14:節制の民-1
1. 未来を語る名前
王都を発って南進する旅は、その後も順調に続いた。少し方向こそ違うものの、ガラジオスとケーブスンの間に位置するミロウィの街に立ち寄り、一日ばかりお店を開いて在庫の調整を図った後に再出発。森の中で手に入りにくい類の食糧や、布類を追加で仕入れることができたので、今後の役に立つはずだ。
ミロウィからケーブスンへ繋がる街道は、王都へ直通のものに比べるとどうして造りに粗い部分がある上、幅も少し狭い。時折車輪が凹凸を踏むが為にかたことと揺れながら、二頭立ての馬車は進んでゆく。それを除けば、馬車の旅は快適だった。
そもそもからしてイジドールさんの住居であり、店舗でもある馬車は外見こそ華美でも豪奢でもないものの、非常に立派な造りをしている。荷台の骨組みや幌にも防護の術式が施されており、ざっと眺めただけでも、その精度はかなりのものだった。仮に盗賊の類に襲われても十分籠城ができるくらいなのじゃないだろうか。
そんな馬車は、ミロウィの街でも子どもたちに大人気だった。もっとも馬車そのものではなく、馬車を牽いている方への人気ではある。何しろ生き物の馬ではなく、馬型の傀儡なのだ。子どもたちは大盛り上がりで、長蛇の列を作る勢いで馬の背に乗りたがっていた。こちらの世界でも、やっぱり男の子はメカというかロボ的なものが好きなのかもしれない。
もちろん、その馬車を牽く傀儡を操っているのはイジドールさんだ。馬の造形を担当した方は別にいらっしゃるそうなので厳密には人形師とは呼べないながら、イジドールさんは傀儡魔術に長けた商人という非常に珍しい人なのである。
思えば、私が最初に触れた傀儡魔術こそがイジドールさんの馬車だった。幼少期に傀儡魔術による成果を目の当たりにしていたからこそ、長じて疑似生命工学に興味を持ったのかもしれない。
ともかくも、イジドールさんの馬車はほとんどの場合に御者を必要としない。その間は荷台で他の作業をしていることもできるので、一人で旅をする身の上では、その点も便利だったのだろう。ミロウィを発ってからも、在庫の整理をしたり帳簿を付けたりと忙しそうにしていた。
ケーブスンの街が見えてきたのは、ミロウィを発って二日後の昼過ぎのことだ。それに気付いたのは、やはりというべきか、イジドールさんだった。その時も三人とも荷台にいたのだけれど、それなり以上に巧みに傀儡魔術を使いこなす人である。馬の目を通じて周辺の様子もある程度把握できるそうで、あっけらかんと「街が見えてきたぞ」と言われて目を丸くしてしまった。
「――で、割と今更っちゃ今更かもしれねえが、お前の追手って本気度どんくらいよ」
そうして投げられたというは漠然とした感がないではなかったものの、言わんとしていることは分かった。ケーブスンの街にまで追跡の手は伸びているか、ということだろう。
王都ほど厳重なものではないにしても、基本的にそれなりの規模の街では検問を通過しなければ立ち入ることはできない。再度の隠蔽工作が必要かどうかの判断材料となるので、実にもっともな問いでもあった。
「本気は本気でしょうが、さすがに他所の街にまで手を回したりはしないのではないかと思います。あくまでも騎士団ではなく個人の案件ですから、そこまで大々的にはしないのでは。……シェーベールさんのご意見はいかがですか」
「概ね同一だな。個人の感情に基づく行動は読みにくいものだが、王都を脱出された時点で、ある程度は敗北を認めているのではないか。要請を受ける側のケーブスンにしても、すぐ近くの脅威に対抗すべく戦力はほしいはずだ。その意味でも王都からの命令に従うとは考えにくい」
「じゃあ、手始めに正々堂々突破してみるか。もし難癖付けられるようだったら、お前らは先に樹海へ向かえ。俺は後からどうにか追う。その時はエルフの里から迎えでも寄越してもらえるよう、交渉しといてくれ」
「了解しました」
「一応、俺は表に出て御者台に座っとく。その方が検問を通る時に手間がねえからな」
その会話からしばらくして、馬車はケーブスンの街の外縁に到着した。検問は基本的に街へ駐在している領兵の方があたっている。その担当の方が馬車の接近を認めたのか、停車求める声が聞こえてきた。もちろん、今の段階でその指示に逆らう理由もない。
馬車はゆっくりと停車し、それを待って御者台の方へ足音が近付いてくる。私とシェーベールさんは荷台の中で待機を言い渡されているので、耳を澄ましているしかない。
「名は。身元を証明するものはあるか」
「ユビッセのイジドール・ジレ。これがユビッセ領主閣下の許可証だ」
「……確認した。他に同乗者はあるか」
「傭兵のバルドゥル・シェーベール、その供のライゼル・ハントの二名だ」
「バルドゥル・シェーベール? 本当か?」
聞こえてくる声も、決して苛立ったり焦ったりしている風ではない。あくまで穏やかな風だったので、このまま何事もなく通過できるかと思ったのも束の間、予想外の台詞が聞こえてきた。
思わずシェーベールさんと顔を見合わせる。私の名前に反応される可能性は考えていたけれど、まさかそうではなくシェーベールさんの方だとは。
「俺が姿を眩ませたのを察して、スヴェアが手を回したのかもしれんな」
「敏腕そうですものねえ……」
或いは、ラファエル卿が一枚噛んでいるだけに、そちらへの体面として何も手を打たないという訳にはいかなかったのかもしれない。ここでシェーベールさんと別行動になるのは、なるべく避けたいところだけれど……。
「最悪の場合は、俺が残って囮になろう。強行突破になるのは心苦しいが、君はどうにかこの馬車で森の奥へ向かえ」
低く落とした声での指示には、黙したまま頷く。本当に最悪の場合は、そうするしかない。
徒歩の私とシェーベールさんだけなら、途中で道を逸れて街を迂回して直接森に向かったことだろう。しかし、今は馬車を移動手段としており、これを捨ててゆく訳にはゆかない。街道の外は馬車を走らせるには不向きな荒地であるので、森へ向かうにはなるべく整備された道を通りたいのが本音だ。
森へ向かう整備済みの道を通るには、一度街に入る必要がある。どうにか無事に検問を突破しなければならなかった。
「こちらが虚偽の申告をする理由がない。人相が分かっているのなら、荷台に回って確認してもらって結構だが」
「いや、この状況でその名を騙る必要がないのは道理だ。ケーブスン傭兵ギルド長より、バルドゥル・シェーベールへ伝言を預かっている。――奥つ城に出向く前に寄って行け、と」
こちらがドキドキハラハラする一方、外ではイジドールさんと領兵の方の会話が続く。それを聞いていた私とシェーベールさんは、再び顔を見合わせた。
ケーブスン傭兵ギルド長といえば、あのブレイクさんだろう。「奥つ城」という言い回しにも覚えがある。前回この街を訪れてご飯をご馳走になった際、エルフの里を指してそう言っていたはずだ。……つまり、ブレイクさんは私たちの目的を分かっている。
先回りして伝言を残しているということは、やはりスヴェアさんから連絡が来ていたと考えるのが妥当だ。その割に足止めを図る風にも見えないのは、シェーベールさんの見立て通りにケーブスンの街にとってはそれどころの話ではないからなのかもしれない。
「こちらからは以上だ。――行って良し!」
「へい、どうも。お勤めご苦労さんです」
領兵の方の許可が出ると、馬車が再び動き出す。木製の車輪がゴロゴロと砂の上を転がる音。ついぞ荷台は検められることのないまま、イジドールさんの馬車はケーブスンの街へ入ることとなった。
「ケーブスンのギルド長はかつて音に聞こえた傭兵であり、引退の際に周囲の推薦を受けて現職に着任したと聞く。俺が知る範囲でも気さくだが強かで、容易に権力に屈する類ではない。……こちらに対して先手を打っていたところを見るに、スヴェアからの連絡を受けていたのは間違いなさそうだ。だが、やはりあちらにもあちらの目的があるらしい」
荷台の出入り口を覆うカーテンの隙間から外を確認し、検問から十分に遠ざかったところでシェーベールさんが口を開いた。考えていたことは同じであり、それを後押しする情報がもらえたとあらば、躊躇う理由はない。
「分かりました。街を発つ前に傭兵ギルドを訪ねましょう」
床から腰を上げ、荷台の奥へと足を向ける。ちょうど御者台の真後ろになる位置に小窓があり、引き戸を開ければ、そこにいる人と話をすることができた。
カタ、と音がした時点で背後の動きに気付いていたのだろう。半分も開けないうちに「ギルドか?」と問う声がした。
「はい。先にそちらへお願いします」
「はいよ。ケーブスンに寄ったのは大分前だが、場所は薄っすら覚えてる。大人しく座ってろ」
「よろしくお願いします」
ケーブスンは王都に比べれば小さな小さな街だ。粛々と進む馬車は程なくして傭兵ギルドの前へと到着する。馬車の荷台から様子を伺ってみても、特に周囲に不審な点は窺えない。強いて言えば、何となく静かすぎるのが気になるくらいだろうか。
「呼び出しを受けているのは俺だけだ。まずは俺が様子を見てくる。異変を感じた時には、俺を待たずに馬車を出すように。森に入ったら小川を辿り、源へ向かえ。そうすれば、目的の場所に着く」
馬車がギルドの建物脇の路地で停まると、そう残したシェーベールさんはまず一人でギルドへ向かった。途中でイジドールさんにも指示を残していったのか、御者台の方にも動きはない。
小さく息を吸い、そして吐く。ひそやかな緊張が身の内に満ちていた。再度の待機とはいえ、有事の際にはという指示も残されている。鞄を背負い直し、森林行の装備を着け直していると、さほどの時間も経たないうちに思いがけず荒い扉の開閉音が聞こえてきた。
表の方――ギルドの出入り口で間違いない。これが「異変」かと腰を上げかけた時、
「ライゼル、違う意味での異変だ。来てくれ」
小走りに馬車へ近付いてくる足音があり、珍しく急いた風でシェーベールさんが荷台へ顔を出した。
念の為に鞄を背負い、装備も着けたまま、ギルドの扉をくぐる。正面のカウンターの辺りにははちらほら傭兵と思しき人の姿が見られたものの、何やら忙しげに打ち合わせをしているようでもあり、こちらを気にする素振りはない。
シェーベールさんに先導されて向かったのは、隣接した食堂の更に奥にある小部屋だった。応接室というよりは、内密な話をする為の場所なのかもしれない。開けられた扉は分厚く、どうやら防音の術式も施されているようだ。そこはかとなく魔術の気配を感じた。
内部には立派な造りのテーブルと椅子が一揃い。テーブルには二人の人物が向かい合うようにして着いており、片方の人は見覚えがある。
「よう。久しぶりだな」
気安げに片手を挙げてみせる、眼帯を着けた黒髪の男性。忘れようはずもない、ケーブスン傭兵ギルド長のブレイクさんだ。
どう反応したものか迷った末に会釈を返すと、ブレイクさんはにやりと笑って向かいに座っているもう一人を指し示す。
「お迎えが来てるぜ」
ブレイクさんが示したのは、見たことのない美しい少女だった。艶やかな長い金髪に深い紫の目が印象的であるものの、それ以上に目を引くのは耳――頭頂に向かって三角を描く、その輪郭だ。
本で読んだだけの知識だけれど、尖った耳はエルフ族の特徴であるという。であるからには、眼前の少女も十歳前後と見える容姿から年齢を推し量ることはできない。私より年上どころか、何倍と生きていておかしくない。
「遅い到着であったな」
少々の不満を滲ませ、少女が口を開く。その声は外見相応の音色をしており、薄ぼんやりながらも聞き覚えのあるものだった。前に樹海で薬草をもらった時に聞いた声のような気がする。
「先払いの報酬は得たが、三人同時に出向くとは約束していない。非難される謂れはないと思うが」
シェーベールさんが淡々と言い返せば、少女も不満げに唇を尖らせる。それをブレイクさんが「まあ、そんくらい良いじゃねえか」と宥めているのが、少し意外ではあった。既に事情を把握しているのだろうか。
ぱちくりと目を瞬かせる私に気付いたのか、ブレイクさんが苦笑を浮かべて肩をすくめる。
「厄介なことに、ヴィゴの言った通りになったらしくてな。ここの所、このエルフ娘のところの王から要請が出っぱなしなのさ。街の傭兵は軒並み森の奥へ動員だ」
「ああ、それで人が少ない……」
「ヴィゴ・レインナードはいくらか策を弄したようだが、その程度でアルサアル王の予見は変えられぬ。そなたはまだ十七だと聞いた。私より百も幼ければ、あの男が参戦を憂いるのも分からぬではないが」
なるほど、と相槌を打ちかけると、少女がむっすりとした様子で口を開いた。やはり、レインナードさんは既に参戦しているらしい。……というか、サラッと言われたけれど、やっぱり百歳を超えていらっしゃるようだ。
「それよりも――小僧、ダーレン・ブレイク。何度も言っているが、私は貴様の倍以上の歳月を生きているのだぞ。少しは敬う態度を見せたらどうなのだ。貴様がまだ駆け出しの折り、森で足を折って泣いていたのを助けてやった恩を忘れたか」
「へいへい、そのお小言も耳にタコができるほど聞いてますよ。だからって、ローラディンのバアさん呼ばわりしたら怒るじゃねえか。それとこれも何度も言ってるが、俺が若造の時分に森で足を滑らして崖から落ちて骨を折ってバアさんに助けられたのは事実だが、別に泣いてねえ」
「バアさんと呼ぶな」
「やっぱツッコむのそこだけかよ、注文が多いんだよ本当によ」
しかめっ面で言い返していたブレイクさんがため息を吐き、少女に向けていた顔をこちらの方へ動かす。レインナードさんを若造扱いしていたブレイクさんがそうされているという構図は、何ともはや不思議な感じがした。
「こういう感じでな、俺は昔からエルフの里というか、このバアさんと縁がある。だから、ここでギルド長を任されてる側面もあるんだが――とにかく、今は森が騒がしい。俺もヴィゴの言い分は分かるし、肩を持ってやりてえところなんだが、バアさんがお前ら二人も必要だと言い張ってきかなくてな」
「我々とて、幼子を戦場に連れ出すのは本意ではない。だが、既に戦は始まっている。犠牲を減らす為にも、打てる手は打たねばならぬのだ」
そう言って、エルフ族の少女が立ち上がる。私とシェーベールさんに向き直り、「我が名は」と切り出す声音は確かに百年の月日を感じさせるかのように、凛とした威厳があった。
「ローラディン。ソノルン樹海がエルフの里の統治者、アルサアル王が使いである。〈招かれ人の射手〉、〈極光の織り手〉――両名は我らが王の要請を容れ、生命溢るる皎月の泉防衛戦に加わると判断してよいか」
じっと見つめて問う言葉に、迷うことなく「はい」と頷き返す。
「その為に来ました」
「同じく」
「了解した。そなたらの勇敢に感謝する。……先着している〈獅子狩る炎の担い手〉について、私の分かる範囲で伝えておくか」
「お願いします」
その情報をこそ求めていたとも言えるので、ついつい返事は食い気味になってしまった。小さく笑ったブレイクさんが自分の隣の椅子を引いてくれる。
「立ち話もなんだ、座りな」
「ありがとうございます」
ちらりとシェーベールさんを見たら、座りなさいとばかりに手振りで促されたので、二重の意味でお礼を言って椅子に座る。シェーベールさんは特に座る気はないようで、足を動かしはしたものの、私の後ろに立っただけだった。
ローラディンさんも椅子に座り直し、静かに語りだす。
「ヴィゴ・レインナードは、現在の我々の陣営において最も力ある兵の一人であると言える。敵は……そうか、そなたらはまだ我々の敵が如何なるものか、聞き及んでおるまいか」
「はい。一応、おおよその見当はついていますが」
「では、答え合わせとゆこう。――敵は、死霊を籠めた人形で軍勢を成しておる。その術者を叩けば兵力の追加供給を断ち、既に戦線に投入されているものも無力化させることもできようが、如何せん十重二十重の包囲網が厚い。まだその捕捉に至っておらぬ」
「下手に突出して死ぬと、向こう側の兵として再利用されるリスクがあるからな。エルフ側も踏み込みきれずにいるとよ」
ブレイクさんが補足してくれるけれど、やはり納得しかない。かつてラビヌで起こった戦いに、限りなく近い状況が展開しているようだ。
「ヴィゴは兵を率いて遊撃に出ては、敵の包囲に穴を開けて蹂躙している。その一方ならぬ戦果ゆえ、まだ戦況は膠着に近しく推移しており、こちらもさほどの被害は出ていない」
「ありがとうございます、概要は把握できました。予見をされる王が私とシェーベールさんの参戦に意味があるとおっしゃったのなら、何かしらのお役には立てるのでしょうが、現時点では何とも言えませんね」
「そうだな。二人という寡兵で覆せるほど容易な戦況とも思えん」
今度は背後からシェーベールさんの同意。やはり、それはそういうものだろう。一騎当千の強者がいたとして、その人が参戦したから戦争が終結した――などという事態は物語でしか有り得ない。もちろん私に一騎当千の自覚はないし、それはむしろレインナードさんの方だろう。
あの人は私たちに先んじて到着し、既に戦場で働いている。そこで「一方ならぬ戦果」を挙げているというのに、膠着状態が動いていない。それだけ難しい戦況だという証だ。
「とはいえ、兵と物資は少しでも多い方がいいものでしょうし、私たちが加わる意味はあるはずです。――ローラディンさん、今このギルドの隣に旅商人の方が馬車で待っていてくださいます。その方も同行し、里の中で商いをする許可をいただけますか」
「許可しよう。そなたの言う通り、物資も入用だ」
ローラディンさんへ顔を向けて問えば、鷹揚な首肯。ここまであっさり交渉が済むとは思いもよらなかったけれど、僥倖ではある。
「しかし、エルフの里に直通の転送機は人間用だぜ。馬車は入れられねえ」
「私が全てを転送する。問題はない。――他に要望の類はあるか? 〈招かれ人の射手〉」
ブレイクさんに言い返すローラディンさんは、あくまで私から目を逸らさずに言う。他に、要望……。刹那に考え込み、はたと気が付くことがあった。
私が耳にした中で、最初に「招かれ人」の語を口にしたのはローラディンさんだ。しかし、レインナードさんも、シェーベールさんも、それについて問うたことはない。学院の文献でも「招かれ人」についてのものはないし、その単語を見たこともなかった。
おそらく、一般に知られてはいない概念なのだろう。何なら、貴族やエルフという一握りの人たちの間で伝わっているものなのかもしれない。「招かれ人」が幸運に恵まれて生まれるというのなら、一種納得できる話ではある。エルフについてはそこまで詳しくないので分からないけれど、少なくとも平民より貴族に生まれた方が無事に成長できる確率は高い。
ローラディンさんは私を「招かれ人」の名で呼ぶ。私の特質を述べるにあたって、確かにそれ以上に適切な語はないのかもしれない。……けれど、私は決して「招かれ人」だから、ここに来た訳ではない。「招かれ人」だから持っている、特別な力がある訳でもなかった。
発端は、確かに「招かれ人」の身の上によるものかもしれない。でも、そこから先は「今」の私が積み上げてきたものだ。こちらでの十七年の成果だ。
「要望というのは少し違うかもしれませんし、少なからず不遜なことを言うかもしれませんが」
「構わぬ、許そう。言ってみよ」
「あなたは私を〈招かれ人の射手〉と呼ぶ。けれど、私はそれが自分について十二分に形容しているとは思えません」
「ふむ。客観と主観は必ずしも同一ではない。そなたの言い分も理解できる。――では、どのように呼ばれることを望む?」
自分の十分の一も生きていないような子どもの言い分にもかかわらず、ローラディンさんは穏やかに理解を示してくれる。だからか、その後に言葉を続けるにも迷いはなかった。
「〈碧礫〉」
呟くように述べると、ローラディンは小さく首を傾げた。すぐには意味が取れなかったのかもしれない。
「〈碧礫〉ライゼル・ハント。それが、私に与えられた今の銘です」
「あまり良い意味ではないように聞こえるが」
「そうかもしれません。――でも、ある人が言ったんです」
「なんと?」
「これは、未来を語る名前だと」
そう告げると、ローラディンさんは一度瞬きをした後でほのかに笑った。
「そうか。それは良いことだ。……では、〈碧礫〉と〈極光の織り手〉の両名の参戦をここに認める。輝かしき戦果を挙げることを期待する」
はい、と私が答えて頷くと、それが会談の終わりとなった。