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壬生の夜雨  作者:
1/17

雨雲

下手の横好きで恐縮ですが、新撰組好きな方もそうでない方もお付き合い願います。

…その夜は、久方ぶりに雨が降っていた。


暗夜に支配された室内、頼りなく照らす蝋燭の灯火を囲み、三人の男どもが膝をにじり寄らせて何事かを語り合っている。


『…と、いう訳で我が藩としても、これ以上奴の好き勝手を赦しておけば、殿の沽券こけんにも関わってくる、との意見も多くてな』


と、言葉を切り、れっきとした侍風の男は下座に並んで座っている二人の表情を見比べた。


『それに殿ご自身も、一連の奴の行いに大層ご不興であられる』


『申し訳ありませぬ。全ては我らの監督不行き届きにて』


『いやいや、別にお主らを責めておるわけではない』


たちまち平伏する二人を見て、男は大袈裟な身振りで顔を上げるように促した。


『お主らの働きぶりは殿も認めるところだ。壬生浪士組として、市中警備に尽力しておる功労まぎれもなし、と』


だが、と男は辺りの闇に溶かす様にその声を潜め、


『奴の乱行がこれ以上続けば、京都守護職たる殿の御顔に泥を塗るに等しい。殿はああ見えて、ご短気なところがお有りゆえな』


暗い室内だが、その言葉を受けた二人の緊張と衝撃の表情が、手に取る様に伝わってくる。


『壬生浪士組そのものの処遇についても、殿もご思案なさるやも知れぬ。…意味は、分かるな?』


顔こそ苦笑めかしてはいたが、その眼光たるや、よく切れる刀はどれか、と選んでいる時の如く、少しの気抜きも感じさせない。


『分かりました。必ずや、御意に沿う様に致します』


重々しい沈黙を切り裂いて、左に座る男が平伏しつつ、そう口火を切った。右側の男は、それについて何か言いたげではあったが、やむなく倣う様にして頭を下げるしかなかった。



…二人が辞した後、一人残った男はおもむろに障子ごしに外に視線を移した。


『聞いていたか?』


その背後で、不意にゆらりと人影が舞い出た。


『おまえは引き続き、奴の監視を続けろ。そしていざというときは、あの百姓あがりの剣術屋どもに助力してやれ。討ち漏らしの無いように、な』








男は、すっかり冷えた杯を取り上げた。


座敷に響く芸妓たちの嬌声も、景気よく掻き鳴らされる三味線の音色も、どれもこれも男のうさを晴らすに値しない。


今宵は随分と酒が不味い夜だ…。


かなりの酒杯を空にしているはずだが、今夜はどうした訳か、ほろ酔う気配すら彼に近付いては来なかった。


酒の不味い時は、決まってそうだった。いかに酒を掻き食らったところで、身体こそ酒に支配されても心までは酔えない。


だからか、次々と、まるで意地になったかのように酒杯を重ねて心底から酔い潰れてしまおうとする自らの姿を、もう一人の自分が氷の如く冷淡に嘲笑っている。


男は、この京の花街界隈で一種の疫病神と見なされている。そう見なされるに至るまでに、彼は幾多の乱暴狼藉の限りを尽くした訳だが、そうした時は必ず、今の様に酒に酔えぬ夜だった。


そんな男の心情など蚊帳の外とばかりに、乱痴気騒ぎを繰り広げる彼の子分共に、切り裂く様な一瞥を呉れた後、男は手にした杯を一気に飲み干した。



男の名は芹沢 鴨。


会津藩御預りにして、壬生浪士組の筆頭局長、というのが今の彼の肩書きだった。

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