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「今検討されている五か年計画、集団農業化と重工業への投資方針については承知しているな?」



 余計な前段を挟むことなく、俺は口を開くなり単刀直入に切り出した。

 この男については良く知っている。

 史実での経歴、逸話、その運命。


 スターリンの苛烈ともいえる現実離れしたノルマ主義に対して、真っ向から抵抗した男。

 数字の改ざんともとれる指示を一切拒否して、ひたすら国家の実態をそのまま統計して示し続けようとした。


 結果、粛清で命を散らすことになる。


 こちらに来てからもその人物はよく調べて見定めた。

 事務方のトップとして、早々に接触し、あれこれとやり取りはすでに繰り返している。


 その行政手腕、統計処理の数字へのこだわりと信頼性は把握済みだ。

 融通の利かない、原理主義的で頑なに過ぎる人間性も。


 今、俺が必要としているのはまさに目の前の男に他ならない。


 歴史を変える一歩はこの、書記長として君臨しつつあるスターリンを前にしても一向に気にした様子もない、鉄面皮の天性の役人から始まるのだ。


「同志スターリン。何を言われようと私の意見は変わらない。国家統計を司る人間として、あのような暴挙は絶対に受け入れられない」


 話題から内容を察したのだろう、にべもない様子で返ってくる言葉。

 上の立場の者への媚びや諂いなど皆無。


 ああ、これなら殺されてもしょうがないかもなと苦笑するような気持ちになった。


「君の意見など興味はないのだがな。我々指導部でもいろいろ見解が分かれているのも事実ではある」


「農業生産物の収穫による利益を、ほぼすべて重工業投資へ回すなどと。たとえ国家の近代化が躍進したとしても、農業従事者の負担が多すぎる。必ず。必ずとも取り返しのつかない禍根を残すことになる」


 固く拳を握ったまま、ぶんぶんと子供が癇癪を起すようにふりながらいう。


「だが今我が国が一国社会主義という革命の最終段階を完遂するのには、工業化と軍備増強は絶対に違えるわけにもいかんのも事実。特に同志トロツキーが農業生産の利益のほぼすべてを使ってでも断行すべきだと、手ぬるい妥協など反革命的だと強硬に主張しているのは君もよくわかっているだろう?」


「……失礼だが、彼は農業政策についての専門家ではありますまい」


 ぐっと一拍置いてから絞り出すように。

 軍事行政の確かな実績者、もはやその才能と声望を誰も疑う者などいない男に否定的なことを口にするのは、さすがに抵抗があったのだろう。


 だが、そんな心理的負荷さえ、この純粋役人は克服し、前へと進む気概を見せた。


「工業化と軍事化を優先するあまり、昨今の比較的恵まれた気候の生産高を基準にしている、あまりにも危険な主張です。あれでは……」


「大幅な気候変動、蝗害、作物の病変など、突発的な不作がもし起こったら、危機的な状況になりうる」


「っ……!」


 先回りして言ってやると、その内容が正解だったのだと身を強張らせるような反応が何よりの答えだった。


「さ、さよう。同志スターリン、そこまでわかっているならば、無茶な計画を見直すことを検討できまいか?」


「ふーむ、私としても悩ましいところなのだ。知農派のブハーリンなどからもさんざんキミと同じようなことを言われているしな。だがトロツキーの言い分にも理はある。生半可な改革ではこの国の在り方を抜本的に変え、一国社会主義を実現することなど不可能。下手に妥協的発言をしたら、あの英雄様に私も何をいわれるか……」


 当初穏健的な見込みの計画を披歴したスターリンを、トロツキーが反革命的だと批判したのは歴史的事実だった。

 そして逆上するように、今度はトロツキーが想定していた条件を遥かに上回る、非現実的ともいえる極端な内容を打ち出すことになる。


 つまりは、五か年計画の過剰にすぎる偏った内容は、トロツキーとスターリンとの面当ての応酬の結果、権力争いの一端ともいえるのだ。


 だったら俺はその歴史的事実を踏まえて、より効率的かつ洗練された、必要最小限のデメリットと最大化にしたメリットを享受できる方法をやってみせればいいだけ。


 つまりは……。


「ど、どれだけ軍事的貢献者といえども、間違っているものは間違っている!」


 目の前では仕事へのプライドと責任に殉じるかのような、オシンスキーの激高が展開されていた。


 ふー……っとわざとらしいくらいに、悩ましい素振りで溜息をついてやる。

 官僚機構への貢献に何よりも己の存在を捧げている男の、激情の発露をそうしてたっぷりと時間をかけて受け止めてやったら。


「仮に。仮にの話だが。もしこの国がこれまで経験したこともないような、決定的な飢饉が発生したとしたら」


「はっ……」


「それこそ、この国の農業従事者のほとんどが食うものもなく、餓え、飢え、男も女も老いも若きも関係なく悉く死にゆくような、そんな阿鼻叫喚の地獄が現実となったのなら」


 ウクライナの広大な穀倉地帯で。

 ロシア内陸部の帝政時代から連綿と続いてきた、種まきと刈り入れの営みの場所で。


 人類史上でも有数の、人為的な大規模虐殺行為。

 1932年、ホロドモール (大飢餓)。


 未来を知る者の確かな確信の元、俺は身を竦めるヴァレリアン・オシンスキーに告げた。



「可能な限り命を救うのに必要な、食糧備蓄の量を算出できるかね? ああ、『必要十分』な数字と、念のため『最低限ギリギリ死なずに済む』数字と、両方だ」




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― 新着の感想 ―
忠実の歴史から生まれた悪魔だけど、 死ぬ人間は忠実より少なくなりそう。 日本は除く、、、
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