンは、足を払って相手を倒すと、影を生やしてその身を地に縛り付けた。

 それにも(かか)わらず相手は猛獣ように呻きながら、尚もカゲヤンに向かおうとしていた。

 ーーこれ、正気の沙汰じゃないのだ!?

「皆、どうしたのです!?お止めなさいっ!」

 アーチェ様の悲痛な声も聴こえてきた。

 (カメラ)がそちらに向けられると、あちこちに傷を作ったアーチェ様が、必死に仲間を止めている姿が映し出された。

「アーチェ!」

 テオさんが叫ぶが、その声は向こうには届かない。

 騎士達には聞こえていないのか、アーチェ様の制止の声も届かない。

 次々に騎士達は倒れていく。大半は魔王様の手にかかり、形も残さず塵になってしまったーー。

 すぐに、立っているのは魔王様達とアーチェ様一人だけになった。

「うむ、頃合いかのぅ」

 モンス司教はそう言うと、中空に聖杖でくるりと円を描いた。

 すると足下から光がぼぅっと光の輪が上ってきて、僕らをすっぽり覆ってしまった。

「目の地へーー儂らを運べ」

 ぶんっと視界がぶれたーーと思ったら、次の瞬間には頭の中で観ていた光景が、目の前に広がっていた。

 一瞬で移動してしまうとは。モンス司教も伊達に司教を名乗ってはいないという事か?

「ーーモンス様。万事、滞り無く」

「うむ、良うやったのぅお前達。この術もブレ無くなったしのぅ」

 森の中から白い頭巾で顔を隠した人々が、モンス司教の後ろに集まって来た。その数、十人程だろうか。

 ーーさっきのは仲間と一緒に発動させた転移術だったのか。

 ぴむ。ならモンス司教より、それを一人でやってのけるカゲヤンの方が凄いのだっ!

「烏滸鳥っ!?」

「テオ!」

 カゲヤンの驚愕とアーチェ様の声が重なる。二人共、戦闘の名残で傷だらけーー痛々しい姿だった。

「烏滸鳥、飯の仕度が済んだのか?」

 ーー貴方様はどこまでも標準仕様なのですね、流石魔王様。手袋ははまっていないけれど。

「……ぴ、ご飯の仕度はまだ途中なのですよ」

 僕がサボったとかじゃないですよ、と言う意味を込めてぷるぷる首を振っておく。

「アーチェ、無事か?」

 アーチェ様の所に行こうとしたのかテオさんが動こうとするけれど、移動してもまだ術が効いているらしい。悔しそうにぎりっと歯を食い縛る。

 ぴむぅっ!もういい加減、外してくれれば良いのに!

 腕から抜けられないのを確かめてから、テオさんと一緒に恨みがましくモンス司教をきっと睨んでやる。

「ーー成る程なぁ?この茶番、仕組んだのはお前達の方か」

 その様子を見ていた魔王様は、モンス司教に向き直った。

「そうじゃ。ーー久方振りじゃのぅ、灰塵王」

 馬の上から親し気に話しかけるモンス司教。

 ーーぴ?知り合いなのですか!?

「己は、お前に覚えなど無いがなぁ」

 そういや魔王様、記憶喪失中なのでしたね。

「おやおや、忘れられてしまうとは寂しいものじゃ。儂は貴公の事を忘れた日など、無いと言うのにのぅ」

 ぴむむ、こんなに熱烈に想われていたとなると、深い関係にあったっぽいのだな。

 心当たりもないのだろうか?そう思って、魔王様を見てみる。

 ーー魔王様、眉間に凄い皺が。すっごく嫌そうな顔をしているのだ。

 ぴむ……お爺ちゃんに熱烈アタックされても嬉しくないようだ。

「今日この日を夢にまで見たものよ」

 ぴ、半歩退いた。魔王様を退かせるとは!ある意味やるな、熱烈司教。

「まぁ忘れるのも無理ないかのぅ?儂も大分、歳をとったものじゃし」

 長い眉と髭を撫でながら、昔馴染みに語るように微笑みながら。

 次の言葉は落とされた。


「それに何せ、半世紀振りじゃしーーのぅ、アッシュ殿」

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