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壬生の夜雨  作者:
3/17

豺狼たち

また、酒の不味くなるツラが現れやがった…


芹沢は、不意の来訪者から視線を反らす為に、すでに空になった酒杯をわざとあおってみせた。


『突然お訪ね致しまして、申し訳ありません』


その人物は、神妙な面持ちで芹沢へと頭を下げる。


『どうしても芹沢先生のご裁可を戴きたい事がありまして、急ぎ参った次第でして』


『なんとも不粋な事だな。こちとら日々、国事に奔走した疲れをこうして癒しておる最中だというに』



申し訳ありません、と男は心から芹沢に畏敬する様にもう一度平伏してみせ、


『されど、国事に奔走するは志士の誉れ。芹沢先生程のお方なら、なおさら現在の難局に心砕くに昼夜の別はありますまい』


別に芹沢への皮肉や当て擦りを言った訳ではない。


あくまでも自身の信念らしきものを大真面目に披瀝する男を見て、芹沢は内心で舌打ちを禁じ得ない。


この男の名は、近藤 勇。

現在、壬生浪士組内で芹沢と勢力を二分する、もう一人の局長である。



芹沢は、この男が嫌いだった。



質実剛健を錦絵にした様な為人で、武骨なほどに真っ直ぐであり、上は会津藩から高い信頼を寄せられ、下は他の隊士らは勿論、町民らにも慕われているという。



芹沢からすれば、まばゆいほどの正道を歩む近藤の姿を見るにつけ、酒色に溺れて堕落しきった自らに何か当て付けられている様な気すらしてくるのだった。



『…で、近藤サンよ、急ぎの用件ってのは何だ?』



『その前に、お人払いを』


近藤の沈毅な声は、むしろ芹沢以外の、この座敷内にいる総ての者に向けられていた。


芹沢は煩わしそうに手を振る。それを合図に芸妓たちは、これ幸いと言わんばかりに一斉に部屋から出ていった。


後に残るは、平山 五郎、平間 重助、野口 健司ら芹沢子飼いの者どもである。

が、近藤は彼ら三名に対しても座を外す様に要求した。


『すまぬが、貴殿らも遠慮してもらいたい。芹沢先生と二人で話したいのでな』



『何だとっ!』


短気な平山など、既に刀を引き寄せ近藤を睨み付けている。態よく芹沢を一人きりにして、芹沢を害するのでないか、と疑っているらしい。


だが芹沢は愛用の鉄扇を振り、まるで蝿を追うようにして平山らに部屋から出て行く様に指図した。

首領からの命令とあっては彼らも従わざるを得ず、しぶしぶ芹沢の前を辞していく。


最後の野口が部屋を出て、障子という障子が完全に閉め切られると、座敷はさっきまでの喧騒が嘘の様に静まり返ってしまった。


『近藤サンよ、あの馬鹿どもの事は気にするな。なにしろ先だって、あんな事があったもんで気が立ってるんだろうよ』


そんな言葉と裏腹に、芹沢の表情には挑発的な薄笑いが張り付けられている。


『…新見さんの件は、真に残念でした』


近藤の顔に鎮痛な色が浮かぶ。



埃すら舞い散るのをはばかられる様な重々しい静寂の中、他の座敷で陽気に騒ぐ声がよく聞こえた。


やがて芹沢は銚子を取り上げ、自らの杯に注ぎつつ



『俺ァ、こう見えて忙しいんだ。要件があるならさっさと言いな』



その間、芹沢の目は銚子の口からこぼれる酒のみに注視されている。


が、近藤がようやく切り出した言葉は、芹沢をして

杯を口に運ぶ手を思わず止めさせていた。



『土方君が掴んだ情報によりますと、長州の不逞浪士らが、芹沢先生のお命を狙っております』


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