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日向野あかりは、親友に送るはずの恋をグルチャに誤爆した。  作者: なかすあき
終章 親友に送るはずの恋は、まだこれから。
21/21

10-1

 今年最後のホームルームが終わった瞬間、教室の空気がいっせいに軽くなった。

 机の上に置きっぱなしのプリントが、「おつかれ~」って顔をしてる。

 みんなの声も、椅子の音も、ちょっとだけ大きい。


 窓の外は、冬の夕方の色だった。

 まだ授業が終わっただけなのに、世界が、もう夜の準備してますって雰囲気。


「なー、冬休みさ、みんなで遊ばん?」


 森田陽太が、イスに浅く座ったまま言った。

 その声だけで、教室のざわざわが、遊びのわくわくに変わる。陽太って、そういうスイッチを持ってる。


「イルミ行きたくない?」

 女子がすぐ乗る。


「いや、カラオケでしょ」

 男子が負けじと言う。


「ゲーセンも捨てがたい!」

「プリ撮る?」

「冬休みって最高じゃん!」


 案が飛び交って、言葉がボールみたいに跳ねる。

 あたしはその中にいるのに、ちょっとだけ外側にいるみたいだった。笑ってはいる。たぶん。顔の筋肉は動いてる。


 さやが、腕を組んで言った。


「よっしゃ、いろいろ案出たし、多数決でよくない?」 


「出た、しきりたがり」って誰かが笑う。

 さやも口元だけ笑って、でもちゃんと全体を見ている。よく見てる子。


 陽太は、あたしの方を見ない。

 それが、ありがたいような、ちょっとだけさみしいような。


 そのとき。


 男子のひとりが、わざとらしく肩をすくめて言った。


「じゃあさー、好きな人いるやつも連れて来いよ」


 教室が、いっせいに「うわ」って顔になって、でも笑う。

 その「うわ」は、止めるためじゃなくて、面白がるための合図みたいなやつ。


 さらに、追撃が来た。


日向野(ひなたの)、例の“話せなかった人”も呼べば?」


 ……きた。

 その言い方、軽いのに刺さる。紙で指を切ったみたいに、あとからじわっと痛い。


「うわそれ言う?」

「言うなってー」

「でも気になるじゃん」


 笑いが混ざって、空気がまた、ちょっとだけ「前」に戻ろうとする。


 さやが、あたしを見た。

 でも何も言わない。

 ただ、目だけで「どうする?」って聞いてくる。


 あたしの口が、勝手に笑いの形になりそうになった。

 いつものクセ。

「ちがうちがう!」って言って、へらへらして、場を流して、そして燃えるやつ。


 へらへらしてたら、また燃える。

 今日は、言う。


 胸の奥で、昨日の決意が指でトントンって叩いてくる。

「ここだよ」って。


 あたしは、笑いそうになった口を、いったん閉じた。

 息をひとつ、ちゃんと吸う。

 声が迷子になってもいい。迷子のままでも、歩けばいい。


 教室の真ん中で、話題のボールがあたしに向かって転がってくる。

 それを拾い上げて、あたしは立ち上がった。


 みんなの目が、いつもより少しだけ丸い。


 ……大丈夫。

 今日は、言う。


*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+


 あたしは机の横をすり抜けて、教室の前の方へ歩いた。

 黒板の近く。みんなの視線が一気に集まる場所。

 こういうときの視線って、スポットライトっていうより、日光を集める虫メガネ。熱い。


「え、なに、日向野? 告白かー?」


 誰かが笑いながら言った。


 あたしは、にこっと笑顔で返す。

 でも、逃げる笑いじゃない。止めるための笑い。


 息をひとつ。

 声を出す前に、心臓が「今! 今!」って小走りで前に出てくる。うるさい。君はいつも早い。


 あたしは、できるだけ明るい声にした。怒ってないよ、っていう声。

 怒ってないから、逃げ場がない声。


「ねえ、みんな。盛り上がるのは分かる!」


 教室が「おっ」って顔になる。

 陽太が口を開けたまま止まってる。さやも、まばたきが少し遅い。


「あたしも、自分のことじゃなかったら気になっちゃうと思う!」


 数人が、気まずそうに笑った。

「ばれてる」って笑い。

 でもその笑いは、さっきより小さい。


 あたしは、そこで一拍置いた。

 たった一拍なのに、教室の空気がスッと背筋を伸ばすのが分かった。


「でも、この話はここで終わり!」


 言った瞬間、誰かの椅子がカタンって鳴った。

 その音が、やけに大きい。

 みんなの笑いが、途中で止まる。


 あたしは続けた。ちゃんと、最後まで言う。今日は逃げない。


「あたしの恋の話は、あたしが話したいときに話す。以上!」


 以上、って言った自分に、ちょっと笑いそうになる。

 先生みたい。いや、なんかの演説?

 でも、これでいい。線を引くって、たぶんこういうことだ。


 少しだけ、口元がやわらかくなる。

 ちゃんと言えたっていうことで、緊張がほどけた。


「あっ、それと……決めつけないでください」


 ……言っちゃった。

 自分で言って、内心で「あ」ってなる。

 その言葉、どこかで聞いたことがある。しかも、わりと最近。しかも、いつも静かな声で。


 あたしは、最高の笑顔を作った。

 作ったというより、作らないと恥ずかしさで倒れそうだった。


「ねっ?」


 教室が、しん……となった。

 誰かが「はい」って言いそうな静けさ。誰も言わないけど。


 次の瞬間、空気が一歩引いた。

 さっきまであたしの周りに寄ってきてた視線が、ちゃんと距離を取る。

 痛くない距離。


「……ごめん」って、誰かが小さく言った気がした。

 はっきり聞こえたわけじゃない。たぶん、空気がそう言った。


 さやが、息を吐いて、いつもの笑い方をした。

 でも、目が少しだけ丸い。

 陽太は、頬をかいて、困ったみたいに笑った。

 男子のさっきの子は、「えー」って言いかけて飲み込んだ。


 あたしの胸が、じわっと軽くなる。

 成功体験って、こういう音がするんだ。心臓が静かになる音。


 あたしは、黒板の前からくるっと向きを変えた。

 話題のボールを、別の場所に投げ直すみたいに。


「で、どこ行く? イルミ? カラオケ? 多数決しよ!」


 教室の空気が、ぱちんと切り替わった。

 今度のざわざわは、ちゃんと《《冬休みの》》ざわざわだった。


*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+


 放課後のチャイムが鳴ると、教室の空気は一気に“帰るモード”になる。

 机の脚がガタガタ鳴って、カバンのファスナーが一斉に走って、誰かの消しゴムが床で転がって。

 さっきまで「多数決!」って盛り上がってたのに、みんな切り替えが早い。人間って便利。


「じゃ、イルミ案はとりあえず保留ねー!」

「カラオケ強いって!」

「ゲーセン派、地味に多くない?」


 廊下に出ると、別のクラスの声も混ざって、世界がちょっと広くなる。

 あたしはカバンの肩ひもを直しながら、下駄箱の方へ流れていく集団の中に入った。


 近くにさやがいる。陽太もいる。

 みんな、普通にしゃべって、普通に笑ってる。

 “普通”って、今日はちゃんとできてる気がした。


 そのとき。


 横から、ほんの小さな声が落ちた。

 落ちたっていうのに、あたしの耳の中では、ちゃんと跳ねる。


「よかったです」


 久住くんだった。

 下駄箱へ向かう途中、すれ違いざま。

 大きく言わない。誰かに聞かせるためじゃない。

 でも、あたしには聞こえる距離。


 あたしは歩きながら、息を一回だけ整える。

 止まったら、また声が迷子になる気がしたから。


「ありがと。……久住くん」


 なぜか、自然に返事をすることができた。

 いままで悩んでいたのがうそみたい。


 久住くんは、いつもの顔のまま、ほんの少しだけ目を動かした。

 うなずいたのか、うなずいてないのか。ぎりぎり。

 でも、その曖昧さが、今日はちょうどよかった。


 人の波が、下駄箱へ向かってゆっくり押す。

 靴箱の前で、誰かが「上履きどこいった!」って騒いでる。

 さやが「落ち着け」って言って笑ってる。

 陽太が「誰だよ靴かくしたの」って、ふざけてる。


 あたしは、その全部を背中で聞きながら思う。


 釣り合うとかじゃなくて。

 似合うとかでもなくて。


 ただ、落ち着く。


 それで、いい。


*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+


 家に着いたとたん、体の力がほどけた。

 玄関でコートを脱いで、靴下のまま自分の部屋に滑り込む。

 ベッドにカバンを投げて、あたしはスマホを手に取った。


 画面がつく。

 その光だけで、胸がちょっとだけドキッとする。


「……送信先」


 口に出して確認する。

 まず一回。


 トークの名前。

 アイコン。

 ももの変なスタンプが、最後に残ってる。


 ……よし。


 でも、念のため。

 もう一回。二回目。


「……もも。うん。もも」


 自分で言って、自分で笑いそうになる。

 あたし、学習した。すごい。人類の進化。


 短く打つ。

 言い訳はしない。今日は、ちゃんと終わらせたい。


『今日はちゃんと言えたよ』


 送信。

 指がふるえない。

 そこが、今日いちばんの勝利かもしれない。


 すぐに既読がついて、間を置かずに返事が来た。


『やっと好きって言えたか』


「言ってないよ!」


 思わず声が出た。

 誰もいない部屋に向かってツッコミを投げるあたし。さみしくない。全然。


 あたしは指で、むきになって打つ。


『好きなんて言ってないよ!』


 返事は、速い。速すぎる。

 もも、今スマホ握って待ってたでしょ。


『まだなの? ようやく解放されると思ったのに! もう2年近くうだうだ聞かされる身にもなってよね!』


「うだうだって言うな!」


 でも、笑ってしまう。

 画面の文字なのに、ももの声で聞こえるからずるい。


 あたしは、枕をひとつ抱えて、ちょっとだけ小さくなる。

 そして、素直に打った。


『ごめんて……』


 送信先を、もう一回だけ見る。

 もも。

 ちゃんともも。


 ……よし。


 スマホをベッドに置くと、さっきより部屋が静かに感じた。

 でも、その静けさは、いやなやつじゃない。


 あたしは天井を見上げて、息を吸う。

 吐く。


「……言えた」


 好き、はまだ言えてない。

 言えるときが来るかも、わからない。


 でも、今日はちゃんと言えた。


 それで、今夜は十分。

ここまで見ていただき、ありがとうございました。

また機会があれば、お会いできることを楽しみにしております。

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