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壬生の夜雨  作者:
17/17

雨に濡れても

四人が雨に打たれつつ急ぎ前川邸の門をくぐると、そこで思わぬ人物と出くわした。



彼らの首領たる近藤が、滝の様なこの雨の中を傘も差さずに立ち尽くしている。


唖然とし、思わず駆け寄る一同を優しく手で抑え、



『同志がこの雨に濡れながら苦労している。局長たる私だけが、ぬくぬくと部屋では居れんよ』


そう言って近藤は、雨に濡れ切った笑顔を一同に見せる。



…こういう所は、試衛館の若先生と呼ばれていた頃から少しも変わっていない。


同志を大切に想い、苦楽を共に分かち合わんとするその為人に惹かれたからこそ、土方ら四人は今、こうして雨に打たれている。


その近藤が、土方だけに何やら目配せした。土方もまた、その意味を瞬時に察して他の三人を先に屋敷へ入らせる。十年来の付き合いだからこその阿吽の呼吸だった。



『…芹沢さんは、逝ってしまったか』


いくら会津藩の命とはいえ、近藤は芹沢の暗殺には最後まで反対だった。しかし、その近藤の目を盗んで暗殺を決行した土方らを今更責めようともしなかった。


芹沢は、自身の破滅を望んでいたのだろうか…今となっては芹沢の心中を推し測る術など無い。少なくとも近藤の説得に応じて浪士組を退去する気など毛頭も無かったに違いない。


その一方で、誕生したばかりのこの浪士組を守るには、芹沢を除かねばならない。

まして、それが主命とあれば尚更である。


この如何いかんともしがたい状況を打開するには、土方の採った手段しか無い。そう理屈では分かっていても、気持ちが釈然としないのだろう。



無論、付き合いの長い土方には、近藤 勇という男の苦悩の道筋が手に取る様に分かる。



『…口惜しいが、武士と呼ぶに相応しい、堂々たる最期だったぜ』



『そうか…』


気が抜けた様な返事をし、近藤は長年の盟友に背を向けた。いつもの力強い肩が悲しげに下がっている。



ふと、土方は気付く。近藤は今、いているのではないか…。


みすみす芹沢を死なせた事に。そして、そうなる事を回避出来なかった自分の不甲斐なさに。




だが、近藤の涙を知るには、この夜の雨は邪魔だった。



土方は、そんな近藤の背にそっと近付き、



『芹沢 鴨と平山 五郎は、不逞なる長州の刺客に不意の襲撃を受け、なれど果敢に応戦せしも武運味方せず、ついに武士として見事な最期を遂げた…』



『歳さん…』


『あんたは本当の事は、何も知らなくていい。これからは、汚れ役は全て俺が引き受ける』





…だから、せめてあんただけは、昔と変わらず、出会った頃のままでいてくれ。



それは土方の、偽らざる本心であったろう。



だが、この男は自身のそんな想いを口に出したりはしない。



『近藤さん、風邪引くぜ』



その代わりに、濡れ立った友に傘を差し出して、ようやく土方は笑顔を見せたのだった。






…文久三年九月十六日、会津藩御預かりである壬生浪士組の筆頭局長たる芹沢 鴨と、同じく副長助勤の平山 五郎の両名は、深夜に忍び込んできた『長州の刺客』に襲撃されて落命した、と会津藩の記録に記されている。



芹沢の子飼いの一人であった平間 重助はこの夜を境に、浪士組、いや幕末史から完全に姿を消している。この夜から十一年後、明治も七年を過ぎた頃の夏に、彼によく似た初老の男が水戸で生を終えている。あるいはその人物こそ、山南の情けで故郷の水戸に逃げ延びた平間だったのかも知れない。


ともあれ、これによって壬生浪士組から芹沢一派は一掃され、新見、芹沢と局長が次々と横死を遂げた事で唯一残った近藤 勇が、唯一無二の局長として以後の浪士組の手綱を握る事となる。



同年九月十八日、芹沢と平山の葬儀が盛大に執り行われた。あくまで神式に則りつつ、華美と儀礼を尽くしたこの式典は、京の内外に彼らの威勢を轟かせるに充分だったであろう。


その式典の締め括りとして、局長たる近藤はある一つの宣言を行っている。



芹沢亡き後の新体制において、これまでの彼らの名称であった壬生浪士組の名を改め、新たに会津藩より下賜された名を正式なる名称とする…。




世に言う『新選組』の誕生の瞬間であった。



葬儀が終わると、芹沢と平山の遺体は壬生寺に葬られた。


だが、芹沢と共に横死した、情婦お梅の亡骸だけは弔いもされぬまま、ずっと放置され続けていた。芹沢と同じ墓に入れてやっては、と誰かが近藤に提案したが、近藤は常の彼らしくも無く、それを一蹴した、との噂が残っている。



近藤にすれば、会津藩の密偵であったお梅の弔いを拒否する事で、今回の芹沢粛清を命じた会津藩に、無言の抗議を行ったのではなかったか。


近藤の真意はともかく、お梅の遺体は事態を見かねた有志の手によって、何処いずこかに埋葬されたという。



芹沢らが死んだ夜に降った雨は、一晩中降り続いた、と壬生村には今も言い伝えられている。



…だが、その雨が、果たして誰にとっての『涙雨』であったか…今も知る術は無い。




(完)

ここまでお付き合い頂き、誠に有難う御座いました!

処女作になる『壬生の夜雨』、これにて無事完結の運びとなりました。

悲しいかな、端末操作に不慣れで、悪戦苦闘しつつ寄稿しておりますので、誤字脱字または文書構成の悪さなどなど、お見苦しい点が多々あろうかと思いますが、御容赦下さい。


また『物語』の中で史実に反する記入があります。これは私が物語を作る上で意図的にそう書いた物もあれば、単なる下調べ不足の露呈もあるかも知れません(汗)

フィクション物のお約束ごとと、御理解下されば幸いです。


また私自身、長年の新選組ファンであり、いずれの隊士にも均等な愛情を注いでいるつもりですが、もし読み手の方々の各隊士へのイメージを損ねてしまったなら、深くお詫びします。


これをきっかけに、新選組同好の士と、交流がはかれれば嬉しいです。


長くなりましたが、次回新連載(?)でお会いしましょう


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