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灰燼年代記  作者: kira
プロローグ
8/11

終わりの始まり

終わりの始まり




 最初に崩れたのは、隊列ではなかった。

 心だった。


 帝国軍は、城門へ向かわなかった。

 梯子も、破城槌も、まだ姿を見せない。


 代わりに放たれたのは、矢だった。


 間隔は一定。

 狙いは正確。

 感情の介在しない、作業としての殺意。


 城壁の上で、兵士が膝をついた。

 喉に矢を受け、言葉にならない音を漏らす。

 血が、鎧の隙間から噴き出し、石の上に広がった。


 誰かが彼を引きずろうとする。

 だが、その腕もまた、次の矢に射抜かれる。


 助ける、という行為が、命取りになる。


 それを理解するまでに、そう時間はかからなかった。


 「動くな!」


 誰かが叫ぶ。

 だが、その声は恐怖で裏返っている。


 動かなければ死ぬ。

 動いても死ぬ。


 兵士たちは、どちらを選べばいいのか分からないまま、ただ立ち尽くした。


 帝国軍は、近づかない。

 退きもしない。


 矢の雨だけが、一定の呼吸で降り注ぐ。


 その規則正しさが、何よりも兵士たちの心を削った。

 怒号も、突撃もない。

 敵は、こちらの恐怖に一切興味を示していない。


 自分たちは、ただの的だ。


 城内でも、変化は始まっていた。


 遠くから聞こえる、鈍い衝撃音。

 壁に当たる矢の音。

 そして、時折混じる、短い悲鳴。


 市民たちは、それが何を意味するのか理解している。

 理解しているからこそ、誰も声を上げない。


 母親は子どもの口を塞ぎ、

 老人は壁に背を預け、

 若者は、使い道のない刃物を握り締める。


 誰もが、自分が殺される番を待っている。


 城壁の上で、アウレリウスは剣を抜いた。


 敵に向けてではない。

 兵士たちに向けてだ。


 刃を掲げ、ただそれを見せる。

 言葉はない。


 それだけで、数人の兵士が我に返った。

 逃げかけていた足が止まり、背筋が伸びる。


 王太子が立っている。

 それだけで、まだ戦っている気になれる。


 だが、次の瞬間、矢が飛んだ。


 アウレリウスのすぐ横で、兵士の頭部が弾けた。

 血と骨片が、空気中に散る。


 一瞬の静寂。

 そして、嘔吐する音。


 誰かが鎧の内側で吐いた。

 誰かが泣き始めた。


 士気は、音を立てて崩れていく。


 バルドゥスは、それを止めるために前に出た。


 矢が飛ぶ中、老将は城壁の縁に立ち、盾を掲げる。

 その背中は、小さく、頼りなく、それでも確かだった。


 「持ちこたえろ」


 声は低く、短い。

 命令でも、叱咤でもない。


 それでも兵士たちは、その声に縋りつく。

 この老人が立っている限り、まだ「戦」なのだと信じたかった。


 だが、現実は容赦がなかった。


 矢は、老将の肩を貫いた。

 次の矢が、腿に突き刺さる。


 それでもバルドゥスは倒れない。

 歯を食いしばり、血を吐きながら、盾を下ろさない。


 帝国軍は、それを見て、評価する。


 狙いが、わずかに変わった。


 老将の周囲に、矢が集中する。


 殺すためではない。

 折るためだ。


 数分後、バルドゥスは膝をついた。

 盾が落ちる。


 それを合図にしたかのように、城壁の一角が崩れた。


 誰かが逃げ出した。

 それを見て、また一人、また一人と続く。


 逃げる者を、止める者はいない。

 止めたところで、どうにもならないからだ。


 アウレリウスは、叫ばなかった。


 ただ、剣を構え、前に出る。


 その背中に、数人が続く。

 それが限界だった。


 帝国軍は、まだ城門に手をかけていない。


 だが、王都はすでに、戦場として完成していた。


 恐怖が支配し、

 秩序が崩れ、

 希望が、確実に削られていく。


 これは、小競り合いではない。


 終わりの始まりだった。


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