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14:節制の民-3

3.森のエルフの館



「私の館は王の樹からは近いが、商人を置いてきた広場からは少し遠い。広場へ向かう時は、誰ぞに案内を頼むがよかろう」

 王の樹と呼ばれる大樹の階段を下りきった後も手を繋いだまま、ローラディンさんは広場へ戻る道とは別方向へ歩いてゆく。手を引かれるまま歩いたのも「近い」という言葉の通り、確かに短い間のことだった。

 到着したのもまた、壮麗な館だ。規模としてはさすがに王の居館には及ばないものの、王都でほんの数時間ながらも滞在させていただいたラファエル卿の別邸に勝るとも劣らない。白木で組まれた佇まいは目映いばかり。屋根や壁のあちこちに蔦や花の意匠とした優美な装飾が施され、館自体が一つの芸術のようですらある。

 敷地の外縁には生垣が巡らされており、館の正面には木の枠組みに蔦を這わせたアーチ状の緑の門が設けられている。門扉こそないものの、アーチの内部にはかすかな光の粒子が舞っているのが見えた。魔術による警備が敷かれているのだろう。

「これが我が館にして、そなたらの宿だ」

「とても素敵なお屋敷ですね」

 素直な感想として答えると、ローラディンさんはにっこりと笑った。

 嬉しそうでもあり、自慢げでもある表情は外見相応そのもので少し微笑ましい。口に出すのはいくら何でも憚られるので、心の中で思っておくに留めておくけれど。

「そうであろう、そうであろう。裏には小さな泉の庵もあってな、後で案内してやろうぞ」

「はい、楽しみにしています」

 ローラディンさんと一緒に緑の門をくぐり、まず前庭へ足を進める。

 庭師の方の腕が良いのだろう、庭木はきめ細かく刈り整えられ、落ち葉さえほとんど見当たらない。前庭もかなりの広さのものと見えるので、時間さえ許すのなら、あちこち巡ってみたいところだった。

 きょろきょろと見回したいのを堪え、葉の色を変え始めている木々の間を抜けて足を進める。館の玄関前へ、次いでその内部へと至る。

「お帰りなさいませ、ローラディン様」

 玄関を入ってすぐのところに、一人の女性が立っていた。

 こちらは二十半ばくらいと見える容姿の方で、ゆるくウェーブした金髪の色味がローラディンさんに少し似ている。エルフ族とは並べてその傾向があるものなのか、細身で背が高い。

 ローラディンさんは女性の前で足を止めると、私とシェーベールさんを順に振り返った後で女性を示してみせた。

「家宰のアルムトだ。私が不在の折には、この者を頼るとよい。もちろん、他の者でも構わぬが」

「銀の葉族に仕えるアルムトと申します。ご用の際には、何なりとお申し付けくださいませ」

「ライゼル・ハントと申します。よろしくお願いします」

「バルドゥル・シェーベールと申す。お気遣い痛み入る」

 主の言葉に応じて粛々と頭を下げるアルムトさんと挨拶を交わし、さて案内役もバトンタッチ――かと思いきや、意外にも案内役がローラディンさんから代わることはなかった。アルムトさんは仕事に戻ると言って去ってゆき、私たちはまだ三人で埃一つ落ちていない、魔石灯の明るい廊下を三人で歩んでいくこととなる。

 館の中を一通り案内してもらった後に連れて行かれたのは、館の玄関に程近い応接室だ。ローラディンさんによるとそこには既にお茶とお菓子が手配されており、

「茶をまずくさせる話ですまぬが、まずは戦況について伝えておいた方がよかろう」

 斯様な次第でもって、お茶会と共に作戦会議が実施されることとなった。

 丸いテーブルの周囲へ等間隔に配置された椅子に各々が腰を下ろし、花の匂いのするお茶と果物がふんだんに練り込まれたパウンドケーキをお供に、物騒な話は始まった。さりげなくシェーベールさんがパウンドケーキのお皿を私の前に寄せてくれてしまったので、実際にお菓子をいただくのは私だけではあるのだけれど。

「まず、この里は三重の結界によって守られている。アルサアル王によって築かれた防壁だ」

 そう切り出したローラディンさんに曰く、第一結界は樹海の外縁と里の中間地点、第二結界は更に第一の結界と里との中間にあり、第三にして最後の結界は里の外縁に巡らされているのだそうだ。第三結界は里に入る時に見た、あの光の壁のことだろう。

 ソノルン樹海がかなり広い――アシメニオスの国土の三%前後を占めると聞いた覚えがあるから、エルフの里自体はそこまで広くなくとも、結界で保護されている範囲はかなりのものになるはずだ。第一結界が維持されている限りは、森林資源の確保については、そこまで心配しなくていいかもしれない。

「現在は里の兵と傭兵とで第一の結界の際で防衛線を敷き、結界に取り付き突破を試みる傀儡への対処を継続している。ヴィゴのように腕が立つ者は、結界の外に出て敵の後背を荒らす役目を負ってもいるが」

「それで里の中も静かだったんですね」

「左様。全員が出払っている訳ではないが、かなりの数が外に出ている。その働きの甲斐あって、未だ結界を破られるには至っておらぬが」

「結界はどのような条件で構築されている? 傀儡だけの侵入を阻むのか」

 お茶に口をつけていたシェーベールさんが、カップを置きながら問う。

「否。王が守りを強められた為、今は一切の行き来が封じられている。第三結界に限っては、門が開けば通過できるがな。それ以外は通過を許す印を持つか、七つの氏族の長の行使する転送魔術でなければ越えられぬ。印はそなたたちにも下賜されようが、森の外の街に戻る用がある場合には私に相談するように。結界の外の軍勢の間を抜けて脱出するのは現実的ではないのでな」

 分かりました、と言葉には出さず頷き返しながら、改めて冷や冷やする思いだった。ケーブスンの街にどうしても用がある時なんかは、ローラディンさんがまた転送魔術で連れて行ってくれるということなのだろう。

 その事実が示すのは、ローラディンさんが七氏族の長の一人であるということだ。そりゃあ王の密使にも任じられておかしくはないのだろうし、門衛の方々も顔を見ただけで「どうぞお通り下さい」とする訳である。

「なるほど。敵の狙いは分かっているのか? さすがに領地を狙ってのことではないと思うが」

「無論、奴ばらの目的は侵略ではなく略奪である」

「何かあちらの陣営の特別な興味関心を引くものが、この里にあるということですか?」

 口の中に入っていたパウンドケーキを飲み下してから、私も会話に加わってみる。ローラディンさんは外見に似つかわしくないほどの渋い表情を浮かべ、重々しく頷いた。

「あれらの奉ずるものを思えば、喉から手が出るであろうほどのものがな。――そなたらは此度の敵の本質について、どの程度把握している?」

 一転して、今度は私たちが問いを受ける番だった。これについては、シェーベールさんよりも私が語った方がいいだろう。そう思って左隣を見やれば、小さく頷いて「頼む」と返された。

「北方に封じられた神を奉じる武装組織の仕業ですよね。アルマ島を襲って魔石を奪い、それをもって北方の死者の魂を籠めた人形を作って手駒にしている。元々自動人形の核として使われていたものに関しては、支配の種を植え付けて純粋な人形兵として使っている可能性もありますが」

「その通り。全ては極北の悪神に通ずる。彼の神は千年の昔に大陸全てを欲してラビヌに端を発した侵略を始めたが、エードラム教退魔師団とキオノエイデ国軍との連合軍によって迎撃、封印された。――私の母や祖母の代の話だな」

「母……」

 うっかり驚きの呟きが漏れてしまった。千年前がお母さんの話。さすがの長命種族だ。

「更に遥か太古のことゆえ、これは伝承に語られるのみでしか知らぬが、彼の神は強すぎる野心がゆえに創造神の怒りを買って極北に追放されていたそうだ。伝承の真偽を問うのは難しいことだが、事実として一国が滅ぼされている以上は議論する意味もないだろう」

「そうですね。少なくとも、千年前には野心でもって動いた事実がある訳ですから。……それにしても、何故今になって動き始めたのでしょう。千年経って、封印が緩み始めたとか?」

「その可能性も無いとは言えぬ。定期的な点検ができるようなものでもないからな」

 ローラディンさんが眉間に皺を寄せて言うのには、私もシェーベールさんも「確かに」と同意するしかなかった。

 ラビヌの地は生ける屍が彷徨い歩き、キオノエイデの国ではその撃退に手を焼き続けている。その状況では、旧ラビヌ領の奥深くへ向かうのも自殺行為に等しい。逆を言えば、千年の間封印が保たれていた方を賞賛すべきなのかもしれない。

「一応、まだ北の神の封印は解けきってはいないのですよね?」

「うむ。この件が明るみになってから北方の同胞に連絡を取っているが、極北の悪神が這い出した気配はないという。封印が綻んでいるかどうかまでは確認できぬが、少なくとも破られきってはおらぬと。……だが、解放の兆候は確かにあり、それゆえに暗躍を始めたというのがアルサアル王と北のソロン王の見解だ。この森を狙っているのも、その裏付けとなる」

「この森に、北方の神の復活を助けるような何かがあるということか」

 シェーベールさんの確認に、ローラディンさんはむっすりとして頷いた。

「あくまでも悪用すれば、その為に使えなくもないという話だがな。――里と第二結界の合間の儀式場に『生命溢るる皎月の泉』というものがある。永きに亘って月の魔力を溜め込んだゆえに神秘を帯びた泉で、一口含めば死に瀕した者さえ快癒させる凄まじい力を持つ」

「癒しの泉……」

 つい、繰り返して呟いてしまう。ひどく懐かしいフレーズだった。

 アルマ島の癒しの泉の館が建立されたのは、確か三百年ほど前だったはずだ。エルフの里の神秘なら、もちろん三百年や四百年どころではない、千年すら余裕で超える歴史を持つことだろう。アルマの館の主は、この里の泉のことを知って、それを再現しようとしたのかもしれない。

 もっとも長命のエルフならざる人間では、そこまで常軌を逸した効果を持つ魔術創造物を単独で創造するのは極めて難しい。元祖に比べれば効能が数段落ちるとしても「癒しの泉」を創り出し、三百年も維持している時点で、アルマの術者が超一流であったことは疑いようもない。

「今この森を襲っている者たちは皎月の泉を用い、極北の悪神の肉体を再生するつもりであろうというのが我々の見方だ。その目論見が万が一にも成し遂げられようものなら、千年前の大戦役の再来となる。何としても阻まねばならぬ」

「事態のおおまかな経緯は理解できた気がします。しかし、それなら尚のことアシメニオスに助けを求めた方がいいのでは」

「そうしたいのは山々だが、皎月の泉の存在は本来里の外に知られてはならぬ秘事なのだ。泉はまた別の結界で覆われ、我らとて王の許しなくば立ち入れぬ禁域。我らとて、まず恩恵に与ることはできぬ。死に近づいた者の命数を無理矢理に伸ばすのは、自然の摂理に逆らうことであるからな。――そうは言っても、癒しや延命を求める者であればあるほど耳を傾けはしまい」

「……かもしれません」

 不治の病からの快癒、老いや寿命からの開放。古今東西、様々な物語で取り上げられるテーマだ。それを希求し過ぎるあまりに許されざる手段に訴え、悪役として討たれるケースも少なくない。

「そういうものがあると噂が広まれば、必ずや不正に手に入れようとする輩が出るだろう。そうでなくともアシメニオスの兵を運用し、負傷者が出れば、泉を使わぬことに物言いが付きかねん」

 苦々しさを増すばかりの述懐を前に、いよいよ何も言えなくなった。

 まさにその縮小版ともいえる構図を、今年の夏にアルマ島で見てきたのだから。アルマではまだ内々の処理で済む――済ませられる規模であったともいえるけれど、こちらの本家本元は次元が違う。

 最悪の場合、今度はエルフと人間の対立構造が発生しかねない。だから、傭兵を集めるにしても大々的にはできなかったのだ。玉石混交では困るから、アルサアル王の見出した人間や、ケーブスンのギルド長が問題ないと判断した人間だけを雇い入れた。

「泉の存在は、参戦した兵たちにもほぼ明かしておらぬ。そなたらも軽々に口に出すでないぞ」

「肝に銘じます」

「承知した」

 二人揃って答えると、ローラディンさんも重々しく頷き返す。それから、少しだけ申し訳なさそうに笑った。

「茶が冷めてしまったな。改めて茶と菓子を用意しよう。――誰ぞ、近くにいるか!」

 それからローラディンさんの差配の下で新しいお茶とお菓子をいただき、応接室での会談はお開きとなった。しかし、これからこそが本番なのだとは、私もシェーベールさんもよく分かっていた。



 銀の葉の長ことローラディンさんの館に滞在する日々は忙しさこそ尋常でなかったものの、環境自体は快適の一言に尽きた。

 お借りしている客室には作業机にするのがもったいないほど立派なテーブルと椅子があり、座り仕事をしていても腰や背中の負担は驚くほど少ない。状況打開の策を練る為にとエルフ族の所有する魔術に関する記録も見せてもらえたし、里の中は魔力が濃いのでソイカ技師との通信役を担う小鳥が魔力切れに陥る心配もいらない。打ち合わせも途切れることなく進められ、作業の進みも順調そのものだ。

 更には一日三食の食事にオマケして午前と午後のおやつまで持ってきてもらえるし、客室内にお風呂もトイレも設置されている。里に到着してから今日までの二日間、お陰様で文字通り部屋から一歩も出ずに作業に没頭することができた。

 さすがにその全てにソイカ技師を付き合わせる訳にはいかないので、あちらのご都合の良い時だけではあったけれど、それにしても多くの時間を割いてくださっている。あまりに長時間お付き合いいただけるので、さすがに心配になってきて「お仕事は大丈夫なのですか」と訊いてみたこともあったのだけれど、

『三日ほど前から、例の種の除去が済んだヤルミルを館に戻しての経過観察が始まった。直近の大仕事に一つ区切りが付いたという訳だな。一つ片付いたら別の大仕事が転がり込んでくるのは難儀なものだが、それを処理する手間も時間もある。これも巡り合わせというものかもしれんな』

 とのことで、要は心配するに及ばずということであるらしい。有難いことだ。

 この二日間はひたすらソイカ技師とああでもないこうでもないと話し合いながら、状況鎮圧に向けた策を練るに徹した。予想される敵の素性を伝えた時には、さすがのソイカ技師も絶句していたので、皆やっぱり同じような反応になるんだなと変な感心をしてしまったりして。

 さりとて、ソイカ技師も辣腕の一流魔術師の方である。最初の衝撃が過ぎれば、後は猛スピードで作業が進んでいった。

『それにしても、ラビヌの人形兵か……。俺の家は元を辿れば、ラビヌから命からがら逃げ伸びてきた魔術師に行き着く。記録によれば、半死半生の重傷であったゆえ、前線から回収されて後進に情報を残す役として逃されたようだな。実家に文献が残っているので、それを当たるのが早いだろう』

 そう言ってご実家から情報を取ってくださった時には、本気で伏して拝みかけた。鳥越しに『止めたまえ』と言われたので、止めたけれど。

 いずれにしても、敵の軍勢の全てを無力化するのは物理的に難しい。一定数にそれを図った上で包囲を突破し、黒幕を叩くのが妥当な線だとソイカ技師は言った。それについては、私も全面的に同意である。

「たぶん、もう一週間とかそれ以上戦い続けているはずなのですよね。向こうが全体数の内のどれくらいまでを出しているかは分からないのですけど、それでも延々拮抗しているのは、かなり手強い」

『そちらが増援の確保が難しいのと同様に、敵方も戦力を増やすのは難しいはずだ。であれば、それなりに質もあると警戒すべきだな。有象無象の人形ばかりではない。ラビヌの護国の兵を使っている可能性が高い』

 業腹ではあるが、と吐き出す声は低い。ソイカ技師の言わんとしているところも、何となく分からないではなかった。

 街で普通に暮らしていた自動人形を狂わせて手駒にしたところで、戦力としてはたかが知れている。ヤルミルくんが手強かったのは元々弓矢の心得があった上に、館を守りたい一心で支配の隙を突き、私のやり口を学習する執念があったからだ。

 少なくとも、今敵の配下に加えられている自動人形たちに、あの子ほどの激情はないのではないかと思う。であれば、本職の兵士であった人の方が戦力的に有用であるというのも頷けた。

『無念の内に死んだラビヌの者たちは、ほとんどが己の散った場所に留まっていたはずだ。人形兵となっていた者も、人形の素体から解放されて満足した例は多くないのではないかと、俺は思うが』

 深い情念を抱えたまま死んだ者は、肉体が滅びても魂だけで存在し続けることがあるらしい。いわゆる幽霊の類だ。そういうものが現実に存在するので、教会の仕事の一つにも死にきれずにいる魂の救済や排除が数えられる。

 北の悪神に攻め滅ぼされたラビヌの国、その護国の兵。この世界でそうした概念があるのかは定かでないものの、地縛霊の具体例になりそうな気しかしない。

「そうですね。ラビヌの地に残ったままでいたのなら、確保も――こう言うと失礼ですけれど、簡単だったのでは」

『だろうな。……そして何より、一度傀儡とした使われた経緯を考えると、術への耐性も高いはず』

「耐性ですか? 人形兵の禁術には、特殊な素質がいるのでしょうか」

『厳密に言えば違うが、対象を選ぶという点では遠くもない。そも、魂を別の物体に移し替え、封じ込めるという行為に危険が伴わない訳がないだろう。件の術は、単に死者を使役するから禁術と呼ばれている訳ではない。用いる魂が術の負荷に耐えきれず、消滅する危険性があるからだ』

「しょ……」

 消滅、とまで言い切れずに絶句してしまった。そんな危険性があるのなら、そりゃあ禁術と呼ばれない訳がない。

 エードラム教の教義でも、やはり死後の世界に相当するものはある。善くあれかし、という教えのままに生きれば、死後に魂がその世界に迎えられるという。もちろん悪行を重ねれば拒まれるし、まして魂が消滅してしまえば言わずもがな。

 善く生を全うし、死後の世界に迎えられることを良しとするエードラム教の教義にも真っ向から反している訳だ。完全無欠の大禁忌と評さざるを得ない。

『ゆえにこそ、禁術の負荷をも耐え抜いたという事実は、それだけ屈強な戦士であったという証明でもある。奴らには、絶好の狩り場に見えたことだろうな』

 吐き捨てるソイカ技師の声は、明白に忌々しげだった。千年前の遠い過去とはいえ、自分のルーツとなる祖先の国のことだ。私などよりも、よほど思うところは深いに違いない。

『禁術の人形兵の厄介な点は核を破壊すれば済む通常の人形と違い、術者と使役されている魂の契約を断つ必要があることだ。さもなければ、核を破壊したところで、別の人形に魂を移し替えて再起動させられる』

「そうなんですか!? それは、ちょっと厄介が過ぎるのでは……」

『滅びに瀕した国が形振り構わず編み出した術だ、厄介でない方が驚きだろう』

「それは……そうでしょうけれども……」

 話を聞けば聞くほどに、呻くしかなかった。何をどうしても、一番手強そうな相手はただ倒すだけでは終わらないということなのだから。

 他方、非常に優秀かつ甘くはない師匠の言葉は淡々と現実を抉ってくる。

『何を何度どう考えたところで、エルフと傭兵の寡兵で人形の軍勢を正面から相手取るのは下策だな。取り得る手段としては黒幕を直接叩くの一択だが、いずこかく隠れているであろう輩を引きずり出さねば話になるまい。こちらが死者の魂を解放する術を持っていると開示するのは、敵の動揺を誘う手の一つとして使えるはずだ』

「そうですね……。ところで、アルマの南の街の自動人形の被害総数は如何程に」

『先日聞いたところでは、一万を超えたそうだな。尚、まだ確認途中なので今後ひたすらに数は増える一方だ』

 サラッと返されて、今度こそ机に突っ伏したし、掛け値なしの呻き声が出た。あああああ、の声に全部濁点がついたような、我ながらひどい声。仮にも師匠の前で見せる態度ではないけれど、もうそれ以外の反応ができない。

 だって、こちらは樹海の深奥の隠れ里の守備兵を主体に、決して多くはない人間の傭兵だけの混成軍なのだ。敵方に比べれば粒揃いの精鋭集団と言えなくもないけれど、古今東西において数の力は強大なるものとして語られる。テルモピュライの戦いじゃないんですよ、ここは。

「ひどい! 数の暴力が過ぎる!」

『鉱山から持ち逃げされた分も考えれば、まだ更に増える。まともにぶつかるような展開になれば、物量で押し潰されるのが関の山だ』

「潰されたくない……」

 机に顔を押し付けたまま呟くと、早く立ち直りなさいとばかりに銀の小鳥が髪を啄んでくる。制作者も制作物も、揃って教え子に厳しい……。

「はああ……。兎にも角にも、早急に人形兵の契約切りの術式を用意しなければなりませんよね。後は支配されている自動人形の開放も」

 ため息を吐き吐き顔を上げれば、鳥を介して『そうだな』という返事が寄越される。鳥も髪を啄むのを止めて、机の上を気ままに歩くことにしたようだった。よちよちと歩く姿は、素直に可愛い。

『不幸中の幸いとして、敵がアルマの自動人形を暴走させたのに比べれば、我々は多少は楽ができる』

「こちらは不特定多数の技師が考案した別個の防衛機構を破るのではなく、一陣営の用いる契約を切ることに焦点を定めればいい。そして、向こうがアルマで切ったカードは既に解析済み、という訳ですね」

『その通りだ。南の街から奪われた自動人形の核がそのまま再利用されているものがあれば、それらの無力化はさほど難しいことではない。無力化した核は、可能な限り回収してもらいたいところではあるが』

「……ご家族が待っていますものね」

『ああ。核が無事なら、支配の種を除去し、別途素体を与えてやれば所有者の下に返還できる。――とはいえ、その為に君が危険な目に遭っては元も子もない』

「その辺りは弁えているつもりです。ともかく、術式の考案が急務です。敵の軍勢は自動人形とラビヌの人形兵が混ざっている形でしょうから、双方の術式を一つにまとめて同時に発動させないといけませんよね。どちらか片方だけでは、残った方にやられる」

『君と会話をするのは、つくづく負担が少なくて助かる。一度に広範に仕掛けるなら、相手の意表を突く必要がある。敵はおそらく上から攻めた。では、こちらはどうする』

「下からですね。地の利はこちらにある。樹海を知り尽くしたエルフ族が味方で、私も緑の中であれば街中よりも性能が上がりますから」

『何かしらの祝福の類かね』

「そのようなものです」

 どう説明したものやら迷い、どう説明しようとしても長くなる気しかしなくて曖昧に答える。

 私が実家を出る時に司祭さんが健康に過ごせますようにと祈って祝福してくれたし、そのお陰で今のところ無病息災でいられているところもあるのだと思う。けれど、これはまた少し違う話なのだ。

 実家で飼っていた牧羊犬の一頭のミモザは、私が十歳の頃に子どもを産んだ。五匹産まれたうちの三匹は村の内外でもらわれていって、二匹はハント家で次代の牧羊犬とすべく育てられることになったものの――二匹のうちの片割れ、雄のノワはむしろ私のお供で山に入ることの方が多かった。

 そのノワが……というか、どうもミモザが産んだ子どもが、私やサロモンさんが仕事場とする山の主の子どもだったらしいのだ。ノワと山歩きをしている最中に、私も一度だけ会ったことがある。立派な体躯をした大狼で、人の言葉を話しこそしなかったものの、ノワを通じて小さな牙をくれた。

 牙とはいっても、山の主のものではない。魔力で創られた一種のアミュレットに近く、今では外套の留め具に使っている。その牙を身に着けて山林の中にある限り、ノワの父上による加護(バフ)が受けられるのだ。分かりやすいところでは魔力の消耗が軽減され、索敵可能範囲が広がったりする。狩人には助かる補助効果という訳だ。

「樹海の地面に仕込むなら、鉱物よりも木の杭や札の方が良さそうです。契約切りの魔術陣を刻み込んで埋め、罠の作用範囲を規定する。罠の内部に入り込んだもの全てを、術式の対象と定める」

『陣については、こちらで草案を用意しよう。二種を組み合わせるとなると、一日かそこらの猶予をもらえると助かるが』

「大丈夫です、よろしくお願いします」

 未だ戦況は第一結界の外周で膠着し続けているという。そこまですごく余裕がある訳ではないけれど、一日二日で激変する可能性は高くないというのがローラディンさんの見方のようだった。レインナードさんを含む別動隊が動いているので、敵も結界の突破に全力を投じられずにいるのだという。

 裏を返せば、別動隊の動きが鈍れば危ういところがないでもない。急ぎたい気持ちはあるけれど、それで事を仕損じては全てがご破算になってしまう。

「ところで、例の支配の種の除去に関する分析はアルマ島の研究所の成果だと思うのですが、それを私に教えてくださって大丈夫ですか? 島長からお咎めがあったりは」

『こちらが被害を受けた側とはいえ、この島から持ち出されたものがそちらを襲う軍勢と化している。許可を求めた時は渋い顔をしていたが、表立って反論はしなかったな』

「そ、それはいいのか悪いのか……。いえ、こちらにとっては大変助かることなのですけれど」

『それよりも、君は自分のことを心配したまえ。今は安全な場所にいるとはいえ、いずれは罠を仕掛けに前線に出るのだろう。君の傭兵が傍にあれば、滅多なことは起こらないだろうが――いずれにしても、油断は禁物だ。くれぐれも気を付けるように』

 分かりやすく子どもに言い聞かせる口調になって、ソイカ技師が一気に告げる。心配したつもりが、逆に心配され返してしまった。……そして、そういえばこの方はレインナードさんが私の傍を離れたことを知らないのだったな、なんて思い出して勝手に少し複雑な気分になったりしなくもなく。

「ご心配、痛み入ります。よくよく気を付けて、立ち回るようにします。――先生」

 余計な感傷を振り払う為の空元気でもありつつ最後に付け足した言葉は、一種の冗談のつもりだった。案の定、一拍の間の後に小さく息を呑む気配が伝わってくる。しかし、その後に続いた反応は、少なからず私の意表を突くものだった。

 ふ、と鳥越しにかすか漏れ聞こえる笑い声。

『ああ……活動的すぎる教え子を持つと、師は心配性にならざるを得なくて困る。君に何かあれば、この館の子どももまた泣くだろう。俺は泣く子どもの相手が一等苦手でな』

「この館――ということは、もしかして『経過観察』とは、癒しの泉の館に滞在して様子を見ることを指していらっしゃいましたか」

『そういうことだ。さすがに子どもばかりの場所に経過観察処置中の自動人形を戻すほど、我々も冷血ではない。少しは骨休めになるかと思っていたが、毎日子どもの相手に四苦八苦している』

 今までとは違う、どこか憮然とした声だった。自然と脳内ではあの厳しい魔術師然としたソイカ技師が子どもたちに囲まれている図が思い浮かべられ、その何とも言えないミスマッチ感に失礼ながら少し笑いが浮かぶ。

「あの子たちは自分たちの世話をしてくれる大人が珍しくて、好きなんですよ。ヴィゴさんも随分と懐かれていました」

『俺は彼ほど身体能力に秀でていないのだが』

 ――と、ソイカ技師が喋っていた時。

 その言いさしの言葉をさえぎって、下ったらずに呼ばう声が響いた。

『ルカぁー!』

 その瞬間の、何とも言えない沈黙。ややあってから――笑いを堪えながら――私が「どうぞ」などと申してみると、ソイカ技師は重々しいため息を吐いて腰を上げた。……のだと思う。そのような音がした。

 その後に続いたのは、リズミカルなノック音だろうか。トントントントンと軽快に扉か何かが叩かれているようだ。扉の開く音と共に、ノック音も途切れる。

『そんなに叩き続けなくとも聞こえている。俺はしばらく席を外すと言ったろう。菓子がほしいなら、ヴァネサのところへ行け』

『ねえちゃんが、ルカに作ってもらえって』

 ソイカ氏の苦言に、聞き覚えのある声が平然として主張し返す。私があの館に滞在していた時にも、作業の傍らで何度か遊んだこのある子だ。元から物怖じしない子ではあったけれど、さすがのハートの強さだ。というか、ソイカ技師はお菓子も作れると……? 多芸すぎるのでは……?

『俺は子守りをしに来たのではないと、何度言えば理解するのか……』

 ぼやくトーンではありつつも、真実嫌がっているようにも聞こえないのが分かる。それも音声通話の面白いところだった。

 ソイカ技師がちびっ子に『食堂で待て』と伝えるのが少し遠くで聞こえたかと思うと、短い間を挟んで応答の声が近くなる。

『やむを得ない用ができた。今回はここまでで構わないかね』

「もちろんです。ヴァネサさんや子どもたちにもよろしくお伝えください、ルカ(・・)先生」

「……君も無茶をしないように、ライゼル(・・・・)

 その応酬を最後に、通信は終了した。


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