AとBのメビウス
以前の投稿から大分時間が経ってしましました……。
そのくせ今回のお話は、以前自身のツイッターに垂れ流したお話に少し手を加えただけの省エネ小説です。
手抜きのように感じられるかもしれませんが、少しでも楽しんでもらえれば幸いです。
Aは今年で30を迎えるが、定職には付かず、アルバイトをして生計を立てていた。ミュージシャンになるという夢を叶えるためである。
昼間はコンビニで一世代若い連中の中に紛れて息を殺すように働き、夜はギターを片手に歌声を披露する。そんな生活を10年繰り返してきたが、未だに芽は出ない。
しんと静まり返った路上の片隅。今日も通行人の足を止めることができなかったと忸怩たる思いがAの心を塗りつぶした。Aは闇を追い払うかのようにぶんぶんと頭を振り、気分転換にと音楽を聴き始めた。
「B」というアーティストが作詞作曲した曲「タイムリープ」
Aがミュージシャンを志したきっかけの曲である。
Bは日本音楽界が生んだ最高のミュージシャンと呼ばれている。小柄な体格からは想像できないほどの力強い声が彼の特徴だ。また、彼から綴られる詞は繊細で、聞くものの心を揺さぶって離さない。若者を中心に熱狂的なファンを持つアーティストである。
「タイムリープ」はBのデビュー曲にして代表曲といってもいい。「タイムリープ」が発売された年は、日本中の若者がこの曲を口ずさんだ。無論Aもそのうちの一人である。元々、声質がBに似ているという部分もあり、友達間の間でこの曲を歌うと皆が大いに喜んだものだった。
歌うことで皆が喜ぶ。皆が喜ぶことで自分も喜ぶ。いつしかAはミュージシャンを目指すようになり、親の反対を押し切って大学を中退。上京し、現在のような生活を送り始めた。……だが、現実はそう甘くはなかったのである。
ある日、Aがアルバイトの仕事で失敗し、お客を大激怒させてしまった。
クレーム対応に自分よりも6つ下の若者が回ったのだが、その処理が終わった後、存分に苛立ちが混じった口調で「しっかりしろよAちゃんよ」と侮辱と皮肉がこもった言葉を浴びせられた。
不意にこれまでの音楽の努力全てが馬鹿にされたように思え、Aは思わずその年下の男を殴り飛ばしていた。
Aは警察に連行された。
こんなはずではなかったんだとAは留置所の中で思った。
なぜ自分がこんな惨めな思いをしなければならない?
音楽だ。
Aは思い当たる。自分を音楽の道にいざなったBが悪いのだ。
そうだ。こんな目に遭っているのはBのせいなのだ、と。
そんな中、信じられないニュースが日本中を駆け巡っていた。
「タイムマシン」が完成したという内容だった。その話は留置所にいたAの耳にも届いた。Aはある計画を思いつき、一人ほくそ笑んだ。
釈放されたAはタイムマシンを作ったという男に接触し、喉元に刃物を突きつけて自分にタイムマシンを使わせろと脅迫した。男は命の危険を感じ、Aの要望を受け入れた。Aは過去に飛び立った。
――Bがデビューする前……「タイムリープ」が発表される前の時代にである。
Bは今年で30を迎えるが、定職には付かず、アルバイトをして生計を立てていた。ミュージシャンになるという夢を叶えるためである。
昼間はコンビニで一世代若い連中の中に紛れて、息を殺すように働き、夜はギターを片手に歌声を披露する。そんな生活を10年繰り返してきた。
Aは日本音楽界が生んだ最高のミュージシャンと呼ばれている。
BはAの歌う「タイムリープ」これに憧れ、ミュージシャンを目指して上京したが、未だに芽が出ない。声がAに似ているのだけが自慢だったが、声が似ているというだけでは何の役にも立たない。
Aに対する嫉妬と焦燥感に駆られている時、日本中を大きなニュースが駆け巡った。
「タイムマシン」が完成した、というニュースだった。