エイリアンスイーパー(完結編)
これで話がまとまっています。
File 1 犯人は宇宙人!
午後の1発目の授業は気が乗らない。新学期に入り、ソッコー授業とかふざけるな!
まぁ、すぐに席替えをしたことだけは褒めてやろう、担任の鈴木よ。
お陰で窓際の1番後ろという最高の場所を手に入れられたしな!
授業そっちのけで赤星光一は、そんな考えにふけっていた。右の手で頬杖をつき
左側にある、窓の外を眺めている。すぐ校庭があって、道路と校庭を仕切るように
フェンスが張られている。フェンスのすぐ内側には等間隔に桜の木が並んでおり、
風が吹く度に桜の花びらが春風に舞う。その光景に、光一はらしくもなく見とれていた。
窓際の席ということで、直射日光が厳しいというわけでもない。
陽射しを緩和するかのごとく、開いた窓からは春風が入り込み、
光一を優しく撫でるからだ。突然、制服のブレザーの内ポケットで携帯が
振動した。目線は尚も窓の外に向けつつ、光一は軽い溜め息をついた。
手探りで携帯を取り出し、この英語の授業担当者兼担任でもある鈴木に
見られないように、机の下でメールを確認する。
差出人・天野空、件名・至急集合、本文無し。
・・・なんて簡単なメールなんだ。光一は自分とは反対の廊下側の
1番後ろに座る女の子を見る。彼女の名前は新月玲。成績・顔・スタイル・身体能力・
性格までもを完璧に極める美少女で学校で、その名を知らない者はいない。
しかし、光一は他の男子とはちがい、そこまで玲に惹かれることはなかった。
ある理由により・・・。玲も携帯を取り出し、メールを見ている。
玲は携帯を閉じると、自分を見ている光一と目が合い、玲は口パクで光一に
合図を送った。光一は玲のそんな仕草を見て、顔の表情を
病人のそれにして、立ち上がる。
「せんせー、具合悪いので保健室行ってきまーす」
担任の鈴木がチョークを走らす手を休め、黒板から光一に向き直った。
「そうなのか、わかった行ってきていいぞ」
光一は教室後ろの戸を目指し、歩き始めた。戸を開けようと手を掛けたところで、
その戸のすぐ近くに席がある、玲が立ち上がった。
「先生、赤星君一人だと心配なので私も付き添いします」
本来、玲にこんな事を言われれば、男子生徒の妬みや冷やかしの声がするのだが、
新学期でみんなクラスに馴染めていないために、そんな声は聞こえてくることはなかった。
「そうか。それじゃあ新月、赤星をよろしくな」
その鈴木の言葉に玲は人の良い笑みを浮かべて、会釈で返すと、光一に続き廊下に出た。
玲が後ろ手に戸を閉めると、教室からは再び、鈴木の授業を再開する声がした。
1階の廊下の1番端が保健室として使われているのだが、光一と玲の足はそこには
向わず、2階の職員室隣の校長室を目指す。やや歩き、階段に差し掛かったところで
玲が口を開いた。
「気分悪いのを口実に授業抜け出すなんて、単純すぎるわね」
光一は冷ややかな視線を感じ、隣を歩く玲に顔を向けた。
「まぁまぁ、怒るなって!」
「別に怒ってないわよ」
光一は肩をすくめ、顔をしかめた。
「俺にも他の友達と喋ってるようにできねーの?」
「光一にそんなことする必要ないでしょ」
玲は呆れる様に、そう言うと、前を向いて階段を行ってしまった。
玲の光一とその他に対する付き合いはまるでちがう。光一にはずかずかと物を言ったり、
さばさばしているのだが、他の友達にはそういったことはしないのだ。玲曰く、
光一といる方が素の自分らしい。また女の子なんて皆、自分を作ってるでしょ、
なんて言うのだ。ということはだ、玲よ、俺には本当の自分を見ていてほしいということか。
学校1番の美少女を落とすなんて、俺もなかなかやるね~。光一はそんな考えで、
階段の少し先を行く、玲の後姿を眺めていると玲の長い髪が動きに合わせてなびき、
突然、玲が光一に振り返った。無表情のまま玲は口を開く。
「スカート覗いたら、殺すわよ」
美人の無表情は怖いなぁ。そう思い、光一は顔から血の気が失せるのを感じた。
玲のその顔に焦りながらも、至極真面目な顔を作り、
「断じてそんなつもりはない!」
玲のじと目が光一に痛く突き刺さる。
「だったら、ちゃんと歩きなさいよ」
「はいは~い」
階段を上り、校長室に向かい歩き出す。両開きの立派なドアを玲は特に遠慮もなく
開けると、ゆったりとした上質な椅子に座り、椅子とセットの、これまた高価そうな
机に両肘をつき、手を組む男の姿があった。年齢はわからないが、とりあえず実年齢より
若く見える男だ。スーツを着こなし黒いさらさらとした髪に眼鏡が似合うこの男こそ
光一と玲を呼び出した張本人の天野空だ。挨拶もなしに、天野が徐に口を開く。
「最近、頻発している女の子の誘拐事件のことなんだが・・・」
「宇宙人が関わっていると?」
玲が話しを遮る。これに天野は困った様な笑みを浮かべ、
「するどいね、その通りなんだ」
「天野さんが俺らを呼び出す時は100%宇宙人がらみだしな!」
悪戯っぽく瞳を輝かせ、光一が言った。
「ふむ、そうだね。話を戻そうか」
天野は椅子から立ち上がると窓に掛かるブラインドを閉めた。すると校長室は
薄暗い闇で満たされる。そして、高価そうな机の角のボタンを操作すると、
机の上には立体映像が出現した。天野は眼鏡の奥の目を細めて立体映像を見ている。
「つい先程、本部から送られてきたものだ」
民家の灯りだけが頼りの暗い路上に女性、いや、性格に言うなら女子高生が一人と
その娘に向き合う形で、深いフード付きのロングコートを着た者が立っている。
光一は玲の制服を見た。玲は光一の方を見ることもなく、
「ちゃんと見てなさいよ」
その言葉に促され、光一は立体映像に向き直った。立体映像上ではロングコートのヤツが
手に拳銃の様な物を持ち、女子高生に向けているところだった。女子高生が振り返り、
逃げようとした瞬間、その娘の体が白い光を放ち、消えてしまった。
そして最後にロングコートの男が光一の方を見た。光一は深いフードの奥にある、
そいつの目とバッチリと合った。夜光塗料のごとき不気味な緑の光を放つその目と。
光一の背中を悪寒が走る。そこで立体映像は終わり、天野がブラインドを開けた。
窓から久方ぶりに眩しい光を受け、光一は片目をつむった。天野が深く椅子に腰を掛け、
「まず君の感想を聞こうか、光一?」
「犯人はまちがいなく、地球人じゃないな。それとこっちも2つ質問がある」
天野は首を傾げ、光一に質問の先を促した。
「まず、1つ。映像の女の子は、うちの生徒じゃないか?玲と制服が同じだった気がする」
「よく気づいたね、光一。そこからわかることは誘拐犯が、ついにこの桐島町まで
やってきてしまった、ということだ」
天野は眼鏡を掛け直し、真っ直ぐに光一を見て、
「2つ目を聞こうか?」
光一の顔が質問する前に暗く沈んだ。
「この映像を送ってくれたスイーパーは?」
「捕虜、もしくは・・・。」
天野は言葉を濁した。
「そうか・・・。」
光一も無理に続きを聞こうとはしなかった。仲間がいなくなる天野も辛いだろう。
そう思ったからだ。天野は光一から玲に視線を移して、
「玲、君の感想は?」
玲は特に表情を変えることもなく、
「人型ということと、所持している武器から見て、知能は人類以上・・・厄介ですね」
天野は玲の見解に腕を組みながら溜め息まじりに、
「そういうことだ。しかし、あの武器の性能は調べがついている。一定数の生物を銃の中に
ストックできるんだ。つまり、撃たれた者は銃の中にいて、取り出しも可能というワケだ」
玲は眉根を寄せ、目を細めた。
「かなり、危険なんですね」
天野は深く頷いた。2人のやり取りを見ていた光一が口を挟む。
「何が厄介なんだ?まだ誘拐された奴らを救えるかもしれないんだろ?」
玲が面倒そうな目で光一を一瞥すると、
「戦闘になってみなさいよ。どこかの星の凶暴な生物を出されたりしたら、どうすんのよ?」
「な~るほどっ!」
光一は手のひらに片方の手をポンっと打ちつけた。玲はやれやれ、という風に肩を落とすと、
何かを思いついたように、
「危険度はレベルAですか?」
玲のこの言葉に天野が苦笑する。どこか言いにくそうに、
「いや、レベルSSSなんだ」
「はいぃぃぃぃ!?」
光一がすっとんきょうな声を上げた。玲は、ただ黙って何かを考えている様だった。
「なんで、そんな危険生命体が地球に、しかも桐島町にいるんだよ!?」
あまりの光一の声の大きさに天野は両耳を手で塞ぎ、顔をしかめた。
「それを捕まえて調べるのが君たちスイーパーの仕事だろう」
「そりゃ、そうだけどさぁ~」
首と肩をがっくりとうな垂れる光一。と、ここで玲の冷静な声がした。
「レベルSSSって、犯人は前にも何か重大な事をやらかしてるんですか?私の記憶では
SSSなんてレベルになるほどの大事件はあんまりないんですけど・・・」
玲の冷静な指摘に、天野は声を上ずらせながら、
「どうなんだかね」
と、そっけない一言。光一は天野のそんな様子を見逃さなかった。
「あー!天野さん何か隠してる!!」
光一のその言葉に玲の目がキラっと光る。天野は慌てて、
「とにかく!今晩からを捜査を始めてくれ!じゃ解散、ご苦労様!」
そう言うと天野は何とか2人を部屋の外に押し出すと、安心したように息を吐き、
また、椅子に腰を掛けた。。どこか遠くを見る様に目を細め、呟いた。
「そろそろ姫君の帰還する時なのか・・・。」
○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○
File 2 捜査開始!
鐘の音が授業の終わりを告げ、帰宅する者、部活に行く者とで校内は騒然としていた。
時間は午後4時。早いところでは、もう部活が始まっており光一は自分の席から、部活の
練習風景を眺めている。光一自身、運動神経は良く、体格もしっかりしているので、
入学当初は部活の勧誘に声を掛けられまくりだった。しかし、光一の適当な性格が
災いし、どの部活にも入ることなく、今まで過ごしてきたのだ。
「部活なんか楽しいのかねぇ~」
光一は一人呟いた。気づけば、教室も人が減り、光一と他数名だけになっている。
玲も友達とさっさと帰っちゃったみたいだし、光一も、そろそろ
帰ろうかと思い、机の横に掛けてある、バッグを手に取り、立ち上がった。
教室から出ようとしたところで、後ろから明るい声が聞こえてきた。
「光一君♪浮かない顔してどーしたの?」
声の主に振り返る。白い肌に鳶色の髪がよく似合う美形の男の子がいた。玲、情報によると
こいつは女子の間では「かわいい」と絶大な支持を得ているらしい。名を星野輝といい、
去年からのクラスメートだ。光一は首を傾げ、愛想よく返事をした。
「別に浮かない顔なんてしてねーぞー」
「そっか。もう帰るんだよね?じゃぁ、途中までお供しますよ」
輝はふざけた口調で、そう言うと、光一の隣に並んで歩き出した。2人は靴箱で外靴に
履き替え、校門までの道のりを歩く。光一が辺りを見回すと、色んなところで部活動に
励んでいる生徒の姿が目に映った。すると、突然、輝が話しを振ってきた。
「テレビ見た?今、話題の女の子誘拐犯さ、桐島町に来たんだってね~」
どこかのん気そうに話す輝に光一は軽く苦笑しながら、
「あ~。未だに犯人と誘拐された娘達は見つかってないんだよな」
輝がややおどろき気味に返事を返してきた。
「珍しいねぇ、光一がニュース見てたなんて」
光一は、片方の眉を軽く引き上がらせつつ、
「おいおい、俺だって、ニュースくらい見ることはあるんだぞ!」
「立派立派~!それでさ、その正体不明の犯人のことなんだけど・・・」
と、ここで輝は声のボリュームを下げ、辺りを見回した。そして、また話しを始める。
「ネットとかでは宇宙からの侵略者じゃないかって話しで盛り上がってるんだよ」
一瞬、光一はドキっとしてしまった。自分が宇宙人専門の問題を扱う組織にいるなんてことは
輝を含め、みんな知らないのだ。援助金は国から出ているが、政府もこの組織のことを公に
しないようにと言っている。特に光一の場合、組織にいる理由が、
父親が宇宙人でその血を受け継ぎ素晴らしい運動能力を持っているから、というものなのである。
他人に喋ってもいいが、馬鹿にされ、笑い話にされるのは目に見えてる。
一部は光一の私的理由だが、こんな理由から光一は他人に話すことはなかったのだ。
光一は特に関心もないかの様に、
「宇宙人?本当かよ~」
「本当だよ!僕はその話を全面的に信じてるね!」
と、胸を張りながら輝が語った。なぜか顔が星のごとき輝きを放っている。輝は止まらない。
「それでさ、僕は今夜から、桐島町を深夜歩き回ってみようと思う!」
輝はガッツポーズをしながら、豪語した。光一は冷や汗を感じながら、
「やめとけって、だって殺人かもしれないんだろ?被害者は行方不明らしいじゃん?」
「そこは大丈夫さ!!宇宙人は実は友好的で・・・・・・・・。」
光一は、しまった!と思った。輝に宇宙の話しをさせると、平気で何時間でも喋り続けるのだ。
前なんかはファミレスで5時間くらい、輝の宇宙話しを聞かされたっけ。そんな恐怖体験が
光一の頭を過ぎった。校門から出て、分かれ道に差し掛かったところで、光一は輝の
話しを止めるべく、無理矢理、話しの腰を折った。
「な、なぁ、輝。お前あっちの道だよな?俺はこっちだからまたな!」
光一は喋ってる途中で駆け出した。今は走りながら、輝に向けて手を振っている。
この突然の光一の行動に、輝は戸惑いながらも、
「えぇ?!いつもこっちじゃん!って、もう行っちゃったよ・・・」
輝は掛けていく光一に手を振って返した。光一はどんどん小さくなっていく。
「やっぱり、あの足の速さはすごいなぁ~。さて、僕も帰ろうかなっと」
そう言って、輝は軽い足取りで自分の家向けて歩き始めたのである。
今、頭の中は宇宙のことで一杯で、目はきらきら輝いている。その活き活きとした、
美形の顔は通行人の目を引くのだったが、本人は全く気にすることなく、家路を
行くのだった。
光一は家に着くと、リビングのソファにゆったりと腰を掛けた。父親は本部の方で寝泊りをしている。
母親は単身赴任。どっちも出来た人間だ、と光一は思う。光一本人は特にやりたいことも
なければ、将来の夢もない。今は一応スイーパーだから、一生、そうなりそうな気がする。
なので、光一はあんまり、未来像は考えないようにしている。階段を下りてくる音がした。
リビングのドアが開き、女の子が入ってきた。月島朋子と言い、幼い頃に両親を亡くし、
光一の父親が引き取ったのだ。
「帰ってきたんなら、ただいま、くらい言えばいいのに」
そう言いながら、朋子は今、キッチンに立ち、首に手を回し、エプロンをつけていた。
「おー、ただいま~」
光一が、そんな間の抜けた返事をすると、朋子がクスっと笑う声がした。
「おかえりなさい、光一。今、夕飯作るからね」
朋子はキッチン内を忙しく動き回っている。冷蔵庫を開けたり、野菜を切ったりしている。
その動きに合わせて、朋子のショートヘアーが揺れる。もともと、元気で活発な娘
なので、その性格を表すかの様なショートヘアーはとても似合っている。玲とは対称的な
可愛い感じの明るい娘だ、と光一は常日頃思っている。
やや時間が空き、良い匂いがしてきた。丁度、朋子がテーブルに夕飯を並べているところだった。
「俺も手伝うよ」
そう言って光一が立ち上がり、夕飯を運ぶのを手伝い始めた。
「あたし一人でも大丈夫だよ?」
軽快なショートヘアーを揺らしながら、朋子がにこやかに返してくれた。
朋子のその表情や気遣いに、くーかわいい!!光一はそう思いながら、
「これくらいは俺でもできるしさ」
とテレながらも答えた。朋子は顔を微笑ませながら、
「そうだよねぇ、光一は料理は全然ダメだもんね」
「そうそう!俺は料理ダメだからさぁ」
つられて、光一の顔も明るくなる。一応、からかわれているのだが、朋子に言われても
全然ムッとこないのである。夕食を並べ終わり、2人は簡素な木製のテーブルに向かい合って
座った。
「「いただきまーす」」
箸をつけはじめる。メニューは焼き魚に味噌汁から緑の物までもを綺麗に揃えられていて、
とても華やかだった。一口食べると、いつもながら味もとてもイケている。光一の
食べている様子を朋子はじっと見ていた。それに光一が気づき、一時、箸を止める。
「ん?どうしたの?」
「えっと、味は大丈夫かなぁって・・・」
光一はとびきりの笑みを顔に弾けさせて、
「めっちゃ美味いよ!いっつもありがとう!」
と返すと、朋子は目を大きく開き、顔を綻ばせた。
「本当!?それなら良かったぁ~」
そして、朋子も箸を動かし始めた。食べながら、朋子とたわい無い話しに花を咲かせていると、
ソファーに投げた、ブレザーから携帯の着信音がした。折角、楽しく喋ってたのに、と思い、
光一は顔をしかめながら、携帯のディスプレイには、新月玲の文字が表示されていた。
「もしも~し、こちら光一ですッ!」
ふざけながら光一は電話に出た。
『そんなことはわかるわよ。ところで、今晩の捜査どうするの?』
玲の口調に光一は肩をすくめ、朋子を見る。同じ人間でもここまで性格ちがうんだもんなぁ。
光一はそう思った。そんな朋子はキョトンとした目で光一を見返している。
「あぁ~。どうすっか。ばらばらで大丈夫か?」
『大丈夫か?は私の台詞でしょ?』
「へいへい、そーですね~」
『不満そうね、私何かまちがったこと言ったかしら?』
「いや、もういいッス・・・」
光一は勝てないと悟り、諦めることにした。この2重人格女め!と思ったが、言わないことにする。
『光一が相手と遭遇して、取り逃がしたら私のミスにもなるの。だから、合同捜査
って形にしましょ。9時に迎え行くから待ってなさい』
「俺一人でも大丈夫だと思うけどねぇ~」
光一は皮肉を込めて、言ったのだが、珍しく玲は真面目に返してきた。
『相手がSSSってことを忘れないで、下手すれば光一も私も危ないのよ。じゃ、9時にね』
そう言い、玲は電話を切ってしまった。光一は電話をブレザーにしまい、再び、テーブルについた。
「玲ちゃん・・・でしょ?どうかしたの?」
朋子は心配そうな目をして、光一を見ながら言った。光一は、朋子のそんな様子に首を傾げつつ、
「なんか、夜付き合えってさ~」
朋子は顔を真っ赤にして、いきなり立ち上がった。
「えぇ!?2人は付き合ってるの!?」
これに、光一は驚き、椅子に座ったまま、やや後退した。
「い、いや、付き合うってのは交際って方じゃなく・・・」
「そ、そう。それなら良いの」
朋子は平静を取り戻し、席に座った。まだ、ほんのりと頬が紅くなっている。もちろん朋子にも
光一と玲がスイーパーだということは秘密にしてある。光一と玲は従兄弟ってことに
してある。朋子は昔から光一の家にいるので、玲との面識も幼い頃からある。それも光一と
玲がスイーパーとしての訓練を幼い頃から受けていたからだ。なので、光一・玲・朋子は
3人とも幼馴染みと言えるかもしれない。
楽しい夕飯も終わり、光一は今はソファに座り、ゆったりとした姿勢でテレビを見ていた。
ニュースではちょうど、今日の昼間に天野から聞かされた事件が報道されている。
そういや、輝も下校時にこの話してたなぁ~。光一は他人事のように、そう考えていた。
時計を見ると、時刻は夜の8:30をさしている。歩き回る前に、軽く体を慣らしておくか、と
思い、光一は身軽に動ける服装に着替えるために、2階の自分の部屋に向った。
4月と言えど、夜はまだ肌寒いものである。特に長い時間、桐島町を徘徊してなければならない。
身軽に動ける服装に着替え、上にはウィンドブレーカーを着て、準備すると、ふと、窓の外にある
人影に目がとまった。立ち姿で誰だかすぐにわかった。長年の付き合いのせいもある。
光一は階段をうるさい音を立てながらダッシュで駆け下りると、玄関に向った。
途中、キッチンから朋子の声がする。
「もう行くの?」
「ちょっと、行ってくる!」
光一は靴ひもを調整しながら、朋子の声の方を見ることなく、返事をすると、玄関から
駆け出した。やはり、人影の正体はまちがっていなかった。新月玲だった。
手に息を吹きかけ、寒さをしのいでいた。玲は光一が出てきたのに気づくと、
「時間までまだ30分くらいあるわよ?」
と、寒さに頬を染めながらも言った。光一は、深い溜め息をつき、
「女の子を寒い中待たせる事はできねーよ」
「私のことも、女の子として見れるんだ?」
この玲の不思議な言葉に、光一は首を傾げながら、
「だって、玲は女の子だろ?男には見えないけど・・・」
玲はそっぽを向き、歩き始めた。
「まぁ、いいわ。予定より、早いけど、出発しましょうか」
「オッケーオッケー」
光一は吹きつける冷たい風に背中を丸めながら、玲の後をついていくのだった。
○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○
File 3 異星人との遭遇!
「ここら辺も異常なーし!」
すっかりと暗くなった公園に足を踏み入れ、辺りを見ながら光一が言った。
そのまま光一と玲は公園の中に入り、、歩を進める。屋根つきの休憩所の様な所に
行き着き、そこのベンチに光一が腰を下ろした。玲がそんな光一を見ながら、
「次、行くわよ」
光一は、わざと明るい声で返事をする。
「少しくらい休もうぜー。ただ歩くのって疲れるんだよ」
玲の溜め息が光一に聞こえてきた。そして、玲もベンチに座る。
「休憩は少しだけよ。こうしてる間に被害者出たら罪悪感残っちゃうから」
「大丈夫大丈夫、そのつもりだって!」
光一はさびれた遊具を見ていた。ブランコも、時折吹く、風に揺れ鉄のきしむ音がする。
砂場には子供がよく遊びに使うプラスチックの小さいシャベルや、これまた同じ感じの
ダンプカー等のおもちゃが転がっている。誰かが忘れていったのだろうか。光一が懐かしい
気持ちで、それらを眺めていると、光一を見ていた玲が口を開いた。
「昔、よくここで遊んだわね。懐かしいわ・・・」
光一が玲に振り向くと、玲は目を細め、どこか遠くを見ていた。風がなびくと、それに合わせ、
玲の長く艶やかな髪も風に舞い、玲って絵になる奴だなぁ、と光一は思い、黙って玲を見ていた。
光一のその視線に気づき、玲が光一に向き直り、
「どうしたの?」
と、小首を傾げながらに、そう言った。光一は、その玲の仕草にドキっとしてしまい、
慌てて、前に視線を戻し、
「いや、別になんでもないよ」
「まちがいなく、今私のこと見てたわよね?」
するどい玲の追及が始まる。こうなると、止めるのは、無理だった。光一は降参することにした。
「綺麗だなぁって見てただけ!それだけだって!別に悪意はない!」
光一が横目で玲をちらっと見ると、玲は顔を俯かせながら、黙っていた。どこか頬がほんのりと
紅くなっているのは、光一の気のせいだろうか。玲の返事がなく、キレているのでは、と
焦り始める。次の瞬間光一を衝撃を襲う。玲が徐に顔を上げ、光一を見ることなく口を開く。
「私、綺麗って言われたの初めて・・・なのよね」
「はぁ?何言ってたんだ?男子はみんなそう言ってるぞ?」
玲は目を大きく開き、隣に座る光一に視線を向けた。程なくして、また顔を俯かせる。
「そんなの知ってるわよ。私が言ったのは、光一に、って意味よ」
玲の、らしくない態度に光一はドキドキしながらも、何とか返事をする。
「え、あぁ、そうだっけか?」
声がどこか変なところから出た感じがする光一である。玲は、下を向きながら、
「うん。嬉しいよ。ありがとう」
と言った。光一は焦りに焦った。こんな女の子らしい玲は、あまり見たことがないからだ。
玲の言葉を最後に場を沈黙が覆う。光一も何を言っていいかわからなかった。
突然、公園の入り口から、女の子の悲鳴が聞こえてくる。そして、間もなく、一人の
女の子が入り口から中に駆け込んできた。光一と玲は女の子に駆け寄る。朋子だった。
「朋子!家にいたんじゃなかったのかよ!」
朋子は、パッチリとした大きな目を涙で濡らせながらに、声を出した。
「光一が心配だったんだもん!そしたら・・・」
朋子は後ろ、すなわち、自分が入ってきた公園の入り口に振り返った。そこには
ロングコートを着て、深いフードで顔を隠したヤツが一人立っている。光一は朋子を後ろ手に
庇いながら、似合わない真剣な口調で、
「玲・・・。あいつだな」
視線をロングコートのヤツに向けたまま、光一が言った。玲も光一の隣に並び、
黒い澄んだ目で真っ直ぐにそいつを見ている。そして、ゆったりとした口調で、
「確信はないけど、おそらく、そう考えていいと思うわ」
ロングコートを着た異星人は一歩、光一達に近づき、日本語を発した。
「お前がプリンセスか?」
光一は眉根を寄せ、目を細めた。玲もおかしな物を見る目つきで、そいつを見ている。
後ろにいる、朋子の震えを感じ、光一は強気な声で、ロングコートに一言。
「なぁ、お前何言ってるんだ?」
ロングコートは、光一の言葉を無視し、さらに一歩と近づいてくる。映像で見るよりも
その身長は高く、公園の外灯に照らされる、そいつの影が地面に不気味に映し出されていた。
「お前がプリンセスか?」
また同じことを言った。玲が、イライラ気味に答える。
「プリンセスって何?私達はそんなんじゃないわよ!」
この言葉を期に、そいつはロングコートのポケットから何かを取り出し、玲に向けた。
その何かから赤いポインターが玲の胸に向けて、伸びているのがわかる。そして、引き鉄を
指で引く音がした。その何かが夜の公園をまばゆい閃光で満たす。玲は、その何かが、
取り出された時には気づいていた。放たれる直前で、玲の髪がふわりと風に舞う。玲は
サイドステップし、それを避けた。今は目を細め、その武器を見ている。
「そのポインターを向けられた者が対象者になるのね。理解したわ・・・」
直後、玲はそいつに向けて、姿勢を屈め疾走を開始する。一気に距離を詰め、小柄とは言えない、
玲の姿が異星人の前に現れる。そのまま、異星人の鳩尾に、格闘家もビックリの正拳突きを
放つと、異星人の体がグラっと揺らいだ。そこに光一が人間では考えられない、跳躍を見せつつ
跳び蹴りを放つ。その蹴りは胸板に、命中して、異星人は数メートル後方に吹き飛んだ。
光一は視線は尚も、吹き飛ばされた異星人に向けたまま、訝しげに、
「こいつがSSSって本当なのかよ」
玲は戦闘態勢を継続したままに、光一を横目でチラっと見て、
「SSSなんて普通は有り得ないわよ。その事で後で話しがあるわ・・・」
異星人は立ち上がり、再び、玲にポインターを向けた。赤いポインターが玲を指す。
玲は今度は相手の攻撃を待たずに、ポインターが自分に向けられたまま、異星人に突進
していった。今、武器の先が攻撃をするべく白い光を収束していっている。光一が焦りの声を漏らす。
「れ、玲!危ない!」
玲は疾走し、異性人の前で後ろ向きに高く跳ぶと、そのまま空中で上半身を捻る。それに合わせて、
下半身を強く振り、異星人の右顔からモロに回し蹴りが決まった。首が変な方向に曲がり、
異星人は銃で玲を撃つ前に、倒れこんでしまった。起き上がる気配は・・・ない。
玲の美しいと言える笑顔が外灯に照らしだされ光一に向けられる。光一は冷や汗をかきながらも、
親指を玲に向けて立て、頷いてみせた。また光一は絶対、玲とは喧嘩しないぞ!と心に誓った。
玲の傍らで、倒れた異星人は体を発光させると、光の粒子になり、消えていってしまった。
光一はハっとして、朋子に振り返る。口をOの字にポカンと開け、もはや泣くことを忘れている
朋子の姿がそこにはあった。光一は努めて明るく振る舞った。
「えっとぉ、朋子?」
朋子は無反応。今、目の前で繰り広げられた場面を未だに脳が処理していないのだろう。
常人なら、誰だってそうだ。アクション映画顔負けの映像が今まであったのだから。
玲が光一の脇を通り過ぎて、朋子に近寄る。何をするのかは光一には大体予想がついた。
そのまま、朋子に近づき、玲は朋子の正面でピタっと静止した。そして、玲の姿がブレる。
玲は朋子の後ろに回り込み、首の後ろを狙い手刀を放った。そして、倒れる朋子を後ろから、
抱きかかえると、玲が光一に向けて言った。
「ほら、何してるの。早く背負ってあげなさい」
光一は朋子を背負うと、玲と公園を後にした。光一の家の前に差し掛かり、玲が別れ際に
口を開く。
「明日、レベルSSSの件で光一と天野さんに話しがあるわ」
「そうだな。あれがSSSってのは、まちがってるな」
この光一の発言に玲は溜め息をつきながら、
「光一、レベルは、その個体の強さでは決まらないのは、わかってるわよね?」
「え、そうだったのか?俺はてっきり凶暴性とかで決まると思ってたんだけど」
口の端を引きつらせ、顔に苦笑いを浮かべながらに光一が言った。
「大体は、そういうことで決まるけど、今回のは例外・・・だと思うわ。
とにかく、明日、そのことについて、話し合いましょ。またね」
玲はそう言うと、家路を一人で歩いていってしまった。光一はその後姿を眺めていた。
この時、光一と玲の遥か上空では星の煌きに混じり、1つの物体が光を放っていたのだが、
2人はそんなことに気づくハズもなかった。その光を放つ物体の中では、今後の画策に励む
者達がいたのである・・・。光一と玲は近々、この者達に会うことになるのだが、それは
まだ、ほんの少し先の話だった。
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File 4 犯人の正体!
公園の隅にいる人影に、光一達は気づくことはなかった。その人影は、今、光一と玲の
戦闘場面をひっそりと見物している。光一の豪快な飛び蹴りが決まったところだった。
「スイーパーってだけあって、身体能力は並じゃないね」
人影の主は1人呟いた。鳶色の髪がよく似合う白い肌をしている男の子。高校では
光一、玲と同じクラスの星野輝だった。後方に吹き飛ばされた、宇宙人は起き上がり、
今は玲に向けて、銃のポインターを向けているところだった。これに対し、玲は
かまわず、突進する。輝は、玲を冷や汗混じりで見ていたのだが、その心配は皆無だった。
玲の方が速く、宇宙人の横顔から回し蹴りが直撃した。相手にすれば厄介だ、と輝は思った。
「玲さんも、流石としか言えないなぁ・・・」
輝は、玲の舞う様な、空中の回し蹴りに感嘆の声を漏らす。今、戦闘が終わり、宇宙人の
体は発光し、消滅してしまった。実際は消滅なのではなく、どこかの本拠地に戻されたのだろう。
長年の経験から、輝はそう推測した。満天の星空の日に散歩してよかった。この星の
スイーパーの実力も見れたし、満天の星空の日の散歩は最高だ。星がざわめく日には何かある。
輝は常日頃からの持論を再確認し、公園に背を向けて、人知れず立ち去った。
夜空に輝く星達をを見ながら、輝は目を細めた。
「そろそろプリンセスが必要になってくる頃なのかな・・・」
自宅への道を歩いている途中、輝は上空の星の煌きの中に、1つちがう発光体を発見した。
首を上に向けたまま、輝は溜め息をついた。落胆、と言うよりは呆れた感じの溜め息だった。
「あれじゃぁ、スイーパーにバレちゃうんじゃないかなぁ」
輝がそう言うと、それを合図にしたかの様に、その光は夜空の闇に溶け、見えなくなってしまった。
明日、学校で光一に少し揺さ振りをかけてみよう。輝は微笑し、その口からクスっと笑うかの様な
声がこぼれた。
昼休みの生徒はどうも活気づいている、と光一は思う。そんな楽しい時間なのかな、とも。
仲の良い友達同士で机をくっつけ、友達とのお喋りを楽しみながら食べるやつ。1人で
食べてるやつもいる。大半は友達同士で食べているのだが、光一はその大半に入っていなかった。
いつもの後ろの席に座り、一人で購買から買ってきたパンを食べている。友達がいない
というわけはなかった。2年になって、知り合いが極端に減ってしまったのだ。玲は1年から、
というよりも、ずっと子供の頃からの知り合いだが、玲はクラスでいつのまにやら仲良くなった
のかわからないが、友達と楽しそうに食べている。光一は、そんな楽しそうな玲の顔に
遠くから見とれていた。
「あれれ~、光一は誰を見ているのかなぁ~?」
気づくと、前の席の輝が光一に、にこにこ顔で振り向いていた。輝は平静を装った。
「ぼーっとしてただけだって!」
「一つ屋根の下に、朋子さんという女の子がいながら君は・・・」
俯き、やれやれと、輝は首を横に振っていた。光一は肩をすくめた。
「朋子は親父が引き取ってきたんだって!」
「朋子さんと一緒に暮らしてるなんて、僕は光一が羨ましいよ」
輝は羨望の眼差しを光一に向けた。その目はきらきらと光っている様だった。
「あのなぁ!朋子とはそんなんじゃないって!」
「まぁ、言うのは自由だよね」
あどけない笑みを浮かべながら輝は、そう言い、ジュースを飲んでいる。
光一の机の上で、携帯が振動した。メールを受信した様だった。メールを開き、確認する。
差出人は玲で内容は、今すぐ校長室の天野の所へ集合というものだった。光一がメールのチェックを
済ませ、玲の方に振り向くと、玲と目が合った。やがて、玲はお弁当を片付けると、一緒に
食べてた友達に、何か言い、教室を出て行った。輝が、そんな光一を見ながら、
「もしかして、ラブメールだったかな?」
その顔にはあどけない笑みを浮かばせていた。光一が困ったように笑いながら、
「そんなんじゃねぇって!ぁ、ちょっと行ってくるわ!」
と言うと、最後のパンの一欠けらを食べると、席を立ち玲の後を追った。
輝は、そんな光一の背中を見つめながら、誰にも聞こえない程度の声を出す。
「天野さんとの報告会かな・・・?」
光一が校長室に着くと、中には天野と玲の姿があった。ゆっくりと天野が口を開く。
「それじゃ、昨晩の話しを詳しく聞こうか」
玲が事務的な口調で、淡々と昨晩の出来事を話し始めた。これなら、玲だけいれば良いじゃん!と
光一は思っていたのだが、反抗してもしかたがないので、やめることにする。玲の報告が終わり、
天野が腕を組み、何か考え事をしているかの様に、
「そうか。なかなか大変だったんだね。それで、そいつは本当にプリンセスって言ったんだね?」
光一が憤慨しながら、勢いよく、
「そうなんだよ!それで、ちがうって言ったら、いきなり攻撃してきたんだ!」
「そうだったのか、なるほどね・・・」
本格的に天野は考え事を始めている様だった。そんな天野を見て玲が申し訳なさそうに、話し始める。
「天野さん、いくつか聞きたいことがあるんですけど・・・」
天野はパチっと目を開くと、珍しい物でも見るかの様に、
「玲が私に質問なんて珍しいね。いつも自分で調べるのに」
「えぇ、まぁ」
玲は愛想良く微笑みながら、そう言った。
天野は高価そうな校長室の机の上で手を組み、人の良さそうな顔で、
「それで、私が答えられる範囲の質問であれば、答えるよ」
「今回の犯人のレベルの事なんですけど・・・」
一瞬、天野の口の端が引きつったのだが、幸い、光一も玲も気づくことはなかった。
「レベルがどうかしたのかな?」
「SSSは異常ですよね?特に凶暴性も感じられなかったし、知能も高そうじゃなかった・・・」
天野は黙って、玲の話の続きに耳を傾けている。光一は腕を組みながら、大きく頷いている。
「はっきり言います。天野さん今回のこの事件は何か裏があるんじゃないですか?SSSまで
レベルが膨れ上がる理由・・・。私と光一の知らない様な何かがありませんか?」
玲の瞳は真っ直ぐに天野を見て、返事を待っている。光一は首を傾げながら、
「裏って何だ?!裏って!!」
と喚いた。天野はそんな光一を見ることもなく、向けられた玲の視線を一直線に見返している。
先に目を逸らしたのは天野の方だった。天野は目線を玲から外し、立ち上がると、昼休みの
校庭に向き直り、外の景色を眺めた。校庭では元気な生徒がサッカー等をしている。徐に天野が
喋り始めた。
「確かに、隠していることはある。でも、それを今、言うべきかどうか・・・」
悩みに満ちた天野の声が校長室に響いた。玲は涼し気な目で天野を見つめている。光一は、
聞きなれない、その声音にポカンと口を開けていた。天野はそれから黙り込んでしまった。
「わかりました。いずれ、天野さん本人の口から聞けることを待っています」
玲はそう言うと、頭を下げ、光一と校長室の外に出た。扉の閉まる音がする。
天野は苦笑いしながら、今は閉じられた扉を見ている。
「私、本人の口から、か・・・。どこまで知っているのかな、玲は・・・」
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File 5 アンラッキーガール!
今週のラッキーパーソンはあなた!何か良い事が起こるかも・・・・☆
夜の路地を駆けながら、朋子は先ほど読んだ星占いの記事を思い返していた。星占いでは、
朋子の今週の運勢は絶好調と書かれていた。しかし、今の朋子の状態からは、そんなことは
思えないほどだった。
あたしって今週のラッキーパーソンじゃないの!?
朋子は走りながら、後ろから迫り来る不審者に一瞬顔を向けた。まだ追ってきている。最近は、
こうして、追いかけられることが多い気がする。昨日の夜なんかは、いかにも怪しい人に
追いかけられた。光一と玲の後をこっそりついていった。2人が公園のベンチで座り込み、
お喋りをしているのを入り口から見ていたら、急に怪しい人が寄ってきて、
「プリンセスか?」
等と訳のわからない事を言ってきた。よくわからなかったから、知りません、と答えると、
その不審者は、朋子に歩み寄ってきた。本能的にこいつは危険と認知して、公園に駆け込み、
光一と玲に助けてもらった。・・・実際、助けてもらったのかどうかはわからない。公園に
入った後の記憶が、抜け落ちているのだ。気づいたら、自分のベッドの上で寝ていた。朝起きて、
光一に話しを聞いてみても、曖昧な返事が返ってくるだけだった。助かったから、良しとしよう。
そう思い、今日1日こそは何事もなく終わる様に思えた。しかし、昨日の今日である。今、また
こうして、追いかけられている。しかも、助けを求めれる人がいない。突然、朋子の視界がブレた。
「きゃっ!」
足がもつれて、思いっきり、転倒してしまったのだ。転んだまま、顔を上げると朋子に追いついた
不審者と目が合った。深いフードをかぶっているのだが、朋子が下から、その不審者を見上げる形に
なっているために、朋子と不審者の視線が一直線上に並んだ。その目はうっすらとした緑色の
光を放っていて、不気味なものだった。目の形は綺麗な円形をしている。朋子は、転んだままの
姿勢で、息を呑み、相手の次なる動きを窺っていた。不審者は朋子から視線を外すと、正面を向き、
朋子の後ろの方を見つめた。朋子もそれに倣った。数メートル先には、いつから立っていたのか、
1人の人間がぽつねんと立っていた。一歩づつ、朋子に向けて近づいてくる。朋子と不審者に、あと
数歩というところで、その男の子の顔がハッキリと視認できた。朋子は安心して、目尻から涙を
こぼした。その男の子は、朋子を見下ろす形だったが、その顔には優しい笑みを浮かばせながら、
「どうしたの?この人は友達・・・という風には見えないけど」
朋子と不審者を見比べながらに輝は言った。なぜか、不審者の方は輝を見ると、あからさまに態度を
変えて、数歩引き下がった。何か怯えている様な、そんな雰囲気だった。輝は朋子を起き上がらせ、
「それで、もう大丈夫かな?あの人はどなた?」
朋子は、まだ恐怖心を拭い切れず、声が出なかったが、掠れるような声で、
「急に変なこと質問されて、答えないでいたら、追いかけてきて・・・」
語尾になるにつれて、朋子のパッチリとした目が濡れていくのがわかる。輝は朋子の両肩に
手をのせると、見る者を魅了してしまう笑みを顔に広げた。そして、ゆったりと優しい口調で、
「怖かったんだね。でも、もう大丈夫だよ」
輝は真っ直ぐに不審者を見やる。その威圧感を含んだ眼差しに不審者は更に後退りをした。しかし、
ロングコートの中にしまってあった手を輝に向けた。その手には、銃らしき物があり、銃口は
まちがいなく、輝に向けられていた。朋子はおどおどしながら、輝の背中越しに様子を窺っている。
銃を向けられた本人の輝は、慌てる様子もなく、涼しげに目を細め、右手の人差し指で、不審者の
持つ銃を指差しながら、
「それ・・・ここで使うの?許可は取ってあるの?」
一歩、また輝は不審者に歩み寄った。それに反応し、不審者は一歩引き下がる。銃を持つ手が
震えているのが、わかった。しかし、銃口は輝に向けてままである。輝は、さらに詰め寄った。
「もう帰りなよ。僕の仕事を増やさないでほしいな・・・」
急に、不審者に円柱の光が夜空から降り注がれた。すぅっと不審者の体は、その光を上昇していく。
その光の円柱の先には、何か飛行物体がある様子だったが、朋子にははっきりとは見えなかった。
やがて、不審者は夜空に消えていってしまい、朋子は安心して、脱力し、膝をついてしまった。輝が
朋子に、近づき姿勢を屈めた。そして、輝は真っ直ぐに朋子の瞳を見た。朋子は気持ちが軽くなり、
両目をパチパチと瞬いた。輝は、徐に口を開く。
「こんばんは、朋子さん。ここで何してるの?」
朋子は、何事も無かった様に、普段どおりの口調で、
「ぁ、輝君。今は友達と遊んで帰るところで・・・」
何かがひっかかるのだが、朋子は思い出せないでいた。何か嫌な事があった様な気がした。
輝は、そんな朋子の心を読んだ様に、微笑むと、
「そっか。僕は散歩の途中だから、また明日ね」
そう言うと、輝は朋子に背を向けて、立ち去って行った。朋子はキョトンとしながら、その背中を
見つめていた。ハッと我に返り、口に出した。
「光一の夕飯、忘れてた・・・・!」
そして、朋子は再び、夜の路地を家に向けて走り出したのだった。輝は遠くから、振り返り、朋子が
駆けて行くのを見守っていた。その目は、子を見守る親の様な優しい目をしていた。
「親を亡くしても、子は強く育つんだね。よっぽど周りが温かい人たちなのかな・・・」
軽い口調で、そう言うと、輝は再び背を向けて、歩き始めた。輝は家に向う、途中の商店街で、
昔馴染みに出くわした。と言っても会うときは会う人間なのだが。その昔馴染みは、何やら、
人が行き交う商店街で、輝と同じ高校の女子生徒と喋っている様だった。見る者が見れば、怪しい
目で2人を見るのはまちがいないだろうが、輝はちがった。更に言うと、話しの内容にも
大方の見当はつくのだ。輝は警戒されないように、軽い足取りと何食わぬ顔で、2人に近づいた。
「こんばんは、校長先生と玲さん」
天野と玲は、ほぼ同時に輝に向き直った。天野は苦笑いしながらも、
「こんばんは、えっと・・・・」
輝は人の良い笑みを浮かべながら、至極丁寧に、
「玲さんと同じクラスの星野輝です」
そう言うと、軽く頭を下げた。天野は尚も苦笑いを崩すことなく、
「そうか。星野君だね。覚えたよ」
「星野君はお買い物?」
と、これは玲。輝は、天野から玲に視線を移して、
「星空を見るのが好きでね~。こういう星空の日には散歩してるんだ」
夢を語る少年の様な口調で、そう言うと、輝は夜空を仰いだ。商店街ではあるが、輝達のいる
場所はアーケードがなく、空を見ることができる。それに倣い、玲も夜空を見上げた。
「本当ね、星が綺麗だわ」
天野だけは、口を噤み、輝をじっと窺っている。輝は、そんな視線を気にすることなく、
「2人はここで何してたの?」
玲はゆっくりと星空から、輝に視線を戻した。口を開く。
「私は1人暮らしだから。夕飯の買い物。そしたら、校長先生に会ったのよ」
輝は、ふ~ん、と言って、天野の方を見た。当の本人は輝が見ると、さっとあさっての方向を見た。
「それじゃ、私はこれで」
そう言い、礼儀正しく、お辞儀をすると、玲は踵を返し、帰っていった。2人は玲の後ろ姿を
見送ると、唐突に、天野が口を開いた。
「それで、私に何か用ですか?」
輝は、首を傾げ、目を瞬いた。目にうっすらとかかる、鳶色の髪を手で払いながら、
「特に用事はないよ。ただ、見かけたから声かけただけ」
天野は、眉をひそめ、訝しげに、
「本当ですか?それなら良いんですけど・・・」
と苦笑しつつ言った。輝が、急に凛とした声音で、
「そういえば、さっき、彼の仲間に遭遇したよ」
「光一達が昨晩1人は片付けたらしいですけど、やはり複数ですか」
輝は、ふぅ、と溜め息をついた。そして、昔を思い出す様に、目を細め、
「黒幕は彼1人だよ。他は、みんな単なる駒にすぎないハズさ」
夜空に輝く星を見上げながら、天野は口を開いた。
「そろそろ姫君を返す時なんでしょうか・・・?」
輝は答えず、夜空のある一点を見つめている。そこに何かあるわけでもなく、その更に遠くを
黙って、じっと見つめていた。
「1つの星の事情に、常に平等でいなければならない、貴方が手を出すのもおかしな話ですね」
今度は、輝はしっかりと返事をした。しかし、視線は夜空に向けられたままである。
「プリンセスの今は無き両親のお願い事でね。そこは守らないとさ・・・」
高校生に見えない大人びた表情を浮かべて輝が答えた。今も輝の目線は夜空に向けられていた。
○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○
File 6 事件の交差!
玲は自宅に戻ると、真っ先にパソコンを起動した。高校に入って2年目。もう、この1人暮らしの
環境にも慣れてきた。中学までは、別の地域で暮らしており、桐島高校入学と同時に、この地に
やってきたのだ。天野もいるし、桐島町の方が活動がしやすい、という理由もある。本部からも
桐島町に行くようにと言われていたので、という理由もある。もう1つ理由がある。その理由こそ、
玲を、この地に衝き動かした最大の理由と言っていい。玲はここまで考えて、首を横に振った。
「何考えてんだろ、馬鹿らしい・・・」
気持ちを切り替え、マウスを操り、いつも通りパスワードを入力していく。今、玲がアクセス
しているのは、本部に寄せられた情報や、過去の宇宙人関係の事件を見れる場所だ。先日、光一との
夜の捜査を行く前にも、ここをちらっと見てみたのだが、あまり情報は得られなかった。そして、
そのまま、宇宙人との遭遇になってしまったのだが、その宇宙人の言った一言で、玲の頭の中で
何かが繋がった。
「お前がプリンセスか?」
頭の中で、繰り返し何度もこの言葉が流れた。今、玲はその疑問を解消すべく、さらなる
調査を進めているのだ。天野に学校で揺さ振りをかけてみたが、やはり何かあるらしいことが
わかった。ならば、後は自分で調べるのみ。マウスを動かし、過去の事件を探っていく。特に、
プリンセス、姫様絡みの事件が1つあったのを玲は、宇宙人との一言で思い出していたのだ。
マウスを動かす手が静止した。玲は今1つの事件の見出しを見ているところだった。
『王と王妃の不審死。唯一の跡継ぎは行方不明』
その記事をクリックし、詳しく見てみる。その記事は13年前に起きた、ある星の王族の不審死を
取り扱ったものだった。王と王妃は謎の病に倒れてしまい、その娘は王と王妃の亡くなる、少し前に
姿を消す、という内容だった。当時の、その娘、いや、お姫様の年齢は4歳。つまり、今、巷で
流行っている、女子高生しか狙わない誘拐の意味も少しはわかってくる。
ここまで調べがついていれば、あの時にもう少し、天野に揺さ振りをかけられたな、と玲は思った。
玲は更に、マウスを動かし、下の方の記事を読んでいく。記事によると、血筋を途絶えた星の、
新王には、王の弟である、シリウスという者が、即位したらしい。玲は、ここまでの記事全部を
読み終えると、右手はマウスにおいたまま、左肘で頬杖をついた。パソコンを見る目が細められる。
「王権争いの末の結末ってわけね・・・。」
光一と朋子は食事を終え、リビングのソファでくつろいでいた。光一は制服のまま、ソファに
深く座って、ぼーっとしていた。朋子は、今やテレビを連日賑わしている、誘拐事件の報道に
釘付けになっていた。朋子が、テレビから視線を外さないまま、
「誘拐されている娘って、みんな女子高生なんだってね~」
等と、のん気な声を出した。光一は、眠そうに欠伸をしながら、テレビを見て、
「そうらしいね」
「あたしが誘拐されそうになったら、光一は助けてくれる?」
光一が黙って、考えていると、朋子がパッっと光一に顔を向けた。その目は、何かを哀願
している様だった。光一は、困った様に笑いながら、
「大丈夫、助けてあげるから」
と言うと、朋子の顔が明るくなった。そして、またテレビに向き直る。誘拐事件のニュースが
終わり、光一が、そのままテレビを何気なく見ていると、不意に朋子が口を開いた。
「散歩に行かない?」
「え~。疲れない?」
と、言った光一に対し、朋子は若干、唇をとんがらせながら、光一に、じと目を向けた。
「玲ちゃんとは行くのに、あたしとは行ってくれないんだ?」
「そんなことねーよ!じゃ、行こうか!」
光一は、勢いよくソファから立ち上がると、そのまま玄関向けて、歩き出した。靴を履く時に、
隣で同じように屈んで靴を履く朋子の顔を、ちらっと窺ってみたのだが、機嫌は直った様だった。
人知れず、安堵の息をつき、光一は玄関から出た。朋子が光一よりもやや前を歩き、光一は、その
朋子の歩く方についていった。しばらく歩くと、先日、異星人との戦闘を交えた公園が見えてきた。
「ここの公園に来たかったんだ~」
朋子が顔を綻ばせながらにして、そう言うと、光一も一緒に顔が明るくなる。
「へぇ~ここに来たかったんだ」
2人は公園内に入ると、朋子が先日光一達が休憩に使ったベンチまで行き、腰掛けた。朋子は光一に、
おいでおいで、と手招きしながら、
「光一も早くこっち来て座りなよっ」
光一も朋子に倣い、ベンチに腰掛けると、顔をやや上に傾け、夜空を眺めた。星が煌いている。
「雲なくて、星空が綺麗だね~」
朋子の澄んだ声がした。光一と同じように夜空を見ており、その目は静かな輝きを放っていた。
「ほんっと、星って綺麗だな」
「やっぱり、宇宙人っているのかなぁ」
この朋子の言葉に光一は、一瞬心臓が跳ね上がるのを感じた。焦りながらも、光一は平静を
装いながら、なんとか返事を返す。
「そんなの、いねーんじゃねーの?」
「え~、光一は夢ないなぁ!あたしは信じてるよ、そーゆーやつ!」
朋子は何気なく話しをしているつもりだろうが、光一は焦りまくっていた。もう、冷や汗を
かいていると実感できるほどに焦っていた。しかも、先日、宇宙人に遭遇した、この公園で
こういう話をされているということもあり、光一のドキドキ度は絶好調に達していた。光一は
上擦った声ではあるが、必死に焦っているのを悟られまいとしていた。
「へ、へぇ~そうなの?」
夜空に向けられていた、朋子の顔が急に光一に向けられた。
「光一!今、言葉噛んだでしょ!変な娘だとでも思った?」
「まさか!別に俺は何とも思ってないよ!」
「ふ~ん、それなら良いんだけどさ」
朋子は再び、夜空に顔を向けると、星鑑賞を再開した。光一は話が一段落し、ホッとした。まだ、
緊張が直らないまま、横目で朋子を窺ってみると。何ら変わった様子はなかった。先日のこの公園
での戦闘についてはバレてないのかな、と思い、光一は人知れず胸を撫で下ろした。
「あたしさ、最近ね、昔の夢見るの・・・」
朋子は、星空のどこか一点を見つめている様だった。光一は黙って話しの続きを待っていた。
「光一の家に来る前の出来事を、夢でよく見るんだ~」
光一は朋子の横顔を見ながら、
「そんな昔の事を?もう13年位前の話じゃん!」
朋子は、ゆっくりと、頷いた。そして、また、話し始める。
「お父さんとお母さんが、誰かに私を預けたの。そこは幼いながらも、よく覚えてるなぁ~。
預けられるのが嫌で、必死に泣け叫んだ記憶あるし・・・。」
光一は朋子の瞳が徐々に濡れていっているのが見えた。星の光に照らされ、その瞳は
涙で、寂しく光っていた。話しを続ける、朋子の声が震えていた。
「・・・だから、光一の家であたしの両親が亡くなったって話しを聞かされた時は、絶対に
嘘だと思ってた。でも、いつになってもお父さん達は迎えに来てくれなかった・・・。」
光一自身、朋子の両親は亡くなったと聞いている。そこに何の疑問も抱かなかったのだが、
朋子の、今の話を聞いている限り、本当なのは、朋子の話の様に思えた。朋子はこぼれる涙を
手で拭うと、隣に座る光一に顔を向けた。その顔に笑顔を弾けさせながら。
「でも、今は、寂しくないよ。光一とかが側に居てくれるから!」
「そう言ってくれると嬉しいね。親じゃないけど、俺もいるし、玲だっているんだから」
光一の語尾の方で、朋子は顔をしかめた。頬をふくらませながら、
「何かあると、すぐ玲ちゃんを話しに出すわよね!」
と言うと、そっぽを向いてしまった。しかし、光一は、そんな朋子の態度は気にしないで、
首を傾げ、何やら考え事をしていた。やがて、口を開く。
「ところで、朋子の預けられた人って誰だ?その人が、俺の父親だったの?」
「え、あたし、その人の顔は覚えてないけど、多分、その人が光一のお父さんなんだと思うよ。
男の人だったと思うし。そこからは、あんまり覚えてないの・・・・」
「ふ~ん、そっか・・・」
再び、光一は腕を組み、考え込んでしまった。異星人の父親に娘を預ける程、仲の良い人って
いたのかなっと光一は思ったのだが、現にこうして、朋子は光一と13年の月日を共にしている。
まぁ、そういう仲の良い人もいたんだろう、と光一は楽観的に片付けてしまった。
その後、2人は夜空に輝く星の下で昔話に花を咲かせたのだった。
○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○
File 7 力の片鱗!
薄暗い部屋の中で男が1人、立体映像機から映写されるホログラムを眺めていた。映像の中には
朋子、そして黒いロングコートを羽織った者がいた。男は朋子を顔を見ると、口元に
不気味な笑みを浮かべ、独り言を呟く。
「母親に、よく似て育ったな。まちがいない・・・」
やがて、映像の中の朋子は転んでしまい、黒いロングコートの男が、あと数歩というところまで
迫った時だった。ホログラムに、新たな人影が映し出される。暗がりの中から出てきた、その
人影は街路灯の灯りに照らされ、今や顔もはっきりと視認できるようになった。ホログラムを
眺めている男の顔が曇った。
「なんで、こいつがいるんだ・・・」
男は、その独白とも取れる台詞を、ホログラム上に登場した人物に向けた。輝の登場に
これ以上ホログラムを見る気をなくし、男はそこでホログラムを消した。ホログラムの
淡い光にのみ照らされていた室内には暗闇が立ち込めた。映写機を眺めながら、男は
ゆっくりと口を開く。
「俺が王であるためにも、最後の仕上げにかかるか・・・」
男は部屋を後にしたのだった。
輝は、電話をしているところだった。しかし、電話と言っても地球上には未だに存在しない
物で、それは他の星との通信の道具に使われるものなのである。
「うんうん。なるほど・・・」
『シリウス自体も、動き始めた様子です』
「じゃぁ、いつでも出動できるようにしておいて」
『はい、了解しました』
「よろしくねー」
そこで電話を終わらせると、輝は溜め息をついた。そして、椅子の背もたれに、思いっきり
背中を預け、大きく伸びをした。
「余計な仕事を増やさないでほしいなぁ。今日もガッコーなのにさ~」
ゆったりとした口調で、そう言うと目を閉じた。時計の針は、AM4:00を示していた。
AM7:30。目覚まし時計のアラームが鳴り響き、布団から腕が差し出され、その手は
枕元に置いてある目覚まし時計へと伸ばされる。時計のボタンを押し、鳴り響くアラームを
静めると、部屋には再び気持ちの良いリズムで寝息の音が聞こえ始めた。それと同時に
階段を駆け上がる足音がする。足音は目覚ましの鳴った部屋の前で止まると、次に
勢いよくドアが開く音がした。
「光一、いつまで寝てるの!?」
ドアの開く音と少しの遅延もなく発せられたその声に光一はベッドの上で飛び起きた。
部屋の前には制服にエプロンを着用している朋子の姿があった。両手を腰にあてて、
堂々と立っている。その姿を見て光一は、お袋がいたらこんな感じなのかな、なんて
考えていたりした。飛び起きたまま、動こうとしない光一に朋子が、声を荒げる。
「起きたなら、早く準備する!!」
声を合図に光一が動き出す。準備を始めるのを確認すると、朋子は満足気に頷いた。
「朝ごはん用意してるから、終わったら下りてきてね」
「いつもいつもサンキュウー」
朋子が階段を下りて行く音がして、光一は肩を落とし、一息ついた。そしてボソっと一言
「形だけでも動くのって疲れるな・・・」
リビングに光一が下りるとテーブルの上にはパンと目玉焼きという食事が並んでいた。
席につくと、朋子も自分の分を持ってきて、光一の前に座った。
「「いただきまーす」」
声を合わせて、そう言うと、光一はパンに手を伸ばそうとしたところで、テーブルの隅に
置いてある、朋子宛ての封筒が届いているのに気づいた。
「朋子宛てに郵便?珍しいな」
差出人を見ようと、光一が封筒を手に取ろうとしたら、高速で朋子の手が封筒に伸びた。
一瞬のうちに封筒をかっさらい、カバンの中に封筒をしまうと、朋子はぎこちない笑みを
顔に浮かべた。若干、顔がひきつっている。
「こ、これは見せれないなぁ~」
光一は朋子の一連の動作の速さにあっけに取られていた。口をポカンと開けていたりする。
「それって、そんな大事なやつなのか?」
「うん。すっごい大切な物なの!」
やけに明るく、そして、必死に何かを隠そうとする朋子。それに気圧され、光一は引き下がることに
した。光一はここまで頑張っている朋子を見るのが久々だったりする。
「そ、それなら別に追求はしないんだけど・・・さ」
朋子はホっと息をはいて、ひきつっていた顔を戻した。
「そうそう、男の子は潔くないとね」
「そうか?」
言いつつ、光一はテレビに顔を向けた。天気予報や、ニュースがやっている。テレビを
みていると前方からの視線に気づき、ゆっくりと前を向く。朋子がじーっと見ていることに気づいた。
「朋子、どこ見てるの?」
「光一」
光一は首を傾げ、訝しげに眉根を寄せた。
「それって、どーゆー・・・」
全部を言い終わる前に朋子が、口を開いた。
「あたしに何か隠し事してない?」
「えっ?」
ドキンと心臓が高鳴るのを光一は感じた。隠し事と言われると真っ先に自分の育ちや
スイーパーであることを考えてしまうからだ。光一が色々と考えている間にも、朋子の
視線は、真っ直ぐに光一の瞳へと注がれている。視線を朋子の瞳から逸らしたくても
逸らせない。光一は、そんな不可視の力が働いているように感じた。また、全てを
喋ってもいいんじゃないか、という感じさえもした。口が勝手に動こうとする。
朋子の瞳から一瞬悲しさを感じ取り、口を開きかけた時だった。朋子がタッチの差で
壁に掛けてある時計に視線を移した。光一は朋子の視線から解放される。
「ま、いいわ。そんなことより、そろそろ時間ね」
食べ終わった食器をキッチンに持っていき、朋子は手際良く、皿洗いを始めた。
「あ、あぁ、そうだな」
背中に冷ややかなものを感じながらも、光一は自分の使った食器をキッチンまで運んだ。
2人で片付けを済ませ、家を出る頃にはAM8:00を少しまわったところだった。
今朝から、朋子に不審感を抱き、今日という日に嫌な予感を持ちながら光一は
家を朋子と一緒に出るのだった。朋子宛ての封筒のことなど、とっくに忘れている光一だった。
○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○
File 8 真実!
6時限目の授業。教師が忙しそうに板書をしている最中、光一は黒板ではなく壁に掛けてある
時計を眺めている。授業の残り時間は、あと10分程だった。時計を見ると、朋子の席も
視界に入るのだが、今日の朋子は一味ちがった。それは光一の目から見ても明らかである程だった。
6時限目の授業になってからというもの、朋子は時計をチラチラ見ていたし、なにより
今日1日中、朝の封筒を鞄から出して机の上に置いてじーっと見つめては鞄にしまい、また
取り出してはじーっと見つめてということを繰り返し行っていた。その動作を見る度に光一は
封筒の中身が気になってしょうがなかった。突然、チャイムが鳴り響き、授業の終わりを告げる。
神速のごときスピードで鞄を取り出すと、ざわついている教室をダッシュで飛び出し、校長室へと
向かった。校長室の前まで来ると、あたりに人がいないことを確認する。これでも光一は一生徒
なのである。人がいないことを確かめ、素早く中に入る。中には校長机に腰掛けた天野と
机の前に立っている玲の姿があった。夕暮れの淡いオレンジ色の光が校長室に差し込み、
その中にたたずむ玲の周りには幻想的な雰囲気が漂っていた。光一が中に入り、後ろ手に
扉を閉めると、天野と目が合った。玲も振り返り、その目が光一と合う。光一は二人の視線を浴び、
「別に、そんな遅れて来たわけじゃないだろ??」
天野と玲の視線の意味を取り違えて、光一はそんなことを口走る。天野は、まだ若さの残る顔に
苦笑とも言うべき表情を浮かべて、
「誰も遅い!なんて言ってないよ?光一」
と言うと、机の前に立っている玲はやれやれとため息をつき、
「あんた、日頃から遅刻とかでしか注意受けないものね・・・」
「そ、それは・・・」
光一はかたまってしまう。ずばり、玲の言うとおりで、何か怒られることがあるとすれば
時間にルーズということが、まず頭に浮かぶからだ。というか、それしか頭に浮かばない。
「まぁ、そこは置いておこう。本題に入ろうか」
天野のその言葉に我に返り、光一は頭のスイッチを切り替える。
「最近では例の誘拐事件も、静まってきて、事態は良い方向へと向かってきている」
光一は顔に普段の明るさを取り戻し、
「じゃーまた当分は安全な生活を送れるようになるってこと?」
天野は、1つ深いため息をつき、眉の間にしわを寄せた。何か考えている様子で黙り込む。
「今まで誘拐された人達の奪還・・・ですか?」
玲が当然の様な口調で、そう言うと、天野は、
「それも、あるね」
と言い、深く頷いた。光一は肩をガックリ落とし、せっかく戻った明るさを失った。
「それじゃ、今度はヤツラの本拠地らしき所を探さないといけないっての?」
「つまり、そういうことだね」
落胆している光一をよそに玲が口を開く。
「その・・・本拠地の見当はついているんですか?」
天野は首を横に振りつつ、
「そこのところも全然わかっていないんだよ・・・」
と、重苦しい口調で答えた。これを聞き、光一の表情もさらに暗くなる。
「また、深夜徘徊だか、捜査だかしないといけないってのか~」
誰が聞いてもやる気0という気持ちが伝わってくる声音であったのはまちがいない。
「・・・あ、しかしだね」
ここで、天野が何かをひらめいたというように手をポンを打った。
「君たちは、これからは特に何の捜査もしなくていいんだよ」
玲は首を傾ぎ、訝しげに眉をひそめた。光一の目はきらきらしている。
「捜査しなくていい・・・?それってどういう・・・」
「よっしゃーー!じゃ何もしなくてもいいってことだ!?」
玲の語尾は光一に見事にかき消された。玲は横目で光一を軽く睨んでいるのだが、今の光一には
もはや、気にする気遣いは皆無だった。それほど、仕事がなくなって嬉しいのだろう。
「それじゃ、俺はここで失礼します!」
言葉と少しの遅延もなく、光一は校長室から退室していった。
「お、おい、光一・・・」
天野の呼びかけには、扉の閉まる音が答えただけだった。恐ろしい速度で光一は帰っていったのだ。
校長室に深いため息がした。言うまでもなく、天野のものだった。玲もこの時ばかりは、
苦笑いを浮かべていた。
「でも、捜査しなくていいってどういうことですか?」
気を持ち直し、玲が質問する。
「あぁ、そこらへんの捜査は連邦の方でしてくれるらしいんだよ」
連邦・・・。連邦と言えば、宇宙人事件を取り扱う、言わば宇宙の警察のようなものである。
その連邦が地球の、しかも日本のちっぽけな誘拐事件にかまうなんていうことは、まず有り得ない。
玲はこれまで独自に進めてきた調べを、ここで天野に突きつけることにした。
「今回の事件は王とその妃の暗殺事件に根付くものですか?」
単刀直入にストレートな質問に、天野は普段の表情を装うことができなかった。目が
見開かれている。
「もう、そこまで調べてあるのか・・・」
言葉とおり、天野の顔は驚愕の色で満ちていた。
「そして、今回の事件は殺された二人の娘探し・・・正統な後継者探しと言ったところですか?」
「君の言う通りだよ」
「やはり、そうですか・・・」
腕を組み、玲は目の前に広がる空間をただ、見つめている。ボーっとしているわけではなく、
玲が思考を働かせる時に、よくすることの1つなのである。
「でも、当時から何年も経っているのに、正統な後継者を探し出して、何の意味が
あるんですか?私には動機が理解できません」
ややためらった後で、ようやく天野が口を開いた。
「そこが事件レベルSSSの所以だよ」
ワケがわからないと言ったように、玲は小首を傾げた。
「真実がわかる日も近い。そこまで調べ上げた玲には、話しておこうか・・・」
天野の長い長い話が続いた。校舎には人影もなくなっており、空には星が煌いている。
一通りの話の後に、玲が初めて言葉を発した。
「そういうこと・・・だったんですか」
「これでようやく13年前の事件に決着がつく。今度こそ、ヤツを捕まえられるよ・・・」
そう言った天野の顔は、どこか悲しさを漂わせていた。
○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○
File 9 朋子失踪!
家に帰ると、光一は速攻でベッドにダイブした。眠くて眠くてしょうがなかった。連日とまで
いかなくても、夜にいろいろ歩き回るのは疲れるのである。時計はPM5:00。
光一の顔が綻ぶ。
「よし!明日の朝8時までぶっ通しで寝てやる!!」
そう豪語し、光一は数秒で眠りについた。天野と玲が深刻な話を繰り広げている中、光一は
一人、夢の世界へと旅立ったのである。
「ん・・・・?」
しかし、数時間で目が覚めてしまった。暗い部屋の中、目を凝らして時計を見ると、
時刻はPM7:00。
「やっちまった・・・。2時間くらいしか寝れてねぇ~」
と、ここで光一は、ある違和感に気づき、1階のリビングに下りていくことにした。
リビングのドアノブに手をかけ、中に入るとリビングは真っ暗だった。
「朋子・・・?」
暗いリビングに光一の声が虚しく響いた。電気をつけ、辺りを見回してみると、朋子の姿がない。
夕飯の買い物か何かに行っているんだろうと思い、光一は椅子に腰かけると、テーブルの上には
朋子の学生鞄が無造作に置いてあった。
「俺には、鞄の置く場所にも厳しいのによ~」
光一は鞄をどかし、テレビのリモコンに手を伸ばそうとした。その拍子にテーブルから
鞄がずり落ちてしまい、見事に中身が散乱してしまった。
「やばっ」
慌てながらも、必死に鞄に戻そうと光一がしゃがみ込んだ時だった。封筒が落ちていた。朝、朋子へ
送られてきていたものだ。中身を見ようとしたら、朋子に速攻で取られたんだっけなと
思いながら、光一は封筒を手に取り、眺めていた。
「見るだけだし・・・」
そう呟き、光一は封筒の中に手を入れる。手触り的には写真の様な物だった。それらを取り出し、
見てみる。
「どれどれー、どんな写真だー?」
光一は軽い気持ちで見ようとしたのだが、1枚目を見てから、凍りついた。写真に写っているのは
先日の宇宙人と光一、それに玲だった。2枚目、3枚目も同じ様な写真が続いていた。写真の内容は
玲や光一が戦っているところが主なところだった。
まだ何か入っていないかと、封筒を逆さまにした。すると、1枚の紙切れが落ちてきた。焦りで
上手く、手に取ることができずに、何度目かで、ようやく紙切れを手にすると、そこには
文字が書かれていた。
《写真のことでお話があります。日が暮れてきたら、あなたの通う学校でお待ちしてます》
光一は写真と手紙を封筒に乱雑にしまいこむと、それを手に家を飛び出した。商店街を走り抜ける中
人に何度かぶつかったが、光一はそれを無視して、走り続けた。事は一刻を争うのである。
光一が学校に近くなってきたころ、学校の方から見覚えのある人影が歩いてくるのに気づいた。
「玲!」
玲も光一に気づいたらしく、1度だけ手を上げた。光一は玲に会うと、何も言わずに、封筒を
差し出した。
「この封筒は何・・・?」
玲の真っ当な質問に光一は息が切れていて、何も言うことができなかった。玲の顔に若干のイラつき
具合が窺えたのだが、膝に手をつき、肩で息をしている光一は、知る由もなかった。
玲が封筒の中に手をいれ、入っているものを一式取り出す。
「これ、あんたが撮ってた・・・わけじゃないわよね?」
光一は首を縦に大きく振った。
「もちろん、俺じゃない。あの場にいた他の誰かに撮られてたんだ!」
玲は今、写真と同封されていた手紙に目を通しているところだった。
「なるほど。光一はこの手紙の差出人に呼び出されて、ここへ来たってわけね」
「それはちがう!」
うん?と玲は眉をひそめた。光一は息も切れ切れに説明する。
「その封筒の受け取り人を見てくれ」
玲が封筒の裏の隅を見ると、そこには朋子宛てであることが書かれていた。
「それで・・・朋子は今、どこにいるの・・・?」
いつも冷静な玲でも、焦っていることが窺える声音だった。
「家にはいなかった。鞄とその封筒だけがテーブルに置かれてて・・・」
語尾に行くにつれて、元気がなくなっていくのがハッキリわかる。
「マズイわね。いや、かなりマズイわ・・・」
「だろ!?朋子に俺とか玲のやっていることがバレたら・・・」
玲は見てわかる程のため息をついた。
「そこはバレても問題ないわ。ただ、敵が一手先を進んでる、この状況がマズイわ」
今度は光一が首を傾ぎ、訝しげに質問する。
「何言ってんだ?敵って何?」
光一の質問など、歯牙にもかけず、玲は独り言を呟く。
「となると、朋子だったと知られていた・・・?」
「おーいおい!!何一人でぶつくさ言ってんだ!?説明しろ!」
喚く光一を尻目に玲は踵を返し、すなわち学校に向けて走りだした。
「いいから、ついてきなさい!」
光一も玲に続き、また走り出す。学校付近ということもあり、もう少し早い時間であれば
下校途中の生徒達がいるものだが、時間的な問題もあり、生徒どころか人影すら見当たらなかった。
光一が隣を走る玲をちらっと見やる。等間隔に備えてある街路灯の下を走り抜ける度に
玲の横顔が、暗がりに浮かび上がる。街路灯の独特の白い光を受けて浮かび上がる玲の
横顔には、尚一層の美しさが感じられた。流石、可愛いというより美しいって言われるだけ
あるなと思って見ていると、玲がいきなり話を切り出した。
「光一」
「ぁ、ごめん!」
玲が顔だけ、光一に向き、冷たい視線が光一を射抜く。そして呆れたという様な口調で
「はぁ?何がゴメンなの?」
玲のことを眺めていたことで「何見てんのよ」と怒られると思ったのは光一の杞憂らしかった。
内心ほっとして、光一は返事を返す。
「いや、何でもない何でもない!ははは」
尚も玲の視線が痛いが、そこは光一の自業自得というやつである。玲が前に向き直る。
「ま、いいわ、光一にかまってたら話が進まないものね」
「よくわかってるね、それで、話って?」
玲は息を整えつつ、徐に話しを始めた。
「その封筒の差出人に心当たりはないの?」
「差出人・・・?いや、全然わかんねぇ」
「そう、ならいいわ」
そう言うと、玲はまた黙り込んでしまった。淡々と走るのみである。光一も玲に言われる
今の今まで、誰が出した封筒なのかを考えないでいた。玲には差出人の見当がついている
様に思われた光一は、思い切って訊いてみることにした。
「なぁ、玲。差出人が誰だかわかってんの?」
「推察はできるわ。ただ、はっきりはわからない」
「そっか・・・」
学校の校門にさしかかったところで二人の会話は終わりを告げた。玲は学校の敷地内に入ると、
どんどん歩みを進めていった。まるで、目的地がわかっているかの様でもあった。
「玲、どこに向かってんだ?」
歩みを止めることもなく、玲が事務的な口調で返事を返す。
「天野さんの所よ。まだ帰っていないハズだから」
光一としては、校内、いや学校の敷地内を走り回って調べたい気分であったが、写真には
宇宙人とのいくらかの戦闘シーンも載っている。だから、光一は玲の、天野さんの所に向かう
という意見に反対はしなかった。夜の学校だし、校長が一緒の方が何かあった時にも安心だな、とも
光一は考えていた。二人は天野のいるであろう校長室へと向かった。
○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○
File 10 助っ人登場!
「ん?玲、帰ったんじゃないのか?・・・それに光一もどうしたんだ?」
書類を机でトントンと揃えながら、玲と光一を順に見やり、天野が言った。
玲にしては珍しく、顔に疲れた表情を浮かべながら、
「ちょっと、想定外の事が発生してしまいまして・・・」
と言い、話の先を促させる様に光一をちらっと見た。正確には光一の手にしている封筒に
目配せを行った。天野は、そんな玲の様子に疑念を抱きつつ、
「光一の手にしている物は・・・?」
と言うと、光一が数歩前に踏み出し、天野に近づき、封筒を差し出す。
「とりあえず、中を見て!」
光一の焦った様な物言いに天野の疑念は膨れるばかりだった。天野が封筒に手を入れたのを
見計らい、光一が説明を始める。
「今朝、朋子に届いたやつなんだけど・・・」
天野が封筒の中の写真を手に取り見ようとした時だった。天野の後ろの窓のブラインド越しに
すさまじい光が差し込んだ。校長室がホワイトアウトする。
「な、なんだ?」
光一と玲は腕を上げ光を遮った。しかし、あまりの光の量に目を細める。ブラインド越しの
光の奔流が終わると、天野よりも先に光一は窓辺に近づき、一気にブラインドを引き上げた。
窓から見える校庭の真ん中には円盤状のとてつもなくでかい物体が降り立っていた。その円盤状の
物体から階段の様な物が地面に出ている。階段を背にして一人の男がいる。向かい合う様に
女の子が一人。この女の子を見て、光一の顔色が変わった。
「と、朋子・・・?」
一言だけ、そう呟くと光一は疾風のごとき速度で校長室を後にした。
「光一!」
玲が叫んだ頃には、すでに光一の姿は校長室にはなかった。一直線に校庭に向かったのだろう。
天野が男を見て、徐に口を開いた。
「堂々と仕掛けてきたもんだ・・・」
「じゃぁ、あの人物が?」
玲の、その言葉に天野は小さくだが一度だけ、しっかりと頷いた。天野は背広のポケットから
手探りで携帯を取り出すと、あるところに電話をかけた。天野の耳に呼び出し中のコール音が
している中、携帯は耳に当てたまま玲に向けて、ゆっくりと言葉をかけた。
「光一の援助に向かってくれ」
「わかりました」
短く一言だけ返事を返すと玲も校長室を駆け出した。玲が校長室を飛び出した直後だった。
一人の男の子が校長室へと入っていった。
光一が校庭の真ん中にいる朋子に向けて声高らかに叫んだ。
「朋子!!」
朋子に向かって走り出す。これに気づいた朋子が、驚き顔で光一に振り返る。
光一が朋子に、あと数歩というところまで迫ったところで、これまで階段の下にいた男が
口を開いた。とても背が高く、銀のローブで全身を包み、これまた銀の髪を後ろに流した男だった。
「それ以上、プリンセスに近づくのはやめてもらおうか、スイーパー」
低く、どこか重みのある声音に、光一は踏みとどまった。背中に冷たいものが走ったが、それは
この男の威圧感だけのせいではなかった。
「スイーパー・・・?」
光一は男に目を見張ったまま、聞き返した。まるで、その単語の意味がわからない、という風を
装ってだ。男は腕を組み、その長身から見下ろす様に光一に視線を放っている。
「この星では君たちのことをスイーパーと呼ぶんだろう?まぁ、いいか・・・」
そう言うと、男は朋子に向けて歩みを寄せた。朋子はわけがわからないという様子で、その場に
立ちすくんでいるだけだった。光一が本能で危険を感じ、朋子に近づこうとした時だった。
赤いレーザー光線が光一の足元を穿った。そこから一筋の煙が立ち昇っている。男が
いつのまにやら、手に拳銃のような、しかし、どこか未来的な雰囲気を漂わせる物を持っていた。
「近づくな、と言ったハズだよ?」
怯える朋子を見て、光一はワザと場に合わない明るい声で抗議した。
「んな物騒な物持ってたり、こんなハデな乗り物がここにあったら、警察がすっ飛んでくるぞ!」
男は無表情のまま、短く返事を返すだけだった。
「この建物一帯を強力な磁場で歪めている。外からは見えないよ、スイーパー」
「そんなのアリかよ!?」
光一は天を仰ぎながら、大声で言った。男は答えることもなく、朋子に接近してくる。
朋子がいる手前、派手な行動は起こせないと思い、光一は言葉で時間を稼ぐことにした。
「朋子をどうする気だ?」
「我が星のプリンセスを取り戻そうとして、何が悪い?」
男の口調から、それが正論の様に聞こえてしまい、光一は返答に困った。男は尚も続ける。
「我が星の王権の正統な後継者なんだよ、彼女は」
「え?」
この一言、いや一文字が似合う表情で、光一は朋子を見つめた。朋子は自分に自分で人差し指を
向けて、「私が?」等と口パクで言いながら、首を傾げている。
男は微かにではあるが、顔の表情を変えた。
「君たちは何もわかっていないのか?」
「1つだけわかってることがある・・・・」
光一は、その言葉を言い終えると同時に、本来持ち得る自分の最高速度で、男に飛び掛った。
優に数メートルはあった距離を一瞬で0にする。男は光一の速度にレーザーを向ける事もかなわず
後ろに跳び退いた。男の元いた場所を光一の大振りの回し蹴りが襲った。男は、間一髪で
回避できたが、その速さに驚愕し、目を見開く視線は光一に固定されていた。光一が体勢を整え、
一直線に男を見やる。
「お前が朋子を連れ去ろうとしてるってことだぁ!」
「そう、その通りよ」
よく透き通った声音と共に玲が光一達のいる方に向けて、ゆっくりと歩いてくる。この場にいた
3人の視線が一斉に玲に集まる中、玲は歩みを進めた。やがて光一に並ぶと銀髪の男を見やった。
「貴方が一連の事件の黒幕ね・・・」
光一は口をへの字にして、玲を見ている。男は腕を組み、顎を撫でながら玲を見返した。
「一連の事件?この星でのことかな?それとも・・・」
男に皆まで言わせず、玲は口元に微笑を浮かべると、冷たい視線を男に放った。
「まぁいいわ。私がここにいる時点で貴方の負けよ、シリウス」
男は見るからに驚いている態度で拍手を玲に送る。
「名前まで調べてあるのか、君はなかなか優秀だ」
光一は黙って二人のやりとりを見ていたが、話がさっぱりわかっていなかった。
「なぁ、玲。あいつは誰なんだ?」
玲は光一の方に向くこともなく、
「後でわかるわ」
と、短く一言だけ返した。光一は肩をすくめるだけで、深い追求はしないことにした。
男は羽織っているコートのポケットからリモコンの様な物を取り出し、ボタンを押した。すると、
円盤状の乗り物からハッチが開き、階段が下りてきて、そこから大量の人型の機体が出てきた。
体が銀メッキで出来ており、円盤状の宇宙船の光を浴びているので、そのボディは
不敵に輝いていた。また所々がチューブで繋がれており、造り物らしい雰囲気を漂わせている。
これからの展開を予想できる光一はげっそりとして、声を漏らす。
「うわぁ~・・・。なんだよ、これ」
「いくら宇宙人でも頭の足りないヤツもいるのね・・・」
玲は目を細め、口元に不敵な笑みを浮かばせながら毒づいた。
1体が玲をめがけて飛び出してきた。なかなかに速い。玲に向け機械が右ストレートを放つ。
光一が微風をその頬に感じると、それに少しの遅延もなく機体の右腕が宙を舞った。
玲の上段の蹴りが銀メッキの腕を軽々と粉砕したのだった。右腕の第一関節から見事に
砕け散り、その先が空中でバチバチッと音をたてながら、地面に落下した。玲は目の前の
立ちつくしている機体の胴部分に左右の拳をおそろしい速さで交互に叩き込むと、機体は
吹き飛び、そのままスクラップと化してしまった。胴は拳の形にへこんでいるのがわかる。
男は再び拍手をしながら、感嘆の声を漏らした。
「君もなかなかやるんだな」
「1対10でも負ける気しないわね。でも・・・」
玲の視線が群れを成す機体に向けられる。光一も納得せざるを得ない。
「確かに・・・。朋子をかばいながらはツラいな」
二人の間に暗雲が立ち込めた時だった。聞き慣れた、しかし、いつもとはちがう凛とした
声が響いた。
「そこらへんで終わりにしてもらえないかな?シリウス」
光一と玲は同時に振り返る。そこにいたのは同級生の星野輝だった。
○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○
File 11 帰還!
「輝・・・?なんでここに?」
光一のこの台詞に答える者はいなかった。
玲は何も言わず、輝に目を見張っているだけだった。銀髪の男、シリウスは目を細め、
輝を見つめている。
「まさか、このタイミングで君まで来るとは・・・」
困惑している光一と尻目に、輝はやれやれという風に両手を広げ、ため息をついた。
「まさかじゃないよ、まさかじゃ。ずっと見張ってたってば!」
ここで、輝は視界に光一の呆然としている姿を認めて、手の平に手をポンと打ち付けた。
「銀河連邦捜査局地球支部長のアキラと言います、これからもヨロシク!」
可愛らしい顔に、さわやかな笑みを浮かべて、そう言ってのけた輝だったが、肩書きを
理解するのに光一は若干の時間を要した。輝は再び、シリウスに視線を戻すと
「これはもう現行犯だね。銃器使ってるし、ロボット出すし・・・」
最後に朋子をチラっと見やり、
「それに皇女誘拐未遂の現行犯ってことにもなる」
シリウスは狼狽しながらも、後方に控える機体の群れに向かった両腕を大仰に広げて見せた。
「この大量の機体を前にして、よくそんな物言いができるな!」
「わかってないよ、シリウス・・・」
整った顔に落胆の表情を貼り付けながら、輝が言った。
「わかってないのはお前たちだ!プリンセスを渡しさえすれば命だけは・・・」
輝が左手の平をシリウスに向け、話を遮る。
「ストップストーップ!もしかして、戦っても勝てるつもりでいない?」
「いや、でも数では圧倒的不利だぞ?」
と、弱気に光一は訴えた。輝は片目で光一にウィンクを送るのみだった。玲は黙って、腕を組み
現場の様子を窺がっている。朋子は呆然自失状態だった。
「そいつの言う通りだ!数はこっちが有利なんだぞ?」
輝は気だるそうに目を閉じ、頭の後ろらへんを掻いていた。シリウスは叱声を張り上げる。
「で、どうなんだ?渡すのか渡さないのか!?」
「こっち3人で戦っても勝てるとは思うけど・・・。僕と朋子さんには眼力あるし、
おまけに朋子さんのは王族直系の血ひいているくらいだし、でもしょうがないか」
輝が言い終わって、上空を見上げた。その場にいた者たちも輝に倣い上を見上げる。すると
蜃気楼の様に上空が揺れ、そこから、いくつもの小型の円盤状の乗り物が校庭に着陸した。
ハッチが開き、手に長い自動銃の様な物を持って武装した人達が降りてきた。全員が
統一された制服に身を包んでいる。輝は一通り、人が出てきたのを確認すると不敵に口元を
綻ばせながら、
「これでも勝てる気する?」
「くっ・・・・・」
シリウスがその場に膝から崩れ落ちたのを見て、輝が合図を出した。
「シリウスのみ確保。後ろにいるロボットは回収だけしておくように」
夜の校庭は騒然としはじめた。シリウスやロボットが搬送される中、輝は光一、玲、朋子を
呼び集めた。
「まず初めに、正体を偽ってて悪かったね」
ペコリと頭を下げる輝。ちっとも悪かったと思っていなさそうなところが輝らしい。
「でも、驚いたな~。輝が俺たちと同じ側の人間だったなんて」
光一は輝を興味津々と言った視線で見ながら自分の意見を述べた。
「多分、玲さんも僕のことには気づいていなかったんじゃないかな?」
と玲を見ながら輝。
「えぇ、全然わからなかったわ」
この玲の返事を聞くと、輝は満足気にウンウンと頷いた。
「つまり、僕の潜入捜査は大成功ってわけだ!」
輝が話していると、一人の捜査官が輝に耳打ちをしにきた。その最中、何度か朋子をチラチラと
見ていた。捜査員の耳打ちが終わると、輝は言いづらそうに話を切り出した。
「朋子さん、事情は後で説明するから、今はとりあえず、この人についていってくれないかな?」
泣いている子をあやす様に優しい物言いに、朋子は小首を小さくだが、縦に振った。
輝は朋子と捜査員が宇宙船の中に乗り込むのを見届けると、話しを再開した。
「今回の事の発端は13年前の朋子さんの両親の暗殺事件にさかのぼるんだ・・・」
光一は訝しげに眉根を寄せ、顔を曇らせた。何か訊きたそうな表情でもあった。
「その暗殺事件の黒幕がシリウス・・・と僕は睨んでいる。実際にそう考えた方が
都合が良いことばっかりなんだよ。王位継承権は殺された王の弟のシリウスに行くからね」
「継承って普通は実子が受け継ぐもんじゃないのか?」
輝は良く出来ました、と言わんばかりにうんうんと頷いて見せた。
「その通り、王には一人の娘がいたんだ。でもシリウスはその娘までもを消そうとした。
だから僕と天野でその娘を非難させておいたんだよ。ここ地球にね」
「え、じゃぁ、プリンセスっていうのは・・・」
輝はやや呆れ顔を作り、苦笑いをした。これは輝独特のポーズなのかはわかりかねるのだが。
「そう。朋子さんのことだよ。唯一の王族の生き残りなんだよ、彼女は。王夫妻が暗殺された日
警備にあたってた連中もみんな殺されたんだ。皇女の朋子さんの誕生パーティーの日・・・
まさかあんなに厳重に警備している日をついてくるとは思わなかった・・・。その当時の
警備の担当になってたのが、僕と天野だったんだ。正確には生き残りと言うべきかもね」
玲は小首を傾げ、輝を見る目を細めた。徐に口を開く。
「天野さんと貴方は当時からの知り合いなのね?」
片目を閉じ人差し指を何度か振る。
「当時というより、もうずっと前からの旧友だよ。天野が銀河連邦にいる頃からのね。
僕たちは同期の人間だしね。ほら、あっちで若干偉そうに指揮執ってるでしょ?」
最後に、僕の方が出世してるけどね、と自慢気に付け加えると、
輝は天野を指差しながら平気な顔でさらっと言ってのけたのだった。
「えぇ!?」
光一の裏返ったとも言えるおかしな声に玲と輝は二人同時に光一を見た。
「あんた、どこから声出してんのよ」 玲の冷たい目線が光一に突き刺さる。
「だって、じゃあ輝は今何歳だよ!?」
輝は整った顔に小悪魔的な笑みを浮かべる。その笑みが恐ろしいほどに様になっている。
「君たちと同じ17歳だよ」
光一は思いっきり怪訝そうに顔を歪めると尚も追求しようとしたのだが、輝は朋子が連れて
行かれた宇宙船に目をやっている。その宇宙船が今、飛び立とうとしているところだった。
「お、おい輝!朋子はどこ行くんだよ?!」
輝の肩をがっちりと掴み、ゆさゆさとゆさぶりながら光一が声を荒げた。輝はゆすられながらも
光一を不安がらせないように、余裕を持った口調で返事を返す。
「王位継承式に出ないといけないんだよ。心配ないさ」
宇宙船の丸い窓から朋子が光一達に向けて儚げな笑みと共に手を振った。その直後に宇宙船は
煙を吹き、ゆっくりと空に上昇していき、消えていった。飛行船の消えていった
空を光一はずっと見つめていた。
「すぐ帰ってくるわよ、そうよね?」
そう言いながら玲は輝を見た。光一もゆっくりと輝に向き直る。未だに両肩に乗ったままの
光一の手を優しく取り去りながら、輝は顔を上げ、宇宙船の消えて行った場所を見つめた。
校庭は未だにシリウスの出したロボットの回収などで騒然としていたのだが、光一の耳に輝の
言葉ははっきりと届いた。
「うん、すぐ帰ってこれるよ」
星が輝く夜空に一筋の流れ星が煌いた。
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File 12 エピローグ
光一は一人自宅の縁側に腰を下ろしていた。朋子がいなくなってから、数ヶ月経ち
高校は夏休みに突入していた。庭の片隅で鳴く虫達が夏を際立たせていた。膝から先を
放り出し、上半身だけ寝そべって夜空に浮かぶ美しい満月を眺めていた。ふと、視界に人の
顔が出現し、光一は素っ頓狂な声をあげた。
「うぉ!?」
あからさまに自分に向けられた声に玲の美麗な顔がゆがんだ。
「元気でなによりだわ・・・」
そう言いながら、玲は光一の隣に腰を下ろした。
どこか怒っている様な玲に、機嫌を直してもらおうと光一は明るく振舞おうとした。もちろん
玲の機嫌の悪さの原因が自分にあるなどとは一切思っていない光一である。
「玲ってさ~、足音しねーよな。今なんていつ近づいてきたのかわかんなかったし」
光一が笑い話しで、そう言いながら横目で玲を窺がうと、軽くではるが睨まれている様な
感じに襲われた。玲が微笑みながら口を開く。
「ねぇ、光一?」
光一は玲の言葉が優しいことで、杞憂だったのかとホッとしていたところだったのだが、
「喧嘩ならいつでも買うわよ?」
二言目の玲の言葉で杞憂でなかったことに気づかされた。とりあえず、光一は褒め言葉を
並べた。
「足音ないってことは、俺達は仕事しやすいだろ?!」
未だに玲の視線が痛い。
「可愛い顔して、そんな睨むなって!!」
尚も痛く冷めた視線が光一に突き刺さる。
「え~と、だから・・・ぎゃっ」
光一が何かを言いかけた時、玲の腕が伸びて、光一の襟を鷲づかみにした。冷たく微笑むと
一言づつゆっくりと言葉を紡いだ。
「褒められて黙るのは馬鹿な女だけよ?」
若干、玲の顔が月明かりのお陰で紅くなっているのがわかる。光一は襟を掴まれながら首を傾げた。
「玲、もしかして照れてる・・・?」
次の瞬間光一は右ストレートをもらうことになる。また玲の頬が紅潮していた説は怒りでなのか
それとも別のものでなのかは定かではない。
光一が上半身を起き上がらせながら、抗議しようとしたところで、明るい声がした。
「あっれ、もしかしてお邪魔だったかな?」
光一が玲に襟を鷲づかみにされている状況をどう見て、そんな台詞が出てくるのか
理解できないでいる光一である。おまけに、光一の右頬だけが赤くなっており、ダメージの
大きさを物語っている。
「んーと朋子さんは・・・」
玲は掴んでいた襟を放し、輝に振り向いた。
「朋子?まだ帰ってきてないけど」
「朋子が帰ってくるのか!?」
光一は声高らかに、輝に食いついた。玲に殴られたことなど、もう忘れていそうである。
「予定では今日なんだけどね~。ぁ」
輝が夜空を仰いでみると、満月の一点に黒い点が見える。それがどんどん大きくなり、光一と輝を
目がけて、すごい速度で降ってくる。光一が輝を抱え、その場から避難すると、1秒後に
光一と輝のいた場所に、それが落下した。地面が揺れ、庭で鳴いていた虫達も驚きで鳴くのを
止めてしまった様だった。土ぼこりが巻き起こり、光一達は咳き込んだ。
「急に何よ?」
「今落ちてきたの何だ!?」
「朋子さんかな?」
一人落ち着き払い、輝がそう述べた。やがて土ぼこりがおさまると、地面に半分埋もれた
カプセル状の様な物が庭に突き立っていた。上部のハッチが開き、そこから見覚えのある
女の子が顔を出した。頭を横に振りながら、今地面に激突したショックを払おうとしている
ところを見ると、今の着陸は失敗だった様である。そんなことより光一は歓喜に満ちた声で
叫んだ。その女の子の名前を。
「朋子!!」
クラクラした顔の朋子は光一の声で意識を覚醒させると、しっかりと光一を見据えた。
朋子はそのまま、フラフラと覚束ない足取りで出てくると、光一に抱きついた。
「ようやく帰ってこれたよ~」
洟を可愛くすすりながら、光一にきつく抱きつきながら、朋子が言った。
光一も不慣れな手つきで朋子の背中に手をまわし、優しく抱きしめてあげる。
「俺達みんな心配してたんだぞ。でも帰ってこれて良かった!」
朋子は、「みんな」という言葉に反応し、光一から素早く放れた。
玲は顔を紅くしながら、光一と朋子を見ていた。輝は腹を抱えて笑っていた。
「ねぇ、僕と玲さんいたのに気づかなかったの?」
この言葉に朋子は頬を紅く染め、俯いてしまった。
「こ、光一しか見えてないのね」
玲の言葉に、俯き加減は一層増した。そして、一言だけ、呟いた。
「ご、ごめんなさい・・・」
幸せな笑いで場が満ちた。満点に輝く星空の下、虫達が再び鳴き始めた。
光一達の頭上に一縷の流れ星が流れた。
END
40000文字以内って多いのか少ないのかわからない!
昔書いたやつを持ってきただけだけど、読み直すと色々思うところがある・・・