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日向野あかりは、親友に送るはずの恋をグルチャに誤爆した。  作者: なかすあき
8章 避けようとすればするほど近づくバグだった。
16/21

8-1

 次の日の朝。

 家を出るときから、あたしはもう決めていた。


 迷惑かけたくない。


 昨日の教室、あんなに空気が止まったのに。

 あたしの心臓だけ、ずっと走ってた。

 久住(くずみ)くんが一言しゃべっただけで、世界が静かになったのに。

 あたしだけ、うるさかった。


 釣り合わないよね。


 久住くんは、いつも落ち着いてる。

 プリントの角も、声のトーンも、ちゃんとそろってる。

 それに比べてあたしは、気持ちが散らかり放題だ。

 昨日だって、派手なサンタの格好してるくせに、顔だけは必死で隠したくて。

 あたし、どっちのキャラで生きたいの。って、自分にツッコミたくなる。


 学校に着く。

 玄関の前で、深呼吸を1回。2回。

 息が白い。冬だ。言い訳みたいに白い。


 だから、近づかない。そうすれば静かになるはず。


 あたしは、頭の中でルールを作った。

 目を合わせない。

 近くを通らない。

 話しかけない。

 もし話しかけられても、必要最低限。


 ……できる。たぶん。

 いや、できるってことにする。


 廊下を歩きながら、耳だけが勝手に探してしまう。

 あの、落ち着いた声。

「おはようございます」って、言いそうな気配。


 あたしは、あわてて自分の心臓に言う。


 探すな。今日は静かにする日。


 教室のドアが見えてきた。

 中から、いつもの朝のざわざわが漏れてくる。

 その中に、久住くんがいる。たぶん。


 ドアの前で、もう1回だけ深呼吸。

 手をドアにかけて、あたしは心の中で宣言した。


 近づかない。そうすれば、ぜんぶ静かになる。


 ……そのはず、だった。


 なぜか、こういうときに限って。

 扉って、音を立てる。

 椅子って、きしむ。

 そして。


 避けるって決めた瞬間に、相手の存在感って、急に大きくなる。


 教室に入ったその一歩目で、あたしは早くも嫌な予感がした。


*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+


 教室に入った瞬間、あたしは“今日のテーマ”を思い出した。

 避ける。近づかない。静かに生きる。


 ……うん。できそう。

 そう思ったのは、席に着くまでの十秒だけだった。


 久住くんは窓際の前のほう。

 あたしは教室の真ん中あたり。

 距離だけ見れば、平和。なのに。


 なぜか今日は、久住くんが通るルートが、あたしの生活圏を横切ってくる。


 プリントを取りに前へ行く。

 戻ってくる。

 その途中で、久住くんがこっちへ来る。


 来る。来る。来る。落ち着け、あたし。


 あたしは一瞬で判断した。

 目を合わせない。

 距離をとる。


 そして、なぜか筆箱を落としたフリを選んだ。


 ガタン。


 筆箱は落ちてない。

 落ちてないのに、あたしの手が勝手に机の下へ飛び、しゃがむ。

 自分でもびっくりするくらいスムーズだった。

 まるで、プロの“落としたフリ選手権”日本代表。


 机の下の世界は静かだ。

 だって、ここには誰もいない。

 ……いや、いた。


 近い。足が近い。

 久住くんの靴が、あたしの視界の端に入ってきた。


 そのまま、さらっと通り過ぎる。

 何も言わない。

 こっちを見たかどうかも、分からない。


 よし、成功……?


 顔を上げると、斜め前の男子がニヤッとしてた。


「うわ、避けた」

「日向野、分かりやす!」


 笑い声が、ぱらぱら広がる。

 悪口じゃない。

 だから余計に、きつい。


 笑ってる。みんな笑ってる。あたしの避け方を。


 あたしは笑うしかなくなる。


「ち、ちがうちがう! なにそれ!」


 声がちょっと上ずって、自分の耳に刺さる。


 その上ずりが、さらに面白いらしい。

 笑い声が、またひとつ増えた。


 そのあとの休み時間。

 係の話し合いが始まった。


 教室の端のほうで、机を寄せる。

 あたしは「隣に来そうな席」を、目だけでチェックする。


 あ、そこ、危険地帯。


 久住くんがその方向に来た。

 来ただけで、心臓が変なジャンプをする。


 だめだめだめ、落ち着け、あたし。


 あたしは椅子を、ひとつずらした。

 自然に。さりげなく。

 そう思ったのに。


 ギギッ。


 音がした。

 教室の空気が「え?」って一瞬固まった気がした。

 あたしの顔も固まった。


「日向野、隣避けた」

「え、今の見た?」

「公式、避けムーブじゃん」


 誰かが笑って、誰かが便乗して、誰かが「やば」って言う。

 あたしの逃げ道は、椅子と一緒にずれていった。


「ちがうちがう! やめてよー!」


 あたしは笑いながら言う。

 言ってるのに、笑ってるみたいに聞こえる。


 久住くんは、何も言わない。

 たぶん、いつも通りの顔で、いつも通りに座った。


 それがまた、あたしを焦らせる。


 お願いだから、反応しないで……! 反応されたら死ぬけど!


 午前の授業が終わって、掃除の時間。

 廊下の担当がたまたま近い。

 それだけで、あたしは嫌な予感しかしない。


 予感はだいたい当たる。

 テストのヤマは外れるのに、こういう予感だけ当たる。なにこれ。


 先生がさらっと言った。


「そこ、二人でやって」


 あたしと。

 久住くんを見もしないで言う先生。先生は悪くない。

 悪くないのに、世界がちょっと意地悪に見える。


 周りがすぐ反応する。


「久住と日向野、ペアじゃん!」

「え、公式?」

「日向野、さっき隣避けてたのに」


 廊下が、ゆるいお祭りみたいになる。

 笑いは軽い。

 でも、軽いほど逃げられない。


 あたしはほうきの柄を握って、また笑ってしまう。


「ちがうちがう! ほんと違うって!」


 声がまた上ずる。

 自分の声が、自分を裏切る。


 久住くんは、ほうきを持って、淡々としている。

 淡々としているだけで、余計に「ペアっぽい」とか言われる。

 意味わかんない。


 廊下の端で、あたしは小さく息を吸った。


 やめて、って言ってるのに、笑ってるみたいになってる。


 笑ってごまかす癖は、便利だった。

 ふだんは。

 でも今日だけは、火に油を注ぐ道具になってた。


 あたしは「静かに生きる」って決めたはずなのに。

 なぜか、今日のあたしは。


 いちばん目立つ“避けてる人”になっていた。

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