ガーデニングが趣味の私、婚約破棄されたので、嫁入り先の辺境の貴族の邸になんちゃって屋上庭園を作る
名前を借りました
フィクションです
「お前とは婚約破棄だ!」
婚約者バッファが言った。
婚約してから3年。私ナンドより妹ノアに会いに来るバッファに呆れていたので、婚約者だとは思っていないが。
ちなみに、バッファには他に恋人もいる。マメな事だ。
ノアは、お茶会だ観劇だ買い物だ、と遊び回っていた。貴族としてのマナーや常識は全く勉強していない。両親からの愛を一身に受けて、甘やかされている。
お互いに、チヤホヤされ愛されたいタイプだからお似合いだ。
私を呼び出しておいて、言いたい事を言って、目の前でイチャイチャしだす2人。
面倒だなぁ…
最初から、妹を婚約者にすれば良かったのだ。二度手間である。
「さようでございますか」
私は、さっさと帰宅した。
後ろで2人が何やらほざいているが、関係ない。
家に帰れば新しい婚約者が決まっていて、すぐに行け、と、家を追い出された。
妹に来た婚約の相手だ。
辺境に行きたくない妹が嫌がったから、私が行くことになったのだろう。
相手は女嫌いで冷酷で有名な『氷の辺境伯子息』と呼ばれているらしい。
…誰だよ厨二な呼び名付けたやつ。
「愛されないなんて可哀想」
いつの間にか帰ってきた妹が笑った。
浮気男と婚約して、可哀想なのはお前だよ。
奴はお前の事を愛してると言いながら他の女にも愛していると言うんだぞ。奴はすぐに浮気するぞ。
一度浮気したやつは、繰り返すんだよ。
恋人もいるし。知らないんだろうなぁ…
もらってくれてありがとう。
いらないよ浮気男なんて。
そもそもいらないんだよ男なんて。
相手が女嫌いでむしろ良かった。
政略結婚だもの。
私は、無言で馬車に乗り込んだ。
東の辺境伯家フリップフロップ家。
子息フーリエとの婚約。
まだ婚約だが、辺境伯領の勉強の為に、辺境伯家に住む事になったのだ。
実家からは帰ってくるなと言われた。
帰るつもりはない。家族には2度と会いたくない。
辺境伯夫妻は「娘が欲しかった!」と、ものすごく歓迎してくれた。
子息は、さすが女嫌い。
こちらを見向きもしない。
関わりたくないから良かった。
前世を思い出す。
私は転生者なのだ。
私にしつこく構ってきた男には、他に本命がいた。ちょっと好きになっていたのに。
…だから、男は嫌い。信じられない。特に顔と愛想の良い男。滅びの呪文を唱えたい。
前世の私はガーデニングが趣味だった。
植物を育てたいな。
庭は、薬草園があるから、花を育てる場所がないらしい。辺境伯夫人が言っていた。
庭は無理か…
でも植物を育てたい。
テラスでお茶をした時に聞いてみた。
「テラスで育てて良いですか?」
「それで良いのなら…」
辺境伯様が許可してくれた。
テラスに植木鉢や、土や肥料を用意してもらい、土作りをする。
苗が来たら、植えていく。
薔薇、パンジー、バーベナ、カモミール、タイム、ラベンダー、ローズマリー
エキナセアは夏に強いし、喉にいいからハーブティーにしよう。
クレマチスの蔓をベランダに伸ばそう。
植物と触れ合うのは楽しい。
1人で作業するのが性に合っている。
だいぶ育ってきた。
毎日水やりして、雑草を抜く。
辺境伯様や夫人が、様子を見に来て褒めてくれた。
ある日、辺境伯様と夫人は、お茶の時間に、いつもは来ない子息を無理矢理連れてきた。
どうしたんだろう?
テラスを見た子息が目を丸くした。
「これは…すごい…」
日当たりの良いテラスは、色々な植物の植木鉢でいっぱいになっていて、テーブルとイスがちょこんと置いてある。
なんちゃって屋上庭園で、しばらくお茶を飲んでいたが、唐突に子息が言った。
「屋上があるんだ。そこにも植木鉢を置かないか?」
子息の息抜きの場所。誰も入れた事はない。らしい。
置けと言うなら置きますが。
辺境伯様も夫人もニコニコしている。
お茶を飲んだ後に、子息に屋上へ案内された。
教室位の広さの屋上。端に東屋がある。
屋上だから、勿論日当たりは良い。
吹き抜ける風が心地よい。
植木鉢や土や肥料を用意してもらう事にした。
ある晴れた日。
私が植木鉢に土を入れていると
「自分でやってるのか?」
いつの間にか来ていた子息が言った。
鍵を渡されて、自由に出入りして良いと言われていたから、自由にさせてもらっている。
「はい」
「植物が好きなのか?」
「はい」
「…」
「…」
話す事が無くなった。
「…私は…その、顔が良いだろう?」
子息が唐突に言った。
「はい?」
いきなり何を言い出すんだ?
思わず、某警部殿みたいな返事になったのは仕方ない。高い所から注いだエア紅茶が美味い。
「お茶会に行く度に、令嬢から追いかけ回されて」
「…?」
イケメン自慢?
「勝手に婚約者だと名乗られたり」
なんて?
「抱きついてきたり」
痴漢…痴女?
「勝手に邸に入ろうとしたり」
犯罪者じゃん。
「だから、女は嫌いだった」
うんざりした顔をしている。それは仕方ない。
「お前は、そんな事しなかった」
普通の人は、普通にしません。
「せっかく婚約者になったのだから、歩み寄ろうと思って…」
まぁそれもそうか。
「そうですね」
私はとりあえず頷いておいた。
「そこに東屋があるから、晴れた日は読書したりしても良い」
指差す先には、東屋があった。日陰は必要である。
「好きに使って良い」
ん?私が休憩に使って良いってこと?
「はい」
「…読書は…しないのか?」
恥ずかしいのか、照れているのか、子息とは視線が合わない。
「しますよ」
「そうか」
何が言いたいのかな?
「今度一緒に読書しよう。図書室は案内してもらったか?」
「あるとは聞いてましたが、まだ行ってないです」
植物を育てるのに夢中で。
「そうか…植物の本もあるぞ」
辺境にしかない植物とか載ってるかな?ちょっとワクワクしてきた。
「時間がある時に案内する」
「…ありがとうございます」
子息は歩み寄るつもりだからか、かなり積極的だ。
…案内するって、子息が案内してくれるって事かな?
悪い人ではなさそうだし、女に苦労していたから、浮気とかはしない…かな?
分からない。
慣れたら本性が出るかもしれない。
見掛けによらず、とかあるし。
見かけ倒しだって…
普通に優しい人に見えても、本性は分からないのだ。
元婚約者だって、顔と愛想は良かったが、恋人がいた。婚約者の私がいるのに。
私は、昼食後からお茶の時間まで、領地の事を教えてもらっていた。
午前中は自由時間である。
「明日の午前中、図書室へ案内したい」
子息に言われた。
「…はい」
次の日案内された図書室は、学校の図書室くらい広く、本棚にぎっしり本が詰まっていた。
これは、全部読むのに時間が掛かりそうだ。
ワクワクしながら、タイトルを見ていく。
「読みたい本があれば、そこで読むと良い」
指差す方を見ると、ソファが置かれていた。
「ありがとうございます。でも、まずはどんな本があるか見ます」
私はタイトルチェックに戻った。
あ!読みたかった本がある!
辺境伯領に関する本も沢山ある。
領地経営についての本もある。
植物についての本もある。
どれから読もうか迷ってしまう。
悩んだ末に、まずは領地に関する本を読む事にした。
「領地に関する本なら、こちらの方が読みやすい」
子息が遠慮がちに、別の本を指さして言った。
「では、そちらから読みます」
「うん」
子息が顔を赤くした。
どうした?
子息は顔を背けると、ソファに座り、読んでいた本を、また読み出した。
私は子息から少し離れてソファに座り、本を読み始めた。
そして、何故か一緒に昼食を取る。
何でだろ〜?
「今度、一緒に領地を見に行かないか?」
子息が言った。
やけに絡んでくるようになったな。
今までほとんど顔を合わせなかったのに。
私が黙っていると
「嫌なら言ってくれ。私は人の気持ちを察する事ができない」
戸惑う私を見て、子息が言った。
「急に近付かれても、困ります」
「そ…そうなのか…?」
自分が令嬢にされて嫌だった事を思い出せ。
「せめて、少しずつにしてください」
「少しずつ?」
「貴方がどのような人なのか分からないので…」
「…警戒心が強い猫のようだな」
急に距離を詰めてくる男は信用できないんだよ。
「分かった。警戒心が強い、猫のような可愛らしい貴女が、慣れるようにゆっくり近付こう」
ん?なんて?
「私の事はフーリエと呼んでくれ。私も貴女をナンドと呼ぶ」
いきなり心を開き過ぎだ。
とりあえず、毎日一緒にお茶をする約束はした。
とりあえずね。
※※※
私フーリエは、幼い頃から精霊が見える。
精霊達と仲良くなって、いつも色々な話をしていた。
他の人には見えないと知らなかったから、お茶会で話し掛けてきた女の子から嘘つきと言われて傷付いた。
頭がおかしいと周りの貴族達から噂され嘲笑われた。
幸いにも、両親は私を信じてくれた。
父の家系は、精霊が見えるらしい。というか、精霊の加護があるらしい。
父には見えないが、父の父…私の祖父は見えたという。
精霊と話をしている時、周りの人には何も無い所へ話し掛けているように見えるらしい。それは確かに怖い。
だから、誰にも見られないように、邸に引き籠もった。
特に、女性は苦手になった。
何度も縁談が来ていたが、全部断った。
嫡男だから、いずれは跡を継がないといけない。
結婚したら、精霊の話をしないといけない。
私に子ができたら、その子も精霊が見えるかもしれない。
…私と同じ辛い思いをさせたくない。
そんな不安を誰にも言えなくて、自分の部屋と、屋上でずっと1人で過ごしていた。
縁談を断った令嬢達は、辺境伯子息という私の身分と顔だけを見て、しつこく私に迫ってきた。
父から、将来の為だと無理矢理連れて行かれた社交で、私は疲れ果てていた。
特に、私を嘘つき呼ばわりした令嬢は、自分がした事を忘れたのか酷かった。
既成事実を作ってしまえとばかりに、勝手に婚約者だと名乗ったり、無理矢理抱きついてきたり、勝手に邸に入ろうとしたり…
「断ったのにしつこく迫る、礼儀を弁えない非常識な無礼者!」
と大勢の人の前で罵り、何度も令嬢の家に抗議した。
『氷の辺境伯子息』
と噂されたが、令嬢達が近付かなくなったので丁度良かった。
やっと平穏が戻ってきたのに、婚約者がやって来た。
嫌だったが仕方ない。辺境伯家当主である父が決めた事だ。
…あまり関わらないでおこう。
私は、婚約者と顔を合わせないようにした。
ある日、父に連れて行かれたのは、婚約者の部屋だった。
テラスに出て驚いた。
鉢植えの植物がいっぱいだった。
私は、木の精霊の加護があるから、植物がある所が好きで落ち着く。
ここは落ち着く。
精霊達も、たくさん遊びに来ていた。
「屋上があるんだ。そこにも植木鉢を置かないか?」
思わず言っていた。
私だけの場所。両親も入れたことが無い。
いつも、東屋で、1人きりで読書していた。
婚約者ナンドは、自分で植木鉢に土を入れていた。
植物が好きらしい。だから、惹かれた。
やがて、屋上も植物がいっぱいになった。
精霊達も、そこここで楽しそうに遊んでいる。
植物を増やしたナンドは、精霊達に愛された。
精霊達が話し掛けているが、ナンドは声も聞こえず、姿も見えないらしい。
残念がる精霊達とは、私が話し相手になった。
…私もナンドと仲良くしたい。だが、精霊の事を信じてくれるだろうか?
父から聞いたが、本当は、ナンドの妹と婚約する予定だったらしい。
相手方の都合により、姉であるナンドが婚約者となったという。
何かあったのだろうか?
私は、執事にこっそりと、ナンドの実家のキルヒホッフ家の事を調べてもらった。
すると、本来の婚約者ノアは、姉であるナンドの婚約者だったバッファと婚約しているらしい。
『氷の辺境伯子息』と呼ばれていた私を嫌って、見た目と愛想の良いバッファを奪ったのか?
辺境伯領を、田舎だと嫌がったのか?
しかしバッファは、恋人が5人くらいいるらしい。マメな事だ。
バッファは、クーロン伯爵家の嫡子ではあるが、恋人とのデートばかりで、後継者教育をサボり続け、代わりにナンドが教育を受けていた。
長女で、貴族の義務と責任を理解していたナンドが嫁に来て、バッファの代わりに執務をすれば良いだろう…とクーロン伯爵は思っていたらしいが、バッファはナンドと勝手に婚約破棄し、ノアと婚約してしまった。
頼みの綱のノアも、貴族のマナーも常識も知らず、遊び呆けている。これでは、領地経営は無理だ。
現在は、バッファの弟が後継者教育を受けており、バッファは近い内に廃嫡される予定らしい。
キルヒホッフ子爵家は、ナンドとノアの下に弟がいて、弟は真面目に勉強していて後継者としては問題無い。
両親は、容姿が優れているノアを可愛がり、好き放題させているらしい。
ノアは、いまだバッファの恋人の存在を知らず、友人とお茶会や観劇を楽しんだり、バッファとのデートを楽しんでいるらしい。
廃嫡された後、バッファとノアの婚約は、続けるのだろうか?
大切な婚約者、ナンドの実家の事だから、注意しておこう。
それから、ナンドは、婚約者であったバッファが妹と婚約した事に傷付いていないだろうか?
毎日楽しそうに、花のお世話をしているが…
ナンドと一緒にいる時間は楽しい。
同じ空間で、それぞれ読書をするのも良い。
晴れた日は、屋上の東屋で。
雨の日は、図書室で。
最近は、毎日一緒にお茶をするようにもなった。
…まだ、警戒されているが。
私は絶対に浮気はしないと誓おう。
精霊に好かれるナンドを絶対に大切にする。
精霊に好かれる同士、似ているのかもしれない。
それなら嬉しい。
あぁ、そうだ。私は真面目に後継者教育を受けたとアピールしようか?
そろそろ父上の執務を手伝いながら、仕事を覚えるようにしようか?
彼女なら、領地経営の相談をしたら、話をきちんと聞いてくれるような気がする。聞いてくれると良いな。
警戒心が強い、猫のようなナンド。
急に近付くと、逃げてしまう。
初対面で、目も合わせず話もしなかったのが悔やまれる。
だが、今更言っても仕方ない。
花々に囲まれる屋上の東屋。
目の前の席で読書するナンドをこっそりと見る。
穏やかな風に彼女の髪が揺れている。彼女は、私の視線に気付かないくらい、本の世界に没頭していた。
そんな彼女を見ていると幸せな気分になる。
ずっと、こんな穏やかな時間が続けば良いのに。
この先、結婚するのだから、仲良くなるに越したことはない。
それから、彼女と親しくなる為の攻防戦が始まるのだった。
読んでいただきありがとうございます




