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日向野あかりは、親友に送るはずの恋をグルチャに誤爆した。  作者: なかすあき
5章 幼なじみからの告白は定番の体育館裏だった。
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5-2

 陽太が、笑みを浮かべながら待ってる。

 いつもの軽い顔を作ってるのに、目の奥だけは真剣で、逃げられない。


 あたしは、息を吸った。白い息が出た。

 そのまま、勢いで声も発する。


「……ごめん」


 言えた。まず、それがえらい。自分で自分をほめたい。


「今、そういうの……考えられなくて」


 言いながら、胸の中で小声でつっこむ。

 考えられない、は嘘。

 むしろ考えすぎて、頭がこんがらがってる。糸が絡まってほどけない感じ。


 でも、それを全部言ったら、もっとややこしくなる。

 だから。


「陽太のことは大事な友達だよ」


 陽太の眉が、ほんの少し動いた。笑いが止まりかける。

 あたしは、急いで続ける。ここでごまかしたら、いちばんだめ。


「だからこそ、曖昧にしたくない」


 言い切ったら、風が一段冷たくなった気がした。

 遠くに聞こえていた部活の声が、またふつうの距離に戻る。


 陽太は口を開いて、なにかを言おうとして、閉じる。

 コートからつき出された手が、ぎゅっと握られてるのが見えた。

 あたしはそれを見て、胸の奥がきゅっとなる。


 ごめん。

 ごめん、って言ったのに、もう一回言いたくなる。


 でも、もう曖昧にはしない。

 それだけは、決めた。


 陽太は、しばらく動かなかった。

 握られていた手が、開かれているのが見える。

 それから、陽太は息を吐いた。白い息が、ゆっくり消える。


「……そっか」


 短い。

 短いのに、ちゃんと重い。


 陽太は一拍置いて、口の端だけで笑った。

 笑った、というより「笑う形を作った」って感じ。


「ありがとな、ちゃんと言ってくれて」


 その言い方が、ずるい。

 やさしいのが、ずるい。

 あたし、今の一言で、もう一回「ごめん」って言いたくなる。


 でも、言わなかった。

 言ったら、陽太がもっとがんばって笑う気がしたから。


 陽太は、もう一回だけ笑おうとして、途中であきらめたみたいに目をそらした。

 そして、体の向きを変える。


 走っていかない。

 ただ、少しだけ早い歩き方で、体育館の角の向こうへ行く。


 背中が、いつもより小さく見えた。

 あたしは、その背中を見ながら、胸の奥がじわっと痛くなる。


 ごめん……って言いたいのに。


 それより先に、分かってしまった。


 あたし、久住(くずみ)くんが好きなんだ。こんなに。


 口に出してないのに、頭の中で言っただけで、心臓が「はい」って返事をした。

 どきどき、痛いぐらい。

 最低だ。こんな形で自覚して。

 でも、たぶん、これが本当だ。


 風がまた吹いて、ほっぺが冷たくなる。

 息を吸ったら、のどの奥が少しだけ痛い。


 あたしはその場に立ったまま、スマホを握り直した。

 画面は真っ暗。

 なのに、見えない通知みたいに、さっきの言葉が何度も点滅する。


 ――久住くんが好き。


 言えたわけじゃない。

 なのに、もう戻れない感じだけが、はっきり残っていた。


*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+


 家に帰ったら、世界が急に静かになった。


 さっきまで、体育館裏の風とか、遠くの掛け声とか、コンクリの冷たさとか。そういう“音”のあるものに囲まれてたのに。

 いまは、玄関の「ただいま」も、リビングのテレビの音も、ぜんぶ遠い。


 自分の部屋に入って、制服のままベッドに倒れこむ。

 ばふ、って音がして、あたしの体だけが帰宅を認めた。


 スマホを机の上に置いてみる。

 ……置いても、心臓は机に置けない。便利じゃない。


 画面は静か。

 通知もない。

 さっきまでの世界が嘘みたい。


 ――陽太、今どんな顔してるんだろ。

 ――さや、明日ぜったい何か聞いてくる。

 ――クラスの男子、また「推理」ってふざけるんだ。

 ――久住くんは、いつも通りなんだろうな。


 考えるのは勝手に始まる。止めるボタンがない。

 頭って、アプリの終了できないタイプなんだっけ。


 そのとき。


 ぶるっ。


 スマホが、机の上で小さく震えた。

 音じゃなくて、気配だけで来たってわかるやつ。


 画面をひらく。

 送信者は――森田陽太。


 短いメッセージが、ひとつだけ。


『明日、普通にするから』


 ……普通。

 その二文字が、やさしいのに、なぜか怖い。


 たぶん、陽太は「大丈夫だよ」って言いたいんだ。

 たぶん、あたしを困らせないようにしてくれてる。


 わかる。わかるよ。


 でも。


 あたしは、ベッドの上でスマホを握ったまま、天井に目を向けた。

 天井は今日も白い。ぜんぜん助けてくれない。


 ……それが一番、むずいんだよ。


 声に出さない。出したら、泣きそうだったから。

 泣くほどじゃないのに、泣きそうって、いちばん困る。


 “普通”って、いちばん難しい。


 普通に笑う。

 普通に目を合わせる。

 普通に「おはよう」って言う。

 普通に、何もなかったみたいに。


 ……それ、どこのスーパーマンの能力?


 スマホの画面は明るいままなのに、部屋はどんどん暗くなっていく気がした。

 あたしは、返信の欄を開いて、指を止めた。


「うん」も、「ありがとう」も、「ごめん」も、うまく入らない。


 結局、送らないまま、画面を閉じた。


 明日。

 明日って言葉が、今日はやけに重い。


 でも、時間は止まらない。

 スマホみたいにスリープして誤魔化せない。


 あたしは息を吸って、ゆっくり吐いた。

 白い息は出ない。家の中はあったかい。

 なのに胸の奥だけ、ずっと冬だった。

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