魔王様の烏滸鳥⑯
ある、晴れた日の正午だった。
ーーそいつらは、やって来たのだ。また、性懲りもなく……。
「……愚かな人の子らよ、立ち去るが良いのだ。ーーここは禁足地、灰塵王の森であるぞ」
厳かな声が森に響き渡る。まるで天から降る、信託のようにーー。
だが、その二人には意に介されなかった。
「応、知ってるぞ。ーー毎回御苦労だな、小鳥」
「ーー俺らは、ここまでの移動で疲れてんだ。遊んでないで、屋敷まで運んでくれよ」
「……疲れるなら来なければ良いのに。特にその似非聖女、今すぐ帰れなのだ」
森の入り口に立つ二人の前に、ばさりと降り立ってやる。
最近は、カゲヤンの補助無しでも飛べるようになってきたのだ。練習の賜物だぞ!
「おい小鳥……それ、いつまで根に持つつもりだ?いい加減、勘弁してくれよ……」
渋い顔をするディアンさんを尻目に、僕はぴふんっと仁王立ちして見せる。乙女を殴った罪は重いーーとおせんぼなのだ。
「今日はお二人、何しに来たのです?ーー聖女の押し売りはお断りしてるのだぞ」
未だに僕を聖女にする事を諦めていないらしいディアンさんに、初めに釘を刺しておく。ディアンさんは肩を竦めた。
「それもあるが、今日は主に別件だ。この前の騒動に一段落着いたから、報告しに来てやったぞ」
ひらひらと何かの書類を見せ付けられる、が。
ーーぴぐぬっ、読めぬ。まだ僕は字の勉強をしてる最中なのですよ。
恨まし気に見ると、ディアンさんはにやりと笑って、くいっと顎で後ろを示した。ーー馬に積んだ荷物だ。何だそれは?
「差し入れもあるんだぞ。小鳥の好きな茶と珍しい菓子とーー例の物だ。入れてくれるよな?」
ぴむぅ!足元を見やがるのだ!そんな見え見えの袖の下に、僕が屈するとでも……っ!
「ーー烏滸鳥め。追い返せんなら時間の無駄だ。とっとと入れて、帰って貰え」
ぺしんと頭を後から叩かれた。ぴむっ!と振り返ると、いつもの格好をしたカゲヤンが立っていた。
「だから、叩くなと言ってますでしょうカゲヤン!僕の頭は布団ではないのですよ!」
今日がいい天気だからって、叩いて良い訳ではないのだ!どうせ叩くなら、今ベランダに干してある布団を叩くのですよ!
「ーーいえ、やっぱ止めるのです。布団も叩き過ぎると、中の繊維まで出ちゃいますですからね。埃を払う位で良いのだ、叩き過ぎはいかんのですよ!」
「何を言っているのか、烏滸鳥め。良いから来い。王もお待ちだ」
翼を掴まれ、ぽいっと投げられたその先はーーいつもの影沼だ。どうやらカゲヤンはここから登場したらしいな。
ぴむ、魔王様が待ってるなら仕方ないのだ。
ーー大した抵抗もせず、僕はそのままとぷんっと影に沈み込んだ。
場所は屋敷の裏手。少し拓けた、日当たりの良いこの場所はーー魔王様の趣味の園だ。
そこに広がる色とりどりの花畑に、二人は目を見開いて驚いていた。
「凄ぇな……王宮の庭みてぇだ」
テオさんの称賛に、僕はぴふふんと鼻を高くした。ーーまぁ、僕はここに何の手出しもしてないのだが。
アッシュ様の頃から変な所が凝り性でーー季節の花とかの観賞植物の他にも、野菜や果物まで栽培しているのだ。
その頃は苦労していて、生活の足しにと始めはやっていたのだがーー今では完璧に、ただの趣味と化していた。
「何故ここを選ぶのか……中ですれば良かろうに」
「今日は良い天気ですし、お外の方が気持ち良いじゃないですか。ここなら景色も抜群……ランチにピッタリなのですよ!」
うきうきと、良い気分でテーブルのセッティングをする。白いシーツの上に僕のお手製料理と、ディアンさん達の差し入れも並べていく。
「小鳥、温めた終えたぞ」
「待ってましたのだ!」
テオさんが力を使って用意してくれたのは、ほかほかに温まった例の物ーー焼鳥だ。
二人は今回、手土産に焼鳥を奢ってくれたのだ!
テオさんと厨房で奢ってくれれば……などと話をしたが、まさかそれを僕との和平に利用するとは。侮れぬ。
ぴむ、まぁ料理に罪は無いからな。ーー美味しく頂きますのだ!
一つ味見してみると、僕の知る焼鳥とそう変わらない。味付けはシンプルに塩だった。
だが、その大きさが規格外だった。何の鳥なのか知らないが、一つが握り拳程もあるのだ。
串一本に、その肉を三つ程刺して炭火でじっくり焼くらしい。ーーじゅるり。
「ーー神力を、料理を温めるのに使ったのか?……神もまさか、加護の力をそんな事に使われるとは思わなかっただろうな」
ちょっとしょっぱいような顔で、ディアンさんがその様子を眺めていた。
「使えるものを使わなくてどうするのだ。変な宗教に使われるより、よっぽど平和で生産的だと思うのだけど?」
「耳が痛いなーー変な宗教って、国教でもあるんだがな。お前の親を奉る教えだぞ?」
「始祖は、あんまり人に興味はなさそうでしたけどね」
翼神達の事なら気にかけていたようなだが……。翼神がそれぞれ人に目をかけていたから、始祖自身はまぁ良いかーとでも思ったのかも知れないな。
ーーぴむ、報われない教とでも改名したらどうだろう。信者が激減しそうだがーーぴ?
「ぴむ。それなら聖女、要らなくなるじゃないか。万事解決、今すぐ報われない教に改名すれば良いのだ!」
「どうしてそうなった!?お前、国教を何だと思ってやがる!」
「聖女は要るぞ、でないとーーいつまでも俺が代理をやらなきゃなんねぇ。もううんざりだ……小鳥、代わってくれねぇか?」
「御免被りますですよ。でもそれ、どういう事です?」
ーーそこで準備が整ったので、取り敢えず皆で席に着いて食べ始めた。食べながら、二人の話を聞いていく。
どうやら今回の騒ぎで、聖都も王都も大混乱になったようなのだ。権威のあったモンス司教が失脚したし。
ーー何より、あるお方の存在と、聖女様が没してしまったのだから。
まぁディアンさん本人はここに居るけれど……。
あの時、魔王様によって、アーチェ様になる為の加護は塵にされてしまった。なので、もう二度とアーチェ様にはなれないのだそうだ。
そうそうお目に掛けられない美人だったのにーー惜しい人を亡くしたのだ。ぴぐぬ。
「混乱は避けられなかったが、絶大な神力がある奴は、アーチェ以外にも居たからな。次の聖女が見つかるまで、国教を支える象徴ーーの代理にこいつが任命された。テオが居てくれて助かった」
「俺が助かってねぇけどなっ!ーー神事だの祈祷だの……あぁ面倒臭ぇ、聖騎士に戻りてぇ。慣れてるディアンがやりゃあ良いのによ」
恨みがましい目でテオさんがディアンを睨むが、睨まれた当人はにやにやしていた。とても、元聖女には見えなかった。
ぴむ、しかしそれは確かにそうなのだ。何故やらないのだ?
「俺は元々居ない筈の男ーー失せ者だ。認知されてねぇひょっと出の男が、例え代理でも国の象徴になんてなってみろ?暴動が起きかねねぇよ」
ぴぐ!?それは恐ろしいのだ。
力があるとはいえ、素性の知れない者がいきなり聖都のトップに君臨すればーー都だけでなく、あちこちから反感を買いそうなのだ。地獄絵図開幕か!?
「それならまだ、ずっとアーチェの側に付いてて、顔も実力も広く知られてるテオに任せた方がマシなんだよ。ーーこの冴え渡るような神力を放つ、次世代聖女様が即位するまでの辛抱だ。我慢しとけ」
ーーこのって何だ、誰の事なのだそれは。
「まぁ、こんなものまで生えてる烏滸鳥が就けば、誰も文句など付けられよう筈も無いわな」
隣に座るカゲヤンに、くんっと羽を摘ままれる。止めるのだ!と、すぐに翼を消してやった。
この翼、便利な事に意識一つで出し入れ自由なのだった。気付くまでの間、寝返りが打ち辛くて苦労したな……ぴむ。
「聖女なんてなりませんですから!ーーそれよりも、王女様の件はどうなったのです?……やはり犯人は、魔王様で決まってしまったのですか?」
そう、あるお方ーー王女様の訃報も同時に発令されたらしいのだ。
ーー灰塵王に拐われた王女様。聖都から聖女を交えた精鋭を送られるも力及ばず……その前日の怪異に巻き込まれ、儚くもその命を散らされてしまった。
ーーというのが、世間一体に触れ渡ったシナリオらしい。
怪異とは、空を焼いた魔王様の術の事だ。
「塵は食い止めたが、流石に空までは隠し通す事が出来なくてな。悪いがほぼ世間体の通り、灰塵王のせいにさせて貰った。事実の部分も多いしな」
ぴむぅ、まぁ無理もないかーー。他にあれを説明しようが無いものな。
「あれは聖騎士団が、王女奪還の為に黒塵の森に踏み入った事で、怒りを買った灰塵王にもたらされた脅威だったと説明してある」
空を焼き、聖騎士団を壊滅に追いやった灰塵王。その凶悪な破壊神の手にかかってしまえば、王女様もひとたまりもなかっただろうと世間に納得された。お可哀想に……と人々は涙を呑んだそうな。
ーーこれで、魔王様の悪名は世界に広く知れ渡ってしまったのだな。
その悪役となってしまった魔王様は、今ーー焼き鳥を切り分けて、僕の各種お手製ソースに付けて食べるのに夢中らしい。
ーー全く、気にも止めてないようなのだ。我が道爆走ですね魔王様。いえ、良いのだけど。
「うぐっ……この半熟卵ソース、やべぇ」
テオさんは半熟卵入りの甘辛ソースに衝撃を受けたようだ。串を持つ手がぷるぷる震えているーーお気に召して頂けたようで何よりなのだ。
「そもそも、何故王女誘拐などという誤報を王都は出したのか。そこから意味が分からんな」
カゲヤンは和風だしの汁か。大根おろしを入れるとは見所があるのだーーじゃなくて。
「そうですね?何故居もしない王女様が拐われる必要があったのでしょうか」
僕も塩レモンをつけながらぱくり。ぴむ、美味いな!
「もう王家も、王女が居ない事実を隠し通す事に限界を感じてたんだろうな」
ディアンさんはタルタルソースに目をつけたようだ。少し付けて食べた後暫し固まって、次のお肉にはたっぷりと乗せていた。良し良し。
「己の術の痕跡を利用し、王家の恥部たる王女自害の事実を抹消しようと画策した、か。他を利用する事にかけて、王宮も大層頭が働くようだなぁ」
全てのソースを試し終えた魔王様は、お茶を飲みながら一息吐いたようだ。
お茶はディアンさん達の差し入れてくれたクリスティーだ。すっきり爽快なこのお茶は、脂っこい今回のような食事に良く合っている。魔王様も満足気なのだ。
「大聖堂もなぁ。お前達もそれに便乗し、この地へ来ただろう?」
「ーーあぁ。モンス率いる一派は、黒塵の森に進撃する切欠がずっと欲しかったんだろうな。大軍動かせばどうしたって人目につく。精鋭を多数連れてっても怪しまれねぇ名目が、王女奪還っていう形で表れた。王家の策だろうと、乗らねぇ手はなかったろうな」
ーー色々な思惑が絡まって、今回の一騒動は起こったのだな。
「俺らもそれ、小鳥達を追いかける為のだしにして、あの日聖都を離れたからな。そんな建前でもねぇと、アーチェは聖都から一歩も出れねぇし。……代わりに、他の奴らも率いてく羽目になっちまったけど」
「ーーあいつらを無駄死にさせたのは俺だ。守れもしない聖女なんざ、居なくなって当然……」
「あーあーっ!その話はもう良いっつーんだ!そんだけ悔い改められりゃ、あいつらだってもう腹一杯だってんだよ!ったくーーご馳走さんっ!」
ぱんっと手を合わせてテオさんが立ち上がる。
既に机一杯にあった食事は、綺麗さっぱり食べ尽くされてしまっていた。
皆、良い食べっぷりだったのだ。僕も気分晴れやかだぞ。やはり、外で食べて正解だったな。
暗い空気も、少しでも明るくなると良い。
「ディアンさん、焼き鳥ご馳走様でした。ーー聖女にはならないけど、もう根に持つのは止めてあげるのだよ」
にやりと笑って、椅子から立ち上がろうとしてたディアンさんに手を差し出す。
世界共通の友好の証ーー握手なのだ!
「小鳥……」
ディアンさんは少し驚いたような顔をしてから、僕の手を握り返した。
ぴむぴむ。自責の念も、あまり深く思い悩まずにねーーって。
「ぴわっ!?」
ーー何故か、友好の証がぐいっと引っ張られた。椅子に座るディアンさんの膝に慌てて片手を突いて、見上げたその時。
ーー頬に、柔らかいものが押し当てられた。
「ーーぴ?」
「俺、諦めねぇからな。ーー絶対、お前を次の聖女にしてやる」
耳元で囁かれる宣言。吐息が耳に、鼓膜に吹き込まれる。
ぞくりと、身が震えた。ーー二つの意味で。
「……喜ぶと良いさ、似非聖女。己自ら、死なせてしまったお前の同胞共に会わせてやろうなぁ」
ぴえぇぇぇーーっ!魔王様の殺戮スイッチが入ってしまったのだ!丁度今、食後で手袋してないし!
慌ててディアンさんから離れて、魔王様に飛び付いた。地獄絵図はいかんのですよっ!
「カ、カゲヤンお願いします!お二人にお帰り願って下さいですよーっ!」
助けを求めたのだが、そのカゲヤンが超険悪な目を僕に向けている。……ぴいぃ!後で調教されそうなのだ!
「烏滸鳥め。風見鶏になれとは言ったが、あちこちに向くとは何事だ。調教し直してくれるわ」
ぴやぁぁ!やっぱりー!?
でも、頼み事は聞いてくれるらしい。とんとんっと地面を踏むと、テーブルの下の影が広がって、大きめの影沼を作ってくれた。
「あー、馬鹿が失礼して悪いな。甘えさせて貰うぜ」
ディアンさんをむんずと掴んで、テオさんがそそくさと影に足を入れた。ずぶずぶと沈んでいく。
「中に居る馬も共に連れて帰れ。そして鳥の調教の弊害になるから、二度と来るな」
「いや、悪いついでにまた来る。ーー小鳥、また手土産持って来るからな」
目がきらきらしてるテオさんは、ご飯目当てだな。ぴむ、来ると良いのですよ。
「小鳥、またな」
「お前はもう来んななのだっ!」
笑顔で手を降るディアンさんには、きっと睨み付けてやったのだが。ーーちっ、全く堪えてないのだ!
どぷんっと二人は沼に沈んだ。多分、カゲヤンに聖都まで送って貰ったのだろう。
問題が帰ってくれたのは良かったのだがーー。
ぴくそう!こっちの収集、どう付けろというのだ……っ!?
「魔王様ー!開けて下さいってばーっ!」
あの後、魔王様は部屋に引き籠ってしまった。
「王を何とかしろ。調教はそれからだ」とカゲヤンに言われて、僕は籠城を続ける魔王様説得に駆り出された。
ノックをしながら声を掛け続けているのだが、中から「浮気者」とか「尻軽」とかそんな言葉が返ってくるのみで……部屋の扉は天岩戸の如く、開く気配がなかった。
言葉が帰ってくるって事は聞こえてるし、返事もあるにはあるのだが……。
「だ、か、ら!僕は浮気などしてないのですってば!」
魔王様だってあの場に居たじゃないか!不可抗力だったって分かるでしょうに!
「己の鳥は移り気だーーそうして己を捨てて、別の留まり木で羽を休めるのか」
「休めませんっ!」
さっきから、ずっとこんな調子なのだ。
いい加減ちょっと疲れてきたので、ずるりと扉を背にして座り込んだ。
はぁと溜め息を吐くと、扉から少し振動が伝わってきた。どうやら、扉を隔てて魔王様も同じポーズを取っているらしい。
「魔王様、気になってた事があるのですが、訊いても良いですか?」
説得の言葉がもう底をついてしまったので、取り敢えず会話から攻めてみる事にする。
「何だ?」と答えが帰って来たので、訊いてみた。
「魔王様、僕の居ない半世紀の間にーー聖女様と何かあったのですか?」
ディアンさんの事ではない。ーー歴代の、本物の女性の聖女様との事が知りたい。
魔王と聖女。この二つ存在の間に、因縁めいた繋がりをずっと感じていたのだ。
何故ならーー僕が聖都で会ったアーチェ様の事を口にした時、魔王様はとても神経を尖らせた。それがずっと、気になっていたのだ。
それは今までの聖女様との間にーー何かしらの出来事があったからなんじゃないかって。
敵としての柵とか、はたまた宿命の果てに、別の感情が芽生えてたりなんてしてたりーー。
「何も」
ーーぴぇ?
「何もーーって。どういう事です?」
ぴ?あれ?ーー何もないなんて感じじゃなかったじゃないか。
だって僕、それで首絞められたのだぞ。一大事だったのだ。
「そも、己はこの半世紀、殆ど何もしておらぬ。この屋敷から出る事もなく、書を読み、裏の園の手入れをしていたさ。それでどうして、聖女と接触出来ようか」
何だそれは、何処のご隠居様の生活なのだ?
ぴ?ーーあれ?本当魔王と聖女の因縁的なもの、無いのか?
「何故、何かあると思ったのか?」
今度は魔王様から問い掛けられた。今度は僕が答える番か。
「だって魔王様、僕が聖女様の話をする度に、ぴりぴりしていたのですよ。何かあると思うのが普通じゃないのですか」
じゃあ何故あんなに怒っていたのだ?聖女様にじゃないのなら、何に対してーー?
「あれは、烏滸鳥が悪い」
ーーぴ?僕?
「ああも楽し気に、夢見がちに聖女などを語らった。あの時は己も、何故こうも苛つくのか分からなんだがーー今なら、分かる。今と同じさ」
それはーー僕が聖女様に傾倒してたのが気に食わなかったって事なのか?つまり……聖女様に嫉妬しただけだったと?
僕が、深読みし過ぎただけだったのか。ーーなんだ。
いやしかし、その嫉妬で僕は殺されかけたのか。ぴむむ、何たる曲解思考なのだ、魔王様め。記憶喪失だったから、それも仕方ないのか?
ーーなんて、複雑怪奇な人なのだろうか。もっと分かり易くて良いのに。
愛しいと想ってくれるのなら、蕀に囲って傷付けるのではなくーー大木のように日差しから守ってくれるべきなのだ。大いに大切にして、愛でてくれるべきなのだ。
ーーそれなら僕だって、そうしてやらない事もないのだぞ……。
「烏滸鳥?」
何も喋らなくなった僕へと、扉から声が発せられる。
会いたいのに会えない、この隔たりがもどかしいな。ーー僕は体制を変えて、扉にこつんと額を当てた。
少しでも、この想いが伝わると良いーー。
「魔王様。僕は今、嫉妬をしてたのですよ」
見た事もない聖女様と、魔王様の因果を勝手に想像して。馬鹿みたいにもやもやしてーー寂しくなったのだ。
「もしかして、僕の居ない間に他の美しい鳥さんを愛でてたんじゃないのかなって。ーーそれが聖女様だと思ったので、魔王様にそれを訊ねました」
ぴわ……自分の勘違いを人に告白するのって、滅茶苦茶恥ずかしいのだっ!今は扉があって良かったかも知れないーー顔が、熱いぞ。
かっかするーーけど、言うのだ。言い切ったら飛んで逃げよう、それまで我慢っ!
ばさっと翼の準備をしてからーー扉に向かって、告白する。
「魔王様。僕はアッシュ様の時から、魔王様が……だ、大好き、なのです」
ぴぐわぁぁぁぁっ!言っちゃったのだ……し、死ねるっ!
「ぼ、僕の留まり木は魔王様だけなのです!魔王様以外になんて考えられませんっ!だって、僕は魔王様の烏滸鳥なのですから!喚び戻した責任を取って貰うまで、魔王様から離れてなんて、あ、あげないのですからーっ!」
羞恥で目が回ってきた……もう無理。逃げよう!
「ーーと言う訳ですから、それじゃっ!」
ばっと扉から額を離して飛んで逃げーーようとした途端、がちゃっと扉が内側に開いて引きずり込まれた。
「ーーぴっ」
ななな、何で今開けるのだ!今は無理、無理っ!出してぇーっ!
掴まれた腕をじたばたさせて逃げようとしたが、無情にもぱたんと扉は閉められてしまった。
「逃げるな……滸」
ぎゅっと抱き締められて、耳元で名前を呼ばれる。びくっと体が震えて、動けなくなってしまった。
し、真命かーー!?いや、フルネームじゃないから違う。なのに、何で体が動かないのだ……!
訳が分からないのと羞恥とで、ぷるぷる震えはするのだが。翼も同じく、言う事を利いてくれない。
「ーー良いな。凄く、良い。お前の囀ずりを、己はずっと聴いていたい」
い、嫌だぁぁぁぁーっ!
僕そんな事させられたら、絶対爆発するっ!今でさえ心臓爆発しそうなのに、頭ごと全身爆発出来る!
「あぁその前にーー額を当てるのは己だけにしておけ。祝福をそこに得たせいか、お前の思考がただ漏れになるからなぁ」
ーーぴ?
頭が一瞬、真っ白になった。
な、何だって?額?
「扉越しのお前の想い、全て伝わった。あぁ、己にはいつただ漏れしても構わぬよ。お前のそれはーーとても甘美で、胸踊る」
「ぴ、ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!!!」
ーー今世紀最大の悲鳴を上げたと思う。その瞬間、酸欠も相まってぽっくり僕は気絶した。
フェードアウトする意識の中、くつくつ笑う魔王様の声が耳元を擽った。大好きな手が僕の頭を撫でている……。
意識の最後に聞いたのはーーこの世で一番好きな人の、蕩けそうな甘い声。
「烏滸がましくも、己の心に住み着いたのだ。お前こそ、責任を取って貰うぞ。愛しい愛しいーー己の、滸」