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日向野あかりは、親友に送るはずの恋をグルチャに誤爆した。  作者: なかすあき
2章 敬語男子が誤爆の追求から助けてくれた。
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2-1

 ガラッ。


 ドアが開いた瞬間、教室のざわざわが一段だけ小さくなった。というか、あたしの意識がそっちに向いたからボリューム下がったんだと思う。


 入ってきたのは、久住(くずみ)恒一(こういち)

 いつも通り、始業5分前。時計みたいな人。


 ……よりによって今。


「まずいかも……?」


 思わず、小さく口が動く。ほとんど音は出てなかったけど、周りの子に聞こえてたかもと思うと、かっと顔が熱くなった。


 久住くんは、一度不思議そうに眉を寄せた後は、また無表情になっていた。

 リュックを肩にかけたまま、廊下側から教室を一回なぞるみたいに見る。


 視線が、すっと動いていく。


 そして、あたしのところで止まった。

 そうだよね、明らかに教室のざわめきの中心にいるのはあたしだよね。


 ……やめて。見ないで。でも、見ないでほしいのに、見てほしいとか思ってない? あたし。


 頭の中が、いきなりぐちゃぐちゃになる。よくわかんない。

 あたしは手元に視線を移して、いま教室に入ってきた男の子なんて意識してませんよアピールをする。いや、誰にだよ。


 久住くんは、入り口の近くの席に座っている子に、低い声で聞いた。


「……何かあったんですか?」


 敬語。

 聞かれた女の子が、ちょっとだけ目を丸くしてから、小声で返す。


「えっと……あかりちゃん……グルチャに誤爆……」


「……誰が好きか……推理して……」


 断片的に聞こえてきた情報をつなぎ合わせると、うん、これは説明されていますね。

 もちろんあの子は悪くないんだけど、もう止めて、ってちょっとうらめしく思っちゃう。


 久住くんはスマホ持ってないらしいから、あのグルチャに参加してなかったんだよね。

 だから、ワンチャン知られずにすむかもなんて思っていた時があたしにはありました。


 あたしは、机の上の消しゴムを何もしてないのに整列させながら、ふたりの会話を盗み聞く。

 周りでは「日向野(ひなたの)あかりの好きな人はだれそれか」について議論しているままだけど、正直耳には入っていない。


 ひととおり話を聞いたであろう久住くんは、ふうんとも言わず。へえとも言わず。

 ひとこと、「ありがとうございます」とだけ女の子に言って、その場を離れた気配。


 ちらっと久住くんの行方が気になって視線をやると。


 久住くんは、あたしを見ていて。

 ばちっと、目が合ってしまった。


 その目は、教室が騒がしい“事件”じゃなくて、“あたし”を見てる気がして。


 あたしは、反射で目をそらした。

 ほんと、反射。体が勝手にやった。恥ずかしいとか怖いとか、考える前に。


 ……今、目合っちゃった。どうしよ、どうしよ。

 心の中で、あたしがあたしを走らせる。体育じゃないのに、全力疾走。


 でも、目をそらしたはずなのに、分かる。

 久住くんの視線が、すぐにどこかへ行かない。


 あたしの表情を、ちゃんと見てる。

 その“ちゃんと”が、なぜか怖くて、なぜか、ちょっとだけ、安心する。


 教室のざわめきは続いているのに。

 空気の向きが、少しだけ変わった気がした。


 久住くんが、こっちに向かってくる気配。

「お、どうした久住?」と男子のひとりが声をかける。


「みなさん」


 あたしの周りの人だかりの外から。

 大きいわけじゃないのに、はっきりと耳に届く久住くんの声。


 静かになる教室。


 机を叩かない。手を上げない。怒鳴らない。

 なのに、空気が「次、なに言うの?」って勝手に耳をそろえた。


 ……ずるい。静かなのに、強い。


 久住くんは、言葉を落とすみたいに言った。


「ここまでにして、やめましょう」


 一拍。


「本人が困ります」


 もう一拍。


「決めつけないでください」


 決めつけないで。

 そうだよね、あたし、“好き”なんて言葉使ってない。

 使ってなかったのに。


 教室の端の方で椅子が、ぎい、と鳴った。たぶん、誰かが座り直しただけ。でも、今はその音がやたら大きい。


 スマホの既読が増えるときより、静か。

 ……いや、既読のときは「終わり」だったけど、これは「止まる」だ。


 止まった空気に、お調子者の男子が言葉を投げた。


「別に俺たちは決めつけたってわけじゃ……」


 こいつは悪いやつじゃない。むしろ、盛り上げ担当。でも、火を見つけたら、とりあえず焚き火にするタイプなのがたまにきず。


 久住くんは、視線だけで、ゆっくりその男子の方を見る。

 睨むわけじゃない。あくまで視線を向けただけ。でも、もしあたしが視線の先にいたら、なにも言えなくなっちゃうと思う。


「それは、受け取る側がどう感じるかだと思います」


 きっぱりと、久住くんは迷いなく言い切る。


 このままだと、久住くんの正しさが、あたしのせいで広がっていく。

 それが、なんか、恥ずかしくて。

 怖くて。


 あたしは、急に明るい声を出した。声は、ちょっと上ずった。いつもの「日向野あかりモード」を、力技で引っぱり出す。


「――久住くん、ありがとねっ!」


 みんなの目が、いっせいにあたしへ向く。

 やめて。見ないで。見てないフリして。


 あたしは笑った。へらへら。自分で分かる。へらへらだ。


「私がやらかしただけ! だからこの話、終わり終わり!」


 言った瞬間、教室の空気が「じゃあ終了か」って、逃げ道を見つけたみたいに動き出した。


「まあ、誤爆だしな」

「日向野、ドンマイ」

「まあ気にはなるけどな」


 ……最後の一言は、火種だよ。ちっちゃいのが、教室のすみのほこりみたいに残った感じ。


 久住くんは、それ以上言わなかった。

 ただ、ここから先はダメだよって線だけ引いて、席に戻る。


 その背中が、当たり前みたいに前へ行くのを、あたしはぼんやり眺めた。


 助かったのに、胸が落ち着かない。

 心臓が、まだ騒いでる。


 ……この感じ、前にも……あった。


 息を吸った瞬間。

 久住くんの背中が、すうっと遠くなるみたいに見えた。


 教室の音が、また別の音に変わる。

 頭の中で、勝手に映像が始まった。


 あのときも、こんな感じで助けられたんだった。

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