第一話
俺はその日、『私』だった記憶を思い出した。
それはきっと、新たな始まりだったのだろう。
その日はぽかぽかと暖かい春の陽気に包まれていた。
嫌いな貴族としての所作の授業から抜け出し、その頃六歳だった俺は一目散に、お気に入りの庭一番大きな桜の大木の下へ来ていた。
ねじれた大きな両腕を広げ、今にも溢れんばかりに咲き乱れるその姿は、圧倒的な存在感とともに、俺の心を鷲掴みにしていた。
子供らしい笑顔を浮かべ、俺は舞い落ちる花弁を目で追い――――――――
その時、唐突にとてつもない量の記憶が流れ込んできた。
笑顔をこちらに向ける友人達。
馬鹿なことを口走って、担任に軽くはたかれるクラスメイト。
食卓を囲み、一緒に夕ご飯を食べる家族――――――――――――――――。
忘れていた『私』の記憶。
暖かくて、愛おしくて、泣きたくなるような、記憶。
記憶は俺の頭の中をくるくると巡り、するりと入り込んでいった。
ああ、分かった。俺は、私は――――――――――――――――
「俺は転生していたのか……。この、『紫堂柊弥』という、体に」
きっとあの時の強い衝撃は、トラックか何かに轢かれた時のなんだろうな……。
友人はそれを目の当たりにしたのか……トラウマになってないと良いなあ。ごめん、な。ここで行っても届かないけど。異世界挟んじゃ届くはずもねえな!
そうだ。こっちに来ちゃってるからもう叶わないけど…………
買った同人誌、一回でも読んどきたかった……!!
なんて、馬鹿なことを考えてみちゃったり。
まあ、記憶持ちで異世界に転生なんて、王道な小説みたいな話だけど。
この人生、思う存分楽しんでやろうじゃないか!
コレが、俺が私を思い出した日の記憶。