表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日向野あかりは、親友に送るはずの恋をグルチャに誤爆した。  作者: なかすあき
4章 なんでもないはずはないのに相談しなかった。
8/21

4-3

 さやの「ふーん」が、まだ机の上に転がってる気がする。


 あたしはプリントの端をそろえるふりをした。

 そろえたところで、あたしの心は全然そろわないのに。


 教室の端っこが、やけににぎやかだった。


「森田さぁ、昨日は“話してない”って言ってたのに、あかりと話してたじゃーん」


 男子の声。笑い声。イスがぎいっと鳴る音。

 あたしの幼なじみ、森田陽太は、机にもたれて笑っている、ように見えた。

 口は笑ってる。でも、目は落ち着いてない。


 陽太は、もともとクラスで目立つタイプだ。明るいし、声もでかいし、運動もできる。

 からかわれても「はいはい」って流せるはずなのに。


 今日は、余裕がなさそうな感じがする。


「いや、だから、昨日は……」


 陽太が何か言いかけて、そこで言葉が止まった。

 そのまま、口の中で答えを探してるみたいに、視線が空中を泳ぐ。


 はっきりしてないの、珍しい。


 あたしは、見てないふりをしながら見ていた。

 見てないふりは得意だ、ずっとやってきたから。


 男子がさらに煽る。


「“昨日話したやつは違う”とかじゃね?」


「やば、推理班いるじゃん」


「じゃあ、誰だよ」


 陽太の肩が、ぴくっと動く。

 笑ってるのに、せわしない。落ち着かないのか、指で机をとんとんしてる。


 そのとき、陽太の目が、いきなりこっちに飛んできた。


「……?」


 どうしたの、と聞くようにあたしは首を傾げた。

 でも、陽太はすぐに目をそらす。


 なんだ、あいつ。変なの。


 男子が笑いながら言った。


「森田、のんびりしてると、他クラスに取られるぞー」


「取られるって言い方!」


 笑い声が上がる。

 陽太も笑った。笑ったけど、なんか、いつもと違うかすれた笑いだった。


 風邪の引きはじめなのかもしれない。

 寒さも本格的になってきたし。


 そう思って、あたしは窓の外を眺める。


「……」


 教室の前のほう。窓際。

 久住(くずみ)恒一(こういち)は、いつもどおりだった。


 机から出したプリントを静かにそろえて、教科書を開いて、ペンケースを置く。

 動きが少ないのに、無駄がない。ロボットってこういうのかな、ってくらい。


 あの人、何も知らない顔してる。


 いや、知ってるかもしれない。

 でも、「人間の感情は理解できません」って言ってもおかしくない。


 あたしだけだ。

 勝手に心臓が忙しいのは。


 あたしだけ、勝手に心臓が忙しい。

 あの人は、いつも通りなのに。


 言いたいことはひとつだけ。

 「ありがとう」って。たった5文字。短いし、軽い。言えそう。


 うん、言えばいいんだよ。


 あたしは立ち上がった。

 いや、立ち上がりかけた。おしりが椅子から3センチ浮いたあたりで、固まった。

 意志に反して、腰が上がらない。接着剤でもついてるのか。


 ふんとお腹に力を入れて、椅子から立ち上がる。ついてなかった。

 今ならいける。今なら、いきおいで。


 一歩、足を踏み出した。


 久住くんの机まで、たぶん、八歩ぐらい。

 二歩目で、喉がきゅっと縮んだ。


 あれ? 声の出し方って、どんなだったっけ?


 息はある。心臓もある。

 でも声だけが、見つからない。


 あたしは、三歩目に行けなかった。

 すっと戻った。まるで「最初から立ってませんでした」みたいな顔で。


 その瞬間。

 視線を感じた。


 さやが、じっとこっちを見ていた。

 ちょっと笑っているような気もする。


 あたしも、笑った。

 なにに対してなのかわからない、あいまいな笑い。


 久住くんに話しかけるのを諦めて、あたしは席に座りなおす。

 教科書を持ち上げて、意味もなく裏返して、また戻した。

 やってることが完全に“忙しいふり”だ。心臓と同じ。


 久住くんをちらりと見ると、淡々と教科書を眺めていた。

 こっちを見ない。空気も変わらない。


 なのに、あたしだけ、騒がしい。


 教室の端では、まだ陽太が笑ってる。

 でも、その笑いも、さっきより少し硬い。


 みんなはふざけてるだけ。

 たぶん、悪気はない。


 でも、あたしの中では、いろんな音が大きくなりすぎていた。


 笑い声。通知の振動。さやの「ふーん」。

 それから、言えなかった「ありがとう」。


 全部が、ひとつの箱に入って、ふたが閉まらない。


*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+


 終礼が終わって、教室がいっせいにほどけた。


 イスが引かれて、机がこすれて、誰かが「部活いこー」って叫ぶ。

 窓の外は、もう夕方の色で、ガラスに教室の明かりがうっすら映っていた。


 あたしはカバンを持って立ち上がる。

 立ち上がるだけで、周りの視線が集まってくるの、やめてほしい。


 さやは、普通の顔で髪を耳にかけた。

 普通の顔っていうのが、逆にこわい。怒ってないのか、怒ってるのか、わかんない。


「あかり、帰る?」


「う、うん。帰る帰る」


 元気なふりをするとき、人は語尾を2回言う。

 自分に言い聞かせるためだと思う。


 靴下の中で、つま先がきゅっと丸まった。

 教室の端っこでは、陽太がまだ男子に囲まれていて、笑って、ツッコんで、いつもの森田陽太を演じてるみたいだった。


 そう思うのは、幼なじみだからっていう根拠のないものなんだけど。


 でも、なんか違う。

 笑いの角度が、いつもとちょっとだけ違う。


 あたしは目をそらして、カバンの口を閉めた。

 チャックが「ジジッ」と鳴る。ちょっと大きく聞こえる。


 そのとき。


 ぶぶっ。


 スマホが震えた。

 反射で手が止まる。


 また通知……?


 今日のあたしのスマホ、ずっと生き物みたいだ。

 呼んでないのに動くのやめて。


 画面を見た瞬間、さっきまでの違和感がまた立ちのぼる。


『差出人:森田陽太』


 メッセージは短い。

 短いの、珍しいな。いつもむだに長文なのに。


『放課後ちょっといい?』


 指が画面の上で固まる。


 えっ、今? なんだろ?


 画面を見つめたまま、数秒。


 ぶぶっ。

 追撃が来た。


『……大事な話』


「……なんだろ?」


 思わず、口をついて出る。


 大事。

 その2文字が、なんだか重い。


 重いのに、陽太っぽい。

 陽太って、こういうとき勢いで言う。勢いで言って、あとで恥ずかしくなる。そういうやつだ。


 でも、今日の陽太は、落ち着かなかった。


 大事な話って、なに……?


 あたしはスマホを握り直した。

 握り直しただけで、返事は打てない。


 教室の出口へ向かう足が、ちょっとだけ遅くなる。

 なのに、時間は待ってくれない。


 画面には、陽太の文字が残っている。


『放課後ちょっといい?』

『……大事な話』


 なんとなく、悪い予感がするのは気のせいだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ