05. 藍色の本
ʄʄʄ
分厚い本を片手に帰宅すると、出迎えてくれたオーディーが玄関ホールで目を丸くした。もうずっと、何かの必要でもない限りわたしが魔法書しか読まなかったことをオーディーは知っている。
何をどう説明すればいいのか分からない。つい気まずく目を逸らすと、オーディーは何も訊かずに、ただ「ご夕食の用意が出来ているそうです」とだけ報告してくれた。
夕食後、部屋に戻るまで待ちきれず、その本をサンルームで開いた。食後の時間をゆっくり過ごすための場所だから、部屋の使途には合致している。
最初に出版されてから何年も経つ本なので装丁は少し変化していた。魔法図書館の本の装丁は原則、初版と同じなのだ。ただ藍色の地に金色の飾り文字という、全体的な意匠はそのまま引き継がれていた。
思い出せないくらい長いこと魔法書しか読んでいなかったので、最初の数ページは初めて持つ道具を使っている時のようなぎこちなさで文字を辿った。
だがすぐに馴染んだ。
さすがは人気の作家だっただけあって、読ませる本だと思う。サンルームでお茶を交換して貰ったことなど、今日までなかった。しかも二回も。ざっくりと言うと恋あり冒険ありの歴史小説と言ったところだが、ドタバタ喜劇的な展開も多く、笑いを誘う場面も頻繁にある。
しばらく読む内に、ふとリスタはこの場面で笑っただろうかと思った。
周りに来館者が大勢いたから笑わなかっただろう、と考える。
この本を表情一つ変えずに淡々と読み続けているリスタ――――――――
「ふっ……くくっ………」
想像したらおかしくなった。
「アルト様……?!」
張り詰めた声がして顔を上げると、オーディーが立ち尽くしていた。
「――――――――――――――――」
自分がこんな風に笑うのは久しぶりだと言う自覚はあるが、天変地異かのように見られることではないだろう。
ツボに入ってしまって更に笑うと、オーディーがとどめを刺しに来た。
「アルト様、魔法図書館で、一体、何が」
一語一語区切るようにゆっくりと言われて爆笑してしまった。
まずい。止まらない。オーディーの緊張した顔が徐々に困惑に代わる。
最後に声を上げて笑ったのはいつだっただろう。
「アルト様―――――――――――――」
庭園灯が灯る庭を向いて顔を隠した。
笑いが収まり始めたら、今度は泣きそうになっていた。
その後は自室に引き揚げて続きを読んだ。
第七章に到達してリスタはもうここまで読み終えただろうか、と思う。来客があった時、リスタはまだ本の途中だった。
図書館が閉館してから、もしかしたら今ここを読んでいるかもしれない。
「――――――――――――――――」
開いたページの上の文字に触れてみる。
愛おしさが込み上げて苦しくなった。
結局その本を、想像の中のリスタと一緒にその夜の内に全部読み終えた。
本棚にそれを入れたのは夜更けだった。
棚の左端にことりとそれを立て置くと、空っぽに近かった場所に鮮やかな色が生まれた。
その空間を抱き締めたくなる。
どうしたって未来なんかないのに。
ʄʄʄ
それから数日、魔法図書館に行けなかった。
十二番街から十三番街までの魔法設備が停止すると言う事件があって、その修復に時間が掛かったのだ。
魔法使いの減少が止まらないのに魔法の設備に頼り続けるのは危険だろう、と正直思う。
原因を見付け出し、魔法の再構築を終えるまでに丸三日掛かった。
ようやく図書館に行けたのは四日目の朝だ。少し疲れていたが、四日ぶりにリスタの姿を見た時、ほっとした。
今日も彼女は、一杯の光の中で本を読んでいた。
「おはようございます、リスタ」
「!」
青い瞳にはっと見上げられる。その反応に戸惑った。
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