お断りしますわ! 私、家には入れません!!
かちゃかちゃという音が止んだかと思うと、絹連れの音が響き始めた。すごく気になる。精神も仕草も女の子。でも男だ。見ても良いんじゃないか。
「もうこっち向いても良いわよ」
煩悩と闘っていると許可が下りた。視線を向ける。鎧武者はバラバラになっていた。はて、中身はどうしたのだろうと辺りを見回してみるとベッドがこんもりしていた。
「鎧は付け直さないの?ちゃんと顔を見てお話したいな」
なんだか保護者のような、兄のような気持ちになって優しく問う。
「……た……ない」
ベッドが喋る。
「え?」
「着け方!わかんないの!」
「???なんの?」
自分の装備である鎧が着けられないということは無いだろう。だからといって他に思いつくものも無いので素直に聞いてみる。
「楯無鎧っ!」
たてなしのよろいとはなんだろう?ん?よろい?
「自分の装備だよね?本当に?」
「だって変身すれば勝手に装着されてるし、そもそも今回が初めての変身だし……。一回変身解くからもう一回変身して。言いたかった台詞もあるんだもん」
そういえば転ぶ前に何か言おうとしていたよね。
「わかったよ。じゃあ解除お願い」
「うん」
余談であるが、この会話にフソウちゃんが入ってこなかったのは終始爆笑していたからである。
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-Take2-
団結式を明日に控えた僕は自己紹介の予習に久々にステータスを見ていた。最初にもらった冊子の最後のほうのページだ。筋力とか数値化されてもよくはわからなかったが、スキル欄に重要なことが書いてあった。
『貴方のこころの種が芽吹き、新たな戦士ヤマシロへの変身が可能になりました。変身呪文は「闘争・財福・冥府。尸林に住みて、血肉を喰らう。今宵も虎徹は血に餓えている」』
「そこからじゃなくていいから。変身するところからで」
「はい」
この娘のためにやっているのに注文が多い。きっと魔法少女シスターズの末っ子だと思う。甘え上手さんめ。
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-Take3-
「闘争・財福・冥府。尸林に住みて、血肉を喰らう。今宵も虎徹は血に餓えている」
音楽プレイヤーばーん。暗くなってお墓にあるやつが空からばしゅーん。めらめらー。鬼に後ろから彼が抱きしめられる。やだ……惚れそう。煙が晴れてじゃじゃじゃじゃーん。変身完了!
「問おう。貴方が私のマスターか?」
音楽プレイヤーと化した僕に腰の刀を抜き放ち、切っ先を向けて問う。シュールだ。僕はどう答えるべきなのか。素の彼女とキャラが違うことを指摘すればいいのか?それともこのまま望むように茶番に付き合えばいいのだろうか。はたまた「セイバー繋がりだねー」と自分もその台詞知ってるよ!趣味が合うね!アピールをすればいいのだろうか。そもそもこの娘剣士で良いんだよね?甲冑着込んで刀持っているし。困惑しているとフソウちゃんが的を射たことを言ってくれる。
「な。こいつすげーめんどくせーだろ」
「激しく同意するよ」
「もう!お姉ちゃんなんでそういうこと言うの!?」
「もう満足だろ?ちゃちゃっと自己紹介しろ」
「……私はヤマシロ。召還術師です」
ぶーたれる妹ちゃんだがお姉ちゃんの言うことは聞くらしい。
「え!?剣士じゃないの?」
「あんたのジョブ魔法使いでしょ?なんでその能力の私が近接格闘専門の脳筋ジョブなわけ?」
ヤマシロちゃんのお姉ちゃんはバリバリ肉体言語派ですよ?本人は魔法使いだと言っているけれども。
「その格好で?」
「召還術を使うときはこの格好のほうがいいの」
「そういうものなの?」
「そういうものよ」
いまいち納得できないのだが、言及しても答えてくれそうに無いのであきらめる。
「もういいかしら。あんたも自己紹介くらいしなさいよ」
「そうだったね。いやびっくりしちゃって……。僕の名前はヤマト=フソウ。ヤマトと呼んでもらって構わないよ。向こうでは24歳だった。他に聞きたいことは?」
「特に無いかな。家でお姉ちゃんから聞いてるし」
「ちょっ!そういうことは本人に言うなよ!」
フソウちゃんがどういう風に僕のことについて話しているかも気になるが、さらに気になる単語が出てきた。
「家?」
「なんだ。お姉ちゃんから聞いてないの?あーだからいつまで経っても来なかったのね。私にはイロイロ言ってくるのにお姉ちゃんもけっこう抜けてるよね」
「能力全部使えるわけじゃないし、こいつ男だし……。いきなり家に呼ぶとか、なあ?」
「部屋まで用意してあって何をいまさら」
姉妹の会話になってきたので僕は仕切りなおすために声をかける。
「あの。部屋を用意してあるとか、家とかって?」
「はいはい。私たちがあんたの能力だってことはわかってるわね?」
「能力って言葉には言いたいことがあるけど概ねは」
「なら普段どこにいるかは?」
「媒体じゃないの?フソウちゃんならドッグタグ、ヤマシロちゃんなら音楽プレイヤーみたいに」
「半分正解だけど半分ハズレ。そんなの暇でしょうがないじゃない」
そういう問題なのだろうか。
「正解は、ここよ」
そう言って自分の胸を指し示す。
「私たちは普段、あんたの精神世界に居るの。わかりやすく言うと心の中を間借りしている感じかな。そのスペースを私たちは"家"と呼んでる。さらにそこに区切られた自分の領域があるわけ。それが"部屋"ね。結構居心地いいのよ?」
「その説明だとフソウちゃんがそこまで嫌がる理由がわからないんだけど」
「それは精神世界が精神体……現実で肉体を操作している以外の人にとって仮想の現実であるからよ。真っ暗闇に魂みたい形で揺蕩っているわけじゃない。自分の形があって、嗜好がある。だから安心出来る場所が必要になる。つまり知覚して触れられる物があるの」
「なんか難しくてよくわからないけど僕の中に実際に住めるアパートがあるみたいな感じなのかな?」
「アパートじゃなくて家全体をシェアしているわけだから……ホームシェアとでも言えばいいのかしらね。でもま、その認識で良いんじゃない?」
「じゃあフソウちゃんが嫌がっている理由は自分の安心できるようにコーディネートした部屋を見られたくないって事か。女の子の部屋に遊びに行くようなものだと」
「そうなんじゃない?それに容姿も違うしね。変身するとある程度は似るけど、それでもベースはあんただもの」
「なるほどねえ」
すごく行きたい。生フソウちゃん見たい。
「ねえフソウちゃん。僕フソウちゃん家に遊びに行きたいな」
「だ!め!だ!」
「家って言うからには共有スペースみたいなところもあるんでしょ?そこでいいから!」
「何度も言わせんな!ダメだダメだダメだ!姉貴たちに見られたらどうする!」
「むしろ変身前にご挨拶くらいはしておきたいんだけど」
「別に良いじゃん。能力を事前に把握しておくのも重要じゃない?」
「うー……ダメなもんはダメなんだ!」
フソウちゃんの激しい拒否により今回は遊びに行けませんでした。僕の心の中なのに。




