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日向野あかりは、親友に送るはずの恋をグルチャに誤爆した。  作者: なかすあき
7章 敬語男子を意識しすぎておかしくなっちゃった。
15/21

7-3

 次の日。

 更衣室で制服から着替えてきて。

 教室に入った瞬間、目が痛かった。


 黒板が、なんか……すごいことになってる。

 クリスマス仕様のチョークアート。ツリーがでかい。雪だるまが妙にうまい。サンタの顔が、ちょっと先生に似てて怖い。


「やば。黒板、才能の暴力じゃん」


 あたしが言うと、さやが胸を張った。


「でしょ。クリスマス係、全力だから」


 そして、その“全力”は黒板だけじゃなかった。

 教室のすみにはモール。机には小さな紙の星。窓には折り紙の雪。

 そして人間のほうも、妙にキラキラしている。


 サンタ帽の子。トナカイのカチューシャの子。

 普通の制服の子。

 そして――コスプレがっつり派。


 がっつり派の代表は、もちろん、さや。

 赤いケープに白いふわふわ。ほっぺにちょんって赤。

 似合いすぎて、逆に腹立つ。


「……で、あかりは?」


 さやが、にやっと笑う。

 あたしは、スカートの端をつまんだ。

 お前が望んだ姿がこれだがどうだ、と言わんばかりに。


 赤いワンピースみたいなサンタ服。白いふち。胸元に小さい鈴。

 そして、でかいリボン。プレゼントになった気分。


 可愛い。

 でも……今日のあたしのテンションとは、真逆。


 正直、気乗りはしなかった。

 でも、さやとクリスマス係の空気というか《《圧》》が、ふわふわしてるのに強情だった。


「ほら、着てきたじゃん! 偉い!」


「……着てこないとさやがふてくされるからね」


「それでもいい、可愛いは正義だからね!」


 さやはあっけらかんと言って、あたしの肩を軽く叩いた。

 その手が、あったかい。

 だけどあたしは、笑うタイミングを一瞬だけ間違えて、変な笑い方になった。


 久住(くずみ)くん、この格好どう思うかな?


 そう思って、久住くんを見てみると、ぜんぜんこっちを見てなかった。

 ちょっと悔しい。


*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+


 授業の合間のミニ企画は、わりと平和だった。

 クリスマス係が用意した、短いクイズと、じゃんけんで小さいお菓子配り。

 みんな、そこそこ笑って。

 先生も「この教室、やたら赤いな」って言って笑ってた。


 終わって、片づけムードになったとき。

 誰かが言った。


「黒板、今日だけだし! 最後にみんなで写真撮ろ!」


「撮ろ撮ろ!」


「うわ、絶対映えるやつ!」


 教室の空気が、いっせいに黒板前へ流れる。

 ざざざ、って椅子が鳴って、机が少しずれて、誰かが「足ふんだ!」って笑う。


 あたしも、流れに乗って前へ行く。

 こういうの、いつもなら嫌いじゃない。

 でも今日は、胸の奥に小さい石が入ってるみたいに、重い。


 前のほうに、久住(くずみ)くんがいた。

 窓際の席の人なのに、今は普通に黒板の前にいる。

 別に目立つ動きをしてるわけじゃないのに、そこだけ空気が少し静かに見える。


 久住くん、こういうときも普通にいるんだよね……。

 ノリが悪いわけじゃないし、ふつうに男の子同士で話してる時もある。陽太とかね。


 あたしは、見ないって決めたのに、見てしまう。

 そして、心臓が勝手に忙しい。


「はい、詰めて詰めてー! 後ろもっと入れるよ!」


 係の子が手を振る。

 みんなが肩を寄せ合いはじめたとき、半歩遅れる子がいた。


 花音(かのん)ちゃん。


 いつも静かで、笑うときは笑うけど、声は小さめ。

 今も、黒板の前まで来てるのに、最後の一歩が出ない。


「花音ちゃんもおいでおいでー」


「端でもいいじゃん!」


 軽い声が飛ぶ。

 花音ちゃんは、小さく首を振った。


「……ごめん。今日は、やめとく」


 その言い方は、すごく丁寧だった。

 でも、そこにあるのは「恥ずかしい」じゃなくて、「イヤ」だった。


 誰かが笑いながら言った。


「えー、いいじゃん、写真ぐらい」


「ほら、今日だけだし!」


 花音ちゃんは、口元だけ笑ってみせる。

 だけど、その笑いが硬い。

 プラスチックのスプーンみたいな笑い。


「……私、写真写り悪いから」


「そんなことないって!」


 女の子の誰かが、いつものノリで返す。

 周りも「そうそう」って笑って、空気を軽くしようとする。


 でも、花音ちゃんの目だけ、笑ってなかった。


 そのとき。


 前のほうから、低い声が落ちた。

 怒鳴ってない。机も叩いてない。

 なのに、教室の音が、ふっと切れた。


「やめてください。笑うことじゃないです」


 久住くんだった。


 笑い声が途中で止まる。

 誰かが息を吸う音が、やけに大きい。

 椅子のきしみが、ひとつ、ギギって鳴った。


 ……また、止まった。


 空気が、止まる。

 それが久住くんの特技みたいに見えてしまうのが、ちょっと怖い。

 そして、あたしの心臓が、また勝手に跳ねる。


 クリスマス係の子が、あわてて笑ってみせた。


「あ、えっと……じゃあさ、写れる人だけで! ね!」


 切り替えようとする声。

 いつもの明るい声。

 でも、止まった空気は、すぐには戻らない。


 花音ちゃんは、少しだけ目を伏せた。

 それから、急に顔を上げた。


「私、写真撮るよ!」


 声は大きくないのに、はっきりしてた。

 さっきまでの硬い笑いじゃなくて、ちゃんとした声。


「え、助かる!」


「お願い、花音ちゃん!」


 係の子がスマホを渡す。

 花音ちゃんは受け取って、黒板から少し離れて構える。


 写真を撮る側に回っただけで、花音ちゃんの肩がちょっと楽になったのが、わかった。

 あたしはそれを見て、胸の奥の石が少しだけ転がった気がした。


「じゃあ、いくよー! はい、チーズ!」


 写る派だけが、黒板の前で笑う。

 写らない派は、写さない。

 それでいい。


 シャッター音が鳴った瞬間、空気がようやく動き出した。


 あたしは、笑ってるフリをしながら、久住くんの横顔を見た。

 久住くんは、もう何事もなかったみたいに、少しだけ視線を下げていた。


 ……あたし以外のことでも、止めるんだ。


 わかってたはずなのに、胸がざわつく。

 あたしはそのざわつきを、鈴の音みたいにごまかして、また笑った。


*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+


 写真を撮り終わったあと、教室はまた、いつものざわざわに戻った。

 笑い声も、椅子の音も、モールのきらきらも。


 なのに、あたしの中だけ、ひとつだけ音が消えない。

 さっきの、久住くんの声。


「やめてください。笑うことじゃないです」


 花音ちゃんの硬い笑い。

 止まった空気。

 そして、花音ちゃんが「撮る側」を選んだ瞬間の、あの軽さ。


 あたしの誤爆でも、陽太の噂でも、今日の写真でも。

 久住くんは、誰かが困ってる顔をしてると、線を引く。


 それが、やさしい。

 それが、かっこいい。

 それが、ずるい。


 ずるい。もっと好きになっちゃう。


 心臓だけが、勝手に跳ねて、勝手に決めて、勝手に疲れていく。

 あたしは、サンタの鈴よりうるさい自分の鼓動に、こっそりため息をついた。


 久住くんのほうを見ると、もう普通にしてる。

 プリントの角をそろえるみたいな、いつもの静けさ。

 あたしだけが、勝手にぐちゃぐちゃ。


 このまま近づいたら、どうなるんだろう。

 お礼を言いたいだけなのに。

 目が合っただけで息が変になるのに。

 もし話しかけたら、あたし、ちゃんと立っていられる?


 ……もう近づかないほうがいい?


 逃げたいわけじゃない。

 でも、近づいたら、あたしがあたしじゃなくなっちゃう気がする。

 声も、顔も、ぜんぶ変なやつに乗っ取られそう。


 あたしは、リボンの端をぎゅっと握って、心の中で結論を出した。


 なるべく、近づかない。


 ……その方が、まだマシ。たぶん。

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