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日向野あかりは、親友に送るはずの恋をグルチャに誤爆した。  作者: なかすあき
8章 避けようとすればするほど近づくバグだった。
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8-2

 廊下の掃除は、思ったより長い。


 ほうきで集めたホコリが、ふわっと舞う。

 それだけで咳き込みそうになるのに、あたしの心臓のほうが先にゼーゼーしてる気がした。


「あれ、久住(くずみ)日向野(ひなたの)、ペアじゃん!」

「え、公式?」


 また、後ろから笑い声。

 誰かが面白がって、誰かが乗っかって、気づいたら“それ”が空気になっている。


 廊下の窓から、冬の光が白く入る。

 体育館のほうから、部活の声が遠くで跳ねている。


 現実はちゃんと動いてるのに、あたしだけ足が地面からちょっと浮いてるみたいだった。


 久住くんは、いつも通りに掃除していた。

 ほうきの動きも、目線も、静か。

 囃し立ての声が聞こえてないわけじゃないと思う。だって、耳って基本ついてるし。


 でも、久住くんは反応しない。


 止めない。

 注意しない。

 振り向きもしない。


 ただ、集めたゴミをちりとりに入れて、黙って前に進む。


 あたしはほうきを動かしながら、横目で見てしまう。

 見ないって決めてたのに、こんなときだけ視界が勝手に探す。


 久住くんの表情は変わらない。

 ほんとに、いつも通り。

 まるで、廊下の空気が「普通」のままって信じてるみたいに。


 囃し立てがまた来る。


「日向野、避けんなよー」

「照れてんの?」


 笑い声。

 あたしは、反射で笑いそうになるのを飲み込んだ。

 飲み込んだのに、口の端がピクって動いて、変な顔になった気がした。


 やば。いまの顔、絶対ダサい。


 久住くんは、ゴミ袋の口を結ぶ。

 きゅっ、と紐を引く音だけが、変に大きく聞こえた。


 その音に、あたしは勝手に期待してしまう。


 たとえば、こっちを見てくれるとか。

 たとえば、「やめろ」って言ってくれるとか。

 たとえば、あのときみたいに、空気を止めるとか。


 でも、何もない。


 久住くんは、結んだ袋を持って、ゴミ捨て場のほうへ歩く。

 背中はまっすぐで、迷いがない。

 あたしがいることも、いないことも、同じみたいに。


 ……それが、痛かった。


 あたしはほうきを止めそうになって、慌てて動かし続けた。

 止めたら、また「ほら見て」って空気になる。

 だから、動く。動くしかない。


 けど、胸の奥は、勝手に置いていかれる。


 助けてほしいんじゃない。……でも、何もないみたいにされると、ちょっと……。


 言葉にした瞬間、余計に自分が小さく思えた。

 わがままみたいで。

 でも、わがままじゃなくて、たぶん、ただ。


 あたしの中でだけ、いろんな音がうるさかった。


 笑い声。

 ほうきの音。

 遠くの部活。

 久住くんの、いつも通りの沈黙。


 その沈黙が、優しいのか冷たいのか。

 あたしには、まだ分からない。


*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+


 放課後。

 教室の窓がオレンジに染まって、黒板の文字だけがやけにくっきり見えた。


 あたしは机にカバンを乗せて、チャックを閉める。

 閉める。

 ……閉める。

 同じ動作を二回やって、やっと気づいた。


 あれ? 今、閉めたよね。


「……あかり」


 さやの声が、近い。

 いつもと同じ距離。

 なのに今日は、ちょっと遠く聞こえた。


「ねえ、さっきの掃除の時さ。大丈夫? なんか、顔、死んでた」


「え、死んでないし」

 口が勝手に返事をする。

 笑いも勝手についてくる。

 でも、うまく曲がらなくて、変な形になった。


 さやが、あたしの顔をじっと見る。

 笑ってるのに、目だけ笑ってない。

 その目が、ちょっと刺さる。


「……ていうかさ」


 さやは声を少しだけ落とした。


「今日、ずっと上の空じゃない? 話しかけても、ふわってしてる」


「ふわってしてないよ。……冬だし」


「なにそれ、意味わかんない」


 さやの声が、ぴしっと硬くなる。

 教室の後ろで、誰かが机を引く音がして、妙に大きかった。


 あたしは、あわてて言い直そうとする。


「いや、ちが……冗談、冗談。ごめん。ちょっと、いろいろあって」


「いろいろって、なに?」


 さやの言い方は責めてるっていうより、知らなきゃって必死な感じだった。

 置いていかれたくない、って空気。

 それが分かるから、余計に言えない。


 言えばいいのに。言わない。いつも通り、へらへらして。


「……なんでもないってば」


 あたしは笑って、カバンを肩にかける。

 逃げる準備みたいに。


 さやの眉が、ほんの少し動いた。


「……ふーん」


 いつもなら、その「ふーん」は冗談の合図なのに。

 今日は、終わりの合図みたいだった。


 さやはそれ以上聞かない。

 聞かないけど、背中がちょっと硬い。


 あたしは廊下に出ようとして、足が止まる。

 呼び止めたいのに、声が出ない。

 いつも通りだ。


「じゃ……また明日」


「……うん」


 短くて、冷えた返事。


 教室の外に出た瞬間、空気がひんやりして、肺が少し楽になった。

 でも、胸の奥は、逆にぎゅっとなる。


 さやにまで、こんなに下手って、最悪だ。


 あたしは、笑いをしまう場所が分からないまま、廊下を歩き出した。

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