第一部13
五か年計画において、史実におけるスターリンの苛烈な集団農業化が為されず、トロツキーの主導した内容がもし採用されていたら……。
もちろん、遥かにマシな結果だったことは間違いない。
トロツキーはその時点においてスターリンやブハーリンなどに比較し、遥かに農業軽視、工業重視の姿勢を見せていたのだが。
殊更、農民から収奪すべしと臆面もなく言い放つほど。
そんな彼が想定していたのは、国内に蔓延る豊かな農業ブルジョワたちから資産を奪い、それを原資に集団農場化を含めた農業改革を実施しつつ、収穫利益の大半を重工業投資に回すというものだった。
強制的ではなくとも集団化自体は推進するため、富農への容赦ない重税と物品の供出によって賄っていく。
そして将来的に集団農場での生産力にめどが立ったタイミングで全体化してしまうと。
何のことはない、基本的な目標自体はスターリンが行ったこととさほど乖離しているわけではなかった。
単に暫時的に猶予をもって、可能な限り現実的な方法をとろうという。
ただ、それでも富農者への対応は苛烈としか言いようがないものだったのは疑うべくもない。
あくまでもスターリンに比べたら遥かにマシというだけで、当時の農業生産をけん引していたクラークへの苛烈な攻撃と解体が一体なにをもたらしうるのか。
少なくない混乱の末に、一時的な収穫量の減退は確実に起こったはず。
ましてや、重工業推進のために富農以外も含めた農業者全体から、容赦ない収奪を並行で続ければ。
ちょっとした気候変動や病変などがきっかけとなり、すぐに脆弱性が露わになったに違いないのだ。
つまりは飢饉自体は高確率で起こったはずである。
ほどほどの規模で。
あの史実の凄まじい地獄そのものという程ではないにしろ、確実に人が餓え、命が損なわれるという悲惨自体は避けようがなかったはずなのである。
ましてや、実務トップの人間がトロツキーの方針という大義名分で、明らかに限界を迎えつつある現場の状況を握りつぶして計画通りの数字を上げることだけに邁進していたのなら。
俺は部下から上がってきた、昨今すっかりおなじみの内容の報告を、淡々と咀嚼してまた指示を送る。
『中央委員の策定した計画達成が何よりの優先事項である』と。
これで忠実な部下たちは働き蟻の如く、まめまめしく種籾分も含めた収穫物の乱獲に勤しんでくれるだろう。
そうして積み上げられた農業生産物の利益はすべて工業投資と軍事化へ廻されると。
(……だが、それも中途半端で限定的なものだろうけどな)
史実におけるスターリンの暴虐的なまでの国家改造に比べたら、相当に生易しいものではある。
工業化軍事化の初動は確実に遅れることは間違いない。
1割以上は確実、下手したら3割ほどの遅れが出る可能性もあるかもしれない。
詳細はまた暫時上がってくる数字を元に、オシンスキーに算出させるつもりだが。
相対的に持続的安定性が高まるというメリットはあれども、果たしてこれから始まる未曽有の世界大戦期に間に合うのかどうか。
それだけはどうしても懸念として残らざるをえない。
(まあ、どちらにしろあの世界最強の機械化陸軍に正面きって戦うのは……)
無理だろう。
どう歴史を修正したとしても、恐らく衝突するのが必然の、今まさに勃興しつつある超軍事大国を想う。
今はまだ産声をあげたくらいであろうけども。
まるで色と性格が異なるだけの、瓜二つの双子のようなあの国、あの独裁者。
宿命の相手。
史実よりも劣った兵装、軍事力で対峙するには大きすぎる存在。
まさに戦うために生まれてきたような国家であり、指導者であり、将兵国民なのだ。
ならば。
(……まともに戦わなければいいだけだ)
五か年計画というソ連最大の内政問題を乗り越えつつ、次なる布石へと意識は向かう。
そろそろ軍事分野に関しても手を入れ始めなければならない。
俺は机に置かれた複数の電話の内の一つ、政治局特別部へ直通するものを手に取り、呼び出しを始める。
以前から続けさせていた、とある成果物がそろそろ出来上がる頃合いのはずだ。
史実よりも2年早く発足したトロツキー版の五か年計画、限界が発露したのは3年目のことであった。




