婚約破棄? じゃあお兄ちゃんの事も捨ててあげるねw
深夜テンションで書いたけど結構好きなやつ。キャロラインかわいい。
王国建国三百周年を祝う記念式典。その華やかな祝宴の最中、王太子アルベルト殿下は、婚約者である私に向かって堂々と宣言した。
「クラリス! 僕は君との婚約を破棄する!」
突然の宣言に、会場が静まり返った。
私は手にしていたグラスを給仕に預け、婚約者であるアルベルト殿下へと向き直る。
「……理由を聞いてもいいかな?」
「君には可愛げがないんだ!」
「可愛げ?」
「そうだ! 君はいつも僕だの何だのと男のような言葉遣いをしているし、剣術も乗馬も僕より上手い! 背だって僕より高いじゃないか!」
「レディに身長の事をいうのは君、デリカシーってものが無いよ。それに君の剣術や馬術がヘタクソなのは、自分自身の問題だろう。それを棚上げして嫉妬とは、王子様は随分と器が小さいね」
「そういうところだ!」
アルベルト殿下は顔を真っ赤にして叫んだ。
私はクラリス・フォン・ローゼンベルク。公爵家の長女であり、王太子アルベルト殿下の婚約者である。
身長は百七十五センチ。幼少期から剣術と馬術に親しみ、社交界では美丈夫などと呼ばれている。確かに一般的な貴族令嬢とは少々趣が異なるかもしれないが、それを承知で婚約を申し込んできたのは王家の方だ。
「僕はもっと可愛らしい女性が好きなんだ! 僕を頼ってくれて、甘えてくれて、お兄ちゃんと呼んでくれるような!」
「……お兄ちゃん?」
「そうだ! 紹介しよう。僕の真実の愛、キャロラインだ!」
アルベルト殿下が手を差し伸べると、その背後から小柄な少女が姿を現した。
ふわふわとした金髪に、大きな青い瞳。桃色のドレスを身にまとった少女は、殿下の腕にぎゅっと抱きついた。
「キャロラインじゃないか」
「えへへ。クラリスお姉ちゃん、ごめんなさい。キャロライン、お兄ちゃんのことが大好きなの♡」
「キャロラインは僕をお兄ちゃんと呼んで慕ってくれるんだ! どうだ、可愛いだろう!」
「なるほど」
私は頷いた。
キャロライン・フォン・ミルフォード子爵令嬢。確かに可愛らしい少女だ。人懐っこい笑顔に、庇護欲をかき立てる仕草。アルベルト殿下の好みも理解できなくはない。
ただし、一つだけ問題があった。
「アルベルト。君は貴族家同士の婚約を何だと思っているんだい?」
「何?」
「僕と君の婚約は、王家とローゼンベルク公爵家が長年にわたって築いてきた信頼の証だ。君の個人的な好みで破棄してよいものではないと思うが」
「古い! 古いぞ、クラリス!」
アルベルト殿下は私を指差し、勝ち誇ったように胸を張った。
「家柄など関係ない! 身分も立場も関係ない! 愛こそが何よりも尊いんだ! 僕はキャロラインを愛している! だから彼女と結婚する!」
思わず手を叩いて笑ってしまった。
「な、何がおかしい!」
「あー……いや、すまない。あまりに愉快だったものでね。まさか王太子殿下の口から、そんな素晴らしい言葉を聞けるとは思わなかった」
「僕を馬鹿にしているのか!」
「とんでもない。ただ、君がここまで哀れな王子様だったとは知らなかったよ。婚約破棄してくれて今、心底ホッとしているところだ」
「なっ……!」
アルベルト殿下の顔が、みるみる赤く染まっていく。
「無礼者! 婚約を破棄された分際で、王太子である僕を侮辱するつもりか! この可愛げのない男女め! だから君は誰からも愛されないんだ!」
「お兄ちゃん」
「何だ、キャロライン! 今はこの女に身の程を教えているところだ!」
「お兄ちゃん。キャロライン、大事なお話があるの」
キャロラインは殿下の袖をくいくいと引っ張った。
その愛らしい仕草に、アルベルト殿下の表情がたちまち緩む。
「おお、どうしたんだい? 僕の可愛いキャロライン♡」
「えっとね……」
キャロラインは小首を傾げ、にっこりと微笑んだ。
「お兄ちゃん。キャロラインも、今ここでお兄ちゃんとの婚約を破棄します♡」
「…………え?」
会場に沈黙が落ちた。
「……キャロライン?」
「うん♡」
「何を言っているんだい?」
「だから、婚約破棄だよ?」
「は、ははは! 冗談はよしてくれ! 僕たちはまだ正式に婚約していないじゃないか!」
「じゃあ、お付き合いもおしまい。これから婚約するつもりもないからね♡」
アルベルト殿下は口を開けたまま固まった。
その顔があまりにも間抜けだったので、私はまた笑いそうになった。
「ど、どうして……? キャロラインは僕のことが大好きだと言っていたじゃないか!」
「うん。言ったよ?」
「だったら!」
「だって、お兄ちゃんと仲良くしていれば、クラリスお姉ちゃんに近づけると思ったんだもん♡」
「…………は?」
キャロラインはアルベルト殿下の腕からするりと離れると、私の方へ駆け寄ってきた。
「クラリスお姉ちゃーん♡」
「おっと」
勢いよく抱きついてきた彼女を、私は両腕で受け止める。
キャロラインは私の胸に頬をすり寄せ、満足そうに微笑んだ。
「えへへ。やっとお姉ちゃんを独り占めできる♡」
「まったく、君という子は」
私は苦笑しながら、その柔らかな金髪を撫でた。
「ちょ、ちょっと待て!」
ようやく我に返ったアルベルト殿下が叫んだ。
「キャロライン! 僕はどうなるんだ!」
「知らなーい♡」
「なぜだ! 僕の何が不満なんだ!」
キャロラインは私の腕の中で振り返ると、可愛らしく人差し指を唇に当てた。
「えっとね。お兄ちゃんって、器もちんちんもちっちゃいんだもん。正直、最悪だったよ♡」
「なっ……!」
「すぐ怒るし、威張るし、自分のことばっかり。キャロライン、ずっと我慢してたの。だから婚約破棄してくれて、ありがとね♡」
「こらこらキャロライン、はしたないよ」
「ごめんなさーい♡」
会場のあちこちから、堪えきれなかったような笑い声が漏れた。
アルベルト殿下は顔を真っ赤にして震えている。
「ふ、ふざけるな! 僕は王太子だぞ! 王家との婚約を何だと思っている!」
「おや? 家柄など関係ない。身分も立場も関係ない。愛こそが何よりも尊い。そう言ったのは君じゃなかったかな?」
「そ、それは……!」
「素晴らしい考えだと思うよ。僕も賛成だ」
「だ、だが! 女同士だぞ! 女同士で結婚など!」
「アルベルト。今の時代、同性婚は珍しいことではないだろう?」
「そうだよ、お兄ちゃん♡ そんな古い考えじゃ、女の子に嫌われちゃうよ?」
「ぐっ……!」
アルベルトは言葉を失った。
キャロラインはそんな彼を見て満足したのか、再び私に向き直った。
「ねえ、クラリスお姉ちゃん」
「何だい?」
「キャロライン、お姉ちゃんのことが大好きなの。ずっと前から、お姉ちゃんのお嫁さんになりたかったの」
「……そうか」
「だから、キャロラインと結婚してください♡」
少女は真剣な眼差しで私を見上げた。
私はその瞳をしばらく見つめ、やがて小さく息を吐いた。
「まったく。こんな大勢の前で求婚するなんて、困った子だね」
「だめ……?」
キャロラインの瞳が潤んだ。
やれやれ。
「そんなに本気ならしょうがないね。君の婚約、謹んでお受けしよう」
「お姉ちゃああああん♡」
キャロラインは歓声を上げ、私の首に抱きついた。
私は彼女の身体を抱き上げ、くるりと一回転する。
その瞬間、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「まあ、何て素敵なの!」
「クラリス様とキャロライン様、お似合いですわ!」
「尊い……!」
「まるで絵画のようだ!」
祝福の声が次々と上がる。
私は少々照れくさくなりながらも、腕の中のキャロラインを見つめた。
「幸せにするよ、キャロライン」
「うんっ! 大好き、クラリスお姉ちゃん♡」
彼女は私の頬に口づけた。
再び歓声が上がる。
こうして、王国建国三百周年の記念式典は、思いがけず二人の令嬢の婚約を祝う宴となったのである。
ただ一人を除いて。
◇ ◇ ◇
「…………」
アルベルト殿下は呆然と立ち尽くしていた。
自分が愛した少女は、目の前で元婚約者に抱きかかえられている。
自分を捨てた二人は幸せそうに微笑み合い、周囲の貴族たちは惜しみない祝福を送っている。
王太子である自分だけが、完全に蚊帳の外だった。
何という屈辱。何という惨めさ。何という……。
「…………あれ?」
アルベルトは首を傾げた。
悔しいっ……!
だがそれ以上に、胸が高鳴っている。
こんなに惨めなのに、体が熱い。
くそっ…… くそっ……
目の前で自分の恋人だった少女が、かつての婚約者に甘えている。その光景を見ていると、なぜか身体の奥から奇妙な喜びが湧き上がってくるのだ。
「な、何だ……この気持ちは……」
アルベルトは自分の胸に手を当てた。
おかしい。
こんなはずではなかった。
自分は惨めな敗北者なのだ。
なのに。
「……な、何だこの気持ち……」
「……お兄ちゃん?」
その呟きを、キャロラインは聞き逃さなかった。
彼女はクラリスの腕の中からアルベルトを見つめると、何かに気づいたように目を細めた。
「あれれ~? お兄ちゃん、前屈みになってどうしたの〜? もしかして……」
「な、何だ!」
「キャロラインがお姉ちゃんに取られちゃって、興奮してるの?」
「ち、違う!」
「ふーん?」
キャロラインはにやにやと笑った。
「じゃあ、どうしてそんなに嬉しそうな顔してるのかなぁ?」
「そ、それは……!」
「お姉ちゃん。見て見て。この人、婚約破棄されて喜んでるよ♡」
「……うわぁ」
クラリスは困惑したように眉を上げた。
「アルベルト。君にはそういう趣味があったのかい?」
「ち、違う! 僕は……僕は……!」
否定しようとした。
しかし、言葉が出てこない。
キャロラインがクラリスの頬にもう一度口づける。
その光景を見た瞬間、アルベルトの全身に電流が走った。
「あっ……!」
「やれやれ。どうやら王子様はどうしようもない変態のようだ。同じ空間で息をすることすら汚らわしいよ」
「ひぐっ……」
あんなに嫌いだったのにっ……好き放題言われてくやじいっ♡ 王子なのにぃっ……!ビクンビクン
「うわぁ♡」
キャロラインは心底楽しそうに笑った。
「お兄ちゃんって、どうしようもない変態さんだったんだね♡」
「へ、変態……」
「そうだよ? 自分を捨てた女の子たちが仲良くしてるのを見て、喜んじゃうんだもん。気持ち悪ーい♡」
「き、気持ち悪い……!」
アルベルトは膝を震わせた。
罵倒されている。
可愛いキャロラインに、蔑まれている。
それなのに、どうしてこんなにも嬉しいのだろう。
「ねえ、お姉ちゃん。この人、どうしようか?」
「どうしようと言われてもね。王太子殿下だから、あまり粗末には扱えないよ」
「じゃあ、ペットにしちゃおうよ♡」
「……ペット?」
「うん♡」
キャロラインはアルベルトを指差した。
「お兄ちゃん。お姉ちゃんと私のマゾ豚ペットでよければ、家畜として飼ってあげるよ♡」
「か、家畜……!」
「もちろん、人間扱いなんてしてあげないからね? お姉ちゃんと私が仲良くしてるところを、隅っこで指をくわえて見てるだけ。たまに気が向いたら、豚さんって呼んであげる♡」
「ぶ、豚さん……!」
「どうする? 嫌なら別にいいんだよ?」
アルベルトは震える唇を開いた。
王太子としての誇り。王家の威厳。男としての尊厳。
それらが脳裏をよぎり、そして消え去った。
「……か、飼ってください……! お、お願いします……! 僕を……僕をペットにしてください……!」
アルベルトはその場に膝をついた。
あまりの歓喜に身体の自由が利かなくなり、とうとう粗相までしてしまった。
「きゃーっ♡ お姉ちゃん見て! お兄ちゃん、嬉しくてお漏らししちゃった!」
「……これは驚いた」
クラリスは額に手を当てた。
「アルベルト。君という男は、僕の想像をはるかに超えているよ」
「あ、ありがとうございます……!」
「褒めていないんだが」
「ありがとうございますぅ……!」
アルベルトは涙を流して喜んだ。
その様子を見て、キャロラインは満面の笑みを浮かべた。
「よかったね、お兄ちゃん♡ やっと本当の自分を見つけられたんだね♡」
「う、うん……!」
「じゃあ、これからはお姉ちゃんと私の言うこと、ちゃんと聞くんだよ?」
「は、はいっ!」
「お返事は?」
「ぶ、ぶひぃっ!」
キャロラインは楽しそうに手を叩いた。
「上手上手♡ お姉ちゃん、私たちのペット、可愛いね♡」
「……君が幸せなら、僕はもう何も言わないよ」
クラリスは遠い目をしていた。
こうして、王太子アルベルトは真実の愛を見つけた。
妹萌えだと思っていた彼の本当の性癖は、愛する少女を奪われ、蔑まれ、屈辱を与えられることだったのである。
クラリスとキャロラインは晴れて婚約し、末永く幸せに暮らした。
そしてアルベルトもまた、二人の仲睦まじい姿を眺めながら、ときおり豚と罵られる幸福な日々を送ったという。
なお、この事実は王家の公式記録には一切残されていない。
おしまい。
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