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魔王様の烏滸鳥⑪

 アッシューーその名前は、どこかで聞いた事があるような……。

 酷く懐かしい感覚に襲われながら記憶を探ると、昨日の手帳が思い出された。

 ぴ!確かあれ、アッシュ・バイシュさんの手記だって魔王様が言っていたのだ。

 アッシュさんーーこの屋敷の主、バイシュ侯の御子息様で没落貴族。綺麗な字の、鳥好きな人ーーだったか。

 ーーその人が……魔王様?

「何が言いたいのか分からぬのだが……それが辞世の句で良いのか?」

 ぴゃっ!待って欲しいのだ魔王様!

 殺る気満々な所悪いのだが、僕はその話気になって仕方ないのですよっ!

 魔王様の言葉に、いきり立った白頭巾の人達がモンス司教の前に出る。

 けれど、司教はそれを片手を挙げて下げさせた。

「分からんか?なら、昔話でもしようかの。何か、思い出すやも知れんぞぃ」

「ーー人が。半世紀前などと、そんな与太話を王に聴かせ何を企むか」

 カゲヤンが勇ましく前に出て牽制する。

 けれど、魔王様は「良い、カゲ」と声を掛けた。

「己が忘れた過去を教えてくれるのだろう?なれば、少し話を聴くのも悪くないさ。どうせ、其奴の末路は変わらぬのだしなぁ」

 じ、地獄絵図は変わらないのか……ぴむむ。

 けれど、気は変わったらしい。手袋はしないまでも腕組みをして、話を聴く体勢に入ったようだった。

 それを見たモンス司教も頷き、本題に入った。


「では語るとしようかのぅ。ーーかつて、儂らの野望が潰え、新たな奇跡を目の当たりにした日の事を」






 ーーその日は、前夜からの雪がしんしんと降り積もり、辺り一面が真っ白に静まり返っていたという。

「神聖な儀式を行うに相応しい、厳かで清謐(せいひつ)な時じゃった。儂らは儀式の場であるバッシュ侯の屋敷、陣を敷いた地下にて儀式の仕上げを施しておった」

 当時の儂はしがない神官の一人じゃったのぅ、としみじみ懐かしむ姿は好々爺にしか見えなかった。

 お仲間が倒れる姿を平然と眺めていた、その非道さとのギャップに薄ら寒さを感じる。

「……どうしてバッシュさんのお屋敷だったのです?儀式って何のですか?」

 けれど気になる事は気になる。好奇心には勝てないのだ。

 恐る恐る尋ねてみると、モンス司教は「うむ」と頷いて顎髭を撫でた。

「バッシュ侯の治めるこの地は、陣を敷くに相応しい力に溢れておったでのぅ」

 そうか、ここはパワースポットなのだった。

 魔王様達の糧の源でもある力が、この地には溢れてるらしいし。だから司教達もこの地に目を付けたのだろう。

「新たにこの地を治めたバッシュ侯も儂らに協力的じゃった。志を共にする、同志であったからのぅ」

 アッシュさんのお父様ーー聖都の端のこの地に流されてから、日々怪しい人達を屋敷に招いていたという。それがきっとモンス司教達ーー聖職者だったのだな。

 王都へ返り咲く為に、神様にすがろうとしたのだろうか?

「ーー語弊のある言い種だな。王都復帰を餌に懐柔した、の間違いだろう?」

 若干、険を滲ませた声が漏れ聞こえてきた。

 ーーぴ?魔王様?

 声は間違いなく魔王様だったけど、その言葉はまるで当事者ーーアッシュさんが言ったように聞こえたのだ。

 魔王様自身意図せず出た言葉だったようで、少し驚いたように首を傾げていた。綺麗な指先が、その唇をなぞる。

「正確に言うなら、王都から追放されたのも儂らの画策だったのじゃがーー。ほっほ、多少は思い出してきたかのぅ?」

 な、なんて酷いのだ!目的の為に、アッシュさんのお父さんを追放に追いやったのか!?

 そんなモンス司教の問いに、魔王様は肩を竦めた。

「ーーさてなぁ?」

「ーー儂の顔に見覚えはなくとも、未だ屋敷の地下には術が残されとるじゃろぅ?それを見て何か思わんかったか?」

「そも、あの屋敷に地下などあったのか。見ておらぬ物に、どうかなど問われてもなぁ」

「……ならば、もう少し語ろうかの。アッシュ殿には是非、儂らの悲願を思い出して貰いたいのじゃ」

「そのアッシュやらとて、お前らの悲願など思い出すに値せぬと思うだろうがなぁ。無論、己もだが?」

「…………年寄りの話は聴くものですぞぃ」

 ぴむ、魔王様の暖簾に腕押しな飄々っぷりに、モンス司教は少し意地になってるような……。

 流石、ごーいんぐまいうぇい魔王様。ペースが乱れないのだ。

 顔を引き吊らせると、モンス司教がこちらを見た。

「さて黒羊や、儀式の話じゃったな?結論から言えばーーそれは、神を招く儀式じゃ」

 ーー神?

「ーー創世神を喚ぼうとしたのですか。司祭ともあろう方が、不敬に過ぎる行為ですよ」

 アーチェ様が聖人の顔でモンス司教を諌める。

 そりゃ神様なんだし、そんなほいほい喚んでいい存在じゃないだろう。

 誰にだってプライベートがあるのだ。勇者と同じくな!

 だが、モンス司教は首を横に振った。

「儂らの神は創世神などではない。ーーかつて、完璧であったその身を自ら不完全なものに貶めた神など、崇拝するに値せぬの」

「っ!?なんという冒涜を……!」

 驚愕の表情を浮かべるアーチェ様。

 この国は唯一神である始祖、創世神を信仰するのだと言っていた。その根底を(くつがえ)されて驚きを隠せないでいるらしい。

 その困惑の顔色は、次第に畏怖を含んだ侮蔑へと変わっていった。

「まさか……異なる神、魔神を崇める邪教徒となったのですか?」

「儂らを東の蛮族と一緒にされては困るのぅ」

 やれやれといった風情で嘆息する司教は、分からず屋な生徒を嗜める教師然としていたが……。

 ーー創世神でも異国の神様でもない?なら、一体何を喚び出そうとしたのだ。

「八つに落とされた力。その中で、最も力を受け継がれし七翼神ーーかの神こそ、真に儂らが崇めるべき存在であらせられるのじゃ」

 七翼神。確か……創世神の関心を引こうとして、それが神の怒りを買って追放されちゃった神様……だったか。

「七翼神に乗り換えるたぁ、奇を(てら)った事すんな。自滅したって所は、創世神と変わんねぇ翼神様じゃねぇか」

 テオさん、それも凄い冒涜なんじゃ……。不遜というか、何と言うか。

「それは捉え方の相違というものじゃな。強大過ぎて分かたれた、その力の大半を宿して尚、神の国に君臨せしめた偉大なる神じゃぞ?寧ろ、その力を畏れられたからこそ、神の国を追われたのじゃと儂らは思うておる」

 お付きの白頭巾達がうむうむと頷いている。七翼神様は創世神様よりも上の存在だ、と彼らは考えているようだ。

「これまで創世神の恩恵に(あやか)っておきながら、よくそうも簡単に寝返られるものですね?」

「神話とは都合良くも改竄されるものじゃて。どの神の恩恵がもたらされてきたか、アーチェ様こそ考えた事はあるかのぅ?盲目的に創世神のみに傾倒し、本懐を忘れてはおらぬか?」

 ぴむぅ……宗教の話は難しいのだな?

 八百万信仰の日本人たる僕としては、正直どっちでも良いのですよ……なんて、身も蓋もない事は口には出来ない雰囲気なのだ。

 ぐっと詰まるアーチェ様に、モンス司教は更に追及していく。

「ーー否じゃな。アーチェ様は寧ろ、神を恨んでおろぅ?」

 ぴ?ーー恨む?

「かつて、世界中から蝶よ花よと愛でられし姫ーークリミア様を廃し、聖女としての運命を強いた神など、失せ者王子には信じられんじゃろうのぅ?アーチェ様ーー否、クリスディアン王子よ」

 ーーぴ!?

「なーーっ!?それをどこで聞いたのですか、モンス司教っ!」

 顔を蒼白にしてアーチェ様が詰め寄る。

 けれど先程迄の戦闘の傷が傷んだのか、ぐっと呻きを漏らしてよろめくと、それ以上司教には近付かなかった。

 変わりに、射殺しそうな目でモンス司教を睨み付けているのだ。美人がやると迫力があるーーじゃなくて。

 ぴーーモンス司教は何を言っているのだ?

 王子様って……どう見たって今はアーチェ様なのに、例えるなら王女様なのだ。

 それどころか今ーーディアンさんの名前を言わなかったか?

「おいおぃおいおぃ……アーチェそれ、機密事項じゃなかったのかよ?」

 アーチェに問い掛けながら、テオさんもモンス司教に険悪な眼差しを向ける。

「いけないのぅ、聖職者の象徴ともあろぅお方が、事実の隠匿などしては。なればこそーー儂ら高位の者は周知しとるんじゃよ、暗黙の了解としてのぅ」

「周知っ!?」

 ぱくぱくと口を開くアーチェ様、もう驚き過ぎて言葉も出ないようだ。

 そりゃ無理もない。必死に隠してた事が皆にバレちゃってたなんて知ればそうならざるを得ないのだ。

 ……機密らしいけど、気になるな。訊いちゃっても良いのだろうか?

「ぴ。差し障りなければ教えて欲しいのですが、ディアンさんは元は王子様なのですか?」

 テオさんの腕から腰を捻って前を向いてみる。真剣な空気に合わせ、深刻な顔を作ってみたが……。

 ぴぐぅっ、この体勢めっちゃ辛いのだ!早々にぐてんとテオさんの肩に戻った。

 ーー緊迫した空気が弛んだような、背中に皆の呆れた視線を感じたような気がしたが……ぴむ、気のせいだな。

「……そうじゃよ。それ迄、稀代の聖女候補とされていたクリミア様じゃったが……。クリスディアン王子が更に高い神力を持って生誕されてしもうたんじゃ。ーー一翼神の寵までも得てのぅ」

 モンス司教は続けてこう語った。

 国民の信を集める聖女様。王族は威を得る為に、任期を終えた聖女様を召し上げるのだという。

 だから生来、王族は神力を持つ者が多く、ティアーノ聖国に立つ聖女も王族が殆ど占めたようだ。

 王女として産まれたクリミア様も神力を得たけれど、後に産まれたディアンさんは歴代を遥かに上回る神力と、神の祝福も持って産まれてしまったらしい。

 それがーー悲劇の始まりだったのだ。

「王子が女子(おなご)じゃったらと惜しむ声は王女の耳にまで届いてしもうた。その周囲の期待の裏返し。世を儚んだクリミア様の絶望はあまりにも深かったんじゃろぅ……自ら、命を断たれてしもぅた」

 ーーぴ、ぴえぇっ!?王女様が!?

「王族の自害ーーそんな醜聞は明かせぬと、王家は箝口令を強いたのじゃ。クリスディアン王子など存在せぬと。皮肉な事に、流転と恒久を司る神のお力によって、王子は性別も変えられたからのぅ。ーー亡き王子は、クリミア様に代わり聖女となるよう運命付けられたのじゃ」

 憐れよのぅと溢す司教に、アーチェ様は何も語らない。

 けれど掌をきつく握り締めたその姿はーー何か、こう胸に迫るような感じがあった。

 ーーだからディアンさんは聖女らしくなかったのか。

 持って産まれたその力のせいで、実のお姉さんを死に追いやってしまった罪悪感。聖女として自分を崇める国民を、性別を欺いて導かなければならない背徳感。

 何で男の俺が聖女なんてやらなきゃいけない、産まれて来た事がそもそもの罪なのかと、結界の中で叫んでいた姿が思い出される。

 ーー僕は、この人に何て無神経な事を言ってしまったのだろうか。

「運命?それが何だっつーんだよ。それで助かってる奴が居りゃ無駄じゃねぇし。アーチェだろうがディアンだろうが、コイツはコイツだ。やってきた事には誇りを持ってる。ーー無神経な狸が、勝手に憐れむんじゃねぇよ」

「……テオ」

 テオさんの言葉に、漸くアーチェ様はぽつりと言葉を発した。

 ぴむっそうだな!テオさん良い事言ったのだ!

 ディアンさんは理不尽だと嘆いてはいても、その仕事は誠実にこなしていたのだ。だからアーチェ様は皆に敬慕されていたのだ。この功績はアーチェ様でありディアンさんのものなのだ!

 ディアンさんや王女様には申し訳ないけれど、やっぱり僕は、聖女はアーチェ様が相応しいと思うのだ。

 ーーぴむ?王女と言えば、何か忘れてるような……。

「テオ坊……大きくなったのぅ」

 モンス司教は感動したのか、目尻をそっと拭っていた。孫の成長を喜ぶお祖父ちゃんか。

「かつて異国の地にて神ノ食ベ物ーーテオブロマ、と呼ばれ供物にされておったお前が、育ったものじゃなぁ」

 ーーぴっ!?今度はテオさん?

 神様の食べ物とか供物とか、こっちもかなりディープな話っぽいのだ!

「ーー糞狸爺が、テメェは何でも知ってやがるってか?神様気取りてぇんなら他所でやれ」

「あの時は儂も随行しておったんじゃが、気付かなかったかのぅ?まぁお前は、アーチェ様を命の恩人と惚れ込んで、他のものなど眼中に無かったようじゃったが……」

「煩ぇ黙れ」

 お話し好きなモンス司教の言葉をぴしゃりと断ち切った!険悪通り越して射殺しそうな眼差しなのだ!ぴっ、怖ぇっ!

 ……ぴ、ぴむ。昔騙されたって言ってたのはこの事なのかな?

 アーチェ様は昔から凄い美人だったのだろう事は、想像に固くないぞ。神様の力で女性に変わってたディアンさんを、男性だなんて思う訳ないのだ。

 テオさん……儚い初恋だったのだな。

 ーー御免なさいテオさん、勝手にちょっと憐れんでしまったのだ。

「俺の事なんざどうだって良いんだよ!テメェはさっきから何が言いてぇんだ?灰塵王の過去はどうしたよ、話しながら耄碌したか?ボケ老人」

 ぴむ……口の悪さも悪態も、今は仕方無いと思えてしまうな。ドンマイ、テオさん。

「ーーだなぁ。下らぬ話なら、己もこれ以上聴こうとは思わぬよ。もう、終いにするか?」

 魔王様ーーそれはお話とモンス司教の人生、両方を言ってますですか?

 その髪をさらりと流し、首を傾げた(うれ)い笑顔。絶品ですが恐ろしいのですよ!

「せっかちじゃのぅ。別に論点はそう外れてはおらんと言うのに」

 軽く肩を竦めて、モンス司教はやれやれと馬上から僕らを睥睨(へいげい)した。今更ながら、その態度にも違和感を覚える。

 この余裕は何なのだろうか?魔王様達の力は強いと、さっきの戦いを観てれば分かってるのだろうに。

 ーー嫌な予感が、悪寒と共に背筋を震わせた。

「何が言いたいのかと問うたな?ーー贄の話じゃよ」

 ざわりと、皆に緊張が走った。

 ぽくぽくと、馬蹄を道に響かせながらモンス司教が馬を歩かせた。

 ぐるりと、皆の周りを回るように……。

「儂らは神を招くに相応しい贄を探しておったのじゃよーー高い神力を持つものをのぅ」

 まさかーー人を、生け贄に?

 それは……悪魔を喚ぶ行為なんじゃないのか?

 僕のファンタジー知識では、生き血を捧げたりして喚び出されるのは、総じて悪魔とかの悪いものだったぞ。

「当時、相応しいものが居らず、儂らは難儀しておったが……バッシュ侯の土地の力を見付けられた。これで、多少は贄の不足分を補えるのではないかと考えたのじゃ」

 パワースポットの力を借りて、彼等の神様を喚び出そうとしたという事か。人の生け贄を捧げるられるよりは、その方がずっと良いのだが。

 ーーいや、待つのだ。

「そもそも神様を喚び出そうなんてしなくて良いのでは?そんな犠牲なんて払わなくても、お祈りして奉れば、それが信仰にならないのですか?」

 素人目で見れば、それで十分な気がするのだが。

 創世神を信仰したくないならそれで良いのだ、それは人それぞれ、個人の自由なのだものな。

 モンス司教達の教義に則って、七翼神に祈りを捧げてれば良いんじゃないのか。

 信仰ある所に神あり、だと思うのだけれど。

「そうはいかん。何せ神の地より離れてしまった七翼神様じゃーー何処(いずこ)へおわしまするか分からんのでは、祈りが届く訳も無いのぅ。ならばお喚びし、いずれ真の聖堂となるバッシュ邸へとお招きするのが信者の務めじゃろぅて」

 ぴ、確かに。誰も居ない頓珍漢な方向にお祈りを捧げてたら、滑稽かも知れないな。

 ぴむむ、そうか。七翼神様は家を追い出されて、勘当されたようなものなのか。行方不明とはまた難儀な……。

 だからモンス司教達も、館内放送をかけて迷子の七翼神ちゃんからこっちに来るように喚び出そうとしているのだろう。

「犠牲とて必要なものじゃ。上質な贄があれば、より強く遠くまで喚び掛けられるでのぅ」

 そのスピーカーなり、拡張器を担うのが生け贄なのか。

「しかし、土地の力目当てであった儂らはそこで行幸を得た。比類無き逸材をその場で見付けられたのじゃ」

 逸材ーーつまり、生け贄を?

「それを捧げれば本懐が成し遂げられるじゃろうと、儂らは儀式の成功を確信した」

「確信たぁ大きく出たもんだな?そんだけその犠牲者は相当高ぇ神力を持ってたのか。……屋敷に居たっつー事は、さっき言ってたアッシュって奴がそれか?」

 ぴっ!アッシュさんが!?

 話の合間も術を解こうともがいていたテオさん。悔し紛れに話に割り込んだっぽいけどーーそれ、核心を突いてやしないか?

 だってアッシュさんは、手帳の最後で怪しい密会に呼ばれたって書いていた。まさかーー!?

「いいや、違うのぅ。これ以上無く相応しい贄はーーアッシュ殿の飼っておった、鳥じゃった」

「ーーぴっ、鳥?」

 鳥って……アッシュさんが拾って、育てていた小鳥?

 その鳥が、最高の贄だったのか?

「儂らも目を疑ったものよ。人よりも純度高く、膨大な神力を持つ鳥などが()るとは。しかし好都合、これも神の導きじゃ。そこで準備は万端、整った」

 いよいよ儀式かーー。ごくりと唾を呑み込む。

「ーーじゃが、儀式のまさにその時、思わぬ事態が起きたのじゃ」

 ぴ?

「はっ!ざまぁねぇな。失敗したのか?」

 テオさんテオさん。苛立ちは分かりますですが、顔が極悪なのですよ。

「否ーーある意味では成功じゃった。儂らの望み通り、七翼神様は降臨された」

「神をーー喚び出したのですかっ!?」

 アーチェ様が信じられないという顔をして驚く。

「否ーー七翼神様は、儂らがお喚びする前に自ら現れたのじゃ」

 ぴ、何ぃっ!?

「……どういう事だ?」

 これまで口を挟まなかったカゲヤンも、思わず疑問を漏らした。

 これまで所在不明だった神様が、儀式の場に突然現れるなんて、都合の良い展開なのだろうけど。

 ーーそんな偶然、あるのか?

「儂も詳しい事は分からんのじゃ。抵抗するアッシュ殿を抑え、鳥に贄の術を仕掛ける寸前ーー儂らは、儀式の場より弾き飛ばされたからのぅ」

 弾き飛ばされた?

 ーー現れた七翼神様が、何かしたのだろうか?

「気付いた時には、儂らはこの森の外に()った。戻ろうとしたがーー突然立ち込めた黒い靄によって、儂らはそこから先に進めんようになってしもぅた」

 靄ーー魔王様が出してたんじゃなくて、神様の力だったのか?

「崇める神を、そのお姿を目の当たりにしておきながら、儂らは神の元へ行かれなくなってしまったのじゃ。黒塵の森を突破しようと、様々な事をしたが成果は得られなかった……これ迄は」

「ーーへぇ?最近になって、何か嬉しい変化でもあったのか?」

「そうじゃ。ーー三日前、定期的に放っていた使徒が黒塵の森に入れたと!吉報を持ち帰ってくれたのじゃよ!」

 ぽくぽく馬に揺られながら、モンス司教は大手をひろげ破顔した。

 心の底から嬉しそうに、無邪気な子供のように。

「同志が次々と天寿を全うしていく中、儂も無念の内に、望む神の居らぬ地へと召されるのかと思うておったがーー漸く!漸く儂らの悲願が叶う刻が来たのじゃ!」

 半世紀もの、永い刻を待ったーーと、モンス司教は熱く語った。

 僕には、その悲願とやらは、悪魔のようにモンス司教達にとり憑き、妄執と化したように見えた。

「新しい儀式と贄の準備は常にしておった。今度は、七翼神様をあるべき聖堂へと導き、儂らの神として君臨して頂く儀式じゃ!」

 その地に引き摺り込み、偶像としてそこに縛り付けるーーそう言ってるように聞こえる。

 これはもうーー信仰じゃなくて、狂気の沙汰と言うのではないのだろうか。

「当時と違い、今は贄に相応しいものが多いのも喜ばしい事じゃ。ーー初めはクリスディアン様を、と儂らは考えておった」

 ぴくりとアーチェ様が反応した。

 ーー稀代の聖女様を、生け贄にしようとしたのかっ!?

「だが、より使えそうなテオ坊が来たからのぅ。計画はそれで進められたんじゃが……」

 失せ者とはいえ王子様を使うよりは、同じく神の加護を受けたテオさんの方が都合が良いという事か。

 非道ーーまともな人の考えを、逸脱しているのだ!

「何だ、やっぱり俺じゃ役不足だったのか?そいつぁ残念だったな」

 テオさんがせせら笑う。ーーが、それにモンス司教は笑顔を返した。

「そうじゃな。テオ坊も悪くはないがーー贄はやはり、猪よりも羊が相応しいじゃろう?黒い羊と比べてしまえば、お前は見劣りしてしまうのぅ」

「……は?」

「……ぴ?」

 テオさんと僕の声がハモる。

 黒羊……。モンス司教は、誰かをそう呼んではいなかっただろうか?

 ーー背中に、嫌な汗が流れた。


「儂らの大願、叶えるに相応しいのはーーお前の抱えとる、その黒羊の方じゃよ」

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