武器屋のオヤジが現れた!
武器屋の裏には小さな庭、のような場所がある。
そこは鉄くずや廃棄物などがまとめて置かれ、物置状態であった。櫓の炭のせいか、そこに生えている草は黒かったり灰っぽかったりする。
そこに、二人の男が対峙していた。
「てああああああああ!」
「甘いっ!」
刹那の交錯、腹に響く衝撃。
その瞬間、僕は空を見上げてひっくり返っていた。
「甘いぞ。エビシ。勇者だからといって剣を疎かにしてはいかんな」
ひっくり返った僕を見て、オヤジさんは剣を片手で弄びながら、眉を片方吊り上げてそう言う。
僕は痛む身体を無理矢理起こすと、再び剣を持って構えをとった。
「もう一本……お願いします!」
「よし、来た!来い!」
「てあああああああっ!」
オヤジさんは意外な事に剣の手練れであった。
いつも怠惰な生活をしている、かと思えば、脱ぐと凄いマッチョである。腕は鉄の生成の過程で鍛えられるにしろ、腹筋まできっかり割れていることには驚いた。
どうやら、毎晩腹筋している、とか。
その全身を生かした剣を……木の剣を喰らうと、液状化する身体とはいえ、かなりの衝撃を喰らうのだ。
もちろん、それは僕だけでなく、ビーやシーもであるが。
(いってぇ……!あのオヤジつええっ!)
(くっ……下手したらギガ……いや、それよりも強いだろう……!)
二人とも衝撃を喰らっている……が、二人は僕よりも身体を動かす事に関しては不得手なので、僕が上手く戦わねばならない。
さもなくば……。
「脇が甘いっ!」
びしっ!
(うわぁっ!)
(くぅっ!)
スライムマンに三十のダメージ!
ということとなる。
僕は打撃を受けながらも体勢を立て直し、剣を持ち直してオヤジさんを見据えた。
「うおおおおおっ!」
「足下が疎かだ!」
その瞬間、足に何か衝撃が走った、と思った瞬間、身体がふわりと浮かんでいた。そしてその目線の上には木の剣……。
それが凄まじい勢いで胸に振り下ろされた。
その後も、僕は立ち上がっては叩きつけられ、と丸々三時間は痛めつけられた。
だが、最後の方は僕も反撃を行え、オヤジさんも少々の傷は拵えていた。
「よし……じゃあ、飯にしよう。アミカ!」
オヤジさんは額の汗を拭いながら振り返って建物に向かって叫んだ。
すると、そこからひょこっとアミカは顔を出して返事をした。
「出来ているわよ。エビシ、大丈夫?」
最後に手痛く叩きつけられていた僕は地面に突っ伏しながらも手を振って大丈夫だということを示した。
それに納得したか、アミカは早く来てね、と言葉をかけると建物内に戻っていった。オヤジさんも木の剣をほっぽり出して建物に入っていく。
僕はそれを感じると仰向けになって青い空を見上げた。
(……悪いな。二人とも)
(ああ……大丈夫だって……)
ビーは力無く笑いながら言うが、明らかにそれは疲弊している。
(全く、貴様の我が儘には飽きてくる……)
シーは皮肉そうに呟くと、スライムマンの足に力を込めさせた。
(貴様は疲れただろう?後は我がこの身体を運んでやる)
(いや……大丈夫、いけるから)
僕はそう断ると、ぐっと力を込めて身体を起き上がらせた。
その途端、身体が激しく悲鳴を上げる。
(くっ……!)
(貴様、アミカの前で見栄を張りたいのは分かるが……)
(べ、別にそんなんじゃない!)
僕は慌てて言い返すと、ビーは笑い声混じりに言った。
(別にバレバレだからええじゃないか。ニヤニヤ)
(ニヤニヤ言うな!)
僕はそう吼えると、よろよろと武器屋に戻っていった。
午後は、オヤジさんは割と剣術を細かく教えてくれ、幾つか型を覚える事が出来た。
しかし、それはほとんど実戦では役に立たず、午前中の戦闘で培った反射神経が物を言い、少しはオヤジさんに一撃は喰らわせるようにはなった。が、それでも地面に叩きつけられるのがしばしばであった。
「凄いな、オヤジさんの腕……」
夜、皿洗いするアミカを手伝って皿を磨いていると、彼女は苦笑を見せた。
「まぁね……一応、強盗を何回もやっつけているんだよ」
「へぇえ……ずっと鉄を鍛える事しか能がないのかと思っていた……」
「同感」
アミカはくすくすと笑いながら、僕の磨いた皿を受け取って手ぬぐいで拭きながら言った。
「一回ね、魔物退治を生業にすれば良いじゃない、って言ったらお父さん、真剣な顔で言ったの」
「何て?」
「『モブは大人しく仕事をするに限るんだ』ってね」
「あぁ……」
確かに、大体の役割は確定してしまっている。
ここは大概、勇者が出現して最初に現れる場所だ。ごく稀に、別の街に現れる事もあるが、ここの町民と接してみると、勇者を守る意識の高い人達だと感じた。
つまりは、そう作られた、人達なのだ。
(でも、待てよ?)
ふと、僕は疑問に思った。
(もし、この人達が本当に『作られた』としたなら、誰が……)
その瞬間、頭に鋭い痛みが走った。
それは本来存在しないはずの脳からの痛み。
「がっ……!」
意味の分からない激痛に、僕はその場で膝を折らざるを得なかった。
耳元で、意味の分からない輪唱が響き合っていた。
ハヤブサです。
あけましておめでとうございます。
今年も、この馬鹿馬鹿しいスライム物語をよろしくお願いします。