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日向野あかりは、親友に送るはずの恋をグルチャに誤爆した。  作者: なかすあき
7章 敬語男子を意識しすぎておかしくなっちゃった。
14/21

7-2

 廊下から教室に戻ると、あたしの前の席に、さやがいた。

 いつもみたいに、机にひじをついて、目だけこっちを見る。


 そして、開口一番。


「さっきのなにあれ。今日のあかり、挙動不審すぎ」


 言い方は笑ってる。

 でも、さやの目が、ちょっとだけ鋭い。


「え? べつにキョドってないし。ふつうだし、ふつう」


 あたしは笑った。

 たぶん、笑えてない笑い。


 さやは一回だけ、あたしの顔をじっと見た。

 そのまま、声のトーンを落とす。


「……ねえ、ほんとに大丈夫? 無理してない?」


 その優しさが、逆に痛い。

 だいじょうぶって言えばいいのに、あたしの口はいつも変な方向に逃げる。


「だいじょうぶだって。ほら、あたしって元気のかたまりじゃん」


 へらへら。

 へらへらへら。

 自分でも、笑いが乾いてるのがわかる。


 さやの眉が、ほんの少し動いた。

 それから、ため息みたいに言った。


「……ほんとに久住(くずみ)が好きなの?」


 え。

 その名前、今ここで出すの、反則。教室の真ん中で。


「ちがうって! そんなんじゃないし!」


 声がひっくり返った。

 自分でもびっくりした。教室の空気まで一瞬止まった気がする。


 さやは、笑ってごまかすあたしを見て、口をとがらせた。

 今にも泣きそうな目で、見上げて言う。


「……似合わないよ、あかりには」


 ふてくされた声。

 正しいことを言いたいんじゃなくて、悔しいって気持ちを隠せていないような声。


 あたしは、なぜかすぐ反論できなかった。

「似合う似合わない」って何。

 じゃあ、あたしには何が似合うの。


 言いたいのに、言えない。

 かわりに出たのは、またあれ。


「……あはは」


 最悪。

 あたしのへらへら、今日ずっと働きすぎ。


 さやは、感情を隠さずに言う。


「ふーん」


 それだけ。

 いつもより短くて、冷たい。

 たった一ミリなのに、距離ができたってわかる。


 言えないの、ももには言えるのに。


 ももには、画面の向こうだから言える。

 スタンプでごまかしても笑ってくれるし、言葉がつっかえても待ってくれる。


 でも、さやは目の前にいる。

 あたしの顔も、声も、ぜんぶ見える。

 しかも、久住くんと同じ空間にいる。


 だからって、親友に言えないって、良いことではないよね。


 あたしは机に手を置いて、指先だけぎゅっと握った。

 そのまま、さやのほうを見られなかった。


*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+


 家に帰った瞬間、あたしはカバンを床に落とした。

 ドサッ、って音がして、やっと「今日が終わった」って実感する。


 部屋の電気をつけて、ベッドに倒れこむ。制服のまま。

 天井が白い。白すぎて、逆にムカつく。


 やばい。脳みそが、ずっと教室に居残りしてる。


 スマホを手に取る。

 通知は静か。静かすぎて、逆に怖い。

 そのまま、あたしは迷わず連絡先を押した。


 プルル。

 プルル。


『もしもし? ……おお、なんかあったか』


 ももの声。

 それだけで、肩の力がふっと抜ける。


「……死にそう」


 言った瞬間、自分でちょっと笑った。

 死にそうって、便利な言葉だ。ほんとは死なないけど、今の気持ちにはちょうどいい。


『はいはい。死にそうな人、説明どうぞ』


 ももは、あっさりしてる。

 そのあっさりが、今は救命具みたい。


「あのさ……ここ数日、いろいろあってさ」


 あたしは、ベッドの上で体を丸める。

 スマホを耳に押しつけて、最近の一連のことを、短く並べた。

 誤爆。推理合戦。止めた久住くん。陽太のこと。さやのこと。


「でね」


 言葉がつまる。

 でも、ももには言えた。目の前じゃないから。声が震えても、顔が赤くても、見えないから。


「久住くんの前だと、声が出ない」


『うん』


「助けられると、近づけなくなる。なんか……逃げたくなる」


『ふむふむ』


「クラスのみんなからの目が、しんどい。笑われてる気がして。勝手に心臓が忙しい」


『心臓だけブラック企業に就職してんだ』


「そう、それ! 心臓、働きすぎ」


 あたしは少しだけ笑って、すぐ息を吐く。


「で、さやにも……うまく言えない。親友なのに。言えないのに、へらへらして、余計に変になる」


 電話の向こうで、ももがふっと鼻で笑った。


『つまり、恋でバグってるってことね』


「なんか、まとめ方雑じゃない?」


『そんなことないよ。喋れなくても、心臓のほうはめっちゃ叫んでるんでしょ』


「うるさい。なんでわかるの」


『わかるよ。あかりってそういうとこあるもん。元気なときも、元気の見せ方が全力すぎる』


 ももの言葉は軽いのに、ちゃんと当たる。

 当たるから、あんまり痛くない。


『それにさ』


 ももが、少しだけまじめな声になる。


『助けられると近づけないって、ぜいたくな悩みね』


「ぜいたくって言うな。あたしは真剣なんだぞ」


『知ってる知ってる。真剣だから笑えるんだよ。真剣って、たまに面白い方向に転ぶから』


 それ、あたしのことだ。

 今日ずっと、変な方向に転んでた。


 しばらく黙ると、ももが言った。


『さやちゃんのことはさ。たぶん、あかりのこと大好きなんだね』


「……それ、知ってるよ。知ってるのに、刺さる」


『うん。好きだから刺さるんだよ。親友って、近いぶん、痛いんだろうね』


 あたしは枕に顔をうずめた。

 声が少しこもる。


「どうしたらいいの」


 すると、ももはすぐ答えを出さなかった。

 一拍おいて、いつものテンポで言う。


『全部いっぺんに解決しなくていいんじゃない』


「……うん」


『今日できるのは、深呼吸と』


 ももが、言葉を選ぶみたいに、ゆっくり言う。


『自分の気持ちをごまかさないこと』


 その瞬間、胸の奥が、少しだけ静かになった。

 教室の音が、遠のく。


 あたしは息を吸って、吐いた。

 ほんとに、深呼吸してみた。

 びっくりするくらい、ちゃんと空気が入った。


「……もも」


『なに』


「今、深呼吸したら、生き返った」


『よかったね。じゃあ明日は半死くらいで行けるよ』


「それ、回復してないじゃん」


『半死はね、がんばってる証拠。あかり、今日はよく耐えた。えらい』


 ももが笑う。

 あたしも、笑う。今度は、ちょっとだけ本物。


 通話を切ったあと、スマホを胸に乗せて、天井を見る。

 まだ白い。白すぎるのは変わらない。


 でも、さっきよりはマシだった。


 ごまかさない。


 その言葉を、小さく心の中で繰り返す。

 明日、また声が迷子になっても。

 せめて、自分の気持ちだけは、置いていかないように。

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