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第二部8



「これは……」


 思わず目に留まった名前に反応してしまった。

 当然のように、相手をしていた男は訝し気に問うてくる。


「彼が何か? 能力実績から最適な配置をしたつもりだが」


 本来なら、満蒙平原での軍事衝突の総指揮を執っていたはずの。

 あの伝説的軍人が、よもやいち戦闘集団の指揮官とは。


(贅沢なものだ)


 そう笑ってしまう。


「ご機嫌のようだが、問題ないならばよろしいな。ではこちらからは以上、何か聞いておいた方がいいことがあれば言ってくれ」


 トハチェフスキーの明らかに硬く余裕のない顔は、心無し青ざめていた。

 これから向かう先を想えば致し方ないかもしれないが、必ずしもそれだけが原因ではないこともわかっていた。


「いや、結構だ。私はこと戦場における君のことは疑ってはおらん。さんざん仮想戦の研究もやっていたようだ。まず負けることはないとは思っているんだろう?」


「事前の情報と現地の様子を聞く限りは。だが、こと戦場においては、何事も『必ず』はないのも事実。私は己の責務を果たすことだけを考えるのみだ」


「ふふ、少々固いな。有意義な実地演習ができると思って、もっと肩の力を抜いた方がいいのではないかね?」


「……」


 こちらの砕けた物言いは全く有効ではなかったようだった。

 世界に先取り、史上初の機械化機動戦を行うはずの男はますます張りつめ、その圧力は限界まで高まりつつあるのが傍目にも明らかだった。


 僅かに口を開き、また閉じる。

 数拍、それを繰り返し、やっと喘ぐように言葉を発した。


「本当に……。あれは本気なのか?」


「? 極東の安定のために、きっちり完膚なきまでに叩いてほしいというのがそんなに不思議な要求かね?」


「違うっ!」


 惚けた物言いに我慢がならぬという風情で、吠えた。


「その後のことだっ」


 完全に真っ青な顔で冷や汗をかいているのか。

 想ったより、小心な男だ。

 こんなに動揺するとはな。


 東のことが済んだ後の予定を披歴されただけで。


「……先に君に言ってしまったのは失敗だったかな? でもまあ、軍司令官たる人間に言わぬわけにもいかぬしな。ふっ、そう構えなくてもいい。君が想っているほど、無茶な冒険というわけではないのだよ」


「ばかなっ、あんなことが……」


「安心したまえ、勝算はある。我が国は何があってもその一事を以て孤立することはない。外交については一切憂慮するようなことがないよう、調整しているのだから」


「に、西側の了承は得られているとでも?」


 しつこいな。

 めんどくさい奴だ。

 

 さっさと大好きな戦争にいけばいいのに。


 どうせどれだけ思い悩み葛藤して見せたとしても、結局お前みたいなヤツは自分を裏切れないに決まっているんだ。

 自分のカンネを、アウステルリッツを実現し、完成させたいという、パラノイアみたいな欲求をな。


 軍事という最も醜く暴力的な悪逆行為に価値を見出すキチガイなんだろう?

 素直になりゃいいんだ。


 でもそんなに表向きの安心が欲しいなら、くれてやるのもやぶさかではない。

 俺はやさしいからな。


「ああ、無論。それに万が一無理があるようでも、軍司令官の君にその、外交判断の責は問われんはずだろう? 全ては私が負うことだ」


 もちろん嘘だ。

 そんな約束も調略も何もない。


 俺が抑えているのは単に、未来がどうだったか知っているというだけだ。


 だがそれだけで十分だった。


「……わかった。とりあえずはその言葉を信じよう」


 単純にこちらの言い分を信じて割り切ったのか、あるいは処理が追い付かなくて目の前のことに集中すると腹を据えたのか。

 いずれにしろトハチェフスキーはようやく、自分を納得させたらしい。


 じっと恨みがましいような眼でこちらを見つめつつ。



「責務は果たす。何があろうとも」



 と、俺から見たら酷く大げさな風情で宣った。



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