未来なき門
未来なき門
城門が壊れる音は、雷に似ていた。
乾いた破砕音が、空気を震わせ、地面を揺らす。
それは一度きりではなく、何度も、何度も繰り返された。
王都正門。
白く磨かれていたはずの巨大な扉は、すでに原形を失い、鉄の補強材が剥き出しになっている。
攻城槌が振り下ろされるたび、木と石と金属が悲鳴を上げた。
その音が聞こえた瞬間、城内の人々は理解した。
――終わった。
城門が爆ぜた。
石と鉄と木片が宙を舞い、門前の兵を押し潰す。
白い粉塵が視界を奪い、その向こうから――流れが来た。
帝国軍。
盾を揃え、槍を前に、止まらない。
攻めるためではない。
踏み潰すための前進だった。
悲鳴が上がる。
命令ではない。
統率でもない。
ただの、人間の声。
「門が……!」
「中に入られた!」
「逃げろ!」
王都は、戦場ではなくなった。
狩場だった。
帝国軍が通った場所には、秩序が残らなかった。
残ったのは、
倒れた身体と、剥ぎ取られた痕跡だけだった。
男は、足を止めた瞬間に斬られた。
抵抗した者も、懇願した者も、同じだった。
刃が振るわれる音は短い。
その後に残るのは、
空気を裂く吐息と、地面に落ちる重い音だけだ。
女たちは、生かされた。
それが、救いであるはずがなかった。
引き倒される音。
布が裂ける音。
必死に息を詰める音。
欲望の手に晒される。
声は、途中で変わる。
叫びにならず、言葉にもならず、
ただ喉の奥で潰れていく。
生きている者は、捕らえられた。
生き残れなかった者は、そこに捨てられた。
残ったのは、血と、
踏み荒らされた石畳と、
甘く濃い恐怖の匂いだけだった。
帝国軍は、振り返らない。
それが日常であるかのように、前へ進む。
瓦礫の影で、エルフの一団が見つかった。
怯えた息遣い。
耳飾りが震え、かすかに鳴る。
帝国兵は、ほんの一瞬、匂いを嗅ぐように鼻を動かした。
次の瞬間、刃が振るわれる。
首が落ちる音は、重い。
血が噴き、土と混じり、甘い臭気が広がる。
女たちが引き離される。
爪が石を引っ掻く音。
膝が打ちつけられる乾音。
裂けた布から、汗と恐怖の匂いが漏れる。
助けを求める声が、裂ける。
「――だれか――」
その声は、確かに、王女のいる方角だった。
だが、エルネシアには見えなかった。
バルドゥスが、前に出ていた。
老いた身体が、視界と世界を遮る。
背後で、声が途切れる。
代わりに聞こえたのは、
短く吸い込まれる息と、下卑た帝国兵の笑い声だけだった。
その後、言語を持たない声が続いたが、それもやがて消えた。
エルネシアの耳に残ったのは、
奪われた尊厳、与えられた絶望、
全てを諦めた女の断末魔だった。
それが、消えなかった。
叫びは、減らなかった。
ただ、向きが揃っていった。
人々は、城へ向かって走っていた。
背後にあるのは、破られた門。
前にあるのは、最後に残った「守られているはずの場所」。
倒れる者もいる。
踏み越えられる者もいる。
だが、ここにはまだ――死体はない。
帝国軍は、まだ来ていなかった。
城に近づくほど、街路は混み合っていた。
逃げ遅れた民が、自然と城門へと集まっていた。
そして、そこで――止められる。
城門は、閉ざされていた。
内側から、固く。
意思をもって。
「開けてくれ!」
怒号が上がる。
続いて、嗚咽。
泣き声。
罵声。
祈り。
扉を叩く音が重なり、拳が血に染まる。
子を抱き上げ、門へ突き出す者もいる。
縋りつくように跪き、名も知らぬ貴族の名を叫ぶ者もいる。
だが、扉は開かない。
城は、選んだのだ。
守る者と、捨てる者を。
内側にいる貴族たちは、沈黙していた。
沈黙こそが、決断だった。
民は理解する。
――入れない。
――ここも、終わりだ。
怒りが混じり、絶望が濃くなる。
泣き声は、次第に獣じみた響きを帯びていく。
恐怖が、群れになる。
押し合い、叫び合い、
誰かが倒れ、踏まれ、
それでも、扉は開かない。
後ろで、金属音がした。
振り返った者から、声を失った。
帝国軍が、近づいていた。
その瞬間、
城門に向いていた身体が、ばらばらに散る。
走る。
躓く。
突き飛ばす。
誰も、もう誰も助けない。
助ければ、次は自分がそうなると、
全員が知ってしまったからだ。
その群れの脇を、
王女とバルドゥスは通り過ぎていた。
隠し通路。
石が動く音は、小さい。
だが、外の世界を切り落とすには、十分だった。
最後に聞こえたのは、
扉を叩く鈍い音と、
名を呼ぶ声だった。
それが誰のものだったのか、
エルネシアには分からない。
分かってしまうことの方が、
恐ろしかった。
石が閉じる。
叫びが、途切れる。
その沈黙は、
救いではなく、
選別の音だった。
エルネシアは、振り返らなかった。
振り返れば、
見捨てたことを、
選ばれたことを、
生き残った理由を、
すべて理解してしまうからだ。
――それでも、生きるために。




