せんかんだいわ?
新宿オルタは基本的には年中無休だ。年に二回だけメンテナンスの都合で休館する以外に休みは無い。なのでテナントの店員はシフト制で店舗を切り盛りしている。
お昼過ぎジュリアは自宅のアパートの前でバイクを磨いていた。これが彼女の休日の日課みたいなものだ。
軽く水で汚れを落とすと乾いたウエスで車体の水分を拭き取っていく。その後にコーティング剤をスプレーして拭き挙げていくとカウルやタンクにツヤが表れ始める。この瞬間はいかにも作業がはかどっている感じがして楽しい。
作業の途中。ふとコーティング剤のスプレー缶に目をやる。ジュリアはある文言が気になり読み上げた。
「本製品は米軍でも採用されているMILスペックをクリアーした製品です。…みるすぺっくってなんだ?米軍って事はやっぱそっち系って事なんだろーな、今度テラっちに聞いてみるか」
そうつぶやくとバイクを見て
「おーし!バイクもピカピカになったし、ひとっ走りしてくるか!」
バイクに飛びの乗ると爆音を撒き散らしなが走り去った。
自宅の近所だが少し遠回りして駅前の商店街に着いた。
大体休日はここで遅めの昼食を取り時間を潰すのがジュリアのオーソドックスなオフの過ごしかただ。
「さーて、メシにすっかな」
バイクから降りると辺りを見渡した。平日の昼下がりとはいえ飲食店はまだまだ混んでいる。
「んー。またハンバーガーってーのも~。な、ん、か、な、い、か、な…!」
ジュリアの目に本屋が目に止まった。
「そうだ!あそこでちょっと時間潰していくか!」
颯爽と彼女は本屋に入っていった。駅前なので比較的大型の書店でかなりの種類がワンフロアーだが置いてある。
入り口の所には小説や新刊が平積みにしてあり壁伝いには漫画雑誌が陳列してある。
ジュリアはそれには目もくれずファッション雑誌のコーナーに向かった。一応アパレルの店員なんで流行位は網羅しておかなければ格好が着かないからとりあえずは目を通す事位はしている。
しかし雑誌を手に取ることは無かった。
「まだ、今月号は出てないからな~」
そう言ってスルーするとバイクのコーナーへ向かった。
「ん~コッチもめぼしいヤツはないな~」
色々なバイク雑誌を眺めていると隣のコーナーにある雑誌がふと目に止まった。その雑誌は
「航空ファン」
「ぷはっ!ダセエ名前!ファンってナニヨ!」
自分が普段見ている雑誌のセンスとは余りにもかけ離れているので思わず口に出てしまった。隣で立ち読みしている「いかにも」といったような風貌の男性がジュリアをいちべつする。
少し気まずい空気が流れたがここでナゼか寺田の言葉を思い出した。
「そーいえばカワサキが戦闘機作ってるとか何とか…この雑誌はそーゆーの系?」
半信半疑でその雑誌を手に取るとパラパラとめくっていった。しかしジュリアのような女性が見て解るような内容ではなかった。
「んだよ。テラっちの野郎なーにがバイクの技術は飛行機からだよ…サッパリ解んネーヨ」
興味を失ったジュリアは雑誌を元の場所に戻したが、その隣にある雑誌の表紙が目に止まった。
「なんだ?このイカツイの?船か?白黒の写真って事はやっぱ昔のなんだろーな」
船の正体が知りたくてジュリアはその雑誌を手に取った。ひときわ大きな文字で『戦艦・大和』と表紙に書かれているのに気が付いた。
「だいわ?って読むのか?」
「バカ!ヤマトって読むのよ!」
聞き覚えのある声がしたので思わず振り向くとそこにはカヨが仁王立ちしていた。
「ったく。ミリタリーのコーナーが似合わない派手な女が立ってると思ったら…。」
「カヨ!オメーなんでウチの近所の本屋いるんだよ!」
カヨは軽く溜息を付くと
「あのねー文学堂はチェーン店なの。都内に何店かあるからタマにはヘルプで他の店にも行くわよ」
「へーそーなんだー」
例の如く興味の無いことに関しては気の抜けた返事をするジュリア。
「てゆーか。オメーこの船の事解ンの?」
「解るわけないでしょ。それ買って寺田さんにでも聞いてみたら?」
「でも、ヤマトって読み方は知ってたじゃん」
「日本人なら誰でも読めるわよ!」
「そんなに有名なの!?」
「あ~もう。ちょっとコッチに来なさいよ」
カヨはジュリアの反応に少し呆れた様子をみせながらも彼女の手をとり専門書の置いてあるコーナーへ向かった。「歴史・軍事」と書かれた本棚の前にカヨは立つと
「戦艦大和に関する本はウチでも常時これ位はあるの。もっと大型の書店だと大和の事だけで1コーナー設ける位よ」
と、戦艦大和がどれだけ有名か説明した。
「おー、戦艦大和ってパネェな」
ジュリアは数ある本の中から適当なもの手に取り値段を見た。
「あ!?3800円!?値段もパネェな!」
素っ頓狂な声が書店に響く。カヨが慌てて
「チョっ、バカ!声がデカイわよ。前も言ったけど専門書は高いのよ」
「3800円ったらオイル交換しても釣りがくるぞ。てかテラっちのヤツこんなモンばっかカヨんとこで買ってるのか?」
カヨは得意満面の表情をジュリアにすると
「そうよ。デュフフ~」
と、気味の悪い笑い方をした。これにはさすがのジュリアも引いてしまい視線を慌てて本棚に戻した。
「ハハ…えっと、私でも読めそうなのは…と」
と言いながら本棚を見てると高そうな表紙の本とは違い漫画の単行本みたいな雰囲気を持つものを見つけた
『戦艦大和・99の謎』
と表紙には書いてあった。ジュリアはそれを手に取ると値段を確かめた。
「お、カヨ。これは安いな500円だって」
「で?アンタ、それ買うの?」
どうせ買わないだろうと高をくくった表情をカヨはしたがジュリアは予想に反して
「おう。買うわ」
と言って中身も見ずにキャッシャーに向かって行った。呆然とその背中を見ながら
「あのバイク馬鹿が買うなんて…」
と、思わずカヨは呟いてしまった。