戸惑い
「玉無しどもがぁ!出てこいやぁ!!」
フソウちゃんはずーずーしーから!まだまだあきらめないっ!!
「もう諦めて普通に探そう?」
もうお天道様も天辺を過ぎて久しい。そろそろ良いかと声をかける。
「アタシの魔法『呼び出し』が効かねえとは……」
「魔法だったんだ」
「いいから出て来いやぁ!無視すんな、こらぁ」
再度魔法(?)を使い始めるフソウちゃん。すこし元気が無い、というか涙目だ。
「無視すんなよぉ!出てこいよぅ!」
もうダメかと思ったそのとき。草原のさらに向こう。森の中からバキバキと音がする。ズシャァという轟音と共に大猪が姿を現す。初戦に出てきていい魔物ではないと思う。ゆうに4メートルはあるであろうか。まっすぐこちらに向かってくる。まさかのアンブッシュ!アイサツもないとはスゴイ・シツレイである!
「むっ!あれは?……鎮西のおっことぬしだ!」
「ここ王都から東だけどなっ!」
素早く構えるフソウちゃん。まさか迎え撃つ気か!?そしてツッコんで欲しかったのはそこじゃない!
「マジ狩ぁあぁああぁある!!一本貫手突きッ!」
ゴウランガ!すごく嬉しそうである。ずちゅっという音と共に激突する。
「ピギャアアァアアァ」
大猪に右腕のひじ辺りまで深々と突き刺さり、絶叫が上げる。激痛からか遮二無二首を振る。宙に飛ばされてしまうフソウちゃんと僕。ひぃ!コワイ!そのまま地面に叩きつけられる。少し遅れて文字通り血の雨が降る。むせ返るような血臭。
「フソウちゃん、血まみれじゃないか!大丈夫!?主に僕の身体が!!」
「がたがた言うな!大丈夫だ受身は取った!返り血だ!」
ぷっと血を吐き出してフソウちゃんが言う。
「はっ!見ろよ。猪野郎の鼻の穴を3つにしてやったぜ!」
得意げに言うフソウちゃんとは対照的に苦しそうに首を振る大猪。ぼたぼたと鼻先から血が滴っている。先ほどの突進は大猪にとって唯一の攻撃方法であり、渾身の一撃だっただろう。これは勝てる!と思うと同時に急に頭が急速に冷却される。安心してしまったのだ。いま、ぼくたちは、いきものを、ころそうとしている。そう、殺すのだ。その現実に胃の腑のものが逆流してくる。は、吐きそう。
「……今、楽にしてやるよ」
それは僕に言ったのか、大猪に言ったのか。ごめん。そしてありがとう。フソウちゃんがすっと鉄パイプを構える。
「じゃあな」
大猪の頭部に鉄パイプを振り下ろす。大猪はびくりと震えて、肺の中を空にするかのように大きく息を吐き出す。そしてそのまま動かなくなってしまった。嬉しいとか悲しいとかわからない。僕はその様子をただ、呆然と見ていた。
「初めてなんだから仕方ねえさ。アタシにはよくわかんねえけど」
フソウちゃんにも何か思うところがあるみたいだ。それでも励ましてくれる。だからせめてこれだけは伝えよう。
「フソウちゃん、ありがとうね」
「ちゃん付けするんじゃねえよ」
フソウちゃんは苦く笑う。
「とりあえず、な。血抜きしねえと」
フソウちゃんはそう言って腰の鉈のように分厚いナイフを抜き放ちつつ大猪に近づく。
「フソウちゃん」
「……っち。なんだよ」
僕の真剣な声にフソウちゃんも気がついたらしく、言葉を飲み込んでくれる。
「それ僕にやらせてもらえないかな」
「わかった」
変身を解いてくれる。右腕が痺れ、力が上手く入らない。けれどここでナイフを落としてしまうと、大事な何かまで落としそうな気がして懸命に右手に力をこめる。
「あっちの世界と同じ身体の構造なら心臓は肢のちょっと下。そうそこだ」
フソウちゃんの言葉に従って心臓の位置を探る。ぐっと覚悟と共に力をこめる。
「うっ」
嫌な感覚だ。調理のときに肉を切るのとは違う。
「よく頑張ったな」
「うん。フソウちゃん帰ったら話があるんだ」
「ああ。もっかい変身しろ。このデカブツをせめて城門まで運ばねえとな」
「ありがと。リリ狩る。マジ狩る。哀矜懲創……」
僕は始めてこの言葉を恥ずかしがらずに言えた。