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日向野あかりは、親友に送るはずの恋をグルチャに誤爆した。  作者: なかすあき
1章 親友に送るはずの恋をグルチャに誤爆した。
2/21

1-2

 お、送った……?

 同じ学校じゃない親友に対してだからこそ送れる内緒ごと。


 あたしの指が、まだ送信ボタンの上にある気がした。実際にはもう離れてるのに。指だけ、時差で残ってるみたい。


 画面の上には、2年3組のグループ名。

 その下に、あたし、日向野(ひなたの)あかりとラベル付けされた文章。


「ねぇ~もぉ~もぉ~、今日も話しかけられなかったんだけど!」

「ホントにさ~、どうして声が出ないの、あたし」


 いま一番、見られたくないやつ。


「――ぎゃーっ! まずいまずいまずいっ……!」


 取り消し。取り消し。取り消さねば。


 あたしは震える指でメッセージを長押しした――しようとした。

 でも、指先がぷるぷるして、うまく押せない。スマホの画面の上で、あたしの指がスケートリンクに立つ小鹿みたいになってる。


 永遠とも思える数秒のあと、「送信取消」というボタンが出てくる。


 そこを押す。押す。押さねば……!


 ――その間にも、メッセージの右下に、数字が増えていく。


 既読、1。

 既読、3。

 既読、6。


「ちょっと、うそでしょ……!」


 取り消しのボタンを押した瞬間、画面が一瞬だけ固まる。

 次に表示されたのは、メッセージの下に出る、あの言葉だった。


「メッセージの送信を取り消しました」


 よし! 消えた!


 ……って、思ったのも一瞬。

 その下に、もう別の文字が並び始めていた。


 メッセージだけじゃ足りなかったんだ。読んだ人の記憶まで消さないと、取り返しがつかないことになるから。


「え、なに?」

「今の誰?」

「日向野?」

「消えたw」

「気になるんだけど」


 あたしはスマホを持ったまま、ベッドの上で小さく丸くなった。


 消したのに、消えてない。

 取り消しって、魔法じゃなくて、ただの「遅刻」なんだ。見た人は見た。もう、それで終わり。


 スマホの通知が、また震えた。

 追い打ちみたいに。


 もうなんて言われているかを見る気もしない。

 あたしは画面を見ないようにしながら、スマホの電源を落として。


「きょうの晩ご飯はなにかなぁ~……」


 現実に逃避していった。

 ハンバーグとか、いいよね。


*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+


 翌朝。


 駅前のコンビニから流れてくるクリスマスソングが、朝からやたら元気だった。

 サンタさんは知らないでしょ。こんな憂鬱な気持ちでプレゼントを待ってる子がいることを。


 あたしは校門をくぐる前に、スマホの画面を一回だけ見た。


 通知、ゼロ。

 ……そりゃそうだ、昨日電源を落としてからずっとそのままだから。


「はぁ、誤爆が夢だったらいいのに……」


 ひとりごち、できるだけ体を小さくして教室に向かう。


 廊下を歩くと、いつもより足音が大きく聞こえた。すれ違う誰もが、なぜかみんな「見てますよ」って顔をしてる。いや、してない。あたしの脳が勝手に怖がってるだけ。


 2年3組の前で、深呼吸。

 ドアに手をかけた瞬間、教室の中の音が、外まで漏れてきた。


 いつもざわざわしてる。うちのクラスは、基本いつも祭りだ。

 でも今日のざわざわは、なんかちがう。


 音量が、一段上。しかも、笑い声の角度が、あたしの方に向いてる気がする。


 ……気のせい。気のせい。気のせいを信じろ。


 あたしはドアを開けて、できるだけ普通に入った。

 普通って、こうだよね。背筋をのばして、明るく、さっぱり。


「おはよー」


 声は出た。よし、第一関門クリア。


 なのに。

 教室の何人かが、いっせいに顔を上げた。


 目が合う。

 その目に、笑われている気がする。


 あたしの心臓が、いきなり体育のシャトルランを始めた。

 ドキドキドキ、ポーン、ドキドキドキドキ、ポーン。


「……えっとぉ」


 あたしは、とりあえず笑っておくことにした。


「……えへへ」


 やめろ、あたし。そこ、笑う場面じゃない。笑うと怪しいって、昨日の夜に百回予習したはずなのに。

 でも、この教室の“空気”に耐える術をほかに知らなかった。


 笑いながら、コソ泥みたいにバッグを抱えて席に向かう。


 その通り道で、誰かの会話が一瞬だけ止まる。

 止まって、また始まる。


 それが、何度か続いた。

 もう答え合わせだ。


 これ、もうみんなに知れ渡ってるやつじゃん……終わった。


 あたしは席に座って、教科書を出すフリをして始業時間までやり過ごそうとする。

 フリって便利だよね。中身が空でも、忙しい人に見せられるし。


 でも、ホントは忙しくないから、耳が勝手にあたしに向かう矢印を拾ってくる。

 うちじゃ飼えないから拾ってくるんじゃありません!


「なあ、昨日のやつさ」


 男子の声。いきなり核心を刺してくる。


「絶対、恋バナだよな」

「いや、あの言い方で恋バナじゃないことある?」


 だよなって笑い声。くすくすって、乾いた音。


 あたしは教科書のページをめくった。読んでない。めくっただけ。

 文字は目に入るけど、どれも意味をなさずに紙の上を踊っている。


「昨日話してないってことは、昨日しゃべってないやつ?」

「候補が多すぎて推理できん」

「俺昨日話した、じゃあ俺じゃないのか、くっそー」

「同じクラスとは限らなくない?」

「日向野、ヒント! ヒント!」


 ……来た。あたし、名指し。


 心臓が、机の上に出てきそう。やめて、授業の邪魔になるから戻って。


 あたしは笑って振り向いた。大丈夫かな、引きつってないかな。


「ちがうちがう! やだな、深い意味ないって!」


 声、上ずった。

「深い意味ない」って言い方が、逆に深い意味っぽい。だって、ふつう深い意味ないことに、こんな必死にならない。わかってるのに。


 男子たちが、さらに盛り上がる。


「うわ、その反応マジじゃん!」

「あかりちゃん、だれだれ? うちのクラス?」


 さっきまで静観していた女の子グループまで、あたしの席に寄ってくる。

 わー、もてもてだー、あたし、うれしー。


「いやいや、日向野、俺のことだろ?」


 お調子者の男子の直球が飛んできた。

 バットもグローブも持ってないのに、球だけ来る。


「あんたのことでは絶対ないから、安心して」


 その球を、あたしは素手でつかんで思いっきり地面にたたきつけた。

 女の子たちがくすくす笑うと、お調子者は崩れ落ちるように床に倒れた。


 いいぞ、なんかいつも通り振る舞えてるかも。

 そんな風に思ったのも、つかの間。


「あんたのこと《《では》》って、ほかにいるってことじゃないの?」


 横から、可愛らしい声があたしに突き刺さる。


 白石(しらいし)さや。

 茶色がかったミディアムボブが揺れてる。笑ってる。笑ってるけど、目が真剣だ。


 さやはあたしの親友だ。クラスの中では誰よりも近い。

 だからこそ遠慮がないから、いまのあたしにとっては最大の危険人物かもしれない。


「好きな人いるなら教えてくれてもいいじゃーん」


 軽いノリ。教室の空気に乗せた言い方。

 でも、そんな軽い言葉があたしの胸をチクチクつついてくる。


 そうだよね、あたし、さやに“あの人”のこと相談したことないから。

「親友である私が知らない」っていう気持ちが、さやの笑った表情から、ちょっと顔を出してる。


 あたしは、もっと笑った。

 笑いで全部を塗りつぶそうとして、ペンキをぶちまけるみたいに。


「だから! ちがうって! 深い意味ないってば!」


 声が、さらに上ずった。

 周りが「おおー」とか「怪しいー」とか言う。


 燃えてる。火がつくの、早すぎる。

 止めたいのに、止め方がわからない。

 こういうときって、怒って「やめて」って言えばいいの?

 でも、それを言った瞬間、空気が変わって、もっと怖くなる気がして。


 あたしは、また笑った。


「えへへ……」


 最悪だ。


 笑えば笑うほど、「ほんとだな?」って詰められる。


「じゃあ誰なの?」

「ヒントだけ!」

「一文字!」

「イニシャル!」


 やばい、燃え上がった教室の空気は、あたしが炎の中に身を投じるまで許してくれることはなさそう。


 あたしは口を開く。

 なにか言わなきゃ。言わなきゃ。火を、消さなきゃ。


 でも、なにを? どうやって?


 言えるわけない。

 言ったら終わる。

 言わなくても終わってる。


 どっちも地獄って、選択肢が意地悪すぎる。


 そのとき。


 ガラッ。


 教室のドアが開いた。

 冷たい空気が、すっと入ってくるみたいに、少しだけ教室の熱気が収まる。


 入ってきたのは、久住(くずみ)恒一(こういち)


 いつも通り、始業時間のぴったり5分前。

 短髪なのに柔らかそうな髪が揺れていて、リュックの紐を肩にかけている。

 ともすれば不愛想に思われるぐらい整った顔は、騒がしさに負けないまま無表情。


 久住くんは、教室の空気を見た。


 見ただけなのに。

 ほんの少し、眉が動いた。

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