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灰燼年代記  作者: kira
プロローグ
9/11

王国の未来

王国の未来


 王都の防壁は、まだ立っていた。

 城門も、城壁も、崩れてはいない。


 それでも、エルネシアには分かっていた。

 この朝は、すでに昨日とは違う。


 夜明けとともに始まった攻撃は、正確で、冷酷だった。

 帝国軍は城壁に殺到しない。

 投石も、破城槌も、まだ使われない。


 ただ、矢と火と、小規模な突撃だけが、繰り返される。

 城壁の上では、兵が倒れ、補充され、また倒れる。

 戦線は保たれている。

 だが、確実に、すり減っていた。


 兵たちの顔には、疲労よりも困惑があった。

 本格的な攻城戦を想像していた者ほど、この静かな削り合いに耐えられなかった。


 ――なぜ、終わらない。

 ――なぜ、決めに来ない。


 答えは一つだった。

 帝国は、時間を武器にしている。


 城壁の上で、バルドゥスはそれを見抜いていた。

 老将の鎧はすでに傷だらけで、血と煤に塗れている。

 それでも彼は立っていた。

 剣を握り、声を張り、兵を叱咤し続けていた。


「下を向くな!

 盾を上げろ、槍を構えろ!

 ここは、まだ王国だ!」


 声は掠れていたが、確かだった。

 その背に、兵たちは縋るように視線を集める。


 そして――


 城壁の中央。

 最も激しい地点に、アウレリウスが立っていた。


 王太子は、若かった。

 鎧はまだ新しく、体格も兵たちより細い。

 だが、その声だけは、誰よりも大きかった。


「下がるな!」


 血と泥に濡れた城壁の上で、彼は剣を掲げた。


「ここを越えさせるな!

 この都の先にあるのは、家族だ!

 畑だ!

 明日だ!」


 一瞬、兵たちの目に光が戻った。


「俺たちは、まだ負けていない!

 この王都がある限り、王国は生きている!」


 その言葉は、嘘ではなかった。

 少なくとも、その瞬間までは。


 兵たちは応えた。

 盾を打ち鳴らし、声を張り、城壁から身を乗り出す。


 四半刻。

 ほんのわずかな時間。


 王国軍は、確かに盛り返した。


 帝国兵が押し返され、梯子が落とされ、矢が止む。

 歓声に近い叫びが上がる。


 ――いける。

 ――まだ、戦える。


 バルドゥスは、その光景を見ていた。

 胸の奥が、ひどく痛んだ。


 ああ、と。

 これが、王国の未来だったのだと。


 若く、未熟で、だが確かに前を向いている。

 この背中を、守り続けることができれば――


 その瞬間だった。


 帝国の弓兵が、一斉に動いた。

 狙いは一つ。


 王太子の胸。


 アウレリウスは、声を上げる暇もなかった。

 剣を振り上げたまま、身体が揺れ、

 次の瞬間、城壁に叩きつけられるように倒れた。


――静寂。

錯覚かもしれない。

だが確かに、いっさいの音が消えた。

怒号も、悲鳴も、断末魔も――すべてが意味を失った。


 一拍。


 次の瞬間、世界が――落ちてきた。


 どこかで石が崩れる鈍い音。

 引き裂かれるような叫び。

 金属が擦れる甲高い悲鳴。

 足元で盾が転がる音。


 音は戻ったのではなかった。

 一斉に、叩きつけられた。


 血の匂いが鼻を刺す。

 汗と恐怖と排泄物が混じった、生臭い空気。

 焦げた革と、焼けた肉の甘い腐臭。


 誰かが王太子の名を呼んだ。

 声は途中で嗚咽に変わり、言葉にならなかった。


 時間が、再開してしまった。


 そして再開した世界は、

 さっきまでの世界とは変わっていた。


 兵たちは、崩れた。

 声を失い、隊列を失い、ただ逃げる。


 バルドゥスは、動かなかった。

 倒れたアウレリウスを見下ろし、

 その小さな身体が、もう動かないことを理解した。


 王国の未来は、ここで終わった。


 老将は、剣を握り直した。

 まだ、役目が残っている。


 守るべきは、もう一つだけだった。


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