其ノ三 弁天様
その昔、一説では男女が忍び逢っていた事から名付けられた池が都内某所にあります。
この池の中央にある島にはお堂があり、弁天様をお祀りしております。
弁天様の愛称で親しまれ、おめでたい七福神の一神としても有名である弁才天様ですが、才の字が財と表される事も多いように、音楽や学芸だけではなく財を呼び込む神様としてでも人気はありますね。
元はインドからいらっしゃった河の神様でしたので、日本にいらしてからも水辺に祀られる事が多いです。
そんな弁天様が祀られてます池の近所に用があった私でしたが、その用も済みましたし、時間もまだお昼前でしたのでお参りに寄らせて頂きました。
陸続きである島へと渡ってお堂を参拝してから、散策がてらのんびりと小さな島を一周する事にしました。
昼時という事もあり、この後はどこで昼食を取ろうかと考えながら歩いていたのですけれど、ふと池のほとりに甲羅干しをしている亀を見つけました。
ただの亀ならそう気にはしないのですけれど、その亀の甲羅に弁天様が座してらっしゃいまして少々驚きました。
亀と一緒に日向ぼっこでしょうか。
私にちょうど背を向けてらした弁天様でしたが、視線に気付かれたのか振り返られました。
美人です。
激しく美人です。
とてつもない美人です。
肌は白く、私へと流される眼差しの婀娜さといい、数多ある言葉でいくら飾ろうとしても全てが軽んじてしまうほど美しい存在です。
神様なので当然ですが、人では持ち得る事のできない美しさです。
大事な事なのでもう一度言いますが、乱れはないのに色気のある凄い美人です。
しかし、惜しむらくは。
折角の美人なのに、険のある表情が勿体無い。
そう私が思ったのが伝わったのでしょうか。
弁天様はツンと顔を逸らされ、亀の甲羅に乗られたまま池の中へと隠れてしまわれました。
古くより活気溢れ人の賑わうこの地では、商売繁盛を願う詣でが多いのでしょう。
欲深い願い事の多さで、美しい表情も険しくなってしまったのか。
倍返し、三倍返しという言葉がありますが、神様へ願い事で参った時に、叶えばお礼参りにいかなければなりません。
その際には、倍もしくは三倍に返してお礼をいたします。
ですから、立ち寄った神社で手を合わせた時には、願い事ではなく今日も健康に過ごせてありがとうございますといった感謝を捧げるのが無難です。
感謝を捧げるのであれば、全国どこの神社でお参りしても問題はありません。
ちなみに賽銭箱の前で賽銭を取り出そうと財布を広げますと神様が覗いてらっしゃる事があります。
財布の中にはそんなにあるのに、賽銭はこれっぽっち? と思われますので、なけなしのお金であるとアピールするためにも事前にお賽銭は握り締めておくと良いと思います。
お礼参りにも伺わずに願い事ばかりで、険が立ってしまったのでしょうかね。
そんな取り止めもない事をつらつらと考えながら、本日の昼食は浅草まで足を伸ばして麦とろを食べる事に決めました。
久々に向かうので楽しみであります。
麦とろへと心馳せながら、池に設けられたボート乗り場を横目に通り過ぎた時にふと思いました。
そういえば、こちらの弁天様へカップルで詣でると別れるというジンクスがあったのですよね。
最近もまだそのジンクスは有効なのでしょうか。
生憎、私はまだ独り身です。
先程の弁天様のお顔を思い返し、胸のうちでクワバラと唱えながら足早に浅草へと向かったのでありました。