武器屋の暮らしが少し経って
「あいたたたっ!うっかりナイフで頬を切っちまった!これじゃあ痛くて仕入れにいけねえ!(棒)」
「あ、僕が行きます」
「うおおおおっ、やばい、面白すぎて腹が捩れて動けん、ああ、買い出しが出来ねえ!(棒)」
「あ、はい、僕が」
「うおぉっとしまった!」
「あぁ、風呂ですね、分かりました」
「あたたたっ!」
「はい、夕食ができましたよ」
「え、エビシ?そんなお父さんを甘やかさなくても良いんだよ?」
「ん?出来ないのであれば替わってあげるべきではないのではないかい?アミカ」
武器屋に来てもう一週間が経った。
僕達はぎこちない喋り方でミスを繰り返すオヤジさんの手伝いをやっていた。
どうもミスが多い気がするのだが、結構大げさにミスを犯すので三つの視点を持つ僕らからしたらもはや、その動作をパターン化して事前に対応する事も出来るようになった。
「しかし、お父さん、結構ミスするね……」
「いや、わざと……ああ、いや、何でもない」
アミカは何か言おうとしたが、何かに気付いたような表情を浮かべると慌てて打ち消した。
ちなみに、アミカとはここ数日でかなりうち解けて、タメ口、名前で呼び合うようになった。
「お人好しね……本当にありがと」
アミカはそう言うと、僕は苦笑しながら少し視線を逸らした。
(耐えろ、勇者であるためにはお人好しではならないんだ……!)
シーは諭すように言う。
(だけど、人間は同胞殺し……なんだぞ?こんなのを助けて……何になるんだ)
(落ち着け、兄弟。少なくともこのお嬢さんは殺していねえよ)
ビーも珍しく穏やかな口調で言った。どうもここでの飯で和んでしまっているらしい。
(………)
僕だって人間個人には怒りを覚えている訳ではないし、人間に対してここ数日で親近感を覚えていた。
だが……何だか、気恥ずかしいのだ。
この娘に御礼を言われるのが何か……むずかゆいのだ。
その一方でアミカは僕に熱っぽい視線を向けているのだが、胸のうちで話し合いながら戸惑いを覚えていた僕は気付く事はなかった。
「そう言えば、エビシの肌って若干、青いわよねー?何で?」
「うぐっ……!」
食事を終えて食器を台所に運んでいると、アミカは小首を傾げて訊ねてきた。
(ど、どう言い訳する!?)
(え、えっと、あれだ、とある悪の結社によって改造手術を受けて身体が活性化して……)
(現実味がない!てか、どっかで出てきそうな設定だな!)
(ふむ、ならば、エルフの血を引いている、という設定だったら問題ないのではないか?)
と、そこでシーが落ち着いた声で妥協案を出した。
それが一番良い……か。
「僕はエルフの血を引いていてね」
僕が笑みを浮かべてそう言うと、アミカは納得したように頷いた。
「じゃあ、南の方から来たのね」
「ああ、まぁ……確か」
僕は曖昧に答えると、彼女はくすくすと笑いながら食器を洗い始めた。
「曖昧なのね。じゃあ、長い事放浪していたんだ」
「そりゃぁ……それなりにね」
僕が頷いて言うと、アミカは食器を洗う手を休めずに言った。
「ねぇ、その旅のお話、聞かせてくれる?」
「あ……ああ」
僕は頷いてみせたが、内心、焦りが生じていた。
(ど、どうする!?旅のお話って……!)
(何で引き受けたんだよ!兄弟!)
(いや、シーが何か適当な作り話をしてくれると期待していて……)
(……すまんが、そういうのが苦手でな)
(何ぃ!?)
相棒の意外な落とし穴を発見した瞬間であった。
(と、とにかく、俺が覚えている魔物達のお話があっからそれで……)
(お、おう!)
こうなれば我々で、という訳で僕とビーが示し合わせていると、鍛冶場の方から声が聞こえた。
「おーい、アミカ、表が騒がしいが何か今日あったかなー?」
「さぁ……?」
「あ、僕が行きます」
いつものクセで僕が名乗り出ると、私も行く、とアミカがついてきた。
表に出ると、わたわたと人が慌ただしく走り回っていた。
「あ、おかみさん、何かあったんですか?」
僕が通りかかった顔見知りの女性に尋ねると、彼女は慌てた様子で言った。
「それがねぇ、街の回りを魔物達が囲み込んでいて、『勇者を出せぇ!』と吼えているのよ。他はよく分からないのだけど……」
「……あ」
そう言えば、雑用に忙しく励んでいたせいで忘れていた。
僕らは勇者なんだ。ちゃんと勇者らしく魔物を討伐していないとここの地方ボスが動く事ぐらい当たり前ではないか。
(ど、どうする!?兄弟!)
(ま、まずは話し合って……)
(勇者を倒したことを話すか?馬鹿め、そうしたら我々は魔王様に殺されるぞ)
(じゃあ……『勇者』として話し合って魔物を引いて貰う?)
(果たして聞いてくれるか分からんがな)
シーは冷淡に言う。あるいは、現実的に、か。
とにかく、僕達の意見は一つだった。
(まずは行こうぜ、兄弟!)
(……うむ)
(そうだな)