03. あなたにあいに来たのです
ʄʄʄ
給水も、街灯も、街の清掃も、下水の浄化も。
古代から続く自治都市ミラトルでは暮らしの隅々にまで魔法が入り込んでいる。
魔法使いが激減しているために、どの国や都市でも魔法で運用していた設備は魔法不要の設備へと次々に置き換えてられていたが、ミラトルのような古い都市では、それが容易ではなかった。
置き換えを試みたこと自体は何度かあるらしいのだが市民の反発が強烈で、事業はその都度頓挫してしまったのだと言う。
例えば暗くなると自動的に灯っている街灯も、魔法を使わない街灯に置き換えれば一つ一つ人力で灯さなければならなくなるのだから、市民の反発も無理からぬところではある。魔法のない暮らしは、生活の利便性が格段に下がってしまうのだ。
わたしの仕事は都市の魔法の管理と修繕で、魔法使いが希少となった分だけ、待遇も破格だった。
必要に応じて発生する仕事のため決まった拘束時間がある訳ではなく、魔法図書館に通いたかったわたしには、最適の仕事だったのだ。
ʄ
飴色の巨大な扉が五つ、正面にずらりと並んでいる。
大勢の人達がわたしの横を通り過ぎ、そのどれかへと入って行った。
赤いジャケットの係員達が、声を張り上げて人々を誘導している。
元々図書館に通うためにミラトルに来た。
三日連続で図書館に来たのはだから予定通りなのだが、三日連続で彼女を訪ねる理由をどう説明すればいいのだろう。さすがに彼女も偶然とは思わないだろう。
本探しの手伝いなら他の職員にも頼める。
そう思うのに、決意しきれない。
両開きの巨大な扉はどれも開いているが、扉の中は白く光っていて向こうは見えない。
白いホールに空間転移の扉が並んでいるここは、魔法図書館の入場口だ。
同じ構造のエントランスホールは橋の数だけあり、どの橋を渡って来ても真っ直ぐ歩くと入場口だった。全部で二十五枚の扉は、それぞれが図書館の主要な場所へと繋がっている。
目的地が明確な場合は、その一番近くに出る扉を選ばないとかなりの遠回りをする羽目になってしまう。
今リスタに一番近いのは右端の扉だった。
彼女が他の来館者に対応していたら諦めよう。
しばらくしてそう気持ちを決めた。
ʄ
リスタは今日は、三方を書棚に囲まれたこぢんまりとした空間にいた。
「―――――――何をされているのですか?」
またしても予想外の状況に出くわして、思わず挨拶より前に尋ねていた。
「まあ!」
振り返ったリスタが目を瞠る。そこにいた十人程の男女の目も一斉にこちらを向いた。
狭い空間はまるで絵の工房のようだった。
イーゼルや、小さな机の上の描きかけの絵に向き合う人達。スペースの真ん中では寄せ集められた様子の机が大きな島を成していて、質感と大きさが異なる沢山の紙と何種類もの画材がそこに広げられていた。裁断機まで置かれていて、年配の男性がちょうど大きな紙を切ろうとしている。
魔法図書館でこんな作業をしても構わないのだろうか。
「ここで子供向けの本の複製をしているのです」
「子供向け、ですか?」
リスタはほぼあり得ない筈の三度目の再会に拘泥していなかった。そんなリスタに自分の方が戸惑いながら言葉を交わす。
「ええ。魔法図書館を造られた魔法使いは本を愛していたけど、きっと子供にはあまり関心がなかったのね。世界中の絵本がここにあるのに、小さな子供は図書館に入ることが出来ないから、読めないの。この絵本を、なんとかして子供達に読ませてあげたくて」
どきりとした。
自分にとっては縁のない存在だったから、子供の話を聞くと苦しくなることもあった。
なのにこの時目の前に幼い子供がいるかのように愛おし気に微笑んだリスタにどきりとして――――――――言葉が口を突いて出ていた。
「わたしも手伝わせて頂けますか」
「まあ。何か本を探しにいらしたのでは」
「本ではなく、あなたに逢いに来たのです」
「まあ」
まだ躊躇っていた。でも満たされていた。
自分の人生にもう一度、誰かをこんな風に想う日がくるなんて。
「あなたに逢いに来た」と告げたら天気の話くらいにあっさり頷かれてまた戸惑ったが、兎も角もそれから半日、わたしは絵本の複製作業を手伝った。
「まあああああっ、魔法ってほんとに凄いのねえ!」
「ありがたいわねえ!顔料も画材も違うから、異国の絵は再現が難しくて」
キラキラとした粒子を含む青色を生成すると、その場の全員が集まって来て木製のパレットを覗き込んだ。
魔法図書館にまだ聞き分けが出来ない幼い子供が入れないのは、あの罰に子供に手心を加えるような設定はないからだ。遠い異国の本が町の書店に並ぶこともほぼないので、確かに複製でもなければ、せっかくの世界中の絵本も子供達には届かなかった。
図書館の職員に何かの集いの開催が許されているとは知らなかったが、リスタは一冊の絵本に付き複製本を一冊だけ作っては、ミラトルの子供用の図書館に寄贈する活動を主催していた。
とは言え、作家性が高い絵本の絵を完全に再現出来るものでもないらしいのだが、「絵と書の技能をお持ちの方の趣味の集まりでもあるので」、参加者が楽しめる範囲で行っているのだとリスタは微笑んだ。
長年の趣味のようで参加者の年齢はやや高めだったが、みんなその分、年季の入った腕を持っていた。
魔法を使えば本当は完全な複製本も作れたが、それでは趣味の楽しみを奪ってしまうから、わたしは魔法は手伝い程度にとどめることにした。
頼まれた色を生成したり、絵を乾かしたり濡らしたり、幸い手伝い程度のことでも役立てる魔法は多かった。
そしてこの場所でわたしは、リスタが「魔法図書館の魔女」と呼ばれていることを知ったのだ。
「リスタさんを訪ねて来るなんて学者か学生さんかと思ったけど、魔法使いも訪ねて来るのねぇ。魔法使いってみんなこんないい男なの?!」
「ほんと惚れ惚れしちゃう。今日は絵本じゃなくてあなたを描きたいわぁ」
「……学者?」
話が分からなかった。
「歴史学者とか言語学者とか、『魔法図書館の魔女』を訪ねて結構人が来るらしいわよ」
「……『魔女』?」
「えっ?」
尋ね返すと、けたけたと笑いながらイーゼルに向かい合っていた女性達にきょとんとした顔をされた。
「ご存じなかった?リスタさんの綽名よ?」
「――――――――――――――」
振り返ると机の島の反対側で、リスタは大きな絵本を開いて佇んでいた。
「魔力がある訳では……」
女性達にそう問うと、「まさか」と言って笑われた。
「………」
やはりリスタより長く在籍している職員はいないのだろう。
リスタは多分わたしのことを「古い話を聴きに来た人間」と思っているのだと腑に落ちた。
ʄ
夕方になると「絵本の会」の人達は手を振って、飴色の扉から帰って行った。
無数の格子窓から差す光で、図書館はオレンジ色に染まっていた。
魔法図書館の窓から見える空は外の世界とは繋がっていないのにミラトルの空模様と連動していて、夕暮れも夜明けも夜も季節に応じた時間に訪れるし、雨も降る。
来館者の姿が消え、静かになった図書館をしばらく見つめていた。
わたしがここに残っている理由をリスタは勘違いしているのだろう。
だがその誤解を解く勇気がなかった。
「アルトはお子さんは?」
ふいに投げ掛けられた質問に胸が痛くなる。
「―――――まだ独身です」
「まあ、そうでしたの」
あなたは?と穏やかな微笑みを見ながらつい思う。
魔法図書館に来るまでにこの女性は、どんな人生を歩んで来たのだろう。
なぜ苦しくなる………
どうかしている、と思いながら尋ね返した。
「あなたは?」
「縁がありませんでした。子供にも結婚にも」
………!
意外だった。古い時代は女性が生涯を独身で過ごすことはかなり珍しかった。
それにあんなに子供が好きそうなのに。
「………あなたのような素敵な方が」
思わず本音が漏れる。
この気持ちをどうしたいのかまだ決意出来ないくせに。
「まああ。そんなことはわたくしみたいなおばあちゃんじゃなくて、若い娘さんにおっしゃって」
屈託なく笑うリスタを前に立ち尽くした。
読んで下さった方、本当にありがとうございます!
よろしければ下の☆☆☆☆☆を押して頂いたり、ブックマークやリアクションして頂けると大変励みになります。




