休憩室
11時のオープンからいくらか時間がたった。そろそろ各ショップの店員達が休憩を取り始める時間だ。
ここオルタの休憩室は八階にある。7階の多目的ホールの都合で8階の半分近くは吹き抜け部分になっており、いわゆるデッドスペースになっている。残り部分に倉庫と休憩室がある。
ジュリアは後輩のマキに店を任せて先に休憩を取る事にした。
休憩室に入ると奥の喫煙所に2、3人タバコを吸っている女性店員がいる位で休憩室はそれ程混み合ってはいなかった。
端の方に並べられた机の列に一人とその反対側の壁に並べられた机に一人、真ん中の机の列にはさっきの巨漢警備員・寺田が炭酸飲料を飲みながらを本を読んでいた。
ジュリアはそれを目ざとく見付けると
「テラっち何見てんの?エロ本?」
と言いながら後ろから覗き込んだ。
「うわぁ!驚いた。もぉ~急に話しかけないで下さいよ~。神田さん」
「テメ本名で呼ぶんじゃねーよ!!」
ジュリアはそう叫ぶと寺田の座っているイスを軽くけった。
「ぶぶっ。それ暴行罪ですよ~全く…」
ショップによってはお店用の名前で呼び合う所もある。いわゆる源氏名的なもので夜の仕事と区別をつける為ミドルネームと呼称される場合が多い。
主に店の雰囲気作りにこのミドルネームは使われるが最近では防犯上の都合で使う店も増えて来た。
不特定多数の人間と接する都合上、不用意に本名を晒すは好ましくないという配慮からだ。
過激なファッションが売りのショップは特にそうだ。
「ところでテラっち。ナニソレ?ミリタリー系がいっぱい載ってるけどショップのカタログ?」
「違いますよ~。これは世界の軍隊が使ってる軍服の資料集ですよ~。」
「へー。チョット貸して」
そう言うと乱暴に寺田からその本を奪い上げた。
「プハっ!ダセェ!何この白タイツ」
「それはナポレオンの頃ですよ~。ダサいとか言わないで下さいよ~」
「あー!ジュリアさん。かっけートレンチ載ってますよ!」
「へー。ホントだ…。ってマキィ!!アンタ店どうした!?」
「あー、店長が急に来て休憩行って来なって」
スナック菓子をボリボリたべながらマキは答えた。
「へーそうなんだ。なぁなぁテラっち。このトレンチへんなアクセ着いてるけどナニコレ?」
「あくせ?」
寺田は首をかしげた。
「ったくオメーはホンットそーゆーのダメだなぁ!コレだよ!コーレ!」
ジュリアはそう言うと写真を指差した。
「あぁ~。枝付き手榴弾ですね~。」
「手榴弾!?」
二人とも素っ頓狂な声を上げる。
「そうッス。トレンチコートのベルトは手榴弾やピストルを引っ掛けたりする為のものなんですよぉ~」
「へー。」
関心があるのか無いのか二人共気の抜けた返事をした。
「第一次世界大戦にバーバリーはぁトレンチコートの大量生産を請け負って一流ブランドへの礎を築いたんです」
「バーバリー!?」
バーバリーという一流ブランドがアパレルの「あ」の字も無い寺田の口から出て来たのもビックリしたがトレンチコートが軍隊で使われていたものだという意外な事情を知った事にも二人共驚いたようだ。
「ちなみにトレンチコートのトレンチって塹壕って意味ですよ~。」
得意げに寺田は言うが二人の関心はすでに他のページへと移っていた。
あれやこれやと騒いでいる脇で寺田が申し訳なさそうに
「あの~、そろそろ戻らないといけないんでぇ、本の方を~」
「あっそう。これ色々載っててオモシレーから貸しといて」
「えぇ~!も~。後で返してくださいよ~。」
そう言うと寺田は休憩室を後にした。