王都リュミエラ
リュミエル王国 王都リュミエラ
王都リュミエラは、朝の光の中で、永遠が続くかのように輝いていた。
白い石で舗装された大通りには淡い光が反射し、街路樹の葉が風に揺れて、さざ波のような音を立てている。都市でありながら、ここでは自然が拒まれることはなく、建物と木々、水路と広場は、最初からそうあるべき形で並んでいた。
水路を流れる水は澄み、橋の上では旅人が足を止めて街を見上げる。
遠方から来た商人たちは、王都の清潔さと治安の良さを褒め、多少高くなった宿代や食事代にも笑って金を払った。最近、物の値が少しずつ上がっていることに気づく者はいたが、それを不吉だと考える者はいなかった。王都は繁盛している――それが共通認識だった。
市場には、異なる種族が肩を並べていた。
果物を売るドワーフ、香辛料を量る人族、装飾品を勧めるエルフ。言葉も習慣も違うが、値段をめぐる軽口と笑い声は同じだった。子どもたちは兵士の足元を走り抜け、叱られる代わりに頭を撫でられる。
兵士たちは鎧を着け、槍を持ちながらも、どこか緊張感に欠けていた。
門番は旅人と冗談を交わし、巡回兵は顔見知りの商人に手を振る。身分の差はあっても、そこに隔たりはなく、兵士もまた「この街の一員」だった。戦争は物語の中の出来事であり、この王都では現実ではなかった。
王城の庭園もまた、その延長にあった。
白い柱の回廊、整えられた芝、花の香り。都市の中心にありながら、ここは静かで、世界が穏やかに循環している場所だった。
エルネシア・リュミエルは、回廊に立ち、その光景を見渡していた。
エルフの血を引く王女として生まれ、剣も政も学び、正しさを疑わずに育った。
王国は平和だった。
多民族が共に生き、帝国に対しても無益な敵意を持たなかった。正義は、正義であるだけで価値がある――そう信じられるだけの時間が、この国にはあった。
「姉上」
声をかけたのは、弟――王太子アウレリウス・リュミエルだった。
建国王と同じ名を持ち、次代を担う者として育てられた少年は、庭園の静けさの中で、わずかに眉を寄せていた。
「国境からの報告が増えています。些細なことだと言われていますが……」
言葉を濁すその様子に、エルネシアは気づいた。
この城で、本気の不安を口にすることは、どこか場違いだった。
「大丈夫よ」
エルネシアは微笑んだ。
それは弟に向けた言葉であり、自分自身に言い聞かせるための言葉でもあった。
「戦争なんて、起きない。起こしてはいけない」
背後で、老人が静かに咳払いをした。
エルネシアの教育係であり、かつて王国軍を率いた老将――バルドゥスだった。
「王女殿下」
穏やかな声だったが、そこには経験だけが持つ重みがあった。
「平和は、疑われなくなったときに、最も脆くなります」
庭園の空気が、一瞬だけ張り詰める。
だが風が木々を揺らし、水音がその緊張を押し流した。
「ご忠告は胸に留めます、将軍」
エルネシアはそう答えた。
老将はそれ以上何も言わず、ただ一礼した。
誰もが、このやり取りを深刻には受け取らなかった。
庭園の外では、王都が今日も変わらず息づいている。
街は光に満ち、人々は明日も同じ一日が続くと疑っていなかった。
笑顔は本物で、幸福は確かに存在していた。
この平和が、どれほど脆い均衡の上に成り立っているのか。
それを本気で考えていた者は、まだ、ほとんどいなかった。




