懐古(孫からの手紙)
2000年9月13日
初めて顔を見た日
覚えてなどいない。物心着く前の最初の景色にあなたは居た。
最も古いあなたの記憶は 思い出すに困難だが
2004.5年のことだろう。
あなたの娘であり、私の母である映里は心を壊し始め 実家に親子共々世話になっていた頃である。
自らの家であるにもかかわらず、仕事から帰ると必ずチャイムを鳴らし、その音が聞こえるとご飯を食べていても玄関へと走りただいまも空に不躾に
「お土産は?」とねだった事を覚えている。
そういえばその頃のクリスマスだろうか
顔に文字通り取ってつけた髭とズレた赤い帽子を被り 仮面ライダーのベルトを手渡してくれたあの老人を今はサンタクロースだとは思っていない。
思春期には随分と迷惑をかけたと今更のことながら思い出す。
祖母にも辛く当たり食事など慮りもせずに
暴の限りを尽くした僕をあなたは引きずり玄関から追い出した。
当時は衝撃だった。この老人のどこに平均的にみても大きい子供である僕を力ずくで追い出す膂力があるものかと。
大人になった僕はろくに働け無かった。
金の無心を繰り返し 情けなく 自虐的になっていた。自暴自棄ですらあったように思う。
あなたは「鳥貴族に行ってみたい」とこぼしていた。
生活保護にも関わらず、金を捻り出し
駅前の鳥貴族へと繰り出した。
後にも先にもサシで話をしたのはあの時だけだった。
僕は謝った。修六会で集まった時や知人同士の会では孫の自慢話も出るだろう。
あなたの孫はアパレル系から消防士、果てはお笑い芸人の卵などバラエティに富んでいる。弟ですらが高卒にしてはなかなかの高給取りのなか、最も近くにいる孫の僕は無職の生活保護である。
恥ずかしいだろうと、自慢できることがなくて申し訳ないと自嘲しながら謝ったとき
「自慢の孫だ。僕は税金をたんまり払ったんだから、あなたが取り返してくれ」と、目も合わせずに言ってくれた。
どんな人の言葉も心に届くことはなかったが
あなたの言葉だけは違った。
救われた。救ってもらった。
本当にありがとう。
あなたは僕にとって祖父であり、父であり、
師であり 、敬愛する友人でもあった。
この世で1番と言うにはこの世は狭すぎるので
全ての中で1番 尊敬している。心から。
あなたがあちらでも自慢できるような人間でいなければいけない。
呪いですらある。
しかし、こんなに優しい呪いを僕は幸運にも頂いたのだから 全うさせていただく。
同い年か、はたまた技術の発展であなたの方が年下になることすらあるだろう。
それでも自慢の孫だと言って欲しい。
何も返せずじまいで申し訳ないが さようならと言い逃げしたのはそちらなので お詫び申し上げることはしない。
心から精一杯の感謝を申し上げます。
有難う ありがとう アリガトウ
左様奈良 さようなら サヨウナラ
また何時か またいつか マタイツカ
別れの句
月の添う 偉大な父を 送るとて
寂寥 溜まりて 雲かかるかな
自慢できることなど無い身の上ながら 唯一の自慢は 良き祖父をもてたことです。
恥じぬよう 恥じられぬよう この道を歩み
いつか合うかの偉人に誇って頂きたい。




