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灰燼年代記  作者: kira
灰燼年代記
1/11

灰燼年代記「巻頭断章」

※本作は、精神的に重い描写を含みます。

※R15指定です。

―灰燼年代記・巻頭断章――


その地に、いま名はない。

かつて名があったと、

石と歌と血が語るのみである。


白き城壁は天を支え、

門は幾度も凱旋を数えたという。

されど年月はその数を忘れ、

風は名を削り、

都はただの影となった。


剣の音は砂に沈み、

軍靴の響きは土に溶け、

帝国の言葉を刻んだ石は、

焚火の囲いとして

夜をしのぐために積まれている。


書は残る。

それらは口をそろえて記す。

――ここは、かつて世界の臍であった、と。


ある書は言う。

戦は秩序を生み、

血は平和を招いた、と。


ある歌はうたう。

剣を掲げし者あり、

夜を裂き、

暁を呼び戻した、と。


ある祈りは宣する。

狂乱も、流血も、

すべては高き意志の

影にすぎぬ、と。


されど、

それらの言葉が拾わぬものがある。


それは、

名を与えられぬまま倒れた者の息であり、

意味を知らされぬまま折れた願いである。


生あるうち、

意味は与えられぬ。

死して後、

名は集められる。


しかもその名は、

火にくべられ、

祈りに溶かされ、

別の声として歌われる。


英雄と呼ばれし者は、

己が英雄なることを

知らずに土へ還った。

象徴と祀られし者は、

拒む言葉を

持たぬまま沈んだ。


碑は名を刻めど、

声を刻まず。

墓は花を受けど、

願いを知らず。


それでも歯車は回り、

時は止まらず、

血によって立った国があり、

正義の名を掲げた滅びがあった。


王があり、

皇子があり、

剣を取った者、

祈りを掲げた者、

名を持たぬ屍、

数え切れぬ影があった。


国境の寒き地に、

ひとりの子が生まれたと記す書がある。

彼は剣を欲さず、

栄光を夢見ず、

ただ、隣に立つ者を

守らんとしたという。


その願いが、

どこへ届いたかを記す頁は、

欠けている。


正義を信じし血があり、

平和を語りし声があったとも、

書は断片的に伝える。

されど結末を、

一つに定める文は存在しない。


後の世は、

彼らに名を与え、

形を与え、

物語を与えた。


救世主と呼び、

裏切り者と断じ、

神話として編み直した。


されど彼らは、

いずれの名も知らず、

いずれの歌も聞かず、

ただ土に還った。


時はさらに流れ、

旗は塗り替えられ、

自由は歌われ、

鎖は姿を変えた。


そして、

すべてが風となった頃、

都の影に、

小さき命が生まれ落ちたという。


彼女が何を見、

何を信じ、

何を失ったかを、

知る書はない。


あるはただ、

この世界が、

かつて無数の願いの上に

築かれていたという

曖昧な記憶のみ。


――これを、

灰燼年代記と呼ぶ声があった。


救いを記すためではなく、

意味を定めるためでもなく、

ただ、

そうであったと

語り継ぐために。



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