第三部2
金髪と碧青の瞳を持つ、できすぎの女に対するもやもやとしたものは、遅い夕食を取った後も変わらなかった。
いや、むしろ相変わらずの一部の隙も無い、完璧な手つき振る舞いの様子に益々助長されるかのようだった。
二人。
ソ連の頂点に立つ男にとって、今や当たり前の食卓。
ただ一人、身の回りも含めたあらゆる雑務対応を許した存在と囲む、食事の一時。
単に愛人と一緒に食べることに価値を見出しているわけでは、もちろんない。
全て用意させた料理は『先に』女が食べたのを確認してから口に入れるようにしている。
この程度の配慮は当然だった。
あらゆる意味でもただ一人の世話係たる女の存在というのは、利用価値が高いものだった。
カチャカチャと背中を見せて食器を下げる姿を眺めながら、そう思う。
そしてキッチンへと進んでいく後を、まもなくついていき、こちらを察しているのを承知の上で、腰の脇から腹側に手を回すように背後から緩く抱く。
不意打ちめいた咄嗟の接触に対する動揺や、困惑らしい一切の挙動もない。
柔らかくしなやかな、そして硬く冷たい無機物めいた。
多種多様な処理機能を持つ、とても有用な生体機械の感触。
「息子のことだが」
「……」
「聞えていたと思っていいかね?」
「申し訳ございません。そのつもりはなかったのですが」
「いや、別にいい。責めているわけではない。ただ、非常に恥ずかしいことなのだが……」
かたんっと、食器を収めた後の棚を締めてから、じっとその後の言葉を待つように小さな後頭部を向けて静かにたたずむ。
シャツの襟から覗く首筋の白さと細さ。
俺は昼間からの気恥ずかしさと苛立ちが混ざったものが、接触した場所から感じるもので、より高度に自己満足的欲求へと切り替わりつつあるのを自覚しながら切り出していく。
「彼に悪い虫が今後つくこともあるかもしれん。それがいささか心配なのだ」
「……御子息への御配慮は当然かと」
「うむ、そう言ってくれるとありがたいな。できの悪い子供を想わずにいられない、親ばかだと笑ってくれたまえ」
とんでもございません、と。
こちらの緩く甘い拘束が解かれぬほどの動きで、ゆっくりと振り返る。
そして酷くささやかな軽さでそっと、手を伸ばし。
「書記長の憂慮はどのようなことでも、ないにこしたことはありません」
俺の肩に触れた。
この女にとって最大限の、受け入れの表明。
大丈夫、何も問題はありません、どうぞ始めましょうという、雄弁な応答。
俺は正面からこの期に及んで全く微動だにしない、美しい造形物の出来に感動しつつ、また一つ手を打ったことに満足する。
これで確実に。
ベリヤはスターリンの息子を介して政治的に利用しようとするヤツらへの対策をするだろう。
ヤーコフへの融和的、情愛的な態度を俺がとったことは、すぐに広まっていくはず。
本人がまず黙っていないだろうし。
あるいはどこか何かを介して把握しただろう何者かが、情報として見逃すわけがない。
潜在的敵対勢力か、あるいは単純に絶対権力者におもねるためかどちらかは定かではないが、出来がいいとはいえない肉親など、冷たい政治理論の中で利用されないわけがないのだ。
特に、明らかに弱みとも脆弱性ともいえる属性も持ちつつあるようならば。
むしろ、不穏な動きを察知するためのカナリアになると思えばいい。
だからこうして、陰険かつ有能な内務責任者に連絡しておくにこしたことはない。
そのためのこその女であり、秘書であり、愛人なのだ。
エレーナという、鋼鉄の肌触りの美麗な機能性物質は。
俺も、ベリヤも、そして当人も口にせずとも暗黙の了解であり、契約に他ならなかった。
それこそが政治体制の頂点にあって効率的な関係性というものだった。
これで何の後顧の憂いもなく没頭できるというもの。
改めてこの、小癪で、生意気で、欲求を処理するのにうってつけの肉体に、ひと時耽溺することができると。
どれだけ乱れ、壊れるような、激しい生理反応の負荷があろうとも、必ずやるべきことは違えない。
つかの間、まるで息絶えたように感覚の汚泥に沈みこんだとしても、間も無く機能を取り戻し、完璧な動作を保証する。
俺は、その程度にはこの女を信用していた。




