招致
例の''何か''と遭遇してから3日間、母ちゃんは俺に学校を休ませていた。
よほど俺があの夜強く怯えてたのだろう、3日間で精神科にも連れ回されたりした。
しかし、厄介なことに一向に良くならないんだ。もう4日目の朝だというのに。
このまま俺は、平日だというのに昼間は家か病院で過ごし、夜はまた死んだ友人の悲鳴に苛まれる、そんな生活を今日も過ごすのかと思っていた。
「直斗〜?昨晩からは夜も眠れだして、いい感じだし、今日は登校してみたらどう?」
なので、母のその一声は衝撃的だった。
「いいの?でも、眠れてるのは薬のお陰だし……」
「大丈夫だろう。それにきっと、このまま行かないと友達も心配してるぞ?」
仕事に行く準備をしていた父の声も俺を後押ししてくれている。
確かに、友達も不安にさせる訳にはいかないな。それにこういうのは、友達と話して心が明るくなればフッと身が軽くなって治るものだろう。
3日……僅か3日、学校に行かないだけで、ここまで登下校の道が懐かしいものになるとは。そんなことを考えていると、早速大親友、哲平と交差点で合流した。
「お前…… 直斗か!何だか久しぶりだな。
ところで、大丈夫だったのか?夏風邪?」
「ああ……まあ、そんなところだ。」
怪奇現象に悩まされてます、なんて口が裂けても言える事じゃない。これくらいの年頃の男は、周りに弱みを晒け出さないよう気を使うものだ。
俺の曖昧な返事を聞き、少し眉を顰めた哲平だったが、そこまで興味が無さそうに「ふぅん。」とだけ返すと、スタスタと青信号を渡って行った。
***
放課後、哲平は俺に部活の集合があると言ってきた。俺たちは登山部に所属しているのだが、なんと部員は僅か4人で廃部の危機に瀕している。
「政貴部長〜!もう来てたんですね!」
「ふん、5分前行動は必然だ。……まだ恵美が来てないようだが。」
政貴は俺たちの一個上の先輩で、彼は部長というだけあって責任者として、非常にお堅い性格だ。そして、その分責任感のある人物で、春の活動で後輩の恵美が転んで怪我をした時は、親御さん方の前で丸坊主にして頭を下げたくらいだ。
そんな経緯で今は坊主頭となっているが、しっかり髪があった頃は彼は学校でも指折りのイケメンだったため、それを残念がる人もいた。
「ふうう着いたっ!ギリギリセーフっスね!」
「もう少し早く来れないものか。皆待っていたのだぞ。」
「はぁ……教室が遠いって、前にも、言ったっスよね?これでも、全力で走って来たんだから。大目に見て欲しいっす……マジで。」
チャイムと同時に息を切らしながら駆け込んできたのが後輩の恵美だ。彼女は一番元気があって、危険と隣り合わせの登山部の活動において一番危なっかしい人物だ。
「それで部長、俺たちを集めた理由って?」
俺が聞くと、話が漸く回り始めた。
「……夏は暑くて嫌だろう。」
「そりゃあそうだ。僕たち毎日溶けそうで。」
手で扇ぐ真似をしながら哲平が賛同する。俺や恵美も頭を縦に振りながら、「うんうん。」と相槌を打つ。
「そこでだ!我が部は一週間後、北関東の鬼怒川に行く事にした!!」
「「「ええっ……!」」」
なんて決断力、政貴はいつもこうなのである。褒めるならヒラメキを実行に移すのが早いと言うべきだろうか。毎度突然旅程が決まる度に俺は困惑しているのだが、今回はちょっとわけが違う。川の名前、それを聞いた途端、夏の暑さなど彼方に追いやられる程に俺の背筋は凍った。
(鬼怒川……“アイツ”が溺れた川だ……)
いけない。動揺が顔に浮き出てしまいそうだ。深呼吸をして調子を整え、机にもたれかかることで恐怖に震える足を誤魔化した。
「この写真を見て欲しい。ネットの観光情報に乗ってた川の写真がこれなのだが。」
「へぇ、かなり綺麗な川じゃないか。」
「見た目が9割……と俺は普段言ってるが、今回ばかりは別だ。見た目に反してこの川では水難事故が発生している。当日は十分な警戒を行うようにな。」
「そっか、先輩もう、剃る髪がないっスもんね。事故ったら大変だ〜」
政貴は苛立ちながら、お前の危機感の欠如がどうたらとか、次はお前の髪を剃るだとか言っていて、俺と哲平はくすりと笑った。
こうして細かい予定を全員で話し合って決めたら、夕暮れが近づいていて帰る時間となった。
帰路にて、俺は沈まんとする夕日に向かって歩きながら、考え事をしてしまう。次第に陽光が黒い大地の底へと追いやられ、夜陰に乗じて姿も見せずに耳元で悲鳴を反響させる“アイツ”が来る。
……だが、それにしても、10年前、鬼怒川で死んだかつての友の悲鳴……俺はオカルト系では決してないが、この悲鳴は、俺をまるでその川に誘っているようだった。
…………違う、俺は確かに聞いた。騒騒しい悲鳴の混濁の中に。
「……きてね。……なお、と……」
ああ、行くともさ。




