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日向野あかりは、親友に送るはずの恋をグルチャに誤爆した。  作者: なかすあき
4章 なんでもないはずはないのに相談しなかった。
6/21

4-1

 チャイムが鳴る前の教室は、いつもならクリスマスパーティーの準備中みたいな空気なんだけど。


 今日は、なんだか違う。

 にぎやかなのに、どこかこそこそ。


 みんな、教科書を出したり、ノートを開いたりしている……ふりをしている。

 手は動いてるのに、目がずっと動いてる。


 ひそひそ。

 くすっ。

 小さな笑い声が、あちこちから転がってくる。


 気にしすぎでしょ、と言われるかもしれない。

 でも、みんなの話題の92パーセントは、あたしのグルチャ誤爆のことだ。


 もう終わったんじゃなかったの?


 あたしの中では、さっき久住(くずみ)くんが止めてくれたところで、いったん“完”になったつもりだった。

 でも教室は、そういう映画じゃない。エンドロールのあとだとしても、物語の“おまけ”が卒業まで続くのだ。


 あたしは席を立って、机の間をすり抜ける。

 黒板を消しにいっただけ。プリントを配っただけ。ほんと、それだけ。


 なのに。

 すれ違うたびに、空気がちょっと変わる。


「……」


 会話が、ぴたっと止まる。

 それがいちばん分かりやすくて、いちばん刺さる。


 止まったあと、あたしが通りすぎると。


「……でさ」


「ね、絶対そうじゃん」


 また、始まる。

 まるで、あたしが通ったところだけ一時停止ボタンが押されるみたいだ。


 やめて。あたし、リモコンじゃない。


 心の中でつっこみながらも、笑顔はくずさない。

 口角を上げる。いつものやつ。


 聞こえてないふり。

 見えてないふり。

 平気なふり。

 笑っていれば、たいてい大丈夫になっていくものだ。


「ねえ日向野(ひなたの)~、プリントいる?」


 誰かが普通の声で言ってくれる。

 その“普通”が、逆にありがたくて、あたしは勢いよくうなずく。


「いるいる! ありがとう!」


 声が明るすぎて、自分でもちょっと笑える。

 ほら、あたし元気。元気ですよー。今のあたし、黄色の蛍光ペンくらい元気。


 でも、笑いながら、背中のほうから別の声が聞こえてくる。


「さっき久住、やばくなかった?」

「空気、死んだよね」

「日向野さ……」

「いや、やっぱあれってさ……」


 言葉の最後が、わざと飲み込まれて、またくすっと笑い声がする。

 飲み込まれるって、やさしさじゃない。

 “言えるけど言わない”っていう形の、余裕だ。


 あたしは、机に戻って、ノートを開く。

 シャーペンを持つ。

 書くふりをする。

 みんなと同じように、授業準備のふり。


 ……ふり、上手くなりすぎ。


 黒板の方を見ると、先生がまだ来ていない。

 そのすき間の時間が、今日はやたら長い。


 笑い声は小さいのに、教室全体が、じわじわ熱い。

 前向きな熱じゃない。

 お祭りじゃない。

 背中の方から、こっそり燃えていく感じ。


 火って、こういうふうに残るんだ。

 完全には消えないで、灰の下で赤くなって、タイミングを待つ。


 あたしはまた笑う。

 へらへら、って、自分でも分かるくらい。


 聞こえてない。気にしてない。平気へーき。

 そう思い込もうとしてるのに。


 心臓だけは、ぜんぜんだまされてくれない。


*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+


 家に帰って、制服のままベッドに倒れた。

 ……倒れた、というより、投げられた。あたしが。世界に。


「はぁ~~……」


 声に出した瞬間。


 ぶるるるる。


 手の中のスマホが震えた。


「……えっ?」


 ぶるるる。

 ぶるるるるる。


「ちょ、待って待って、待って!」


 机の上に置こうとしても、震えるたびにちょっとずつ移動していく。生きてるみたい。


 画面を見た瞬間、思わず声が出た。


「うわ」


 通知。通知。通知。


 上から下まで、ずらーっとチャットアプリの名前。


 あたし今日、何かやった? 世界でも救った?

 いや、救ってない。誤爆しただけ。


 指で画面を上にスッとして通知を消しても、ぶぶるぶる、次から次へと、ぶぶぶるぶる、新しいのが落ちてくる。ぶるるる。


 いちばん上のチャットを開く前に、通知のプレビューだけでもう内容がわかる。

 げんなりしつつ、ひとつずつ消していく。


 まず、他クラスの男子。去年同じクラスだった子。


『日向野さん、好きな人って、誰のこと?』


 ……はい。もう「好きな人」って単語、確定してる。

 決めつけ早い。速すぎる。光の速さ。


 その下。他クラスの女の子。何度か話したことある。


『森田くんと仲いいんだっけ?』


 森田くん……陽太のことだ。


 あー……そこに来るよね。

 陽太は小学校からの幼なじみで、クラスでも目立つ方だ。元気で、友だちも多くて、なにより顔がいい。

 そして、そういう男子と仲がいい女子は、よく話題にされる。というか標的?


 ただ恋する女の子の嗅覚は鋭いというか、あたしが陽太のことをそういう風に見ていないことがわかるみたいで、普段は風当たりは強くない。

 でも、風って気まぐれで、勝手に吹くし、勝手に強くなる。


 さらに下。


『誤爆のやつ見たw』


 ……軽い。軽いけど、刺さる。「w」って、こんなに刃物だったっけ。


 そして、女子の好奇心。


『恋バナしていい? 今度教えて』


 教えてって、何を……?

 あたしが知りたいよ。「どうして声が出ないの、あたし」って。


 ぶるるる。

 また震える。


 通知が増えるたびに、心臓も一緒に震えてる気がする。


 あたしのスマホ、今日だけモテ期? いや、スマホがモテても困る。


 画面を見つめたまま、指が止まる。


 返す? 返さない?


 返したら、会話が生まれる。

 会話が生まれたら、火がつく。


 じゃあ無視する?


 無視したら、勝手に想像される。

 それはそれで、火がつく。


 どっちも燃えるじゃん。火の扱い、むず。


 あたしは、スマホをいったん枕に押しつけた。


 ぶるる。ぶるる。

 枕の下でまだ震えてる。


「……ねえ、落ち着いて?」


 誰に言ってるんだろ。スマホ? 自分?


 ため息をついて、また画面を開く。


 通知の山の中で、あたしの名前がいっぱい呼ばれてる。

 それって本当は、ちょっとすごいことのはずなのに。


 今日は全然うれしくない。


 みんな、あたしのこと見てるんだよね。

 でもそれは、「日向野あかり」を見てるんじゃない。

 “誤爆した日向野”を見てる。

 “好きな人がいるらしい日向野”を見てる。


 ……あたし、キャラになってる。


 スマホがまた震えた。

 画面の端っこに、さらに新しい通知が滑りこんでくる。


 次は、誰。

 どこから。

 そして、何を決めつけるの。


 あたしは、笑いそうになって、笑えなかった。


「……ほんと、うわ、だよ」

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