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第二部1


 父親の代わりに、俺を教育したのは過激派組織のメンバーだった。

 早々に育児放棄としか言いようがない状態だった俺をアジトの隠れ家、あるいは自分の部屋で。


 一般常識から学校の勉強、あるいは共産主義、社会主義の歴史や思想、解釈など。

 さらには効率的な人体の破壊方法、社会システムの分断、マス操作のノウハウ、……テロのいろはまで。


 俺はすべてをヤツらから学んだ。

 アカどもの歪み切ったフィルタ越しの世界を、完璧に理解して把握するまで。


 決して感謝などしていないが、俺が社会へと接続する基本を作り上げたのがアイツらだったということは間違いない。

 その中には結果的に有意なものが多く含まれていたことは否定できない。


 思想理論の専門家で子供には到底理解できないはずの理屈ばっかり滔々と止まることなく語り続けたアイツとか。

 「今日の晩御飯」の献立のために料理を作りながら、効率的な尋問の仕方と急所の締めかたを喜々と語るあの女とか。

 九九の暗記を間違っても全く怒らずに気長に対応してくれたと思えば、社会主義思想家の名前を一つ間違えただけで烈火のごとく沸騰して打擲してきたキチガイ野郎とか。


 関わった人物それぞれへの想いの濃淡、好悪はあれども、どれも印象深く、俺のガキ時代を構成する主要なものだったのは違いない。

 中でも特に、仲間からは『ハカセ』と呼ばれていた男はあらゆる意味で忘れられない存在だった。


 『ゆうく〜ん』。


 そう間延びしたなんとも脱力しそうな声で俺を呼んだあの男。

 ぼさぼさの乱髪に、牛乳瓶底みたいなレンズの眼鏡、テロんっとしたロンTとジーパンの組み合わせで一年中過ごしていた、典型的な社会不適合者。


 組織のメンバーの中じゃ比較的、感性が若く、主に理系の勉強を教えてくれる以外にも、雑多な知識と経験をたくさん与えてくれた。

 ことにクソオヤジの方針というか思想というか、狂信のゆえに、現代的娯楽というものから一切遮断されていた俺が一番求めていたものを惜しみなくくれたのがコイツだったのだ。


 ハカセは見た目通りに、アニメ、マンガ、ゲームを代表とするあらゆるサブカルに通底した、いわゆるオタクだった。

 なぜ共産主義活動家になったのか不思議なくらい、その部屋には資本主義的文化活動の成果物が所せましと並んでおり、ハカセの家に行く機会があるたび、俺はうれしくてテンションが上がったものだった。


 俺がとりもなおさず、決定的に世間ずれしなくて済んだのは、間違いなくそのおかげだった。

 必要最低限の文化創作物についての素養をもてたのは絶対的にプラスだった。


 今思うと、あのハカセが許容されていたのもそういう、社会の中での迷彩機能としてだったのだろう。

 ようはスパイが敵国社会で目立たないようにする、あれだ。

 そう考えると、あくまでも過激派組織の教育の一環として、計画的に経験させられただけなのかもしれない。


 まあ、たとえ理由がなんであろうと、あの場所、あの時間の楽しさは本物だったのだけど。


 すごく楽しかったんだ。

 うれしかったんだ。


 ファミコンとかパソコンで遊ぶのが。

 学校のみんなと同じ玩具で、共通の話題が持てるのが。


 提供者であるハカセを嫌いになるわけがなかった。

 その間延びして、ちょっとアホっぽい呼び方も全然気にならなかった。


 遊びに行くたびに、その時だけは年頃のガキみたいにはしゃいで笑ったんだ。

 オヤジのことも忘れて。


 まあそんな優しいハカセも、実は被害者数十人を出した爆弾テロの実行犯だったんだけれども。


 ある日、一緒に戦争を題材にしたゲーム……ウォーシミュレーションとかいうあれをやっていた時のことだった。

 ハカセはオタクの中でもいわゆる、ミリオタ、軍事マニアだったんだと思う。

 相変わらず早口で、わけのわからん武器の性能やら、兵器の由来やら、型式型番の系譜やらをこっちの理解もお構いなくくっちゃべっていた。


 その頃はそうやってゲームをやりながら、諸々の軍事知識や歴史のことを話すのが普通だった。

 もしかしたら、それすらも『教育』の一環だったのかもしれないが。


 やはりその手の話題が出た途中で、なんとも感慨深い態度で言ったのだ。

 『ソ連があの時、ああしていれば』と。

 『もっと決定的に世界をものにする機会だったのに』と。


  そして俺に問いかけてきたのである。


『ゆーくんはソ連が最も成果を最大化するには、あの大戦のときにどうすればよかったと思う?』


 と。



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