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其ノ四 鞍馬さん


 師の用事から戻った私を出迎えたのは、師と共にお茶を飲んでらした三好さんの奥様でした。

 三好さんは五十代という妙齢なご婦人で、この年代の女性にしては背が高く、若かりし頃は深層の令嬢だったのではと思わせるような上品で大人しそうな雰囲気に反し、なかなか行動的な方でらっしゃいます。

 縁あって師と知り合い、時折こうして師の元へ美味しいお菓子を手土産にやってらっしゃいます。

「こんにちは、三好さん。何だかご無沙汰じゃありませんか?」

「こんにちは。そうなの。先日まで、姉と京都に行ってたのよ。これ、お土産。お茶を淹れるから食べて?」

「京都ですかぁ。では、遠慮なく頂きます。三好さんが淹れて下さるお茶は美味しいから嬉しいですね」

「ふふふ。お世辞でも嬉しいわ」

 あどけなく笑う三好さんですが、世辞ではなく本当に三好さんの淹れて下さるお茶は美味しいのです。

 私の定位置である席へと座り、お客様である三好さんにお茶を淹れてもらいながら、お互いの近況について花を咲かせました。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。このお土産のわらび餅、美味しいですねぇ」

 お茶を淹れて下さった三好さんに礼を告げながら、ついつい美味しさのあまりに調子良く口へと運んでましたら師に注意されてしまいました。

「おい。一人で全部食うな」

「あ、すみません。本当、美味しいからついつい。ちゃんと甘いけどくどくなくて、控えめというか上品というか。餅もこの弾力が絶妙ですしねぇ……いやぁ、これは本当に美味しい」

 と、うっかり伸ばした手を師に叩かれて、渋々引っ込めました。

「喜んでもらえて良かったわ」

 そんな私達のやり取りに三好さんは楽しげに笑われます。

「や、失礼しました。京都はいかがでしたか?」

「良かったわよぉ。良かったんだけど、それが……聞いてもらえる? 実はね――」

 そう三好さんは切り出され、京都での出来事を話して下さいました。


 三好さんのご実家は信仰心が厚いお家でして、その縁で師と知り合ったのですが、今回は三好さんと十歳上のお姉さんと共に京都へ旅行に行かれたのだそうです。

 観光化が著しい京都ではありますが、京都といえば神社仏閣を抜きには語れません。

 ご一緒に行かれたお姉様も信仰の厚い方でして、京都へ行けば必ず参る場所がいくつかあるとの事でした。

 その内の一つに、かの有名な牛若丸が住んでいた場所、他には北方を守護する毘沙門天様でも有名なお寺、鞍馬さんのお参りが含まれてました。

 日も昇りきらない暗い内から二人でお山に入り、奥の院へと向かう途中にある脇道を通って池へと向かわれたそうです。

 薄闇の中、お経を唱えながら二人で池の水を汲んでいたその時、重く大きな物を水中から引き上げたかのような水音がしたのだとか。

 何事かと顔を上げてみれば、それは見上げるほど大きな大きな蛇が鎌首をもたげてお二人を見下ろしていたそうです。

 驚きのあまりに声も上げられず、腰を抜かさんばかりだったそうで。

 まぁ、そんな大きな蛇が突然に現れたら誰しも驚きますよね。

 しかも時間は日が昇るかどうかといった時間帯であたりは暗い訳ですし。

 それ以前に、三好さんは既に五十代で、十も歳が離れたお姉様は六十代です。

 話を聞きながら健康健脚で何よりと感心頻りの私でした。

「多分、お池の主さんだったとは思うのよ。ちょっと冷静になってみれば、素晴らしい体験よね。だけどね。その時の姉さんってば、本当に酷いの」

 三好さんはその時を思い出されてか、憤慨されてらっしゃいます。

 突如現れた池の主と思わしき大蛇に驚き慄いたお二人でしたが、その時お姉様は大蛇に向かってこう仰られたそうです。


『私はご覧の通り皺くちゃの婆で美味しくありません! こちらのがまだ歳が若いので、美味しいと思いますから! 食べるなら、こちらを先に食べて下さい!!』


 そしてお姉様はあろう事か、大蛇に向けて三好さんの背を押したそうであります。

 お二人を見下ろしていた大蛇は、直ぐに興味を失った様子で再び池の中へ戻られたそうですが、その後のお二人は当然ながら喧嘩されてしまった訳であります。

 三好さんの立腹振りから未だ仲直りはされてない様子で、ちらりと師を見れば私と同じく苦笑を浮かべておりました。

 しかし、池の主様もなかなか罪な事をされるものです。

 ボルテージが上がっていく三好さんを師がまぁまぁと宥めている隙に、わらび餅を一つ口へと放った私は美味しいお茶を啜りつつ窓の外を眺めて、儚く淡い色を纏った京都の山を思い浮かべました。

 春の、桜の咲く頃、京都にでも赴いてみようかな。



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